2733. 三十日間 ~④東より腐敗臭の魔物を・鍛冶職人行方不明・ヨライデ第二王城の薬師
※11日の投稿をお休みします。どうぞ宜しくお願い致します。
シャンガマックがバイラと分かれて、フェルルフィヨバルに『仕入れたばかりの情報』を説明しながら、午後のテイワグナ上空を移動する時間。
遣る瀬無さ消えない女龍が、イングにまとめてもらった『告知へのお祈り』を聞く時間。
タンクラッドたちと魔物退治に出かけたオーリンは、分担で離れた場所にいた。
オーリンは龍から降りることがないため、空中から魔物を攻撃し、倒してはそのまま離れて次へ向かうので、民に話しかけられることもまずなく、上から観察した魔物の様子を考える時間があった。
腐敗臭、とイーアンは言ったが、どっちかと言うと汚物臭に近い気がする。
自宅の家畜の糞や尿を、毎日掃除していたオーリンは、汚物に土を被せきれなかった時の臭いを思い出す。
腐った臭いと、変化している最中の刺激臭が混ざる。あの臭いがすると、かけた土が薄かったかと、よく慌てて土を盛りに外へ出た。放っておくと、虫が酷くなるから・・・・・
オーリンは単純な魔物の変化を、少し他人事で考えてみる。
ほぼ毎日退治に出るタンクラッド、それに付き合うルオロフの話では、魔物が多いと思う場合もあれば、少ないと思うこともあると話す。
そして魔物は、大体が腐敗臭や腐った姿で、材料にもならないのが、最近の魔物の特徴。腐っている条件は同じでも、基本になる形は様々・・・これは、前と変わらない。
「だからタンクラッドは、死霊がまた憑いたかと、その線を気にしている」
それはあるかもね、と龍の背で認めるオーリン。最初の死霊とはまた違う感じでも。
一つの仮定を、オーリンは頭に浮かべる。今回、俺が関わってなく、自分で見聞きした情報ではないことを少し惜しく感じつつ。
「ヨライデに、あの師弟は逃げ帰ったんだよな。イーアンを捕まえた、死霊を使うアソーネメシーの遣いは、ビルガメスに消された。でもそいつの続きがまた出てくるかも、とイーアンは心配していた。
クフムが、ギビニワ司祭の手記・・・アソーネメシーの遣いの制作物(※2571話参照)だが、それを読んで『ヨライデ国王』が気になると、俺にも教えてくれた。
サブパメントゥが『動力』に関わるのも、今は全くと言って良いくらい静かになった神殿関係も、人間の死体と霊に拘っている。
やっぱり、なんかいつも思い出すんだよな。ドゥージが前、話していたこと・・・『ヨライデの森で死体が動く(※1623話参照)』って、言っていたのを」
オーリンの黄色い瞳が、午後の曇り空を見上げる。それから下方に視線を走らせ、一つのことに気づいた。
ガルホブラフに頼んで、昨日も出かけた場所へ戻ってもらい、魔物を倒した現場をいくつか巡る。そして『合ってる』と東に顔を向けた。
「どこもかしこも、ヨライデの方向から魔物は出ているじゃないか」
あながち見当違いでもなさそうだなと・・・龍の民は重く垂れこめる空の下、東を見つめた。
*****
同じ頃、タンクラッドは魔物退治で南西へ進むだけ進んで、ハイザンジェル近くまで来て引き返す。次は東へ移動。
アマウィコロィア・チョリアを通過し、ずっと東方面に行くと、南東端辺りに散らばる島の海へ入る。サンキーのいるピンレイミ・モアミュー島(※2467話参照)もここに在る。
「虫の知らせというかな」
「虫なんていない」
トゥの即答に、タンクラッドは一瞬黙って『例えであるんだよ』と流す。
サンキーが気になる・・・彼は魔物製の剣を作り続けているから、出来た剣を買い取りに行くかと、それもあって親方は鍛冶屋サンキーの島に降りた。
