2716. 鳥手配『色と十二の司り』・センダラより・シオスルンの溶暗
※今回は少し長くて、7000文字あります。お時間のある時にでも・・・
オーリンが船に降りてすぐ、『タンクラッドとミレイオとクフムが出かけた』ことを留守を預かったシャンガマックに聞いている間。なぜかヘロヘロに疲れて戻って来たイーアンも甲板に揃う、その頃。
単独で動いたルオロフも、半日仕事を終わらせ、帰り支度を整える。空は夕暮れに染まり、黒い無数の鳥の影が、東西南北へ忙しく飛ぶ。
「あとは、私がすることありませんよね?」
背後を振り向き、鮮やかな鳥に尋ね、『今はない』と答えを貰い、了解する。赤毛の貴族が、剣の鞘を革で巻いて手に持つと、鮮やかな鳥も枝から若者の肩に移った。あれ?と肩を見たルオロフ。
「神様、まだ何か」
「神様。ダメ(※呼び名を叱る)」
「はい。でも、たまには良いと思うんですが」
たまになら、と譲歩されて、ルオロフは『たまにの頻度は私が決めるとして』と先手を取り、目の据わった鳥に『ヂクチホスも、私の帰り道に用があるのか』を訊いた。
「見る。ルオロフ。知る」
「帰り道がてらに?状況を見ながら、詳しく教えて下さるのですか?」
「そう」
そうですかと、ルオロフは鮮やかな鳥を左の肩に乗せて、無人島の奇岩を飛び降りる。
突出する岩の角を、とんとんと蹴って軽やかに磯に着地すると、少しして前方の海に波飛沫が吹いた。一部だけ、びゅーっと噴き出る飛沫(※クジラ潮吹き)。
「良かった。あの大きさのが来てくれると、私はそう濡れなくて済むのです」
足は濡れますけど・・・微妙に嫌がっていることを、神様に一応訴えておく。濡れる以外の移動方法が欲しいと切実に願う。
衣服はまだ、我慢も出来るけれど。靴が。ミレイオやイーアンが乾かしてくれるが、頼む頻度が高くて申し訳ないし、靴も傷む。世界の危機を前に靴などどうでも良い、と言われかねないにせよ、靴は必要だと思う。
鳥はそれに答えず、近づいてきた大きな黒い背中に、ルオロフは鳥と共に乗り、無人島を後にした。
「神様。これはクジラというそうですね」
「こら」
「あ。申し訳ない。ヂクチホス、この生き物は魚ではないと、母に教えてもらいました」
神様と呼んで叱られたので、ルオロフは軽く謝って、イーアンが教えてくれたことを伝える。
表情涼しげ、でもどことなく嬉しそうなルオロフが、龍の母に寄せる愛情を感じ、鳥は冷めた目で見た(※自分引き取り先なのに)。
なので、これにも返事をせず、ヂクチホスは行き交う群れの鳥たちに話を移す。この行動が今頃ティヤー全体の空を埋めていること、これがあとどれくらい続く予定か、北部・東部の離れた地域からの往復で・・・など。
仮の姿だと話しにくいから、頭の中に直接語り掛け、ルオロフはそれをうんうん頷きながら聞いた。
―――今日。ルオロフは、シオスルンを追い払った後、一人でまた出かけ、神様が居そうなところ(※生き物に聞いた)へ向かった。
いつも通り、剣で溝を切って異時空へ入り、現れた神様に『コレコレこういう理由で、ヂクチホスにも鳥が集まる可能性大』を伝えたが、神様は驚くことなく、あーそう、くらいの薄い反応だった。
神様だから何でもご存じなのだろうと思うに留め、『鳥が群がっても大丈夫』である安心を得たすぐ、ヂクチホスは『今日、ここから鳥を放て』と命じた。
ルオロフが訊きたかったこと―― 他の聖なる立場に伝える手段を、神様はあっさりと先に教えてくれて、ルオロフは勿論従う。
剣を持つルオロフは、神様の異時空で大量の鳥を出してもらった。足が立つ場所以外、全て鳥に埋まるほどの数。
