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魔物資源活用機構  作者: Ichen
十二色の鳥の島
2718/2959

2718. 混血クフムの過去と先・告知の不安・魔物減少報告・待ち望んだコロータ

 

 セルアン島午前―――


 イーアン、オーリン、クフムは朝から出かけて8時前に到着以降、おばあさんに『息子さんの絵』の説明をしてもらい、11枚のそれを受け取った。



 この時、時間はまだまだお昼に遠く、イーアンはちらっと台所を見てから『お手伝いしたいけど』と、本当に名残惜しそうに座っていた床から立ち上がる。


 見上げたおばあさんに、これから近くの島へ安全対策の道具を渡しに行くと言うと、おばあさんは『お昼はどうするか』と聞き、女龍は勿論『絶対に戻ってくる』と約束した。


 出来れば手伝いたかった・・・首を振り振り、残念そうに呟く女龍の言葉を訳すクフムは、おばあさんが『また時間のある時に』と言ってくれたのを教え、女龍は微笑みを残して出発。



「イーアンは、コロータが食べたいんですね」


 そこまで食べたいのかと首を傾げるクフムに、オーリンは『彼女はそれと同じような料理を作る』と過去の食事を話し、以前バサンダに聞いてからずっと楽しみにしていたと言うと、クフムはふぅんと頷いた。


 声を潜めた、息子(バサンダ)の話・・・先ほど叱られたばかりで、クフムはそれ以上何も言わなかったが、バサンダさんもコロータが食べたいだろうなと、少し思った。



 ―――『あなたは、家に戻りたいですか』



 イーアンに不意打ちで質問され、一瞬困った。実家はまだあるだろうが、行くに行けない。


 神殿の神官だった家系で、アイエラダハッドから来た()()()を迎えた後、私は生まれた。

 父は宣教師で・・・母は未婚だ。神官を務める祖父は結婚させる気だったが、父は立場上、帰国が多くて、二人は結婚延期のまま、私が成長した。父は帰国すると一年は軽く戻ってこない。距離があるから当然だとしても体裁は悪い。母も祖父も、周囲へは『結婚したことにして』私を育てていた。


 私は籠って一人遊びする方が性に合っていたから、滅多に神殿から出なかったのは、家族にとって都合が良かったと思う。教育も祖父が行い、母も友達を作れとは言わず、私の好きにさせていた。父が戻るまで。


 父が戻ったある時、父は私にアイエラダハッドへ来ないかと誘い、母と祖父は反対した。未だに父の考えは理解できないが、私の一人遊びの絵や図を見た彼は、『神の道にお前はふさわしい』と熱心に説き・・・私は、貝のお告げを頼ってから、出国することにして・・・母と祖父にはそれ以来―――



「クフム」


「あ。はい」


「昼まで、ここの手伝いしたいんだけど。伝えてくれ」


「え?手伝うんですか?何を」


「話聞いててくれよ」


 ハハハハと笑ってクフムの背中を叩いた弓職人は、おばあさんが一人で動かせない家具の位置をずらしたり、高いところにあるものを降ろしたいという。


 クフムが考え込んでいる間に、手振り身振りでおばあさんが伝えたようで、オーリンの手にはクフムが作った会話帳付き。それに視線を止めたクフムに、オーリンは『役に立つな、これ』とまた笑い、クフムも嬉しくて笑った。


「昨日もこれで助かったんだ」


「そうなんですか。ん?・・・ああ、そうなんだ。今、おばあさんも『本で通じた』と」


 そうそう、とオーリンは会話帳を腰袋にしまい、手伝うって言ってくれともう一度頼む。クフムも了解して訳し、おばあさんがお昼を作るまでの間、二人は頼まれ仕事に取り掛かることになった。


 クフムは、オーリンの横で物を持ったり、分けたりしながら、自分は帰ることがなくても新たな道で生きていくことを思う。

 まだ安定していない未来の行き先は、オーリンが考えてくれた『教会で仕事をする』海賊社会に入る道で、今のところこれ一本。自分もそうする方が良いかもと、言葉を勉強しているけれど、本当にそこで生きて行けるか、不安は付いて回る。


 人間淘汰は一巻の終わりで、こんなことを今考える自分は呑気かもしれないが。でも、もしも生き残れたら?


