2719. おばあさん宅午後・海藻入手・シャンガマックの仕事①フェルルフィヨバル付き添い『呪い巡り』
※1.少し長くて、6700文字以上あります。お時間のある時にでも。
※2.明日はお休みします。どうぞ宜しくお願い致します。
念願だった割には、あっさりに見えた。
イーアンは食後、片づけを手伝い、クフム通訳を横におばあさんと会話を続けたが、料理と昔の様子以外の話には広がらず、洗い物が済んだすぐに『この絵を運びます』と話しを切り替え、食事のお礼を伝えながらアオファの鱗を渡し、最後に。
「息子さんがお面に使った海藻ですが、もし近くにあるなら見たいのです」
いきなり何を言い出すのやらと、オーリンとクフムは顔を見合わせる。とりあえずクフムが通訳すると、おばあさんは少し驚いた。
その目は、あることに気づいた風に見えたが、おばあさんはイーアンの手を取ってお勝手口から表へ出ると、海の方を指差し、女龍の求める海藻のある場所・特徴をすぐに教えてやった。
しっかり頭に叩き込んだイーアンはもう一度内容を確認し、おばあさんが頷いたので微笑む。
女龍の微笑に、おばあさんはなぜかちょっと涙ぐんだようだったが、イーアンはそれ以上言わなかったし、おばあさんも何も聞かなかった。そしてイーアンは『大変美味しかった、ごちそうさまでした』と礼を伝えると、さっさと飛んで消えた。
コロータを食べていた間は、本当に大喜びしていたし、おコメを食べた時と同じくらい感動していたイーアンだが。何ともあっさりした、忙しない感じの別れ。
置いて行かれたオーリンたちも、午後は戻ろうと思っていたけれど、おばあさんの家の手伝いが半端なままもあるし、二人はどうしようかと相談し、午後もいること決めた。
おばあさん宅に、近所の人も来なければ、外を歩く人も見かけないと気づいたオーリンは、『時間が大丈夫ならゆっくりしておいき』と引き留めるおばあさんが、普段は寂しいのかもと思う。
おばあさんは、思いがけない出会いによって親しくなった客との時間が楽しそうで、バサンダのことを気にかけていたクフムも、今日はおばあさんの話し相手で過ごしてあげたくて通訳に勤しんだ。
思いやりが続く、作業を続けながらの会話。
すぐに帰ったイーアン・海神の女の話題からおばあさんが昔話をし始め、二人は意外な情報を得る。
*****
「あったー」
すごい、たくさんだ、と喜ぶ女龍は、磯へ降りておばあさんの教えてくれた海藻に身を屈める。磯にへばりつくように積もる海藻は、千切れて流され、岩場に溜まる。コバエもぷんぷんしてる。
すごいコバエ~ あっち行って、と女龍はパタパタ追い払いながら、ねちょねちょした黄茶色の大きな海藻を覗き込み、『昆布みたい』と思う。広い幅、ねちょっとした感じ、色も厚みも軸も根っこも、昆布想起。
「ねちょっと感は、腐りかけでしょうね。日に晒されてるから・・・水際のはどうかしら。よっ。どれ」
片腕を龍の爪にして、海に入っている海藻を爪の背で掻き寄せ、ざばーっと引き出す。状態は良い。ツヤツヤ、ぷりぷり。美味しそうだと頷きつつ、それはさておき、イーアンはこれを一気に乾かす。
龍気で一瞬。ごうッと長い爪から吹き出す白い龍気は、垂れさがった海藻をカラッカラに仕上げた。
「これでいいか。どれくらい使うんだろう・・・量は聞いていなかったけれど、あればあるだけ良いですよね。乾けばちっちゃくなるし、もっと集めましょう」
バサンダは、接着剤にこの海藻を使うと教えてくれた。だから海藻も出来たら持って来てほしいと。もしも手に入らなかったら、代用で樹脂にするが、できればティヤーの海の産物が良い・・・そう話していた。
「ここからどうやって接着剤を作り出すのか、私も見てみたいものです。極秘っぽいけど。こういう知恵が大事なのよね。膠に比べても問題ないと、バサンダは自信があるようだったし」
磯に寄せられて海中に揺らぐ海藻を集めるイーアンは、なぜ長い歴史で誰も、この方法を使わなかったのか―― その疑問も少し過った。
若かったバサンダが、アマウィコロィア・チョリア一帯で、最初の発見者ではない気がする。
「知ってても選ばなかったとかね・・・もしくは、やっぱり『伝統』をはみ出す気がゼロだったとか。寂しいですね、何が何でも鳥を犠牲にする方を選ぶのも」
