272. ナイフと棒の使い方
二人はこの後も白い剣の話をした。どんな威力かを、タンクラッドが真剣に話してくれて、自分の作った剣を持っていてほしい、と切実に願った。白い剣は硬度は恐らく最強だろうと、自信を持って宣言してくれた。
そして、柄に入ったナイフの話にも移った。ナイフが入ったら落ちないように、柄頭の先端を回すと噛むからという。そんなギミックまで、彼の技巧にイーアンは驚く。最高の職人との出会いに、ひたすら感謝するのみ。
『そう。大事なことが』思い出してイーアンは、ナイフと棒を合わせた時の話をする。
白い棒とナイフを出して、こうして合わせる・・・と見せてみた。時間を見ると、そろそろお昼になる頃。タンクラッドも同じことを思ったらしく、イーアンに外へ出てみようと誘う。裏庭には石が沢山あって、空いている場所で太陽の真下くらいの位置に立った。
支部で行ったように穴を掘って棒を少し固定してから、ナイフを当てた。広がる青い光の地図。
「凄いことが起こるな」
驚くタンクラッドに、イーアンも笑う。私も仰天でしたと言いながら、タンクラッドに『ナイフの柄から放たれる小さな宝石越しの光の位置について、その問題を解きたい』と伝える。
タンクラッドは頷いてナイフを自分が代わりに持ち、跪いて調べ始める。静かに時間が流れて数分立つ頃。タンクラッドが何度か瞬きし、ナイフの柄をゆっくり回転させてずらした。
赤い光の点と濃い青い光の点が、地図の上に落とされて、落とされた場所は白く輝きを増した。
「ここだ。しかしこれは一度ではない。なるほどな、羅針盤か」
「これが正解ですね。でも正解はまだあるという意味でしょうか」
職人はイーアンに微笑んで、そうだと答えた。『ナイフの文と、棒にある文字の示す言葉が繋がる位置に合わせた。これは多分、次の誰かの居場所を示している』ニヤッと笑うタンクラッドに射抜かれそうになりつつ、どうにか持ち堪えてイーアンは質問する。
「それは。新しい誰かですか。これまでの誰かではない、と分かるということ」
「恐らくそうだろう。だってな。水の中と地面の下に、人間が住んでいないだろう?」
ああ、そういうことか、とイーアンは光の先を見た。水の中は何となく、地図で分かる。大陸も島もない場所に、濃い青い光が差している。
赤い光は・・・山の連なる部分にある。これは地図や地域を知っていないと『地面の下』とまで言い切れないから、タンクラッドのように博識だからこそ、すぐにピンと来るのかもしれない。
「これはこの棒の使い方を知らないと、見えてこない羅針盤だな。知りたいことを読みながら、上下を合わせるのだろう」
「必然的にあなたしか使えない気がします」
タンクラッドは立ち上がって笑い、少し頷いてイーアンを見た。『お前も出来るようになる』・・・しばらくは俺が見よう、と言ってくれた。
「今の光が示した場所を、地図で確かめてみよう」
職人とイーアンは一つ目の情報を手に入れて、部屋に戻って地図を広げた。お昼時だからとイーアンは料理を作ることを提案した。タンクラッドは嬉しそうにお願いして、その間に地図を見ておくと答えた。
台所に入ったイーアンは、お昼に使って良さそうな食材を選んで、タンクラッドに確認した。自由にどうぞと言ってくれたので、幾つか使わせてもらうことにした。
早く茹るように芋を切って茹でて潰し、塩漬け肉を刻んで炒めて香辛料を混ぜた。芋を茹でている間に粉を練って置いた。塩漬け肉少しと野菜と豆を水からにて汁物を作り、寝かせた練った生地を小さな玉に分け、平たく伸ばして中にタネを包んだ。鉄の鍋に脂を多めに熱して、包んだ生地を両面焼いてから、水を少し入れて蓋をして蒸した。水が引く時、蓋を開けて、ゆすって取り出す。
お皿と椀によそって食卓へ運ぶと、タンクラッドが地図をどかして立ち上がる。運んだ皿を見て、笑みがいっそう優しくなり、イーアンをナデナデよしよしする。
「何とも。お前は本当に。さて頂こう」
