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魔物資源活用機構  作者: Ichen
面と自由と束縛こもごも
2724/2957

2724. 死者メ―ウィックの共通、魔導士製『海の水』・龍から返事を

 

『 ――その水はかつて、コルステインたちからメーウィックが受け取り、彼が独断で使う前に、当時の魔法使いの仲間に相談した。

 かの魔法使いは何を知っていたのか。水をそのまま使うことはさせず助言を与え、それが妖精の仲間に力を借りる段取りだった。

 妖精の仲間に一手間かけてもらった水は、既に元の状態ではなくて、メーウィックはそれを飲んだために、様々な種族に関わることが出来た―― 』



 イーアンは、『混沌の水』が、ザッカリア経由でフォラヴに任されるまでの七転八倒を思い出し・・・男龍に説明された『空にある太古の海』の成り立ちを、今に重ねる。

 この太古の水を使う時、私たちは『交錯する種族』の渦中を意識させられる。ラファルに関しては、違うけれど。


 違う事とは言え、魔族の種の時と同じように、今回もまたビルガメスは『自分が判断することではない』と一線引いた。ラファルはそうなるべきなのだ、と。


 魔導士の傍で見守る女龍は、ラファルが標本の昆虫状態にあることも焦るが、でも危険の想像を()()()()()ほど焦ってもいない。信用してはいるけれど、バニザットはラファル相手に・・・妖精が手を貸して『弱毒化した状態』を再現出来るのだろうか。それは気になっていた。


 メ―ウィックは無事だった。魔導士が変化させる方法を教えたという話なのだが(※1324話後半参照)。



「全部使うぞ」


 うん、と頷いた女龍は、魔導士から少し離れた場所で、『太古の海の水』変換現場に立ち会う。



 ―――とんぼ返りで戻って来た、ティヤーの小さな島に在る、魔導士の小屋。


 空から戻る際、家はどこだったかと探しかけて魔導士の風に案内され、イーアンは迷うことなく到着した。風から人の姿に変わった魔導士は、女龍が手に持つ壺を一瞥し『あっという間に手に入れたか』と、どこか呆れがちな言い方をした。


 せっかく手に入れたのにと、ムカッとしたイーアンに視線を動かし、魔導士は『褒めてるんだ』と言い直す。そしてすぐ、小屋へ入ってラファルの隣の部屋に通された。


 隣の部屋は魔法使いの部屋そのもので、準備済みか、波のように動く魔法陣が煌々と光を上下に放っていた。魔導士は無言で片手を差し出し、イーアンは彼に壺を預けると『見ていて良いか』尋ねて、許可され―――



 聞きたい。妖精の力の代用なんて、バニザットに出来るのか。

 そして、メ―ウィックは人間だったけれど、ラファルは人間ではない条件の異なり・・・ 魔族対抗のワクチン()を作る時、私は『魔族の首』を手に入れた(※1351話参照)。今回は、と思ったところで、魔法陣に腕をかざしていた魔導士が振り返る。


「イーアン。心配か」


「そりゃ、だって。妖精の」


「妖精を呼び出す。あとは」


「あと?なんで私にそんなことを聞くの」


「お前の()()がイヤなくらい入ってくるからだ」


『読むなよっ』読まなきゃいいじゃん、と顔を背けた女龍に、バニザットは首を横に振りながら魔法陣へ向き直り、『懸念に答えといてやる』と続けた。女龍は、ぶすっとして『メ―ウィックは人間だったけど』と呟く。そしてまた目が合った。突き刺すような漆黒の瞳は、見抜いているようでイーアンは黙る。


「言っておこうか。お前に言うようなことでもないが。メ―ウィックは、人間じゃない状態で水を使った」


「は?え?『じゃない状態』って」


「正しくは、ラファルとも違うだろう。だが、あいつも人間じゃなかった。海の水(これ)を使った時、あの男の体は別物だった」


「それ、意味が分からないんだけど」


 魔導士の視線はイーアンを捉えたまま、数秒の間が開く。彼の背後で動き続ける明るい魔法陣が、魔導士の黒髪に光の輪郭を作り、彼も人間ではないことをイーアンは改めて意識する。


