2735. 三十日間 ~⑥独断の癖・二日目朝、鍛冶屋と副理事イーアン、龍の結界保障
※今回6700文字少しありますので、どうぞお時間のある時にでも。
雨の夜中―――
無事、行方不明の男を連れて戻った赤毛の貴族は、船の中へ気の毒な客を招いた。二人とも濡れていたが、移動は一瞬だし、雨がかかったのは、トゥに乗る前と降りた後だけ。
甲板は濡れているため、鍛冶屋が足を滑らせないよう彼の背にちょっと手を添え、ルオロフは『早く入りましょう』と昇降口を指差す。
タンクラッドがここにいることを、そういえばまだ話していなかったと、息つく間もない展開で、はたと気づいたのも今更。
だが、言おうとしてすぐ。
サンキーはルオロフに『安全な場所へ連れて来て下さって感謝します』の礼から始まり、若者が片手に握る鞘に『これは』と目を輝かせた。
さっきの今で・・・この切り替えの速さ。本当に剣が好きなんだなぁと、少し呆れるように笑ったルオロフは『あなたに作って頂いた剣です』と鞘を持たせ、甲板を進み、昇降口の扉を開けて船内へ入る。
「私が作った剣です、本当に。ということは、あなたはタンクラッドさんとシャンガマックさんのお仲間」
やっとそこに触れたので、貴族は『そうです』と答えた。初顔合わせで、自己紹介も名のやり取りと古代剣で守ったなんだ、その話だけ。中途半端だった二人は、目を見合わせて少し笑う。
「すみません。私は気が散漫になりがちで」
サンキーはちょっと謝り、通路を歩きながら、大きな立派な船も見回して褒め、剣の鞘にも関心を寄せて、少し剣を鞘から出して『良かった、問題ない』と嬉しそう。
ルオロフは、職人はみんなこんな感じと思いながら、時間が遅いからか誰も通路に出ていないことを、少しホッとした。この安堵は、ルオロフの気遣いで『休んでいる皆さんを起こしていないらしい』と、そこ。気にするべきは違うのだけど、それが見えないのは、貴族ルオロフの欠点と言うべきか(※貴族=場の気配り)。
「ルオロフです、戻りました」
タンクラッドの部屋、とは言わず・・・サンキーさんを驚かせようと(※サプライズのつもり)剣職人の名を伏せたノックをし、開いた扉の隙間から顔を出した剣職人に、ルオロフは場所を譲る。タンクラッドの目が見る見るうちに大きくなり、彼は笑顔で両腕を広げた。
サンキーどうしてここへ?、タンクラッドさんの船だったんですか!俺の船じゃないが・・・ 喜んだ剣職人は、小柄な相手の両肩を掴んで頭を垂れ、『良かった!』と鍛冶屋の無事に心から感謝した。
この後、ルオロフは経緯を掻い摘んで話して、サンキーをタンクラッドの部屋に任せ、自分は台所へ食事をしに行った。
「タンクラッドさんの晴れた顔。本当に心配していたから、サンキーさんを連れて来て良かった」
良いことをしたルオロフは、少し疲れたけれど、頑張った後の充足感に自分も嬉しい。
深夜近くまで時間が流れた頃なので、台所でごそごそやっていたら、音に気付いたミレイオが起きてきて、ルオロフは取り置いてもらった食事を頂く。
そして、今の報告―― サンキーが来たことを教えると、ミレイオの表情が変わった。
「じゃ。彼は今、船に乗ってるってわけ?」
ちょっとぉ、とタンクラッドの部屋の方を見た明るい金色の目は、若干怒っている。
「『部外者』は、乗せないんじゃなかったの」
次の一言は、ルオロフがドキッとする冷たさ。今、気が付く。自分の船でもないのに、ルオロフはヂクチホスの言うことを聞いて、部外者を船に連れて来た、判断の勝手を。
これに加えて、通路を誰かが歩いてくる音が聞こえ、少ししてオーリンが台所を覗いた。
「なぁ。タンクラッドの部屋。人間だと思うが、誰かいるんだけど」
ミレイオが首を少し傾け、重い息を吐く。ルオロフは気まずくなる一方。二人の反応を見たオーリンは『タンクラッドの知り合い?』と怪訝そうに質問を追加した。
「他の誰かが乗るって、今までなかっただろ。何か緊急か?」
ちらっと見たミレイオの視線は、赤毛の貴族に刺さる。オーリンもルオロフが何かしたのかと、目が合った。
「サンキーさんです。私が従うあの空間の主が、彼を保護したので」
