2736. 三十日間 ~⑦母の説教の先・古代剣材料廃棄分につき
タンクラッドは今日、退治に行かず、古代剣で新たに発見した点を突き詰めようと思っていたが、トゥに呼び出されて計画は流れた。
トゥは『退治しながら考えるのは自由だ』と正しい指摘を与え、一晩寝ていないのも『様子を見て休ませてやる』と上から目線で承知されたため、反抗するのも疲れるタンクラッドが出かけたのは、イーアンが戻るより結構前だった。
戻って来た女龍に、ミレイオは話を聞きたがり、イーアンは少し休むために了解して席に着く。
お茶を貰って、朝食余りの主食と焼いた芋を食べながら、端的に解説。相槌を打ち耳を傾けるミレイオは、所々でクスッと笑ったり、『そうね』と呟いて同意を示し、話し終わったイーアンの頭を撫でた。
「有難う」
イーアンも頭を傾けて(※撫でやすいように)芋をもぐもぐ。
「ミレイオの負担はすぐ考えました。でも『ミレイオが』と理由にしたら、タンクラッドは友達のあなたに甘える気がしたので、直にそこに触れず、『サンキーさんの住まいと生活がある以上、引き離して船に乗せるには、理由不充分』と言いました。
タンクラッドとしては、『お前もクフムを乗せただろう』と脱線してでも、サンキーさんを乗せたかったようですが。クフムと彼では事情が違います。
それを言ったら『事情はその時々で違うもので、イーアンが通用し、自分が通用しない理由にならない』と」
『粘ったわね」
「はい。粘りましたね。でもサンキーさんの場合は、私に有利な条件を持っています。『私が機構の副理事ですから』と責任を預かる方へ論点を変えたら、一件落着です。
サンキーさんは委託先で、私がこの理由で前に出たら、タンクラッドは私の権利を邪魔できないです」
「あんたってさ。よくめそめそする割には、こういう場面に強いわよね」
めそめそ~?と嫌な顔をする女龍に笑い、よしよし頭を撫でるミレイオは『褒めてんの』と続けて、お茶をもう一杯注いであげた。
『口で言い負かす男に勝つなんて、大したもんだ』と褒めてくれるミレイオに、『滅多にない』とイーアンも頷き・・・ごちそうさまを伝えて立ち上がる。
「行くのね。忙しいわ。どこかで休憩なさい」
「そうします。ルオロフはどこですか」
「ルオロフ?後で退治に出ると言ってたけど、まだ部屋に居るんじゃない」
ミレイオが彼の部屋の方へ顔を向け、イーアンはすぐ、ルオロフの部屋へ行った。
部屋の前まで来て、丁度扉が開いたので、挨拶する。ルオロフはこれから出ようとしていたらしく、間に合ったと女龍は微笑んだ。対してルオロフは、何を察したか、若干戸惑い気味。
「おかえりなさい。もう、サンキーさんは」
「いませんよ。彼の自宅へ送り届けました」
「あ・・・そうですか。タンクラッドさんは、特に何も話さなかったので」
「それは良いのです。ルオロフ、話があります」
来た、と貴族は顔を傾ける。その顎に女龍の手が触れ、触れた瞬間、きゅっと正面に戻される。苦笑する貴族の顔を下から覗き込み、目を合わせたイーアンは笑っていない。苦笑が固まるルオロフ。
「退治に行くなら、途中までご一緒しますのでね。道々、話しましょうか。私の子」
「はい・・・・・ 母上」
うん、と女龍は頷いて、ルオロフの剣を持っていない方の手を鷲掴みに握り(※逃げないように)甲板に出るまでに、まずは初心を教え、甲板に出て浮上してからは、抱えた彼に(※逃げないように2)説教した。
背中を抱えられて頭上で説教をされる貴族は、何度も『はい』『分かりました』を繰り返し、自分の意見をたまに挟んでは倍に返る注意を受け、カーンソウリー宿での記憶が蘇る(※2514話参照)。
この先、私は何回怒られるのだろう。この年で情けない。そう思って、はーっと溜息を吐いたら、吐いてはいけない話の最中で、誤解で怒られた(※『こらっ』)。
