2734. 三十日間 ~⑤サンキーの行方と取り巻く状況
☆前回までの流れ
魔物の状態に疑問が増える最近。サブパメントゥは、トゥの宣戦布告から出なくなったものの、残兵も使って別の予定を進行中。隣のヨライデでは、ティヤーの魔物を増やす手伝いもあり。イーアンは『お祈り』の影響に対処し、タンクラッドたちはとにかく魔物退治に専念。そんな中で、鍛冶屋サンキーが行方不明。
今回はサンキーを巡って、夕暮れの船から始まります。
※6600文字少しありますので、お時間のある時にでも。
夜。
タンクラッド、オーリン、ルオロフは、離れた距離で退治をした流れから、合流することなくそれぞれ船に戻った。
オーリンは『魔物はヨライデ方面から来ているのでは』と気付いたことを話そうと思い、タンクラッドは『サンキーが手掛かりなしの行方知れず』で嫌な予感を抱えて。
ルオロフは、ちらほら気になる噂を耳にしたものの、取り立てて言うこともない。基本、ルオロフは飛べないから、降りた場所で戦うだけのため、噂と言ってもその場所のものくらい。
助けた人たちに手伝いを頼まれ、魔物の犠牲になってしまった死者を運んだのだが、墓地近くで『掘り起こされるかも。この前も死体が消えていた』と彼らは心配していた・・・死霊のことかとルオロフは思ったけれど黙っていた。
被害者が毎日出る状況で、死体が増える。狩りをしなくても済むと覚えた動物が、食べてしまう場合もあるし、死体が消える=悪いものの仕業、とは決めつけられない。
・・・アソーネメシーの遣いは、男龍に倒された。今後、また出るとは聞いた。もしかすると、それかも知れないが。でも、現段階は未確認である以上、口は閉ざす―― といった、報告未満の噂と自分の見解のみが、今日の印象。
ルオロフが船に戻ったのは、夜手前。水平線を最後に染めた残光が引く時間、トゥが薄っすら銀色の姿を現して、見上げたルオロフは、迫力よりも美しさに感心した。トゥの首が一つ下りてきて『タンクラッドがお前に尋ねるだろう』と言う。
「はい・・・聞いてみますね」
「お前がもし、それで移動するなら。俺が連れて行く」
連れて行くって・・・ もう決定しているみたいな言い方に、赤毛の貴族は少しじっと相手を見つめ『そうなんですか?』と尋ね返す。タンクラッドさんと出かけるのかと、昇降口に顔を向けると、トゥは『あいつは行かない』と呟いた。
「でも。トゥはタンクラッドさんのダルナだから、私だけを乗せるのは」
不思議に感じて聞き返したが、銀色のダルナは姿を消して会話が終わる。私一人でトゥに乗ってどこかへ行くのか?首を傾げつつ、ルオロフは一先ずタンクラッドに会いに船内へ入った。
剣を置きに自分の部屋へ行く途中、ルオロフは足を止める。部屋の扉前で剣職人が壁に寄りかかっており、明らかに待っていた感じ。自分を見つけると、片手をちょっと上げて挨拶し、ルオロフも側へ行った。
「お疲れ様です。私をお待ちでしたか」
「お前に聞いてほしいことがあってな。疲れてるだろうが、少し話を良いか」
勿論ですよと、ルオロフは扉を開けて彼を中へ通し、暗い船室のランタンに火を灯した。火を入れる間、タンクラッドは丸窓側で暗くなった表を眺めており、その姿は心なしか不安そうに映る。
「どうしたんですか?何か気がかりがあるように見えます」
「うん・・・そのとおりだな」
ルオロフはランタンを机の横に置いて、剣を姿見に立てかけると、剣職人に椅子を勧め、自分も向かい合う椅子に腰かける。話を、と促すと、タンクラッドの鳶色の瞳と一瞬目が合った。彼は悲しそうで、そんな彼を見たのは初めて。
「タンクラッドさん」
「俺の知り合いの、サンキーという鍛冶屋が行方知れずだ」
「・・・その方の行方不明は、いつから」
「昨晩らしいが、それは島民が気づいた時間であって、もっと前かも知れない」
サンキーさんは確か古代剣の、とルオロフの視線が姿見に流れる。タンクラッドは小さく頷いて『彼だ』と頬を掻いた。
状況を説明し、『ルオロフから黒いくにゃくにゃに確認してもらいたい』と、タンクラッドの頼みはそれだった。毎回、くにゃくにゃと言われて疑問だけれど、そこではない。ルオロフは二つ返事で引き受ける。