「はい。美味しいと良いけれど」
笑顔で一緒に食べる二人。もうちょっと生地を作れば良かったと、イーアンは思った。自分はこれでお腹一杯になるけれど、タンクラッドは大きいから足りないかもと。
「うん。とても美味い。本当に美味い。あっという間に食べ切ってしまう」
包み焼きを喜んでくれて、職人の皿に6つあったのが、既に2つに減っていた。汁物はあるから、足りないこともないと思うが、イーアンは自分の4つのうち、1つタンクラッドにあげた。
「お前の分だ」
「そんなに喜ばれると、食べてほしくて」
笑いながらタンクラッドは受け取って、半分に分けるとイーアンに半分返した。『一緒に。ありがとう』優しいタンクラッドに、イーアンも有難く、半分こした包み焼きをもらって食べた。
「イーアン。ちょっとおいで」
タンクラッドが食べ終わってから、椅子に座る向きを変えてイーアンを立たせる。何かと思えば、腕を取って引き寄せ、腰に両腕を回した。これはちょっとダメですよと離れようとすると、見上げるタンクラッドが微笑む。
「美味しかった。本当に美味しかった」
このお礼の言い方は犯罪と思いつつも、顔を赤らめて俯き『有難う』と返事をした。
どうにか腕を逃れようとするイーアンに笑うタンクラッド。仕方ないなと腕を放してもらって、椅子に座るイーアン。ちょっとの間、二人は見つめ合ってどちらともなく笑った。
「また作ってほしい」
「はい。お昼ご一緒の時は私が作ります」
「誰にでもこうして作るのか」
「なかなかお邪魔する機会はありませんが、この前、ツィーレインの民宿の叔母さんを訪ねた時も」
「イーアンの知り合いか」
「そうです。私と同じ隊の騎士の親族が経営している民宿です。遠征時に宿泊させて頂いたのです。新年の挨拶に行ったら、一緒にお昼を作ろうと仰って下さって作りました」
タンクラッドはイーアンを見つめて、よしよし、した。こうした性格なんだなと分かる。自分が出かけた先で出来ることはしよう、とするのか。もし断ったら、それはそれなんだろうなと思うと、タンクラッドはイーアンに、最初から作ってもらって良かったと心から喜んだ。
「支部ではお前も作るのか」
「いいえ。料理担当の方が毎週交代で作っています。私も最初はそうして作る手伝いをするかと思いました。だけど私はこれまでそうしたことはありません。遠征の時の、人数の少ない場合の食事は、手伝わせてもらったり・・・支部ではお菓子だけです」
それを聞いたタンクラッドは少し優越感を持つ。ということは。総長も、もしかしたら。イーアンの料理をあまり食べていない。
俺は毎回、イーアンに作ってもらって食べているんだな、と思ったら。タンクラッドはとても満たされた。それもこんなに美味しいのかと驚く料理だ。味覚が合うのは最高だった。
「今度。支部に行きたい。契約の」
「はい。遠征から戻ったらお知らせします。タンクラッドの予定を伺っておきましょう」
「そうだな。この前書いておいたから、これを持って帰ると良い」
紙を一枚渡し、イーアンはそれを腰袋に入れた。次に迎えに来るまで、契約金を持っていてとお願いした。職人はそれを了解した。
昼食の片づけを二人ですることにして、終わったら地図で照らし合わせた内容を、とタンクラッドは言う。イーアンが洗う食器を、タンクラッドは丁寧に拭いて棚に戻した。
イーアンとしてはあまり気にならなかったが、タンクラッドは以前の結婚生活を思い出していた。
自分はこうして手伝っていただろうかと。あの時はこんなことしなかったかもしれない。思い出して首を振る。思い出す必要なんかない。今は全然違うのだ。相手も違えば状況も違う。こんなことを思うなんて、と小さく笑った。
台所から出て、二人は地図を広げた。机一杯に広げた地図を指差しながら、文字の読めないイーアンに国の名前と、光の照らした場所の名前を教えた。
「とても遠くです」
どちらもハイザンジェルから、かなり離れている。それに一つは、山脈のほぼど真ん中。もう一つは海の遥か彼方。どうやって辿り着くのか、見当がつかなかった。