処世術も板についた貴族上がりの自分が、建前なんて取っ払って付き合う、命がけの団体と生活する。気遣いのずれもあれば、認識が甘いこともしばしば。
例え、誰かにとって良くても、全体を見た途端、危険や足を引っ張る間違いもある。
今回はそれだ、と痛感し、いや、今回もそれか、とラィービー島の一件から育っていない自分を反省。
イーアンの言うことは尤も、と心に刻み込み、『今後繰り返すことの無いよう、もっと注意します』と誓う。が、ここで更なる試練が起きた。
「ルオロフ。あなたの雇い主。私はご挨拶に伺いたいと思います」
聞いた途端、ちょっとクラッとして答えに詰まったが、揺らされて(※空中)了解した。
何故ですかとは、この状況で聞けない。龍の頂点が会いたいと言うんだから・・・神様、私の行為は間違っていないはずと板挟みを覚悟し、ヂクチホスの世界へ通じる近場を教える。
そうして、数分後。
イーアンとルオロフは異時空に入り、イーアンはヂクチホスと対談。しかし話の内容は意外にも、ルオロフが腹を括った(※大袈裟)ことではなく―――
*****
トゥに無理やり引っ張り出される形で、退治に出タンクラッド。
魔物退治は動けるやつが率先してやるもの、と自分でも思うけれど、今日は部屋で考えたかった。
異界の精霊と会って手分けし、自分の持ち場をトゥと一緒に退治しているのだが、魔物はここのところずっと似たり寄ったりの・・・材料に向かない質しか出てこない。いるところには、うじゃうじゃしているので、引っ切り無しに『倒しても使えない魔物』相手、早く終われよと面倒になる。
早く終わらせられる『手段』が、目の前にちらついているのに―― 動き回っていては、考えがまとまらない。
また、人々を逃がしたり助けた後は、死傷者と状態を確認するため、少なからず会話を持つ。そうすると、当然その間は考え事など出来ない。負傷者が出ているのを知るたび、苛々した。
――もしかしたら、退治しにくい魔物相手、彼ら民間が勝てる『手段』を、俺は逃がしてしまうのではないか、と。
家や畑を壊され、食料と水がない話なら、トゥに頼んで支援は出せても。
死者の火葬を、トゥが引き受けてくれても。
トゥの主な攻撃が炎を吐くので、それを見た人々に退治後、相談される。
土葬の地域でも、見る影もないほど悲惨な死体になってしまうと、襲撃直後に墓地へ運ぶのも難しいから、人々はその場で火葬を選ぶのだ。
退治、食事、飲料水、火葬までは、どうにかなる。だが、傷を追う人たちを助けることは、タンクラッドには出来ない。トゥも出来ない。
負傷の状態によっては、今後の生活が身体障害者の生活に変わると、見て分かる度、自分たちに治すことは出来なくてもこうなる前に防げたらと、思い続けた。
「負傷者は仕方ないだろう」
手分けした退治後、迎えに来たトゥの首に跨るや、トゥが主の思考を読んだ。タンクラッドは背中の鞘に剣を戻し『そうか?』と少し皮肉で返事をする。銀色の頭が一つ後ろを向き、印象的なその目がじっと見つめる。
「魔物を倒し、犠牲になった死体を焼いて片付け、水と食べ物を一時凌ぎ分、提供。俺は充分だと思うが」
「だとしても、今より負傷者を減らせる可能性に手が届く位置にいて、それを考える時間がないのは歯痒い」
寝ていない苛々もある。タンクラッドは、資料と向き合って一秒でも早く正解を知りたかった。期待通りではないかも知れないが、可能性があるなら広げたい。
「どう、可能性があるんだ。タンクラッド。剣職人で生きてきたお前が、材料の使用を止められた『古代剣』でも作り出すのか。仮に作って一本二本、ティヤー人に渡る数の負傷者を減らす策になるか?」
