2730. ティヤー三ヶ月目の三十日間 ~①気配薄れる魔物・別行動:シャンガマック、バイラ再会
タンクラッドの、相談と言うか、意見と言うか。
出発した女龍は、『分からないでもないけど同意しかねる』と賛成できない。とりあえず自分たちが動く考えを固めた方が良いと思った。
確かに魔物が・・・表現しにくい変化をしているのは肌で感じ取ったので、アレが増えているなら退治も無論だが、少し調べた方がいい気もする。
魔物の気配が、あるんだけれど、薄い。違和感を思い起こせば、それがまずある。
タンクラッドはそう言わなかった。私もすぐには思いつかなかった。気配がないわけではないから。でもおかしい。臭いを頼りに倒すなんて、今までなかった。
「どこか・・・人間臭いんですよね。なんかこう、変な例えだと『汲み取りトイレ』っぽい感じもしたような。腐ってる臭いに混じる刺激臭は、そっち系に思える。魔物・・・排便しないはずですが」
臭いが強烈過ぎて気を取られ、気配が薄いことに今更気づいた。そう言えば少し前に倒した時、違和感はあったけれど、弱い魔物ですぐ倒せたから気に留めなかったけれど、あの時も『臭い』印象があった。
『告知』前に何度か倒した魔物の群れは、離れたところから消していく今のイーアンにとって、臭いが分かる距離まで、まず接近しない。
やっぱり死霊なのかなと首を捻りつつ、タンクラッドの意見をこれに重ねる。
魔物が変なのは気になっても、平たく考えたら今までだって常に一定ではなかったし、これを理由に異界の精霊を指揮するのは、やはり違うことにイーアンは思う。
「頼る、とあなたは言うかもだけど。彼らに対し、あなたが先ほど『効率』と言葉にした以上、それは使う感覚です。慣れるとね、おかしくなるんですよ、タンクラッド・・・本来あるべきはずの垣根も、気づけば踏み越えて。『交錯する時代』にあるとはいえ、一線引くのを常に覚えていなければ」
って言いながら、私も頼ること多いけど~・・・ イーアンも頼り過ぎている自覚があるので、角が立つような説明は避けたい。ただ、部下のように使う意識はないから、そこは親方と違う。
異界の精霊を頼らずに済む方法を提案してから、親方に返事をしようと思った。
「ラファルの状態はどうだろう。皆は彼に関わったことがないし、バニザットと一緒と知っているから、彼の身の危険を聞いても反応が薄かった。古代の海の水の使用、これも『え?』な感じではあったけれど、魔導士が信用されているからだろうな・・・ザッカリアやドルドレンがいたら、二人はラファルを心配したでしょうね」
心配されない状態に理解はするも、少し寂しい。独り強く耐え、何にも期待しない男・ラファルの無事を、イーアンはひたすら祈る。
そして女龍は、広い広い大海原のどこかにいる、大精霊ティエメンカダを呼んだ。
この後、ティエメンカダと現況を話し合うことで、意外な方向へ話が動く―――
*****
「始まったすぐだと気も張っているし、変に顔を見せたら意欲を削ぐか」
テイワグナの山林を歩くシャンガマックは、朝だけれど既に二つの仕事をこなした後で、バサンダの様子を見に行こうかと考える。何となくだが、誰かに会いたい気持ちがふわふわと心に漂う。
バサンダを見て懐かしさを感じたから、次々にテイワグナに住む知人を思っては『会いたいなぁ』の気持ち(※帰国旅の心境)。
「にしても。ティヤーも暑いところは暑かったが、テイワグナは全体が暑い」
まだ朝だというのに、こめかみを汗が垂れ落ちる。衣服はティヤーでも着用しているファナリの種族製だから、汗を吸っては乾いてくれる(※速乾)が、頭はどうにもならない。暑いなぁと、山林の蒸し暑さに苦笑する。
苦笑する余裕は、シャンガマックにも都合が良い。
心配して一日に二回は来てくれる父にも、姿を見せずに常に付き添うダルナにも、余計な気を遣わせずに済む(※周囲が過保護)。
皆が魔物を退治しているのに、自分だけ免除された状況を思うと、ちょっと後ろめたさはある。