「あの空間の主(※ヂクチホス)に、サンキーさんについて知っていることを尋ねれば良いのですね?でももし、何もご存じなかったら」
「それは仕方ない。探しようがないから、お前に・・・古代剣の模造まで消えていたんだ。もしやと思って」
不安が目元に浮かぶ剣職人は、ルオロフから見て後悔しているように思う。自分を責めているのだろうかと、ルオロフは気の毒に思い、タンクラッドの顔を覗き込み『すぐに』と微笑むと椅子を立った。
「悪いな。戻ったばかりで。俺も行った方が良いと思うが」
言い淀むタンクラッドが目を伏せ、少し間隔を開けて『剣の質を改めて調べたい』と船に残る理由を教える。ルオロフは、トゥの言った意味が分かり、それはそれでと自分だけ動くことにした。
「サンキーが見つかった後。彼が無事だったら、の話だ。彼が無事で、模造剣の狙いが分からないにしても、古代剣の知らない秘密を狙われた可能性を思うと、またサンキーに何があるか分からん。お前に出かけてもらってすまないが、もう一度資料の見直しを」
「気にしないで下さい。私は大丈夫です。では行って来ますから、私の夕食を取っておいて頂いて・・・タンクラッドさん。サンキーさんの特徴を教えて下さい」
肝心の男を見たことがないルオロフ。タンクラッドは『うっかりした』とサンキーの見た目や雰囲気を伝え、貴族は了解して、姿見に立てかけていた鞘を手にすると、急いで部屋を出て行った。
甲板へ出るなり、トゥの首が降りてくる。『このことでしたか』とルオロフが言うと、トゥは乗れと首を傾けた。
「タンクラッドさんが、とても心配しているようですが」
浮上したトゥに話しかけると、トゥは『自分が持ち込んだ委託だから』それで気にしていると教えてくれた。
「どこへ行けばいいか。想像しろ。そこへ下ろす」
「えーっと。えー・・・地名も場所もよく分からないのですが、ここから近いとなると」
こっちだったかなと、首を捻りながらルオロフが島に近い入り口の方を見ると、一秒後にはそこにいた。
瞬間移動したトゥに驚きつつお礼を言い、『私もこうして移動出来たら、いつも快適なんですが(※濡れる人)』と本音を零して、無人島の磯へ飛び降りた。
「トゥ。いつまでかかるか分かりません。でも待っていて下さると助かります」
「心配しなくていい」
帰りも確保したルオロフは頷き、剣を抜いて、夜の波を被る溝を切り付けた。パチンと音がする前にぴょんと跳び上がる(※痺れるから)。
見ていたトゥにその行動は小さな疑問だったが、ルオロフは映し出された明るい草原の中へ入って行った。
「答えを見つけてこい。タンクラッドの不安を解消するために。タンクラッドはタンクラッドで、あいつにしか出来ない仕事に集中する時間だ」
*****
船に残って、夕食時にオーリンの話をぼんやり聞き、ルオロフの夕食をミレイオに頼んで、タンクラッドは『サンキーが』と自分の報告をするや、驚く皆の質問に答えることなく、部屋に引っ込んだ。
アイエラダハッド中央博物館で知った、古代剣の存在。その後、ティヤー入りする間に紙にまとめた資料を前にする。船室の棚に置いた箱から、サンキーが教えてくれた古代剣の詳細を書いた資料束を取り出し、紐で括った厚い資料を二冊、机の上に開いた。
「ごめんな」
委託先にこうしたことが起こらないと、想像しなかったわけではないが。
テイワグナもアイエラダハッドも、引き受けた職人たちは常に周囲に誰かしらがいた。サンキーは田舎の小さい島に、ポツンと離れた家で一人暮らし。もっと気を遣うべきだったと後悔する。
「無事でいてくれよ」
虫の良い願いかもしれない。アオファの鱗が入った袋は、彼の作業台の一画に使わずに置かれていた。使う暇がなかったのか、思い出さなかったのか。それとも、相手は魔物ではなかったのか。
サンキーが屋内に居た証拠もなかった。飲みかけの茶や、料理の残りを入れた器があれば、まだ。
だがそれらはなく、鍵は開いていて、サンキーが表にいた可能性も出た。アオファの鱗から離れた所で、何かに襲われたのかもしれないと思うと、タンクラッドの胸が痛む。
「殺されたとは思いたくない。生きててくれ」