来ると必ず降りるサンキー宅近い草むらで、トゥは姿を消す。向こうに人影があって、トゥはそれが何かを主に教えた。
タンクラッドは透明になったダルナを振り返らず、足早に鍛冶屋の家へ急ぎ、集まる人たちに『どこから来たの』『誰ですか』と警戒されながら、『自分はサンキーの知人だ』と共通語で答えた。鍛冶屋の家は扉が開いており、中で数人が動いている。
背の高い外国人を見上げた島民は、訝し気に外国人が来た方へ目を走らせて質問する。
「知人?あなたは外国人ですよね。船はどこに」
「船はあっちだ(※適当に後ろに頭を振る)。俺は魔物資源活用機構・・・分からないか。ウィハニの女の同行で、ティヤーに来た剣職人だ」
「剣職人。サンキーの友達ですか」
目を丸くした島民に、そう言ってるだろ?と、焦るタンクラッドが言い返すと、島民のおじいちゃんは『サンキーが居なくなった』と教えた。ここまではトゥに聞いていたので、タンクラッドはその続きを尋ねる。
「消えたのはいつだ。この様子だと、居ないことに気づいたばかりみたいだが」
「違います。昨日の夜です。島に魔物が上がって」
海を指差したおじいちゃんは、魔物の出た方からすごい臭いがしたという。それで、サンキーが剣を作っているのは誰もが知っているから、剣を借りようと剣を持たない男たちが、彼の家に頼った時には、もういなかった。
「でも魔物は、不思議な誰かが倒したんですよ。ちょっと精霊とも違うような格好で、喋るんですけれど。この前お祈りしたから、それですぐに助けてくれたのかと思いましたが、確認とお礼の前に居なくなりまして」
お祈り、は『告知』だなと頷き、不思議な誰かは異界の精霊。タンクラッドはここに質問せず流し、島民に死傷者が出なかったことを聞いて安堵した。
被害者は出なかったけれど、サンキーが行方不明・・・で、『今朝、交代で寄ってくれた警備隊に話し、今調査してもらっている』と近くにいた若い男が中を指差した。
「サンキーは島から出ていないんだろう?彼への来客が来たとか」
親方は、サンキーの外部接触も尋ねたが、彼らが言うに『サンキーが出かけるなんてまずない』ことと、『島に来るのは警備隊や海賊』くらいで、たまに近くの島に住む親戚は来島するが、いつ雨が降るか分からない時期だけに、仕事でもない人は来ない話だった。
サンキー宅の中に居るのが警備隊と知り、タンクラッドは人をかき分け、宅内に入った。
警備隊は突如入ってきた外国人を止めたが、『俺は魔物資源活用機構の職人』と名乗った相手が、海賊の端革を見せたので、掴もうとした手を浮かせる。
「ンウィーサネーティの!」
「そうだ。サネーティがアンディン島で、俺たちのために作り、持たせてくれた。で?サンキーに用があって来たんだ。彼は」
「あの・・・そうでしたか。ええと。ちょっとこちらに」
すごい効果のサネーティに感謝し、タンクラッドは警備隊員に剣の壁へ導かれ、サンキーの作品群を前に立つ。
ぱっと見、ない。ないと、すぐ気づいた。
背の高い剣職人が忙しなく動かした視線を、彼より背丈が低い隊員は気付かない。
「剣がいくつかないのですが、島の住人の話ではもっと沢山あるような。あなた方が購入したりしましたか?」
「・・・まだだ。今日その話を、と思ったのだが」
「ああ~、じゃ。分からないですね」
警備隊の質問はそこ止まり。タンクラッドは、サンキーの工房で作っていた古代剣の、あの材料ではない剣も消えた状況に不穏を感じた。
あの材料を使った剣は、一本残らず回収されている。黒いくにゃくにゃに(※2684話参照)―――