「そうだな。だが、だからこそミンティンがいるのかもしれない」
「あの仔が空を飛ぶから、と仰るの」
「だからではないのか。最初にミンティンを得たのは。順番があるのだ、既に仕組まれた道のりが」
「仕組まれた道のり」
――私たちは、遥か昔にあなたたちと同じように戦った者に与えた助力を、再びあなた方に与えるよう導きます。それは彼の力を伸ばし、あなたの身を守ります――
何も分からず進まねばならない私たちに、助力を与える・・・・・ そう、あの美しい人は言っていた。
夢で見た内容をもう一度、タンクラッドに話すと、イーアンの髪を撫でながら職人は頷いた。地図に添えた指をハイザンジェルの一箇所にずらし、視線をイーアンに戻す。
「その言葉のとおりだろう。これから行く先々で一つずつ手に入れる力があると、そうした意味だ。山脈はここだ。これはリーヤンカイの奥。ここから真っ直ぐこちらへ動かすと、ハイザンジェル。
分かるか?イオライセオダの西側にリーヤンカイ『西の壁』があり、魔物はそこから出てくる。その向こうに、直線で引っ張った辺り。ここに赤い光が当たった」
「ここ・・・・・ 新しい誰かが。こんな誰一人住まないような場所に」
「山の中かもしれない。文字通り、山の内側だ。つまり」
「地面の中。ですか」
そうだ、とタンクラッドは思う所を話す。『次はここだ。ミンティンとお前ならここへ行ける。道はないが、空からなら辿り着く。そして山の内にいるのであれば、呼べば応えるだろう』他に思いつかない、とタンクラッドは焦げ茶色の瞳を光らせた。
一人で行くわけに行かないから、ドルドレンと一緒じゃないとムリだろうなと思うものの。ドルドレンと一緒でも、魔物の出てくる西の壁を越えた向こうへ、行けるのだろうか。イーアンは、高いハードルが立ちはだかった気がした。
「すぐに行けるかどうか分からない以上、もう少し情報を集めても良いだろう。出来るだけ早く、棒の情報を読もう。互いの仕事もある。それらの時間を縫って」
「はい。頼もしいです。とても心強い。有難う、タンクラッド」
イーアンの髪を撫でる手が止まり、タンクラッドはイーアンを見つめた。少し微笑んで、何かを言おうとした時。外で悲鳴が聞こえた。
「何だ」
さっと立ち上がってタンクラッドが声のした方を見る。扉を開けて外を見ると、悲鳴が増えて、人が走る姿が見えた。
「魔物だ!魔物が来る!!」
その声に慌てたイーアンは外へ飛び出す。空を見回すと、向こうから。今、話していたばかりの西の壁から。黒い影が真っ直ぐ町へ向かっているのが見えた。
愕然としたのは、炎の礫を下に撒いているのと、その大きさ。
あまりにもでかい。初めて見る大きさ。まだ遠くだろうが既に巨大と分かる大きな翼で飛んでいる。
「イーアン。入ってろ」
タンクラッドがイーアンを掴んで家に入れて、剣を抜く。イーアンは職人を止めた。『いけません。あなたの相手ではないのです』その胸を押さえて早口で頼む。
「俺は戦える。イーアン。ここにいるんだ」
ダメですとイーアンは押さえる。急いでイーアンは笛を吹く。扉を開けようとしたタンクラッドが振り向き、『イーアン』と止めた時、既にイーアンは毛皮と青い布をまとい、裏庭に走り出た。
「イーアン!ダメだ、イーアン戻れ!!」
龍が裏庭に降りようとする中、タンクラッドは急いで工房に入って白い剣を掴み、裏庭に出た。
「剣を」
龍に乗ろうとしたイーアンが振り向いて、走って剣を受け取りに来た。タンクラッドは即抱き締めて、『絶対無理するな』と額に口付けした。
「大丈夫です。私は一人ではありません」
イーアンは微笑んで、龍に駆けた。龍は近づいたイーアンを、顔に乗せて背中に乗せる。首もとの定位置に座ったイーアンと龍は一気に浮上した。
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