危険と言えば、サブパメントゥとの接触くらいか。他は、呪いを持つ精霊に、怒りを買うなど・・・それはまずないだろう、とファニバスクワンは話していた。
「うん・・・そうだな。昨日もそうだが、呪いが掛かった地に入っても、俺に警告を伝えることはあったが、それ以上にならない。『原初の悪』が絡んだ土地、彼の行動の影響を受けた土地は、まだ見ていないから、そっちはもしかすると何かあるかも知れないが」
がっさがっさと大股で、下草の伸び放題の林を進み、林から崖に続く際で足を止める。
「どうだ」
巨体のフェルルフィヨバルが待っており、『何ともなかった』と答える騎士は、ひらっとダルナの首に飛び乗る。
『バサンダに少し会おうと思うのだが』と呟くと、ダルナは翼を広げてゆっくり浮上しながら『まだ早いだろう』と。言われると思ったシャンガマックはちょっと笑い、そうだよねと額を掻く。
フェルルフィヨバルは・・・騎士の気持ちを感じ、仕事で来てはいるけれど、軽く誘導してやる。
「シャンガマック。お前はこの国で、誰かに会う予定があるのか」
「ん?いや。予定はバサンダだけで」
「私に気を遣わなくて良い。この機会で寄り道するとしても、仕事に差し障ることもない」
「・・・フェルルフィヨバル。何を言っているんだ」
白と灰色のダルナの太い首が揺れて、大きな頭が少し横を向き、その特徴的な目が背中の乗り手を見た。
「私は移動に時間を使わない。行きたいところがあるように思うから、言ったまでだ」
「ふーむ、あなたは知恵のダルナ、と以前教えてくれたが。俺の心を読んだわけでもないだろうに、分かってしまうのか?」
クスッと笑った褐色の騎士に、ダルナも少し硬い口端を上げて『お前は実に誠実で正直だ』と顔に出ていることを教えてやったら、騎士は大笑いした。
「そんなに顔に出ているとは思えないよ」
「分かりやすい顔だ。どうする?」
「ああ、負けるな・・・うん。では、首都に行きたい。実は」
笑いながら、シャンガマックは『負けた』と認めて、気になっていた人たちの話をした。首都は地図を見ないと正確な方向が分からないと伝えたが、話しが終わる頃には眼下に広がる景色が様変わりし、あの乾いたウム・デヤガ付近と気づいた。
「こんなに近かったか?」
驚くシャンガマックが見下ろしながら、背後を振り返って遠い山脈の影と比較する。フェルルフィヨバルは何てことなさそうに『合っていて何よりだ』と降下し始めた。
*****
フェルルフィヨバルにゆっくり飛んでもらって、警護団本部と資料館を見つけた騎士は、目立たないように降りたいと願い、ダルナの幻影で見えない状態から、下へ着地。
『有難う』
小声でお礼を言い、シャンガマックはまずは本部へ向かった。と言っても真裏に近い通り影から出発したので、横の路地を抜けたそこはすでに本部の壁際。警護団員が門の近くで話しているのを見つけ、側へ行って挨拶する。
「すまないが、ジェディ・バイラという団員を探していて」
「あなたは」
「俺は、ハイザンジェル魔物資源活用機構の」
自己紹介の出だしで、二人の団員の目が丸くなり『機構の人?』と驚かれ、笑顔で頷くと、彼らは即中へ案内してくれた。この信用っぷりはすごいな、と全く疑われることなく屋内へ連れて行かれるシャンガマックは嬉しく思う。
バイラを呼びに行くまでの間、他の警護団員もちらほら側に来て、皆一様に『機構の人』で驚いては喜んで群がる。
ここでお待ちくださいと、廊下の目立つところで止まったシャンガマックは、人に囲まれて降り注ぐ感謝と質問(※『いまどこ』『他の人元気?』)に困りながらも、笑顔で応じる。
そうして、数分。廊下の奥から足早に近づいてくる音に気付いたシャンガマックが振り向く。あの音、あの歩き方。背の高い騎士は、集る人たちの頭越しにパッと目が合った、懐かしい友達を見て笑顔がはじける。
「シャンガマック!!ようこそ来て下さいました!」