だが、あの材料を使用しないなら、作っても大丈夫だと俺は彼に伝えた。なのに。今、彼の自宅には模造の古代剣すらない。
*****
話は変わって、場所も変わって――― 隣国。
「魔物溶剤」
言ってみればそうだな、と死体の前で薬師が壺の栓を戻した。
ティヤー人の死体が詰め込まれた、奇妙な箱一つ。蓋を開ける前から臭いが強く、場所を選ぶ。薬師は、この箱が届くたびに、蓋を開けて壺を傾け、溶剤を垂らし、さっさと蓋を閉める。閉めると言ったって、ずらしたのをまた重ねるだけで、臭いが漏れないわけではない。
長居すると服に染みつくだけでは済まない臭いなので、薬師は地下を離れた。死体の箱は、地下水道の脇の足場に置かれたまま。いつもそう。今日もそう。地下水道は少し先に海があり、水の流れがあるけれど、それでも臭いは強い。
「溶剤の効果を知りたいとは思わないな。どうせ崩れたりくっついたりする程度のような」
年は三十そこらの薬師が何の恐れもなく、ただ臭いがイヤだとそれだけで、すたすた来た道を戻る。
王城の一階へ上がる中道を通り、第二王城の左の階段を上がって一階へ。階段から続く通路を次の角まで進んだ右の部屋に入り、壺を棚に置いた。
彫刻が四辺に飾られた木製の机に、一枚の紙が置かれており、薬師はその上に背を屈める。文字ではなく、赤茶色のくすんだ記号が幾つか並び、薬師は『まだあるんだけどね』とそれを見て呟いた。
紙は、机の右の白紙の束から抜いた一枚だが、記号を描いた液体は血混じり。毎回、こうして『お会いするお知らせ』が来る。
「イソロピアモ様は、知ってらっしゃると思うけれど・・・私から全くご報告しなくて良いんだろうか?」
ヨライデ第二王城の一階で、死霊使いの薬師はそこだけが気になっている。ティヤー人の死体の箱も、魔物行きの溶剤の使用も気にしないのに。
卓上の手紙に再び目を戻し、『来たら、ちょっと聞いてみるか』と欠伸をした。溶剤をまた届けに来るだけなら、長居しないだろうけれど。毎回忙しない相手だが、たまに話し込むこともある。
「死んじゃってる体は魔物行きしかないけど、生きてる体は死霊になれるから、そっちの方が今後、イソロピアモ様の都合に良いと思うんだよな。生きてる体も回収しないか、これも話しに出してみるか」
ヨライデで――― 死霊使いの薬師は、ティヤー人の死体に『言ってみれば、魔物溶剤』を注いで、魔物増やしの手伝いをする。
あの箱は放っておくと消えており、隣のティヤーで魔物になる・・・とは教えてもらった。
「生きているのも集めていそうな、そんな話、前に聞いたが。それはどうしているのかなぁ」
ティヤーで使うのかな?と首を傾げながら、広い部屋の奥へ行き、小さい金属三脚の内側、更に小さな火鉢に火を熾す。三脚の上部は輪が水平に乗っており、そこに水を入れた茶瓶を置き、茶を沸かした。
しっかりした重い木の椅子に座り、茶瓶の茶を器に注ぎ、晴れた窓の外を見る。
茶を一口含んで、薬師は賑やかな表の声や音を聞きながら、今日来訪する『死霊の長』について、少し考えた―――
お読み頂き有難うございます。
明日11日の投稿をお休みします。どうぞ宜しくお願い致します。
少し前から体調が良くなかったのもあるのですが、11日が自分の誕生日だったのを思い出して、この日に休むことにしました。猫とゆっくり過ごします~
いつもいらして下さる皆さんに、心から有難く思います。
いつも励まして下さることを、本当に感謝しています。
まだまだ冷えますから、お体に気を付けて温かくしてお過ごし下さい。