「そういう関係はどこも時間がヤバい場所じゃないのさ、だから『引き取れ』って感じだったみたいよ。で、船に乗せたわけ」
ルオロフの理由を途中で割って入ったミレイオが、刺々しく代わりに答え、オーリンは通路を振り返って『鍛冶屋か』と呟き、少し考える。
「クフムは私も慣れたけど、その鍛冶屋まで乗船なんて、ちょっと急じゃない?」
ミレイオは、サンキーが一時保護ではなさそうに仄めかし、ルオロフは『でも今だけで』と横で言い訳してみたが、ミレイオに見下ろされて(※身長差)黙った。
「分かんないわ。タンクラッドは何言い出すか。そりゃ気の毒だし、委託で迷惑被ったわけだから、向こうの言い分もあると思うけど、船を常時守るのは私なのよ。私とシュンディーン。船乗りたちが手伝いで乗船するのを断ったタンクラッドだけど、自分が迷惑かけた剣職人のためなら」
「鍛冶屋だろ」
訂正を入れたオーリンを、ミレイオはじろっと見て黙らせ、『あいつの仲間意識を言ってんのよ』と吐き捨てる。
機嫌が下降しているミレイオに、ルオロフは内心焦り、オーリンも『まぁね』とミレイオの意見に頷く。
「部外者を入れるってのは・・・イーアンもクフムの時、一手間置いたしね。ルオロフはこっちが誘ったのを受けてもらった形で違うけど、やっぱ他の仲間が考える期間はないとな」
「乗せるなら、ね。本当はその合間が絶対に必要よ。でもその人、いきなり攫われた状態で狙われてるかもって話で船に来たわけでしょ?」
留守番船預かりで動けないミレイオは、自分の負担と責任を嫌がる。オーリンはそれがよく分かる。
ミレイオは縛られるのが嫌いだし、そして彼自体が『誰かのご馳走』として映る事態は、これまで何度もあった。
シュンディーンならまだ精霊の子で、ミレイオに頼もしい味方だから一緒に船に居られるにしても。クフムも通訳で必要だと馴染んだから、彼も大丈夫の認識でも。
ここに他所の人間が加わるなんて、ミレイオにとって面倒でしかないだろう。
ルオロフは必死に、解決策を考え中。
タンクラッドさんがサンキーさんの乗船を言い出したら、責任持ってサンキーさんと近隣宿に宿泊するかと・・・ どうしてこうなるんだよと思うものの、自分の独断と甘さで、またも起こした問題は自分でケリをつけないと。
ここで、三人は通路から上―― 甲板のある方に顔を向ける。龍気が。イーアンが戻った。
『イーアン』思わず、縋るように名を呼んだルオロフが、さっと駆け出す。おい、とオーリンが止めようとしてミレイオがオーリンの手に触れ、首を横に振った。
「ルオロフのせいじゃないけどさ。ちょっと私、今回のは嫌だわ。ザッと浮かぶ面倒臭さが山積みよ。イーアンに先に言うつもりなら、ルオロフの話をイーアンが咀嚼してどう捌くか」
「あ・・・そうだな。イーアン、業務的だから」
うん。と頷いたミレイオ。情に厚いけれど、イーアンは、こういうことは業務が入る性格。目的、目安、責任を考えられる範囲で並べて、優先するものを選ぶ。何を間違えても責任は絶対に取る女・イーアン。
「ルオロフが泣きつくか」
「どうかしら」
二人がイーアンに任せた数分後、ルオロフを後ろに連れ、女龍が台所へ入ってきた。項垂れるルオロフを見た二人は、希望を感じた。
―――この時まだ、サンキーは親方の部屋。
*****
翌朝。ミレイオは普通に朝食を作り始め、他の者もちらほらと食堂に集まり出す時間。
イーアンとタンクラッドは来なかった。ルオロフはその理由を知っているし、無論、ミレイオもオーリンも知っているので、朝食は淡々と進んだ。
居心地悪そう・もしくは、バツが悪そうな貴族を見て、クフムは彼が何かしたのかなと気づいたが、それを問うのは控えた。
タンクラッドさんの部屋で、誰か他の人がいるのは声で分かったから、もしかすると、行方不明の知り合いを保護出来て連れて来たのかと・・・だとしても、なぜこんなに緊張が漂う食事の席なのか。そこまではクフムに理解できない。
だが誰一人それを話題にしないし、朝食時の会話がこうも少ない(※『それ取って』『はい』の繰り返し)と、下手に触れない方が良いとは思った。
朝食が終わり、食器片づけを手伝おうとしたルオロフだが、気を利かせた弓職人に呼ばれて食堂を離れ、代わりにクフムがミレイオに食器集めを頼まれた頃。