「メ―ウィックは、一度死んでいる。俺に会う前に、だ」


「そ。そうなの(驚)」


「弔ってやろうとしたら生き返った」


「死んでなかったんじゃなくて?」


「首が離れていても、人間は『生きている』って言えるもんか?(※2489話最後参照)」


 親指で首に横一線を引いて見せた魔導士に、イーアンは目が丸くなる。『首、取れてたの』唖然とする女龍に、魔導士は『だから()()()()あいつは、人間とは言えないだろ』と・・・ 魔導士は脇に置いていた壺を手に取った。



「あの男もまた、精霊に導かれたんだろう。よく知らんが(※素の意見)。一度死んで、蘇った。コルステインたちに関わったのは、その後の話で、海の水を飲んだ体は『人間』とは言えない。今思えば、あの男に魂や命があったのか、それも分からん。いつも生き生きしてやがったからな」


 生き生きした、命のない人・・・複雑な表現に悩むが、隣の部屋を遮る壁を見て、イーアンは『ラファルも上手く行くと良いけど』と希望を呟いた。魔導士の手が壺の蓋を開け、『ここからは黙っていろ』と命じられる。



 呪文を唱え始めた魔導士の体を、精霊の緑が輝きながら覆う。魔法陣の中心から二分する透明の壁が立ち上がり、それを挟んだ対面に、水色の清らかな噴水が起きた。


 目を瞠る光景。真ん中の透明な壁は、龍のイーアンと精霊系の魔法を使う魔導士を遮断している、と気づく。透明の壁越しに見える噴水が、柔らかな水を落とし続ける中に、ほっそりとした黒髪の女性が立った。


 黒髪=見たばかりのエンエルス、をイーアンは一瞬思い出したが、顔つきは全く違う。

 穏やかな目は若葉のような明るくはっきりした緑色で、真っ白な肌に垂れる長い黒髪はとても長く、薄布を何枚も重ねた衣服は、上品な刺繍の帯で整えられ、印象はただただ優しさを伝える。


 綺麗な妖精だなぁと、イーアンがポカンとして感心していると、魔導士が妖精に何かを伝え、妖精は首を傾げる。

 ちらっと・・・女龍を見て、気になったのか魔導士に質問したよう。


 魔導士もイーアンを肩越しに見て答え、何だろう?と女龍が交互に二人を見ると、妖精は呼び出された事情を受け入れたらしく両手を前に出し、その手から魔法陣の向こう半分に金色の渦が巻き始めた。


 フォラヴが以前、カベテネ地区の林道外れで伴侶たちに行った記憶が浮かぶ(※1365話参照)。金色の環が回転しながら、何層も縦に連なり、魔法陣から天井まで金色の環の筒が完成。あの時も離れて見ていたイーアンは、あれとそっくりだと目を凝らす。違うと言えば、その輪の内側に、何もいないことだけ。


 どうするのかなと魔導士に目を走らせると、魔導士は既に作業実行中。妖精の業に目を奪われている間で、緋色の魔導士の呪文が加速し、言葉がダブって聞こえ出し、彼の影が残像じみて何人もいるような錯覚を起こす。

 呪文はどんどん速くなり、魔法陣の衝立状態になった透明の壁に、バニザットの持つ水が掛けられた。と同時、水は壁に吸い込まれ、瞬く間に金の環の筒から得体の知れない様々な影が吹き出した。


 なにこれはと女龍がびっくりして慄くも一瞬。妖精の細い片腕が上がり、ケーキカットでもするように上から下へすーっと降りると、金の筒は機械仕掛けのように静かに開き、内側から水晶玉が現れた。


 よく見ると水晶玉ではなく、水の球体。揺れていて動いている。無色透明の清い水は金色を映し出し、聖なるものに見えた。これで終わりなのか、妖精が魔導士に顔を向け、魔導士が頷くと妖精は消える。