本当にシャンガマックだ!と大声で叫んだバイラは駆け寄って、客に群がる仲間を押しのけて、褐色の騎士の笑顔に両腕を広げる。シャンガマックも嬉しくて彼をガッチリ抱き締め、元気でいたかと互いに再会を喜んだ。
「ああ、シャンガマック!どれだけ嬉しいか!いや、用事で来たのでしょうから、泣いている場合ではないですね」
涙を拭くバイラに、シャンガマックも少し涙ぐんで微笑み『用事と言うほどでもないが、顔を見たくて』と近くまで来たことを伝えると、バイラは両目を押さえて(※涙腺崩壊)感激した。
「もう・・・皆さんが無事でいるとは思っても、毎日精霊に祈って過ごしてまして」
鼻をすすり上げながら、目を真っ赤にしたバイラは泣きながら笑顔で、シャンガマックの服をサッと見渡し『前も格好良かったけれど、今の服も格好良い』と褒め、シャンガマックは照れて笑った。
「すみません、こんなところで立たせたまま。シャンガマック、ちょっと応接室で待っていて下さい。都合をつけてきますので」
「仕事中だろうから」
「良いんですよ!仕事なんか!」
感動の再会に微笑んでいた周囲の視線が、さっとバイラに集まる(※タンクラッドの時も同じ=1852話参照)。
苦笑した騎士が『無理はしなくても』と気遣ったが、バイラは周囲を無視して騎士の背に手を当て、応接室はこっちですと連れて行き、騎士に長椅子を勧めると、そそくさ部屋を出て行き、十分後に戻って来た。
この十分間、他の団員の話し相手をしたシャンガマックに、『お待たせしました』と労うや、『出かけましょう』と意気揚々、バイラは外出へ誘う。
本部の外へ出てすぐ、馬の確認をしたバイラは、来客が空から来たと聞いて自分の馬に乗せた。懐かしい青毛の馬・・・バイラの馬は名を持たない。その理由も聞かせてもらったことがある。元気にしていたかと、シャンガマックが馬の首を撫でていると、バイラは手綱を引いて歩き出した。
「あ。バイラさんは乗らないんですか」
「徒歩と同じ速度です。町中だし」
「じゃ、俺も」
「何を言っているんですか。遥々来てくれたのに、歩かせられないですよ」
相変わらずにイイ人バイラに、シャンガマックも顔がほころぶ、有難く、汗を拭き拭き馬に跨らせてもらったまま、バイラの案内に任せ、喋りながら通りを進む。
懐かしさ溢れる時間は、矢継ぎ早に話が変わるし、思い出した側からあれもこれもと思い出話に花が咲く。
バイラの今の仕事は、たまに出張で近隣へ出ることはあっても、ほとんどが機構の仕事。
『ロゼールはよく会えるんです。彼は飛び回るから忙しいけれど、来てくれると気持ちが上がりますね』と嬉しそうに話す。皆さんが教えた技術は、テイワグナの各町でも定着していて・・・と魔物製品の話も混ざりながら。
馬は、シャンガマックが気になっていた場所へどんどん近づいて。
「バイラさん、ここは」
「ええ。シャンガマックが来たいだろうと思いました」
あっさりと『テイワグナ史実資料館』へ到着。
自分の喜びは脇に置いて、忠実なバイラは来客の一番好きそうな所へ真っ先に案内してくれた。
「さぁ。私はここで、馬と待っていますので、シャンガマックは館長に挨拶を!どうぞ行って下さい」
「そんな。俺一人の時間で来れば良いですよ。バイラさんと会ったばかりで」
良いんですよ、と馬から降りた騎士の背中を押す、笑顔の警護団員。なんてイイ人なんだ!とシャンガマックは頭を下げて礼を言い、『急ぐので』と小走りに資料館入口へ向かった。
「バイラさんが良い人だと知っていても、改めてまた思うなぁ。有難い機会だから館長が居れば、次に会える約束を取り付けて」
居ない可能性の方が高い人。シャンガマックは、館長が調査に出て何か月も留守にするのを知っている。どうかな、と暗い館内を覗いてから、扉の鍵がされていない中へ入り、呼び鈴を鳴らした。
「ここは、人が来ないから明かりが勿体ないと・・・フフッ、懐かしいな」
