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魔物資源活用機構  作者: Ichen
面と自由と束縛こもごも
2726/2957

2726. 僧兵、残兵 ~②ある、地下道

※前回に続いて、気持ち悪いと思われそうな内容があります。人食に触れますので、苦手な方はお気をつけ下さい。

それと、今回は短めです。すごく長くなってしまったため、明日に分けました。明日は気持ち悪い内容がありませんから、安心して下さい。

 

 ティヤー南東の神殿、午前―――



 頭に喋りかける音に『こっちへ来い』と呼ばれ、地下道へ続く通路先へ進む。


 すぐ真っ暗に変わる通路の左側の壁に、馬の影とその背中の誰かの()()が目に入った。右手側の壁には扉が一つで、そこは製造室続きの部屋。前、自分が留守中、侵入者が入り荒らされたが、この中身が―――



『どれだけ直した』


 質問は簡潔。真っ黒な骨しかない馬に跨る、これまた真っ黒な人が尋ねる。馬は、骨の形だし黒過ぎて、正直、未だに馬かどうか判別に自信がない。真っ黒な人は人の姿しか理解できないが、とにかく答える。


「二体分です。材料が足りず、次が」


『聞こえない。口を閉じろ』


 指摘を受け、口を閉じてから頭の中で繰り返す。慣れないが、この方が聞こえるらしくて毎回注意される。


『すみません・・・二体分だけです。次の材料が足りなくて』


『材料は、あるんじゃなかったのか』


『雨続きで、湿度にやられました』


『何を言ってるのか分からん。材料がイカレたと言いたいのか』


『はい』


 一秒、間が開く。消されるかと目が泳いだら、黒い人は『材料を集めろ』と言い、返事に『遠い神殿にあるため、ここを離れないといけない』と戻すと、馬が無い鼻を鳴らした。


『持って来てやる。イカレたのを渡せ』


『はい。お待ちください』


 材料のある場所―― 後ろの扉に顔を向け、また馬上の人に目を戻すと、黒い顔が顎で示すように動いたので、急いで部屋に取りに行く。


 鍵をかけていない重い木の扉を軋ませ、ぐっと押し開ける。丁番も湿って錆が来て、開きにくい。大して()()()()()最近、力むだけで腹が鳴った。こんなところに力を使いたくないから、早く錆を落とそうと決める。


 分厚い扉の隙間を抜け、真っ暗でかび臭い室内に入って左、机に置いた起動突起を倒す。

 暗い壁に寄りかからせたままの『人型』が動かないのを確認し、部屋の中央を抜け、反対側の棚に置いた箱を抱えて部屋を出た。



『これです』


 箱を開けて、一つ出す。材料にするのは、ぱっと見が()()()()()()()・・・遠からずだが、こんなものが実際に役に立っている。指につまんだそれを見せると、馬の頭が揺れ、木炭が引き抜かれるように浮いた。浮き上がった続き、馬上の黒い人に木炭は勝手に届く。


『どれくらいほしい』


『七も、あれば』


『どこにある。ここからそこまでを想像しろ』


 はい、と遠い製造所を思い浮かべ、ここを出てから行く道を正確に思い出す。

 たまにしか出かけなかったが、馬車に揺られた道程と風景、記憶に残る印象的な目安を考え、神殿の形状、中へ入ったところを鮮明に意識に呼び起こした。今は、()()()()()()()()()だが、材料置き場の無事を願う。


『夜に、また来い』


 想像しただけで良いらしく、止められ、次の命令。頷くと、真っ黒な骨の馬が、狭い通路で難なく向きを変えた。


 地下道へ降りて行く蹄の音。その姿は影よりも濃く、色の全てを消してしまうほど黒く見える。


 地下入り口の扉の左右に、大きな石が柱のように立ち、その上にも石が横渡しされている。いつからこれがあったのか、知らない。ずっとあったと思う。石には奇妙な模様が、原色で描かれていて、扉は常に閉まっている状態しか見たことがない。



「夜か」


 命じられた時間まで半日ある。暗い通路を戻る前に、横の部屋に入って起動突起を起こしてから、扉を引いて閉め、屋外へ歩いた。


 表へ出て、凹んだ腹に手を当てる。木漏れ日の下に裏玄関があり、少ない階段を下りて雑草を踏んだ足が濡れる。夜の間に雨が降り、上がった。

 風に揺れる葉から雫が落ちて、僧衣に点々と染み込む。肩に染み込んだ水が、洗っていない僧衣の脂の臭いを意識させた。


 裏庭奥、林の中に建てた農具置き場へ戻って灰を一掴み、服に擦り付けて川へ行く。近くに流れる小川で服を脱ぎ、灰を擦り付けたところから洗った。


 替えがない僧衣は、最初の白色と遠い泥色。灰で洗うようになってから、あっという間に変色した。だが、人間の脂の臭いがするよりはマシで、あまり強いと動物に狙われるから、定期的に洗っておく。


