2727. 僧兵、残兵 ~③ある、跡地
ティヤー北西の修道院址―――
ここは瓦礫すら撤去され、跡地に様変わりした。
海を臨む崖の上にあった修道院は、崖際から院までの広い庭があり、修道院二棟を挟み、前庭、塀、そして一般道へ下りる私道が敷地だった。
近い町は、私道に丁字で横へ走る一本道から続き、道沿いに点々と民家が現れると町外れ。さらに下って緩い斜面に民家の地区に入り、平坦な地面に変わったあたりで港付近まで、のんびりした町並みが広がる。
修道院が襲われた時、町には一切被害がなく、この日の事件を部外者は知らない。孤立した修道院は、叩き潰され、収容人数の9割が死亡した。命からがら逃げた数名は、いずれも行方知れず。
二棟の修道院は、崩壊した基部より上を何者かに崖へ落とされて、柱の一番下や石の型枠くらいしか残らなかった。
後日、旅人が近隣住民にここを教え、住民は驚き、どうするかと相談し合った。
死体は惨殺。身体を壊された死体だらけの上に、貪る生き物に荒らされたことで、埋葬は嫌がられ・・・全て積まれて焼かれたのが、もう、一ヵ月前か―――
カサッと落ち葉を踏んだ足が、跡地の横へ出る。ガサガサと続いた引きずる音は、片手に掴んだ魔物の躯。砂浜に跳ぶ虫の、でかくなった様な魔物。この前、これに火を放ったら、長い時間燃えると知った。
「まだいると良いが。魔物は死骸を溜められないから、探すのが面倒臭い」
何もない、見通しの利く跡地の反対側に、仮の庵を枝で組んで作った住まいに運ぶ。土に掘った穴に魔物を砕いて入れ、火打石の火花が幾つか飛ぶと、ゆらっと表面を這う炎が魔物の躯を舐めた。
風があろうが雨が降ろうが、なぜか消えない炎。生き返ったら面倒だと焼こうとして、思いがけず使えた代物。
ここには誰も来ない。魔物を材料にする僧兵は、少し涼しい風の吹く崖へ行き、下へ飛び下りて、砂地に着地すると、今度は砂に隠れる貝を探して集め、家一軒分程度の小さい磯で、影に休む魚を捉え、上に戻った。
無駄な体力は使いたくない。降りる時は落下でも、上がる時は地面伝いに森を抜けて庵に帰る。
食べるのには困らない場所ではある。海の生き物が豊富だし、畑から外れた場所で育った豆も勝手に野生化しているし。鳥も落とせるが、海鳥は味が悪いから嫌だ。
元々、神殿の料理番手伝いで入った身。食材を集めるのも調理するのも苦労しない。僧兵になってからは、料理も離れたけれど・・・ 手が覚えたことは忘れないもので。
ここに魔物が出ると倒すが、それも自分の範囲だけ。目立つ動きは控えている。自分のためでもあり、また―――
『火から離れろ』
『はい』
集めた貝を炎の端に並べたところで、慣れた命令口調が飛ぶ。
どっちですか、と腰を上げた僧兵に、後ろへ行く指示が出て、背中側に続く、浅い森の中程まで進んだ。ここに大樹の洞があり、明るい時間はここが都合良い様子・・・ ただ、この相手はサブパメントゥにしては、暗さがそこまで苦手でもないような。
『余計なこと考えると、俺に筒抜け』
『知ってます』
『暗さが弱点だと思ってるんだな』
『用事は』
『ふーん・・・お前は生意気だ。でも許しといてやるよ。用事は一個しかないだろ?どうだよ』
『想像ですから、今求められても確証は』
『無理って事?』
この場合は、僧兵に不利で頷けない。無理=役立たず=消される、の図に黙る。途端にフフッと笑った青い肌の男は『バカ』と首を振った。
『殺すつもりだったら、会いに来ないっての』
『分からないですから』
『怯えてはいるのか?俺が怖いみたいに聞こえるね。お前の態度は生意気でも』
『態度は、このまんまで生きてきました』