休館日かと思った、最初の出会いの印象(※934話参照)。
館長を訪ね、真っ暗な館内に驚いたんだっけとシャンガマックはくすくす笑いながら首を傾げる。あの時も、誰もいなくて少し中へ入ったんだよなと、顔を通路へ向けた、その時。人影が通路から出て来た。
「あ。館長」
「え?・・・ええ!あーっ!あーっ!シャンガマックじゃないかっ!君、どうしたの!いやー久しぶり!」
大騒ぎしながら走り寄って、褐色の騎士の両腕をバンバン叩く館長に、シャンガマックも笑い出して『元気そうで!』と再会を喜ぶ。バイラの時と違って、元気が前に出る館長は涙と無縁の人。
「どこ行っちゃたの?!今は違う国なんだろう?ああ、良かった!私は、一昨日帰ってきたんだよ」
捲し立てる館長に笑いっ放しで、シャンガマックは頷きながら外を指差す。実は今、仕事でテイワグナに来ていて、今日は旧友を訪ね、近くだったからこちらにも顔を出したと話すと、館長は外をちらっと見た。この位置から馬を繋ぐ杭と屋根は見えないが、人を待たせていると思った様子。
「友達は?外にいるのかね」
「はい。待っていてくれて。だから館長が居たら、またゆっくり話せる約束をと」
「そうだね!明日でも明後日でも良いよ。後一週間はここにいる」
「すぐ出るんですか?準備もありますよね」
「用事は調査報告なんだよ。ウム・デヤガの隣町で集まるから、一週間後に二日空けるけど、それが終わったらまた資料館に戻る。資料もまとめないとならないし」
そうなんだ、と了解したシャンガマックは、腰袋から預かりものの巻物を取り出す。まだ・・・使うんだけど、まずはお礼をと思ったら。館長の太い指が、それをぐっと押し返した。目が合って、館長は見越しているように微笑む。
「君が持っていていい。今返さないでも。使えるんだろ?」
「・・・はいっ。これで、どれだけ助かったか」
「うん。君なら絶対にできると信じて渡したんだ。次に会う日、詳しく聞かせてほしい」
もちろんです、とシャンガマックは強く頷く。館長は背の高い騎士の腕をパンパンと叩き、『友達が待っているなら戻らないと』と送り出す。シャンガマックは手を振って『明日か明後日、また来ます』と大きな声で約束し、玄関口で見送る笑顔の館長に別れを告げた。
黒い馬と一緒に立つ警護団員は、戻って来たシャンガマックにニコニコしながら『会えたんですね』と一言。シャンガマックが、また来る約束をしたと話すと、馬に乗るように言い、バイラは跨った騎士を見上げた。
「今日。資料館が開館しているのを調べたんです。居てくれて良かった」
「あ・・・先に知っていたんですか?バイラさん~!」
バイラは軽く下調べ済みだったらしく、気の回し方が細やかな彼に、シャンガマックは何度もお礼を言った。
再会が本当に嬉しくてならないバイラは、この後、来客を馬に乗せて自分は歩きながら、馴染の軽食屋へ連れて行き、食事を『公費なんで』と笑って奢ってくれ、シャンガマックから現在の旅の様子を聞かせてもらった。
遠くにいる、前一緒に過ごした力強い仲間の話を、警護団の男はそれは嬉しそうに聞き続ける。
何皿か食べ終わったところで、『もう少し食べますか』と追加を買い、飲み物と一緒に机に置きながら、一区切りついた会話にバイラからも話しを出す。
「シャンガマック。そういえば私も、報告出来ることがありそうです」
笑顔のバイラが声を潜め、騎士の隣に腰かける。彼の目は笑っておらず、シャンガマックも齧りかけの平焼き生地を持った手が止まる。
「サブパメントゥが増えています。その影に精霊がいるような」
お読み頂き有難うございます。
明後日の投稿をお休みします。どうぞ宜しくお願い致します。
いつも励まして下さることを、心から感謝します。
いつもいらして下さる皆さんに、本当に感謝して。
寒波でとても冷え込んでいますから、どうぞお体を大切にして下さい。
温かくして、温かいものを食べて、お出かけの際はお足もとにお気をつけて。