絞り出す心配が止まない剣職人は、『何を狙いにされたのか』古代剣の特性や質の考察から確認されていることまで、隅から隅まで目を通し始めた。
サンキーが心配で、自分でも糸口を探さねばと取り掛かった情報確認だが。タンクラッドはこれで、この時は全く想像もしていない方向の使い方に、辿り着くことになる―――
*****
ルオロフは、答えを知る。
神様に会いに来た草原を進みながら、いろんな可能性に眉根を寄せて考えていたところ、水の音が聞こえてきて前方に水場を発見。『神様に聞きたいことが』と挨拶さておき、大きな声をかけて小走りで近づいた、そこに。
「あ」
「すみません」
なぜか謝った相手は、普通の人間で、普通のティヤー人で、普通の少し太ったおじさん。まさかと貴族は目を瞬く。
「・・・あなたは」
『私はサンキー・パダイといいます、しがない鍛冶屋で』――― 相手はそう言った。
水場の前に正座で座っていた男は、近くへ来た赤毛の若者に驚いているけれど、どうも来ることを教えられていたようで、すぐに名乗った。ルオロフは、さっと水場を見て『話が』とそこで止める。
水場は、うにょっと揺れて、黒い両手が地面から突き出る形に変わり、サンキーは離れるよう指示された(※片手でちょいちょいと)。
「サンキーさん、離れすぎないよう気を付けて下さい!ここは安全ですが、遠くない所で待っていて」
「分かりました!」
草原を遠く歩いて行く鍛冶屋に注意して、ルオロフは黒い両手を振り返る。
「なんで?(素)神様が彼を連れ去ったのですか」
『守ったと言いなさい』
まず座んなさい、と地べたを示した黒いガラスの手に向かい合い、ルオロフは不審の眼差しで座る。
「彼をどうされるつもりですか?彼は、私の仲間の友人です。仲間が大変、心配して」
『ルオロフ。質問は一度に一つずつ』
ピタッと黙った貴族に、黒いガラスのような右手が人差し指を立てて、彼の背後を指差し『鍛冶屋は狙われた』と言う。
狙われる――― その不穏な情報も、どこから?
肩越しに草原を向いたルオロフは、神様に『私に分かるように、彼を連れてきた事情を教えて頂けませんか』と順序ある説明を求め、ヂクチホスは経緯からここに至るまでを話してやった。
ティヤーの離れたところで、あの物質を取り出したサブパメントゥがいる。
これがきっかけ。
サブパメントゥは、ある町の人間の家へ行き、『これを使うか』と物質を確認させた。
その人間は『そうだが』と答えたけれど、剣を作るようサブパメントゥに命じられて、断った。
サブパメントゥの取った行動は、その人間を操ること。話して聞かないなら操るだけで、操って仕事をさせようとしたら剣は出来ず、人間は死んでしまった。
『その人間は年を取っていて、操りに堪えられなかった。あの物質から剣を作る過程と技術を、その人間は他に伝授しなかった。宗教の縛りだろう。
サブパメントゥは、剣を作らせるためにその人間を探し出した。剣を作る材料も、遠い場所から持ち出して』
「・・・それで」
『サブパメントゥが違う人間を探すと分かったから、私は鍛冶屋をここへ運んだ。あの者が作った、同じ形の剣も』
「ヂクチホスの話を聞く限り、サンキーさんと、死んでしまった職人しか、あの剣を作れないような印象ですが、そうですか?」
『他にいるとしても、見つけにくい。いても目立たないだろう。老人は宗教の信者で、その仕事を任されていた。これは前から知っている。
鍛冶屋はついこの前、私がその存在を知ったが(※物質持ち込み以降)、再現する割には自分が何を作っているのかも理解が足りない』
どうやら神様は、『材料』を使って『古代剣制作』する人物を把握しており、『材料』を誰かが手にすると神様が即座に知るのか、使い道が古代剣である以上、彼らを見ていた感じ。それなら、とルオロフが首を傾げる。
「私の剣は、鍛冶屋のあの人が作って下さったんですよ。ちゃんと、ご自身が何を作ったか、理解されているはずです。とても熱心に研究し、長年の憧れにより模造剣を作り続けた、と聞いていますから」
『私の言いたいことは、知識ではなく、ここへ通じることを話している』
あーそっち、と頷いた貴族の膝を、黒い両手はぺちっと叩く。なんです、と眉根を寄せたルオロフに『ティヤーには今、あの鍛冶屋しか、正確に剣を作れる人間はいないだろう』と重大さを強調。