『変に正直な奴め。で?じゃ、何してほしいっての、あるのか?お前にほしいものがありそうだよ』
『・・・道具と材料です。俺も知識の範囲で、実物も手にしたことありませんし、いい加減な出来は望まないので、できたら試して正確に』
『あー。分かった分かった』
ふーっと、息を吐く、振り。このサブパメントゥ自体が煙のようで、息を吐くと本人も薄くなる。黄色混じりの灰色の煙が霧のように辺りを包んで、煙臭い中の会話は、サブパメントゥの考え中時間で一時停止。
『えーっと。この前言ってた剣だろ?』
『数は多くないでしょうが、まだ残っている可能性もあります。それを定期的に使った人の話を知っているので。実物は見た事ないんですけれど、俺が思うに、条件を適えていそうな材質は、それくらいかもです』
興味を持っては危険、と注意された対象。
知識に留めていただけの剣・・・教祖様が使う剣で、使用する場に立ち会った司教から詳細を聞き、珍しい特性がありそうだと思った。他の現存する物質では、作り出さない限り無い特性のような。
そして、一度使うと新たに作り直す、とも聞いた。一回ごとに壊れるのか、常に新しいもので行う儀式なのか、その辺は知らないが、作り直している以上は、その材料と、作れる職人がどこかにいるのだろう。
サブパメントゥは『うーん』と瞼を擦って、面倒そうなのが分かりやすい。
『反身で黒っぽい、短い剣。どっかで見ててもなぁ。俺も、人間の作るもんなんかどうでもいいし、一々覚えてない』
『他に要るのは、動力の一部です。こういう形の・・・跡地に埋まってないか探しましたが、何も残ってないので』
実は、死霊にやられる前から、何かに製造室が一度破壊されて、殆ど使い物にならなくなったが、後日、実験に使う分だけ他の製造所から回してもらい、作業を続けていた。が、今はその使う分ですら『ない』。
こういう形です、と、しゃがんだ地面に指で絵を描き教えると、煙のサブパメントゥは『お前の頭の中を見た』と、僧兵を立たせた。
『剣で試すからか。そうさね、じゃ、その辺は俺が調達してやら』
『有難うございます。剣はどうですか』
『ホントに、代用とか考えつかないのかよ』
『難しいですよ、俺が今まで触れて来た物質では』
『ちっ。仕方ねえな。仲間に聞いといてやる』
何のかんの言って、用意してくれる流れになり、僧兵は頼む。
煙燻る相手は組んだ腕の片手をさらっと払って『帰っていいよ』と庵に向け、僧兵は背中を向けた。辺りを包む煙はあっという間に消え、鼻腔の奥にきな臭さだけが残る。
「他のサブパメントゥをよく知らないが・・・俺を捕まえた彼は、皮膚の色や様子が違うだけで人間みたいだ。反応も」
ボロボロの衣服を纏うが、背が高くて顔つきは整っており、容姿だけなら人間でも滅多に見かけない美人。男だと思うけれど、そもそも性別のある種族か知らないので、女かも知れない。男の胸だから男なのか。
「会っていても、あんまり嫌じゃないのは救いだな」
下手をすると、呆気なく殺されるにせよ、見た目が良いから。
ティヤー人だらけの国で、ヨライデ派遣の自分には、あの面立ちが実に美しく感じる。ティヤー人は好みじゃない。
この僧兵は、開発に足を突っ込んでいた。探求心が強く、発想の幅も広く、勘が良く、記憶と応用力に長けており、僧兵で人殺しも任務にあれ、それよりも開発の場に呼ばれる方が多かった。
護衛がてら、実験の際には同席して意見も言い、面倒があれば片付けて来た。
今は、魔物製の武器や道具に関心が向いている。そんなものを考えたこともなかったが、『ティヤー上陸のウィハニの女』が、魔物を活用した武器や防具を配ると聞いた時から。