余所者の意見ではあるが、独り言をぶつぶつ言いながらイーアンはバサンダの所望した海藻を集め続け、こんなに大量にあるならこれで良いじゃないのと・・・山のような海藻をドライにし、小さくして袋に詰めた。
「うん。ワカメの乾燥状態も、12倍くらいになります。商品説明に書いてあった」
以前の世界で、30gくらいの乾燥ワカメを買う時、いつも少ししか入っていないと思ったものだが、水戻し後は増え方が半端ないから、そういうものなんだろうと納得したのを思い出す。
ティヤー昆布ちゃんも、十二分の一かなと、持っていた布袋にわしわし詰め込み、ギューッと抑えて中で割る。ポンポン叩いて隙間を埋め、また詰め込んでを繰り返し、布袋に沢山の海藻を入れた。
「よし」
女龍は袋の口を一捻りして結ぶと、絵の箱と一緒に抱え、アネィヨーハンへ戻った。
*****
シャンガマックは、船で待つ―――
タンクラッドとルオロフは魔物退治に出かけ、ミレイオはシュンディーンと船の留守番。トゥはタンクラッドと出て、異界の精霊をイーアンが呼び忘れたので船は動かない。出港する用事もないのでそれは良いのだが、サブパメントゥが襲ってきたら面倒だとミレイオはぼやいていた。
タンクラッドたちが出かける前、シャンガマックは『テイワグナ及び、その後も世界を回る』ことで無事を祈られ、『戻れる時は度々戻る』と安心させた。
シャンガマックも思うことがない訳ではないが、普段よりも口を閉ざした褐色の騎士の思いを、他の者が知るには届かない。
船で昼を過ぎ、ミレイオに軽食を貰い、何かあったら連絡するようにと念を押されて了解し、ミレイオが『どれくらい掛かりそうとか、目安はあるの?』と聞いたところで、二人は同時に甲板の方を見た。気配で龍、と気づいた騎士は、ちらっとミレイオを見て微笑むと、『では』の一言を置いて小走りに甲板へ向かった。
昇降口の扉を開けるや、船縁から海を見下ろしていた女龍が振り返り、シャンガマックは手を振って側へ行く。
「何をしているんだ」
「トゥが居ませんから。異界の精霊を呼んでいます」
あ、そうか、と頷く騎士は、イーアンのクローク内側・・・片腕に抱える箱を見て『それ?』とちょっと指差した。イーアンは頷いて箱を差し出し、それから海藻の詰まった袋も渡す。
『お持ち下さい』と少し悲しそうに頼む女龍に、騎士は受け取りながら、どうしてこの表情なんだろうと見つめると、イーアンは視線を逸らして『コロータを食べました』と一言。
「コロータ・・・ああ、話していたな。あちらで昼を食べるとか。食事をご馳走になったのか」
騎士に頷いたイーアンは、おばあさんに絵を受け取った後、バサンダの話してくれたメン『コロータ』を頂き、とても美味しかったと伝え、バサンダにも食べさせたいと思った気持ちを打ち明ける。クフムにああは言ったけれど、イーアンだって鬼じゃない。ちょっとは、情も思う。
しょぼんとしたイーアンが黙り、シャンガマックは彼女の心境を推察。
「でもイーアンのその言い方だと、無理そうだな」
「そうです。言えません。彼はお母さんの話に触れませんでした。使命を優先しているので」
項垂れる優しい女龍の気持ちが分かる騎士は、フフッと笑って女龍の肩を撫で、鳶色の瞳を覗き込んで『俺が何気なく会話に出しても』と提案。
微笑むシャンガマックに、イーアンも微笑み返したが、『そうですね』とは言えなかった。クフムにガッチリ注意したことであり、自分も無責任は選べない。
「うーん・・・ 」
「もしも、だ。話題に出れば、俺が話すことは出来るだろう?」
「自然体で出来ますか?あなたは、作り話も誘導も苦手なのに」
正直者のシャンガマックをちらっと見た女龍の心配そうな顔に、シャンガマックは苦笑して『そうかもしれないが』と彼女の肩から手を下ろし、箱を見て『自然な流れで』と言い直した。
「自然な流れで・話が近づいたら。それならどうだ?俺が思い出して話しても、良くないか?」
「はい・・・バサンダがコロータのことを話せば、それは」
「無理にさせるような話ではないから、安心してくれ。イーアン、コロータはどんな味だった」
シャンガマックは気を遣い、イーアンはぼそぼそと感動したお味と料理の見た目を教える。聞き終わるとすぐ、『では、俺は行く』と騎士は告げ、箱をちょっと前に出して『11枚だな?』と確認。