人の言葉で通じている辺りが不思議でも、多分思考したことが伝わっているのだろうと、喚きたてる鳥に『聞いて頂きたいのだが』から始め、『では宜しくお願いする』で終わるや、同時に鳥たちは異時空から姿を消した。
ポカンとした貴族に、神様は『鳥が行った先を見なさい』と次なる行動を指示。
方々へ散らばっただろうに、どう追うのやら。疑問を顔に書いた貴族の無言に、ヂクチホスは場所を変え、違う室での観察を教える。ということで、ルオロフは異時空の外へ出て、神様案内で近い無人島へ。
そこは遺跡がなく、島の丘に剣を置く場所と祭壇があり、窪みに剣を添えると、空にパッと映像が出た。何にもない空中に現れた映像は、精霊島の草原で見たあれに近い。
剣の柄に手を触れ、『出発した鳥たちの行き先を見たい』と声にしたら、次々に映像に映り始めた。
ヂクチホスが言うには、昨日の告知以降、早々動きは出ており、聖なる立場の存在には様々な形で少しずつ、人間の声が届けられているそう。
人間たちにも、何かしらの応答が戻っているだろうが、ヂクチホスは『そこまでは知らない』と言った。
映像の中で鳥たちは各地へ行き、不意に翼を休めたと思いきや、人間が祈っている様子を眺める。正確には、『祈る人間を見つけたら止まる』感じで、飛び立つ時が『人の祈りを運ぶ』具合。でも、鳥以外でも伝わる風や水、清いものが先に動き出すのも見た。
そして、祈りを訊いた彼らが散らばる続きは、『十二色』の担当。
十二人いるわけではない。十二色の内、受け持つ立場に精霊は多いだろう、と予想したのは当たった。
色の種類は、白、黄、赤、青、緑、橙、紫、茶、灰、金、銀、黒。
白は水で、精霊。橙は熱で、これも精霊。茶は大地で、やはり精霊。
赤は太陽。銀は優しさ。金は喜び。この三色は、精霊とは少し違う様子だが、精霊の範囲とされる。
赤の太陽は空の真ん中から現れた。自由に弧を描く輝きは一定の姿をとらず、ひたすら眩しく虹色の帯を引く。鳥に応じる時間は短く、あっという間にまた宙に消えた。
金と銀は、一人が司っており・・・これはまた後で。
灰は雨・雪・雲で、これは精霊の混合種。
黄の光と緑の草木は、妖精。青の空は、龍。余談だが、イーアンが鳥に群がられているのを見た。後で謝ろうと、心で先に謝っておいた。
紫は時を示す。これも精霊ではないが、ヂクチホス曰く『この種族は他にない』そうで、一瞬見えた姿は・・・精霊の祭殿で見た男を思い出した(※2208話参照)。
黒は、ルオロフの目に映らなかった。
鳥が向かう先に黒く見える渦があったが、あの精霊(※『原初の悪』)ではなさそうだし、地上に渦巻くそれは危険な雰囲気が全く感じられず、地上にあるからにはサブパメントゥでもないような。
ただ黒いだけの動く渦は、どこかの島の盆地で鳥を迎え、鳥が消えるとそれも消えた。
勿論、側にいる神様にも、鳥は来た。
ルオロフとヂクチホスの居る無人島に、鳥たちが代わる代わる来ては、さえずって消えるのを見送り、神様の正体を知る(?)。
『ヂクチホスは、金と銀の担当なんですね』と確認したら、鳥は軽く頷いた。
神様は優しさと喜びを人々に与え続けていたからと、納得する。
確かに、ヂクチホスは精霊ではないし、でも精霊の範囲と言えばそうなるだろうし、きっと赤も紫も、こうした事なのだと理解出来た。でも、黒は・・・精霊の範囲でもないらしく、分からず仕舞い―――
帰り道の海を、クジラで戻る赤毛の貴族は、空を往復する鳥たちから知る最新情報を神様から教えてもらい、水平線に太陽が半分沈む頃に黒い船に戻った。