 ・・・父親の消息は知らない。アイエラダハッドで彼が紹介した僧院に入った後、一度も会っていない。

 母と祖父は、恐らく自分を許さないだろうし、自分も引け目がある分、帰りたい気持ちが湧かないで今日に至る。

 宙ぶらりんの、そして、僧院で『大罪』を作り続けた自分は、未来を選べるほど・・・・・



「はい、これ」


 オーリンの手が顔の前に動き、棚の上の民芸品を渡される。高い位置に乗せたままの埃を被る品々。一度降ろして、拭いて戻すか、そのまま箱にしまうか。

 とりあえず降ろそうかと決めて、全部降ろしている最中で、受け取ったクフムはそれを布で乾拭きしながら、()()()()()()()()過ごせたらいいなと儚く願った。



「オーリン」


「あん?」


「私はいつまでオーリンの側にいられるでしょうか」


 ぼそっと、拭きながら呟いたクフムの、本音。弓職人を見ずに手元を見ていたが、頭をポンと叩かれて見上げる。黄色い野性的な目がおかしそうに弧を描いていて『俺が決めることじゃないだろ』と言われる。


「はぁ。その、世界の旅人ですから、忙しいのは分かってますし、ティヤーもそのうち出て行くのも分かってるけれど」


「そうじゃない。お前が決めろ」


「え」


「教会で働くのも良い、と俺は思う。でもお前の人生をお前が決める方が、自然だ」


「あの、それは。だけどオーリンは、イーアンたちと」


「魔物の王を倒すまではな、俺もイーアンの手伝いで絡んだ運命だ。だからお前がついてくるなら、お前もヨライデ行きだ」


 ポカンとしたクフムの青い目を見下ろす弓職人は、フフッと笑って次の民具を渡す。

 この後は会話が続かず、クフムは何て返事をして良いか分からなくなって―― でも嬉しくて、一生懸命、乾拭きに精を出した。


 オーリンは笑顔のまま、黙って放っておく。ちゃんと仕事を教えてやって、こいつをハイザンジェルへ()()()()()のも悪くない、と考える。人間が淘汰されなければねと・・・思いつつ。



 台所から、おばあさんが二人のために先に用意したおやつの甘い匂いが漂う時間。


 少しして、おばあさんは中くらいの皿に載せた、丸っこい揚げ物を運んで来て、手を休めたオーリンたちに礼を言いながら『お告げの祈りはした方が良いかねぇ』と、気になっている告知の対応をぽろっとこぼした。


 老い先短い自分は、そこまでしなくてもと思う。

 息子もいないし、一人で生きているし、長生きしても何がしたいわけでもない。自然に死ぬのとそう変わらないだろう。


 思うところを話すおばあさんに、オーリンがちょっと顔を覗き込んで、横に首を振った。


「生きてたら、また会える。()()()()()()()だ」


 オーリンの一言が通訳され、おばあさんはしわくちゃの顔で笑い、オーリンの腕を叩く。うんうん、頷きながら『それじゃ祈ろうか』と、ちょっとだけ目元を拭いた。


 こんな弓職人の通訳をするクフムは、やっぱりこの人について行きたい。温まる胸の奥から、そう思う。


 そして・・・自分は誰からも『祈ったか』を尋ねられないし、自分も贖罪を意識して行動に移さずにいるが、それについても改めて考えたくなった。私は、消されるなら仕方ない罪を犯した。けれど。



 ()()()()()()の行動を取って良いのか。クフムは迷いの奥にある本心を見つめた。



 *****



 アマウィコロィア・チョリアを巡るイーアンは、見落とす島がないように、行く先々で警備隊の場所を聞いて移動する。


 一応、どこの島にもいるらしい警備隊。沿岸警備隊は、国境警備隊の手前みたいな仕事で、いざという時の行動に権利などはないものの、地方を任されているので、通常の仕事内容は大差ない。ただ、人数がいないとか、あまりにも島が小さい場合などは、駐在所に交代で来る隊員が見ている。



「バイラの警護団と同じです。テイワグナは駐在がよくありました。あっちは犯罪も多かったし、手薄な印象でしたけれど、こっちは管轄する人が全員海賊ですから(※ある意味犯罪者)、そういう意味では手薄になりようがない」


 アオファの鱗を手に空を飛ぶイーアンは、『海賊が治安を守っている地域、以前の世界にもあったかも』と思いながら、最後の島へ降りた。


 一度、宿の馬車に戻って、アオファの鱗を袋詰めし、そこからスタートした島々巡りだが、飛べば距離も時間もあっという間。そして言葉の問題も、警備隊は共通語を喋ってくれるし、龍で良かったスムーズさ。



 こんにちは~と挨拶して、警備隊施設に入る女龍。皆さんが驚き、慌てて応対してくれる。訪れた理由を手短に伝え、アオファの鱗の使い方を説明し、『万が一のため』と尻尾から白い鱗も剥がして渡す。100%恐縮されるが、アマウィコロィア・チョリアの民は、他のティヤー人と違って『自分で守るんで』のお断りがない分、素直に受け取ってもらえるのが楽。


 時間は昼より一時間早いし、おばあさんの家に戻ろうと、滞在時間15分きっかりで女龍は施設をお暇した。が、引き留められる。


使()()()()かも知れないので、その場合はどうしましょうか」


 玄関を出てすぐ、呼び止めたおじさんの警備隊員から思ってもない質問を受け、イーアンは『使わなくても倒せるなら、鱗は腐るものでもないし放っておいても』と返事をしたが、ちょっと意外な気がして、どうしてですか?と聞いてみた。