主の言葉が口から出るのを待たず、ダルナは浮上して尋ねる。意地悪い質問だが、タンクラッドはそれに対して怒りはしない。
こちらを向く目とタンクラッドは目を合わせず、すっと息を吸い込むと『例えだ』の一言から始めた。
「俺は古代剣の可能性、と言ったが、古代剣自体ではない。一々説明しにくいからそう言ったまで。俺が使いたいのは、材料が入っていた外側だ(※2504話参照)」
黒い物質は、殻から出ると剣の形に流れて固まるという、本当にその為だけに存在するような物質。しかしその殻は、イーアンが火山から入手したものも、パッカルハンで最初に得たものも、変化なく取り出した時の形のまま残る。
シャンガマックが大量に持ち込んだ三回目の物質は、使う前に黒いくにゃくにゃに回収されているため分からないが、恐らく同じだ。もし、殻だけは、使うに許されるのであれば。
「殻だって大した量はない。そうじゃないか?」
突っ込みダルナ。ふっと笑ったタンクラッドは頭を振って『頭ん中読むんだろ?』とふざけ、ダルナは二つの首を乗員に向けた。
「言わせてやるんだ。聞いててやる」
そう言ってちょっと笑うトゥに、親方も可笑しそうに首を傾げ『じゃ、話してやる』と片眉を上げる。
「殻の説明からするか。サンキーは剣を作る時、あの物体から溶けだした中身が、内側にまだ残っていないかと、再加熱した殻の中へ魔物の皮を入れ、こそいで取ろうとした。内側に残っていた分は、魔物の皮に吸い付くようにへばりつき、すっかり付着した。そして殻は、外一枚残して、そのままだった。(※2504話参照)。
トゥ、俺は剣職人だが、今回作る形は剣ではないだろう。だがある意味、剣と呼べなくもない」
「つまり」
「つまり?殻内部に微量でも残っているのを手に入れたら、魔物に吸いつくだろ?」
「その殻を集めたところで、中身と同じ問題があるな。量は集められない。先の質問の答えになってないぞ」
「イーアンは以前、アイエラダハッドで厄介な紛い物を封じるため、僅かな薬剤を作った。たったそれだけで、アイエラダハッドに散らばった紛い物全てを封じた。それは、彼女のダルナ・イングが量を増やし、魔導士がそれを撒いたことで完了した(※2225話参照)」
「俺に頼る気がないな」
ハハハと笑ったタンクラッドに、トゥは首を大振りに揺らして『全く』と不満気。
「そういうことだ。ルオロフも昨日の今日で、きっとイーアンに絞られてるだろうから(※当)、彼に話を通してもらってから実行、としても。証明は出しておかんと、ルオロフに頼むにも、予測だけでは迷惑だ。俺は、サンキーに話を聞くだけで次の段階をと思ったが、それも叶わないとなれば、一旦」
「サンキーは家にいる。殻を取りに行くか」
使い古しでも参考になるか?と頭一つを向けた銀色のダルナに、タンクラッドは口端を釣り上げて『頼む』とその方角を見る。
「試しで使いものにならなければ、ルオロフに」
「先にイーアンに言っておけ」
トゥの遮りに親方は笑って『そうだな』と同意。朝に離れたばかりのサンキーに、また会いに行くのも忙しないが、調べるだけ調べて正解の線が濃ければ行こうとは思っていた。
トゥは魔物退治を一時抜け、主をピンレイミ・モアミューへ連れて行く。
こうなるだろうと、思っていた。
『サンキーが何者かに連れられる』これは当然思いもしなかったが、行方不明の理由が古代剣にあると分かった時点で、タンクラッドが彼を探すために、調べ尽くして才能発揮し、それが新たな展開に繋がると感じた。
これは、タンクラッドに訪れた機会――― 銀色の双頭は、彼の次の舞台へ上がる時間が散らからないよう、見守っていた。
そうして、島へ到着する。
この待ち時間、呼んでもいない迷惑な客の相手をしなければいけなくなるとは、トゥもこの時点では気づいておらず。
お読み頂き有難うございます。