送り状態の神様はここで飛び立ち、ルオロフは次の仕事が来るまで空き。
トゥがイーアンを呼んだため、甲板に上がるやすぐ、女龍が迎えてくれて服を乾かしてもらった。ルオロフは『おかえりなさい』と言ってくれたイーアンに、『すみませんでした』と開口一番謝る。
鳥が群がっていたことを謝ると、『イングを呼んで彼に任せた』とイーアンは笑った(※群がられてヘロヘロだった)。龍の手伝い、その立場を引き受けたダルナが仲介に入る。イングは鳥たちが伝えることを理解するため、『まとめて後で伝えよう』とイーアンを帰した。
「個人個人の祈りと訴えは、イーアンも聞いた後ですか?どうでしたか?」
感想を訊きたいルオロフは、ちょっと伺いがちに『人々の訴えと願い、祈り』について尋ねる。
「イングが通訳(※鳥)して下さった中で、私が『却下』を思うまでの人はいませんよ。私は自分が人間でしたから、追い込まれた人たちの心情は理解します」
その場合わせは困るけれど、とイーアンは乾かし終えた貴族に微笑み、『でも大丈夫だと思う』と頷いた。思ったとおり、イーアンは優しく心が広い。安堵したルオロフは、鳥はまだ続くでしょうと宜しく頼み、二人で食堂へ。
「ルオロフは、今日鳥を放ったのですね」
「はい。聖なる存在へ向かう知らせ、というのは、昨日から始まっているようですけれど。私が鳥を放ったのは今日です」
ふーんとイーアンがゆっくり頷き、ルオロフは何かと思う。イーアンは少し考えてから、『あのね』と今朝のことを話した。鳥しかいない島・・・その妖精を見つけたが、彼には既に鳥たちが報告していた。
「それは、妖精だからでしょうか。他の聖なる存在は、また届く形が違うと思うので」
「そうかもですね。私は今日、鳥が初です。風に声が乗ることもなかったし、特に何も昨日はなくて」
龍宛、だけど。もしかすると、龍宛じゃなくて、龍境船の誰かしら宛だったかも、とイーアンは思うが、これは心にしまっておくだけで話さない。
食堂に入り、ミレイオに挨拶。ミレイオとタンクラッドは、クフム連れで宿へ様子を見に出かけ、片づけを手伝ってきた。馬車も馬も無事だから、世話をしてくれている礼もあり、宿の破損廃棄物はミレイオが消し、大工仕事はタンクラッドが手伝った話。クフムは細かい通訳でお役立ち。
「宿が言うには、今夜は泊まれそうだったけど・・・まだ落ち着かなさそうだし、断ったの。今夜も船よ」
話していると料理の匂いで親方が来て、続いてオーリン、クフム。少し遅れてシャンガマックが食堂へ入る。
夕食を食卓へ運びながら、報告が入り混じり、それぞれの一日を共有する時間。
ルオロフは、『人々の声を運ぶ方法が増えた』と話した。地霊の相談で他言無用かと思ったが、ヂクチホスは『女龍も知ることになれば、隠す意味もない』と言ってくれたので、手段は『鳥』と教える。
ルオロフの経験が増えるのは大事・・・ヂクチホスが微妙な呟きを落としていたが、ルオロフは何の経験を言っているのか分からなかった。とりあえず、話しても良い、それは確認済み。
そして大事なことも加える。
十二色の行き先。これも、人間の淘汰が迫る時期で伏せる内容ではない、と判断されたので報告できた。
「十二色は、一色一名の別ではありません。十名です」
緑と黄色は、妖精が持つ。金と銀は、私を動かす聖なる存在でした、と貴族は伝え、タンクラッドが『黒いくにゃくにゃか』と反応した。毎度、くにゃくにゃの意味がピンとこないけれど、貴族は頷く。
「十名って。あんたは見たの?」