魔物は死骸がせいぜい一週間で消えると、噂で聞いていたものが。長く使える上に、これまでの素材より強いと知って、興味が湧いた。
僧兵の立場で、あちこち移動した先の『魔物製品』を見に行った驚きと面白さは、新鮮な感動もあった。
海賊の敷地に足を踏み入れると煩いので、長居はしなかったが、運び込まれたばかりの製品を覗きに行き、各国で作られた違いと、同じ条件―― 魔物 ――を揃えた目を瞠るばかりの美しさに、自分も作りたくなった。
本山壊滅後。出向先で、『戻れ』と手紙を受け取り、所属神殿系列の修道院―― ここに帰った時、雷をなぎ払う仕掛けのやり直しに相談され、留まっていた数日で襲撃された。
俺は製造中の道具で切り抜けて逃げ、自分は無傷だったが、他は終わった。道具も壊れて廃棄。
製造の修道院地下室が気になって戻ったら、地下室どころか丸ごとなくなっており、鉢合わせたサブパメントゥに捕まえられ、不思議なことを聞いた。
―――動力を隠した・・・と言う。何をしていたか知っていて、ある使い途のため、作業の続きを求められた。
何もない跡地に、難を逃れた製造室の机と棚が地中から一つずつ現れ、動力も机の上に乗ったまま。中途半端な工具と道具、それに、実験途中で動力を組み込んだ機材が一つ。
これだけでは続きも何も出来ないと、見た瞬間困ったが、サブパメントゥは『やるだけやれよ』と無茶を言い―――
庵を作って、棚と机を入れた。雨が降ると仮の庵は水漏れがするから、それを相談したら庵に何をしたか、水漏れはなくなった。やるだけやれと凄まれて、出来なければ片付けるだけという話。
「でも。それじゃやってみるかと諦めたところで、足りない材料の代用なんて、そうはないし」
材料と道具を頼んだは良いけれど、これで失敗したら死にそうだなと・・・魔物の焚火で貝を焼き、魚のワタを抜いて遠火で炙りながら、僧兵は伸びた茶色い髪をかき上げる。
その腕は、いつでも描き替え可能な絵模様が覆う。神殿の祭司たちに毎度咎められながらも『母国語で信仰を示す』と言い逃れしてきた。
男のような、女のような見た目の僧兵。刺青とは違うが、目元は黒く墨を引き、唇の輪郭を赤い砂岩の粉末で縁取る。男女どちらでもない存在の強さを象徴する、ヨライデの民の一人。
焼けた貝の殻を外し、貝柱を爪でこそいで口に入れる。うまい、と普通に頷いて、熱い貝殻に溜まった汁を、つっと飲みこむ。
「まぁ。だけど。死ぬかどうかはさておき。俺も続きはやりたかったし、成果出すことだけ考えるか」
サブパメントゥに首根っこを掴まれていても、ふてぶてしく余裕。年は30代後半の、顔に化粧を入れたヨライデ派遣の僧兵は、次の貝に手を伸ばした。
辺りは夕闇に染まる。魔物の火は、衰えることなく、燃え盛ることなく、静かに僧兵の庵を温め続ける。
*****
ヨライデ人の僧兵が、夕食を過ごす時間。『燻り』は、獅子のいなくなった部屋に入る。
『あいつ・・・同じサブパメントゥのくせに』
面倒臭い動物めと、獅子に荒らされた部屋のカスを見て回り、一つ手に取る。動力の欠片、その一部。ダメだなこれじゃと、放り投げて『燻り』は消えた。
『保護してやった所のどこかから、使えるやつを探すしかなさそうだ』
人型動力は、俺の『燃えさし』で動かすんだし・・・俺が対策取ってる分には、動力のまともなのを一個くらい、と『燻り』は仲間の元へ向かった。
特別な種族でもないのに、動力を斬る、剣(※古代剣)。
肝心の事態で邪魔されると気づいたサブパメントゥは、返せる手を用意しておくつもり―――
お読み頂き有難うございます。
今回の僧兵の絵を描いていたのですが、投稿までに間に合わなくて、仕上がったら後日こちらに出そうと思います~