「ウィハニの女に話すのも・・・違うかもしれないですが。私たちは魔物にやられる前に、消される気がして」


「あ」


 告知だと理解し、イーアンは言葉に詰まる。隊員のおじさんは苦笑しながら、『気持ちを籠めて心の声を伝えているんですが』と心配を話し始め、イーアンは彼の話を聞いた。後ろにも彼と同じように思っていたらしき隊員が、玄関へ出てきて二人を囲む。


 皆さん、それぞれの名や出生に因む、もしくは身近に親しんだ色の対象に、どうぞ守って下さいと祈った後だと言う。何となくだが、普段と違う不思議現象を見たり、聞いたり、感じたりで、これで祈りが届いたのかと自己納得するにしても、不安は残る。


 アオファの鱗を受け取ったけれど、これを使う間もないかも知れない。そう話した人を囲む隊員たちも一様に同じ心配を顔に浮かばせた。



「ウィハニの女にも、祈った者がいます・・・聞こえました?」


 いきなり本人に確認。イーアンは、個別では知らないので『昨日聞いた』と、大まかな状態を濁して答えた。後ろの取り巻きから何人かの男性が前に出て、どうやら彼らがその様子。おずおず見ている視線に負けそうで、イーアンはとりあえず微笑む。


「私たちは、消されますか?それとも」


「最初に伝えますが、私一人の決定ではありません。私が受け入れても、この世界の大きな存在が何を決定されるかによるのです」


 愕然とする顔を見れない。ルオロフから聞いた告知の内容説明は、大きな存在が計ることまでは教えていない。イーアンは首をちょっと掻いて、『役に立てなくてごめんなさい』と謝った。


「でも。私は、あなた方の心を拒否なんかできません。私だって同じ立場に立ったら、怖いし悲しいもの」


「ウィハニ」


 その呼び名は、と思うが今はそこではないので、縋る目に寂しく微笑んで頷くだけ。


「できるだけ、人々を守りたいです。だから私からもお願いするでしょう。力になれなかったら、それは本当に悲しいけれど、できるだけ・・・約束できないにしても」


「いいんです。そこまで思って下さって嬉しいです。有難う」


 向かい合って話していた一人が、イーアンに会釈する。イーアンは『頭を下げないで』と頼む。消されかねない手前・・・異時空に逃げ込む手段も探さないといけないし、まだ手を打っていないことは多いのだ。


「魔物が出たら、鱗を使って下さい。皆さんが生き延びるために私は来たのです」


「はい・・・魔物は、ここ数日()()()()()んですが、また出たら使わせて頂きます。民間にも配っておきます」


 魔物が少なくなっている印象を受ける言葉が気になるけれど、イーアンは頷く。決戦がこんなに早く訪れるとは信じにくいが、魔物の残量が減ると、決戦が早まるのも事実。決戦の後は、淘汰の―――



 イーアンはちょっと沈黙が流れた後、皆さんに挨拶し、見送られて空へ上がる。


「魔物が少ないの、気になります。タンクラッドが魔物退治に出ては、魔物が死体っぽい雰囲気を怪訝だと報告するけれど、それも気になるし」


 来て二ヶ月。いくら何でもまだ決戦ではないだろうから、書庫に調べに行くのも先延ばしになっているが、これは早め早めじゃないとまずいかもと大きく息を吐き出し、イーアンはおばあさんの家に戻った。


 コロータの一時は、希望と癒しの時間。この時間を守りたいと願う女龍は、オーリンたちに出迎えてもらい、午後にシャンガマックへ絵を運んだら、自分は出かけると伝えた。


 書庫で調べる。異時空へ逃げ込む、そのヒントが見つかればと。


 それと、ずっと気にしてはいても、口にしなかった『ティヤーの白い筒・空の遺跡』。

 ・・・トゥがサブパメントゥに宣戦布告した今、空の遺跡が、アイエラダハッドのように一網打尽で残党を片付ける手段になるなら。



 待っていてもらった昼食の、最後の調理過程を手伝わせてもらい、茹でて湯を切って器に盛った麺に感動しながら、イーアンは美味しく、有難く味わった。


 これぞ麺だと、何度も想いを絞り出す女龍に、オーリンも『念願が叶って良かった』と笑う。

 魚の出汁に香味野菜。香りの強い油を回しかけた、食欲をそそる匂い。鱗をとった皮つき・白身の切り身が麺に乗り、卵の黄色が淡く美しい平麺を頂く。


 美味しい、最高です、とイーアンは繰り返し、クフムにティヤー語で教えてもらって直に伝え、おばあさんも喜んでいた。


『息子が小さい時はこれが大好きだった』と、久しぶりに作ったと話すおばあさんに、イーアンもオーリンも、クフムも・・・思うは同じだったが、口にすることはなかった。

お読み頂き有難うございます。

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