「サンキーさん。お腹は?」
「あ、大丈夫です」
椅子に座っているイーアンは、膝に両肘を乗せる前屈みの格好で、鍛冶屋に空腹具合を尋ね、鍛冶屋は問題ないと返答。うん、と頷いた女龍は『お腹空きそうでしたら、また龍気流しますのでね』と(※龍気=食事代わり)微笑み、サンキーは眠い目を擦って礼を言い、止まらない欠伸を手で押さえた。
「どうしますか、タンクラッド」
女龍は眠そうな鍛冶屋を休ませてやりたいが、親方の返事を聞いてからにしたい。タンクラッドは寝台に座っていた腰を上げ、伸びをして『そうするか』と妥協のように振り向いた。
「はい。では決まりです。サンキーさん、お疲れさまでした」
親方が振り向いたと同時、女龍はすっくと立ちあがり、気持ち良い笑顔を鍛冶屋に向ける。
雨上がりの朝陽差し込む船室で、女龍の不思議な肌の色が神々しく輝き、タンクラッドはこの女の魅力は計り知れないと純粋に称賛しつつも、イーアンの譲歩なさもある意味感心した。
頭に大きな一対の白い角を生やし、白と紫が薄っすら透ける肌に金箔の煌めき。黒い巻き毛に鳶色の瞳の女龍は、タンクラッドの情を一切受け付けなかった(※珍しく負けなかった)。
「昨日、俺と話した時の態度とまるで変わるな」
思わず本音が出たタンクラッドに、ちらっと向いた鳶色の目が『それはそれです。この場合は、私に権利がありますもので』と丁寧に主題の別を告げる。イーアンは機構の副理事(※王様の勝手な決定により)で、内容はそっち。話題が昨日と違う(※2732話後半参照)。
「すみません、イーアン。ウィハニの女にお世話になるとは」
「いいえ、お世話なんてことではないですよ。ロゼールの契約がまだ途中だったのも良くありませんでした。それと『ウィハニの女』とは言え、実際にティヤーを守っていたのは別のお方ですから、私のことは、ただ『イーアン』と名で呼んで下さい」
女龍の柔らかい対応に、サンキーも笑顔で了解。作り笑いしか出ないタンクラッドに鍛冶屋が振り返り、握手の手を出す。握手を交わし、『また会いに行く』『待っていますね。ルオロフさんに宜しく』の挨拶を終え、斯くして鍛冶屋は、女龍と一緒に部屋を出て行った。
タンクラッドは微妙だったが、終わったことは終わったこと。成果は・・・別にあった。とりあえず腹が鳴るので、食堂へ。
甲板に出たイーアンは、トゥに挨拶し、サンキーも大きなダルナに挨拶をする。が、イーアンはトゥに何を話すことなく、ミンティンを呼ぶために笛を吹き、トゥはじっと見つめた。
「乗せてやってもいい」
「有難うございます。でもミンティンを呼びましたので。私のお友達」
ニコッと笑って、イーアンはトゥから視線を空の奥へ向ける。ふわーっと空が白く輝き、青い龍が降りてくる。壮大な風景だと鍛冶屋が褒め、『あの仔に送ってもらいますからね』とサンキーの背中から抱える。慌てるサンキーは恐縮して噛みながら謝る。
「ああ、ほ、本当に申し訳ない!私みたいな、汚く、いや、小汚いおっさんを」
「なんて卑下ですか!サンキーさんは小汚くないでしょう。あなたがおじさんと言うなら、私もおばさんだし」
アッハッハ、と笑い飛ばした明るい女龍は、白い翼を広げて浮上し、青い龍の迎えにサンキーを乗せると、ミンティンの首の横について、彼の住む島へ出発した。
―――ミンティンに速度を調整してもらい、ゆっくり目で南の外れの島へ到着した頃には、軽く30分経過。
この間、女龍はサンキーに色々と古代剣の話を聞かせてもらい、要は雑談で過ぎたため、サンキーの心境は昨夜よりもずっと回復していた。
好きなことを集中して喋ると、人は気分が上がる。元気になってゆく表情に、イーアンも嬉しく見守り、彼の家の近くで龍を下りた。家の前には数人の人たちが居て・・・
青い龍を空に帰したイーアンとサンキーは、敷地に集まった人たちに驚かれながら、事情を少し濁して説明し、心配で朝から訪れた近所の住人は一安心する。
そして、思いがけずやって来た『ウィハニの女』に、サンキーと関係ないことを言いたくなったが(※告知系)ここは黙って、一旦戻って行った。警備隊にも先に伝えてくれるそう。
「良い人たちですね」