「完成だ」


 魔導士が後ろを振り向き、魔法陣に身を乗り出す。ハッとしたイーアンが見た時には、衝立の透明の壁も消え、魔法陣の向こう半分に水の球体が浮いていた。バニザットの大きな手がそれを掴み寄せ、壺に入れる。入れた途端、ぱちゃっと小さい音がした。


「水・・・出来たの」


 近づいていいか分からなくて、少し覗き込むように頭を前に出した女龍は尋ねる。


女龍(お前)が居たからな。断る内容と違う、と思ったようだ」


 世界の旅人の一人で、空の龍が関わるなら、と言ったところか。すんなり理解して引き受けてくれる妖精もいるんだと、イーアンは今の妖精の対応に感謝する。どこぞの妖精に見せてやりたい(※エンエルス)。


 多くを喋らないバニザットは指を鳴らして魔法陣を消し、扉を開けて『ラファルの部屋へ行く』とあっさり次に移った。



 *****



 ラファルは夜明けに見た時と、変わっていない。魔導士は彼の側の椅子に座り、寝台の頭横にある小さい机に壺を置いた。


「あとは。彼が起きたら・・・聞いて、返事次第でこれを使う」


「うん」


「聞きたいことはあるか」


 ないよ、とイーアンは首を横に振った。メ―ウィックは死んでいたなんて・・・衝撃的な話を聞いた後だと、目の前で横たわっているその姿の死人状態も、奇妙なリアリティを感じさせる。この状態がスタート、そんな風にも思えた。ラファルは、ここから始まるのか。どう、続くのか。それが問題だなと不安は渦巻く。


 海の水を使ったとしても、元通り元気になる約束などない。肉体がない人に変かも知れないが、いわゆる植物状態に入ってしまう可能性だってあると思う。


 そこまでして、と思うと、世界が彼を使い回している気がしてならないイーアンは、締め上げるような息苦しさを吐き出した。魔導士はそんな女龍を見つめ、あのな、と声を掛けたが。



「あ」


 イーアンがはたと顔を玄関の方へ向ける。眉根を寄せた魔導士に、『呼ばれた』とイーアンが伝え、また黙って5秒。イーアンはラファルと魔導士を見てから『出かける』と挨拶する。


「呼ばれた?」


 誰にとも言わない女龍だが、魔導士は察する。つまり、ラファルの判断は()()()()のだろうと、理解を上塗りするだけ。

 女龍は用事で離れざるを得ず、後ろ髪引かれる表情で『行かなきゃ』と廊下へ出た。


「いつ戻るか、分からないけど」


「変化があれば教えてやる」


 魔導士は椅子を立ちあがったが、ラファルから離れることでもないので通路には出ず、女龍は頷いて外へ出て行った。



 *****



『海の水変換』とラファルの状態を確認後、イーアンは呼ばれた先へ移動する。


 忙しさというよりも、迫りくる足音のように、緊迫が増す。イングが『まとめておく』とした方法は詳しく聞かなかった。


 声を記録する紙のように、一度に聞くものなのかな・・・と想像していたが、全く違った。



「イング」


「まだまだ来るだろう。一回でお前が理解する量の限界がある」


 だから呼んだ、と言われて、青紫の男の横に降りた。


 イングの方法は――― ティヤーのどこかの島で、人のいない湖。

 眺めを見渡す美しい小さな湖には、これまた小さい滝が落ちていて、大きな葉が生い茂り、下草には色とりどりの花が咲く、熱帯雨林を縮小したみたいな場所。方角的にはヨライデ方向だったので、精霊島の近くと見当をつけた。


 その、きれいな湖に。イーアンはぎょっとする。

 楕円形の湖は横幅10mそこそこ。6mくらいの高さから落ちる滝は、向かい岸の上がった岩から落ちていて、静かな波紋を水面に打ち続けるのだが、滝がずるッと何かを落とした。落ちた者は人間で、水に濡れておらず、湖を舞台に跪いて両手を水面につき、喋り始める。