切り替わった話にイーアンも気を引き締めて『そうです、11枚』と答え、12枚目が紛失ではなく、崩壊によって喪失されたことと、色は黒であったことを教える。
「黒。そうか。理由は、崩壊。絵が見えないほど、紙が崩れたと」
「おばあさんはそう仰いました。他の絵に影響しても困ると、彼女はそれを取り除き、他の絵は無事です」
すごい迫力ですよと添えた女龍に頷いて、褐色の騎士は息を吸い込む。深呼吸して、午後の日差しが渡る甲板から空を見上げた。
「ダルナを呼ぶ。俺はこのまま出かけるから・・・よろしく頼む。何かあれば、父か、俺を慕うダルナが報せるだろう」
「よろしく頼むのは私の方ですよ、シャンガマック。バサンダをお願いします。水は?」
手ぶらじゃないのと気づいた女龍に、シャンガマックは少し笑って『準備は済んでいる』と宙を指差した。
午前中に馬車へ取りに行ったようで、『あなたもアオファの鱗を持っていた』と。イーアンとすれ違ったらしく、イーアンは了解した。
間もなく、大きな白い雲が近づいて来て、それは霧を散らしながら巨体のダルナに変わる。
「フェルルフィヨバル」
白と灰色のダルナは解除後に角が減り、荘厳な見た目。
トゥやイングとはまた違う威風漂わせたダルナは、港の騒ぎなど気にもせず、シャンガマックに『乗れ』と首を垂れた。騎士は彼の太い首に飛び乗り、イーアンに『水は彼が持っている』と白い首を指差した。
『王冠』を使う、フェルルフィヨバル・・・彼が一緒なら安全だとイーアンは二人を送り出す。ダルナは騎士と共に霧に消え、午後の晴れた空がまた戻った。
「頼みましたよ、シャンガマック。バサンダを宜しく」
動き回る予定と聞いているので、付きっ切りではないだろうけれど。数日に一度でも見に行って、回復の水で面師の体を助けてほしい。
私も時々行こう・・・やっぱり少し心配でそう思う。イーアンは船内へ入り、ミレイオに行き先を報告してから、次は書庫へ飛んだ。
*****
アイエラダハッド行きの書庫へ、イングを呼んだイーアンが移動し・・・・・
魔物を倒すルオロフとタンクラッドが、場所によって『少なくなった感じ』と『まだ多い』の両極端状況を怪訝に思いながら、退治を続ける時間。
オーリンとクフムは、セルアン島のおばあさんに『龍境船』の物語を聞いて、いろいろ質問真っ最中で。
出発したシャンガマックは、ヨーマイテスに『出たよ』と、とりあえず指輪伝いに知らせ、『あとで行く』の返事をもらった続きの一秒で、現地到着。
あっという間にテイワグナ入りした騎士は、山間の町カロッカンを眺めてから、場所を改めて確認し、バサンダは一先ず後にする。
「あとで挨拶に行く。フェルルフィヨバル、最初に」
「分かっている」
自らを『知恵のダルナ』と呼ぶフェルルフィヨバルは、騎士を用事の場所へ運ぶ。
―――フェルルフィヨバルは、元の世界で旅人の問いに答える山に棲み(※1780話参照)、問いかけた相手の思考にあることと、それに関連することを察知する力で、問いを教えてやる存在だった。
魔法は多く、威力も規模もある。フェルルフィヨバルは、悪事を働くに合わない賢さを持ち合わせていたが、人々から曲解や誤解による『危険なドラゴン』の決めつけから、よほどのことでもないと姿を見せず、力を貸す行為も避けていた―――
この世界に来て、封じられ、出され、解除した現在。首の付け根に乗っている、体重も分からないほど小さな人間を、ちょっと振り返る。気づいた騎士と目が合い、ニコッと笑顔を貰う。
「もうすぐ?」
「そこだ。降りるなら気を付けなさい」
尋ねた騎士は、鬱蒼とした森の上から周囲を見渡し、白灰色のダルナが場所を教えると、すぐに行きたがった。
「近いからかな。俺も感じ取る。ここに精霊の怒りがある」
「気を付けるように。お前はそれを知るだけで良い気もするが」
行かなくても、とやんわり妥協案を伝えるが、シャンガマックは行く気満々。『行ってくる』と下を見ていた顔を向け、ダルナは彼に従う。森の隙間をくぐり、巨体のダルナは何にぶつかることもなく、草丈の高い場所へ騎士を降ろす。
シャンガマックが一方を見て少し考え、それからダルナに『ここで待っていてほしい』と頼んだので、フェルルフィヨバルは了解した。
テイワグナに魔物はもういない。サブパメントゥはうろついているようだが、近くに人間の里もない大きい森の中。危険な敵がいるとすればそれは、『呪う精霊』だけ。触発はしないようだし、接触も必要ないので、現状確認したら戻れること。