 絞って脇に置き、下着も脱いで裸で洗った後は、裸で農具置き場へ戻る。


 農具置き場横の小さい畑で、いくつか葉っぱものを引っこ抜き、屋内に入って洗濯物と葉っぱを机に乗せて、腰に寝台の掛け布を巻きつけた。



「僕はこのままだと、死にそうだな」


 黒くなった爪を見て、ナイフでちょっとずつ削る。この爪で皮膚を掻いて、間抜けな感染症などに掛かる気もない。

 削りが荒くて尖った箇所をやすり掛けで均し、朝に汲んだ水を飲んだ。ついでに、手に取った水で顔を拭う。窓の曇りガラスに映した顔は、頬と顎の傷が癒えているのを教えた。


「触れば分かるけど、痛みはない」


 傷跡が盛り上がっている。顔はこれだけで済んだが、背中と腕、腿裏の傷でしばらく動けなかった。そっちも治って、やっと安心したが。


「水は井戸が壊れてなかったから、まぁ良いが。()()()だけではね。さすがに僕も無理だ」


 少し冗談めかす口調で、自分の体力を褒める。僧兵で生き抜いてきた体は、ちょっとそっとの支障など屁でもない。水だけで数日動き回ったこともある。5日目には水も切れて倒れかけたことを思い出せば、今は『生きられる範囲』が最小限整っている。



 サブパメントゥに従順で、言われるままに、神殿地下に残った『人型動力』修理を行う僧兵。


 年は五十過ぎでも、体は二十代と変わらない筋肉と動き。

 白髪交じりの短髪。しわが刻まれた額。濃い眉の下に埋まるような茶色い目は、少し疲れた印象。鷲鼻で顎は広く、歯並びの乱れを見せる口元の片方に、小さな刺青が入っている。昔、海賊だった。


 海賊時代に知った宝話を探して、神殿に入ることにした。何の抵抗もなく、宝を求めて。

 信者になって十五年経過した。口の刺青は『傷の痣』で通し、体力試験で異例の年齢通過。若い僧侶が僧兵へ勧められる中、海賊上がりは若手より優秀な動きにより、あっさり僧兵になった。


 言わないだけで、戦歴も殺人も経験豊富、()()()()()が作り出した武器『銃』もすぐに慣れた。この時にラサンと接触し、ちょっとした会話から、神話裏の詳しさに乗った。


 年下の僧兵ラサンはどう思っていたか知る由ないが、『手伝う』とこちらが言った時の、彼の顔は複雑そうだった。



「僕は、君がまだ、どこかにいる気がする・・・ 抜け目ない男だから」


 野放しの僧兵に、翌日なんて見通しが利かない。馬鹿をやれば、優秀でも死ぬ。

 まして、総本山崩壊から一時的に続いた『デネアティン・サーラ(※宗教名)襲撃』で、死霊か魔物か見分けのつかない敵に、片っ端から神殿も修道院も潰された後。誰が生き残っているかなんて。


 でも、と短髪に片手を当てて撫でつけ、座っていた腰を上げる。食べていないのに瘦せ細る姿と無縁の筋肉、鍛え続けた体を見下ろし、『君も()()()()()だったし』と男は鼻で笑った。


「『いなくならない奴の臭い』っていうのがあるんだ、ラサン。君からはそれを感じた。僕も君も、足の下に大量の死体を踏んで、宝の光に手を伸ばす気がしてならない」


 

 ラサンは雲隠れした噂がある。カーンソウリー島で揉め事を起こして身を潜めた、そんな話は耳に入った。

 ただその続き・・・彼の所属だったと思うが、『マリハディー』の神殿にラサンの死亡が伝えられたとも、あとから聞いた(※2576話参照)。マリハディーから移動した僧兵と、後日の接触で・・・それがデネアティン・サーラ壊滅と同日らしいが。


()()かなぁ?』ふふん、と静かに疑って笑い、首をゆっくり左右に傾け鳴らす。


 ティヤー人でも背が高く、がっしりした体躯の僧兵は、急ごしらえの瓦礫製(かまど)に火を焚き、神殿から持ってきた金属鉢に水を沸かして、葉っぱを茹でる。


 林の向こうの神殿は、瓦礫の山。殺された司祭や僧侶たちは、半分以上が魔物に呑まれ、残った死体は。



「あんまり、人体を食べるのも良くない。栄養が違う・・・ 」


 僧兵で、動力製造にも手を出した男は、この神殿で一人だけ生き残った。


 遺棄された仲間の死体を、体が動くまでの少しの間、食料にした。食べ続けると身体を壊すと知っているので、食べる分だけ取って、死体から離れた小屋で回復まで休んでいた。死体の側にいると、動物に襲われる。


 海賊の頃、沖で遭難した時は()()()食べたけどと、可笑しそうに首を振って、茹でた葉っぱを皿に移す。葉っぱの緑色の方がずっと健康的だとか、何とか。



「サブパメントゥが材料を持って来てくれたら、また徹夜か」


 腹が減るなぁと、茹でただけの葉っぱを念入りに咀嚼し、沸かして冷ました井戸水で胃に押し流す。


 目的のために生き続ける選択は、この男には自然体。

 サブパメントゥに殺されるのは避けたいが、目を付けられた以上、逃げられる相手ではないのも理解している。相手の求めがはっきりしているので、可能な限り従い、生き延びる。動力の仕組みを理解していて良かったと、自分に思う。


「あれ。馬だな、蹄の音は馬。黒過ぎて分からない」


 あっけらかんとした口調は続く。夜まで寝て、体力を維持するために、男は寝台に入った。



 彼もまた、他の民と同様に『告知』を聞いているが。

 彼は全く囚われない。終わりも何も、そもそも死ぬ気はないが、死ぬ時を恐れはしなかった。覚悟など、疾うに背後のどこか。

お読み頂き有難うございます。

この僧兵の絵を描きました。


挿絵(By みてみん)

年は50過ぎ。皮膚への気遣いがない生活は、年齢より顔が老けて見えます。

海賊上がりの僧兵で、ちょっとそっとで死にません。

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