「なん、なんですこれ」


()()()()()だ、聞いて答えろ」


「えっ。まさかこうやって、お一人ずつ?」



 大群の鳥に囲まれた日―― 妖精エンエルスと話しにならず、センダラへ相談を持ち掛けた後。


 あまりの鳥の多さと彼らの言葉が分からないため、イングを呼んで頼った時は、最初にイングが通訳してくれていたので、一つずつ『それなら』『問題ないです』と返事をしたが、集まる鳥は引っ切り無しで、イングが途中から引き受けてくれたのだ。


 その時に返答した人たちには先に届いたと思う。そこから先の祈りを『あとでまとめて伝える』というイングにお願いした(※2716話参照)から、まとめて聞く意味を詳しく教えてもらおうとは思わなかったのだが。



 一人ずつ、湖を舞台に訴える再現とは・・・・・


 唖然とする女龍に、話しを聞くんだろとイングは無表情で見下ろし、イーアンは湖の人を振り向く。その人はこちらを見ておらず、何かを喋り続けていて聞こえてこないが、不意に目が合った。視線が合わさった瞬間、その人の想いが流れ込む。



 ―――この人は独身で、両親とその両親の世話をしており、家には、友達のような犬もいる。親たちは病気で不自由、その両親は高齢で近所に手伝ってもらって世話をしている。


『親や、祖父母たちは『告知』に諦めているが、私は彼らに生きていてほしい。犬も自分がいなくなったら、寂しさで死んでしまうかもしれない。一生、聖なる存在の恵みを重んじ大切にすると約束しますから、どうぞ守って下さい。』―――



「うっ。そんなご家庭でしたか。何て大変なの。ワンちゃんもあなたが大好きですよ、きっと」


「だからどうするんだ」


 感情移入した女龍の反応は、湖上の人に見えている訳ではない。腕組みしながらイングが『返事は』と促し、イーアンは慌てて『私はあなたのお気持を信じますよ、頑張り過ぎないように頑張って』と湖の男を励ました。すると、ふーっと白い龍気がイーアンの足元からリボンのように走り、湖にいる男を取り巻く。

 そして、その人は消えた。



「消えてしまいました、どうして」


「今お前が見たのは、数日前のものだ。昨日、一昨日の記憶に、お前が返事を渡した具合だ。今日の分はまだ収集中だから」


「・・・ってことは。私の返事を受け取るまで、あの御方は毎日祈っていらしたんでしょうか」


「どうだかな。俺も時の繋ぎは曖昧だ。現在のイーアンが許可したのが、二日前の願いに届いている可能性もある。そうであれば、あの男には祈った側から反応を貰ったといったところだな」


 仮に今日まで同じように祈っていたとしても、お前の返答は届いていると・・・イングは時間を綯い交ぜにした説明をした。つまり、ちゃんとお返事は出来ているんですよね?と念を押したら、『俺の魔法は正確だ』とダルナはしっかり答えた。



「時間が勿体ない。次だ」


「はい。あの、どれくらいあるのでしょう」


「聞かない方が良い」


 そんなに溜まっていたのですかと目を瞑る女龍は、告知直後の『青に因む龍・もしくは天上の誰か』はどこに行ったのかなと、その数も気になったが、イングは『お前宛のだけ』と自身が回収した分を出し始める。


 イーアンは引っ切り無しに声を聴き、返事を渡し、渡すと龍気が細い帯になって相手へ届くのを見た。


 もしも嘘を吐いていたら・・・ふと、そんな懸念も過ったが、イングに話すと彼は首を一振りして『俺が見抜いている』という。つまり、その時点で省かれたと知った。省かれた人もいる?


「いる。そう多くはない。嘘もあれば、理解していない訴えもある。そういうのは論外だ。弾く。弾いた場合の手も打った。その者が喋っている最中に邪魔が入って中断を繰り返す」


「あ・・・なるほど。終わりまで言えない、と」


 安心しろとイングに頭を撫でられ、イーアンはお礼を言う。頼もしい味方イング。同じ世界から来た分、そして人間の善し悪しの『悪し』を見続けた彼だからこそ、かなと思った。

お読み頂き有難うございます。

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