「ええ。昔から付き合いがありますので」
でも後でいろいろ聞かれそうです、と苦笑したサンキーに、イーアンは『では早速』と話しを切り替える。サンキーは了解して家に引っ込む。
イーアンは白い尾を出し、鱗をべりべり剥がす。『どれくらい使うかしら』と独り言を落としながら、剥がした鱗を、鍛冶屋の敷地を囲むように地面に突き立てて、ぐるっと一周。それから、鱗を並べた外側にいくつか記号を書き込んだ。
両腕を龍の腕に変え、長い爪で記号を書くように動かすと、合わせた両手の隙間に息を吹く。抜けた龍気が白い龍の風に変わり、サンキーの家の周囲に並べた鱗を滑り抜けて、とぐろを巻いた。
「蛇じゃないけど、とぐろがサマになるもので」
変なところで感心する女龍は、イイ感じと頷いて、とぐろを巻いた白い風に『ここを襲うものを倒せ』と命じた。とぐろは解けて朝の粒子に散り、白い鱗の列がきらっと虹色に輝いて、作業完了。
「結界、かしらね。これも。ちょっと違う気もします」
でもこれで大丈夫と対策を済ませて、おうちの扉を叩き、出てきたサンキーに『終わりました?』と聞かれて頷く。
感謝するサンキーは表に出て、これですかと敷地を囲む白い鱗に目を瞠った。
『あなたがここの主ですから、それを認識していますよ』立ち並ぶ鱗の先っちょに指を置き、女龍は先に教える。家の中に居てもらったので、守るのは彼、と魔法に命じた。サンキーは土に刺さる龍の鱗を、しゃがんでまじまじ見つめ、イーアンを振り向く。
「鱗が抜けたらどうしましょう。戻せばいいですか?他の人にも取らないように言って」
「風や雨では抜けないです。もし誰かが意図的に一つ動かそうとすると、龍が出ますから、触れても抜くまでに至らないと思いますよ」
「え。では、それだけでも近所に気を付けるよう、言っておかないと」
それはそうして下さい、と女龍は言い、鱗の列に目を走らせる。
サブパメントゥが、私の龍気を通過できるわけがない。
仮に、龍気をものともしない何者かが侵入・結界破壊を行ったら、その時点で伝わるようにした・・・そんな相手の出現は、可能性が低い。サンキーは、サブパメントゥに狙いを付けられた話だった。
たまに見に来る約束をし、イーアンは手を振って空へ飛ぶ。サンキーが買い物や用事で敷地を離れる際も、『絶対に外さないで』と携帯用の鱗を持たせたから、問題ないと思う。
「個人に対してここまでするのも、と思いますけれど。でも彼の場合は使われても困る人です。
少なくとも、ティヤーを抜けたデオプソロ姉弟がまだ存命である以上、彼が捕まるわけにはいかない。
サンキーさんは・・・『告知』のこと、一回も口にしなかったな。人間淘汰で、この先どうなるか分からないけれど、とにかく今はサンキーさんを、サブパメントゥから守る必要がある」
他に手がないと思ったイーアンは、特別扱いに抵抗がない訳ではなかったが、剣を作ってもらっているし、ここは機構の副理事として、委託先のサンキーに出来る範囲の安全を保障することにした。
「龍の私が対処するんだから、結界ですよ」
タンクラッドは『船で匿う』と・・・無理言わないで下さいと溜息をつき、イーアンは空を横切る。
サンキーは確かに不安そうだったけれど、自宅に帰りたがっていた。そのサンキーを説得したい親方は、古代剣で見落としていた可能性があるとかで、サンキーが近くにいる間に詳しい相談を望んだ。
「その、見つけた可能性。きっと更なるヒントやパワーアップに繋がるかも、と私も思います。でもタンクラッド、サンキーさんを守るのと製作者に相談できるのと、一石二鳥、に聞こえて。それは幾らなんでも唐突で、サンキーさんが可哀相です。
今は仲間の頭数も足りない。ミレイオに船を見てもらっているし、その上、一般の人を抱えるのは、私たちに難しい選択では」
精霊の剣を鍛える男、タンクラッド。あなたなら一人でも大丈夫ですよと、欠伸を呑みこむ女龍。
説得に一晩掛かってしまった・・・『ルオロフにも少し注意しておかないといけないか』あー眠い~とフラフラしながら、女龍は黒い船に戻る。
とはいえ。サブパメントゥが古代剣になぜ、目を付けたか。少し探ることを忘れないようにして。
お読み頂き有難うございます。