「つまり・・・サンキーさんは、ここに入ったことがなかったから、入れる剣を作っているのに理解が薄く、と。それが危なっかしい。そうですか?」
『そう』
「それは仕方ないでしょう。サンキーさんのせいではありません。彼は古代剣が好きで夢中だと、タンクラッドさんに聞いていますから、そもそも剣が好きで、効果や謎は二の次」
『タンクラッドは』
「ええ?タンクラッドさんですか?話が飛びますね。船に居ますよ。彼が心配したんです・・・って、そうだった!(※ここで両手をパンと打つ)
そう言えば、この前も神様がサンキーさんの家に侵入したから、それでタンクラッドさんが心配して動き回って」
『そのおかげでお前が私に繋がったと、そこまでは続けなさい』
さくっと止められ、ルオロフは頷く(※忘れてた)。『神様と呼ばない』これも注意される(※頷く)。
『お前の剣が出来上がるまでは、それで良かった。だが何かのはずみで、これまで関わろうとしなかった者の目を引く位置に、鍛冶屋は立った。
宗教の人間たちは私の異時空へ入る時、必ずあの物質の剣を使う必要があった。壊して入るため、一回ごとに作り直す。それを行っていたのが、死んだ老人だ』
「サブパメントゥは・・・当然、ここと関係ないどこかから、材料を得たのですよね」
場所は言わないヂクチホスだが、そうだと肯定しておく。
元々はサブパメントゥの持ち物・・・あの物質を持ち出すのが人間であれば止めるが、サブパメントゥが持ち出すだけなら、ヂクチホスは看過の範囲。
今回は、剣を作らせようとした動きを知り、目論見さておき、鍛冶屋サンキーも狙われる可能性から、彼と彼の制作物を引き取った。
老人の職人が、サブパメントゥをもし断らずに要求を引き受けていたら。
サブパメントゥがいなくなった後に、ヂクチホスは老人に『逃げたいか』を聞くつもりだった。逃げたいなら、サブパメントゥが追跡できない遠くへ逃がしてやることは出来る。
だがその前に、短気なサブパメントゥは、断った老人を乗っ取って、彼は死んだ。
ちらっと、後ろの丘を見た薄緑の瞳。温かな潮風が吹く、草原の風景、その端っこにサンキーの影が見える。
「では。しばらくの間、サンキーさんはここにいるのですか?時間の流れが曖昧なのに」
『お前が動いたと分かったから、呼び出す手間も省けた。お前が連れて行っても良い』
くるっと振り向いたルオロフの瞼が半分下がっている。『そのつもりだったんですか』と尋ね、両腕は『知り合いだと言ったな』と、貴族と鍛冶屋の両方を指差した。
「私ではないですよ、タンクラッドさんの」
『タンクラッドの性格だと、連れて帰るだろう』
ルオロフが溜息を吐き(※お持ち帰り決定)、黒い両腕は『模造の剣はどうする』と地面を叩く(※地中にしまってある)。
・・・傷まないならここにしまっといて下さい、と力なく答える貴族は、神様連携がいかに使われるかを学ぶ。
でも、サンキーさんが無事であり、尚且つ船に連れて戻ったら、タンクラッドさんは安心して喜ぶに違いないとそれは分かるので、神様の配慮に感謝を伝え、サンキーと共に異時空を後にした。
サンキーは普通のおじさんで、高い段差はしんどそうなため、表の磯へ出る高さは、手を貸して外に出す。上がった磯も足元が滑り、夜の海は雨で打たれ、サンキーが落ちそうになったので、ルオロフは慌てて彼を掴む。
「すみません、ルオロフさん」
「足元悪いですから・・・私に掴まって下さい」
ハラハラしながらルオロフが心配していると、待っていたトゥがぼわ~っと現れ、サンキーが目を丸くした。
トゥは二人に、首へ乗るよう促し、ルオロフは鍛冶屋を後ろから抱え『怖くありませんからね』と一応断って、ダルナの大きな首元に飛び乗る。緊張する鍛冶屋と共に、二人は一秒後にアネィヨーハンへ。
トゥは、出てきた時から到着した後も、何も言わなかった。いつもながら、何かを先に知っている彼にとって、想像通り運ぶ様子を確認する必要がない。
「タンクラッドしか作れない武器があるな」
二つの首をゆっくり上に向け、雨降る背景にダルナは溶けるように馴染んだ。
お読み頂き有難うございます。