ダルナは、シャンガマックに危険を冒してほしくないが、シャンガマックはとりあえず調べに向かった。
・・・俺の仕事。これが終わったら、俺とヨーマイテスは自由を受け取る。
草が腿の高さまで伸びる、歩きにくい森を進むシャンガマックは、ファニバスクワンから言い遣った二つの仕事を思う。
一つは、皆にも話したこれ。世界各地の呪い巡り。
『原初の悪』が絡んでいないか、それを確認する目的で、ファニバスクワンは『人間が閉ざされるに至る、とばっちりを与えた可能性』が現地に残っているか、見ておいでと言った。
『原初の悪』自体は、直に関与しない。何事もそうだ。
彼は混乱を引き起こすが、彼が許されている範囲は最初の渦だけで、渦の広がりによる諸々の被害は、彼のせいではないとされているらしい。例えば、そのとばっちりで命を落とすものが出ても。一人二人ではなく、大勢の被害を生んだとしても。彼はその役柄、罪に問われない。
おかしなもので、彼の危険な渦を利用して生きている人間たちもいる。それもまた、『人間が選んだこと』として扱われ、彼に原因がある話に繋がらないのだ。
テイワグナで、古い精霊が集落を閉ざした話・・・イーアン、オーリン、バイラさんが出かけ、タンクラッドさんが助けた。その時、シュンディーンを保護したこと。
そして続く集落では、今回の用件の人物・バサンダが捕らわれていたが、この二つの集落の問題は『原初の悪』に関係あったかと言えば、関係ない様子。
「それにもう、この二つの集落はないしな」
ガサガサと草を分けながら歩く騎士は、ふーっと息を吐く。一つは壊れ、一つは閉ざされた話。
だが、精霊の呪いを受けた地域には、『原初の悪』が起因もある。彼に因んで呪いを起こした精霊は・・・ シャンガマックは淡茶の髪をかき上げた。暑くて、薄っすら汗ばむ額を拭き、数mある木柱を見上げる。
「アイエラダハッド。総長が対応したという、聖メルデ騎士僧会(※2092話参照)。貴族社会が蔓延した結果、精霊を打ちのめす愚行を繰り広げた彼らに、土地の精霊が呪いをかけて長い眠りに就いた。
それは、『原初の悪』が引き起こしていた。彼の足跡は残らないが、彼が絡んだ印は共通する」
まさかの、精霊狩りの発端に、同じ精霊がいるとは。信じがたい話だが、それが余波なのだとファニバスクワンは教えてくれた。人間にも、精霊にも、面倒を被せる『その手』と呼ばれる異質の精霊。
古い木柱には、精霊の呪いが満ちる。怒りと共に封じ込められたのは、遥か昔の人間の魂。
近づいたシャンガマックに、呪いの雫が柱の木肌を伝い始め、シャンガマックは一歩下がった。それから『ここは違う』と判断して背中を向ける。雫は濁った血の色で、割れてささくれる柱の表面に馴染んで消える。
―――『原初の悪』が絡むと、彼に傾く信念が宿る。それは純粋に見えて、間違いを信じる、強い強い思い。異常なほど、存在も命も捧げて信じ続ける、純粋で間違えた思いが宿っている―――
シャンガマックはそれを感じ取るだろうと、水の精霊は彼を送り出した。真っ直ぐ過ぎるくらい、真面目な騎士。真っ直ぐなのに間違いを選んでしまうところ、うってつけとばかり・・・ ファニバスクワンに言われた時を思い出して、シャンガマックは溜息を吐く。
「まぁ。否定はできないが・・・俺と、傾いた魂が異なる点は、俺の場合は天然だと」
これも溜息。やれやれと言いながら、騎士は木々の合間にすっぽり入ったダルナに手を振り、太い首に跨った。
「次へ行こう。ここは関係なかった」
「そうか。鎮まっているだけで、接近すれば動き出す者もあるはずだ。気を付けるように」
ダルナの思いやりに感謝し、シャンガマックは久しぶりのテイワグナの午後、呪い巡りにまた出発した。
お読み頂き有難うございます。
明日の投稿をお休みします。どうぞ宜しくお願いします。
それと、今回は見直す確認が間に合わなかったので、変な箇所があったかもしれません。時間がある時に確認して修正します。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
いつもいらして下さることに、感謝しています。
そして、毎日励まし続けて下さることに、本当に感謝して。
有難うございます。