怪訝そうなミレイオの質問で、ルオロフは『遠目に十名を見た』と答えたものの、詳細は濁す。自分が見た姿がはっきりしないし、曖昧な情報になりかねないからだが、紫・・・あの男性は、イーアンたちの仲間『ヤロペウク』のような気がして。
話が終わって、ルオロフの次はイーアン。
オーリンと出かけた海で、妖精の領域を見つけ、呼びかけて入った様子を話す。ルオロフ以外は先に聞いているので、大事な部分を抜粋して繰り返した。そして、センダラが来た話も。
「センダラは、人間の淘汰に関しては、いつも通りの反応でした」
いつも通り=冷たい、と誰もが同じことを思う。イーアンも、うんと頷く。安定のセンダラ。
「でも、私たちが世界の旅人として選ばれている以上、センダラもそれに沿います。魔物の王を倒すのが旅の目的ですが、倒す勇者は人間代表。人間を守らない旅など意味ありません」
そのとおりだとクフムは思う(※人間)。センダラという妖精は、フォラヴと違って気性激しい冷徹な妖精らしいが、それでも提案はしてくれたとさっき聞いて、ホッとした。
クフムが一人頷き続けるのを横目に、イーアンは心配そうなルオロフを見てニコッとする。
「彼女は、無意味な行動を好みません。非協力的な妖精エンエルスが、ティヤーの二色を司る立ち位置で、感情を先に行動を取るならば、その時はセンダラが来て下さいます。私よりもセンダラの方が、きっと効果あるでしょう」
提案したというよりは――― 『聞く耳を持たないなら、仕方ないから、私が言う。妖精はこれ以上、そういう個人的な判断をしてはいけないのよ』
センダラは、面倒くさそうだった。でも、自分からそう言ってくれた。
シャンガマックはこれをイーアンから聞いた時、『アレハミィの事件』を過らせ、イーアンもまた同様に『これ以上』の意味はそこだろう、と感じていた。
個人的な感覚を持ち込み、勝手な行動を選んで、守るはずの人間を大量死させたアレハミィの話。
アイエラダハッド馬車歌でも遺されてしまった皮肉で辛い、妖精の失態を知る皆は、エンエルスの態度を聞かされたセンダラの苦い顔を想像した。
クフムとルオロフはこれを知らないが、とにかく妖精センダラが、ティヤーの妖精代表らしきエンエルスの説得に出てくると理解した。
「エンエルスが、女龍の私へ取った態度を、少なからずセンダラは不満に感じて下さいました」
尊重されて嬉しかったイーアンの笑顔に、オーリンは『良かったな』とだけ答え、自分の報告へ移る。オーリンの報告も、ルオロフ以外には済んでいるので、大まかにまとめて話した。が。
「明日、行かれるのですよね?」
ルオロフがちらっとクフムを見てから確認する。そうだよと返した弓職人に、『私が通訳に行きます』と名乗り上げる。
これにクフムが戸惑ったが、オーリンは赤毛の貴族の申し出の理由を察しているので『クフムが行くから』と素気無く断った。イーアンが笑い、ルオロフは『私も役に立てます』と粘ったけれど、オーリンは『クフム連れてくから』の一本調子。
「残念です。私が行けば」
「ルオロフは、イーアンと動きたいだけだろ」
「それの何がいけないのですか」
しっかり認める貴族に、皆は笑って往なす(※イーアンも笑ってる)。クフムは、守ってくれるオーリンに心でひたすら感謝した。少しぶつぶつこぼしていたルオロフだが、ここで思い出す。
夕食も終わりかけ、『シオスルンが朝に来ました』と、彼が帰国した事情を伝えた。
この話題は重要度も低く『そうなのか』で終わる。ちょっとした騒ぎ・・・の印象で。ただ、タンクラッドは何となく引っかかる。
知り合いの貴族の息子との接触に、何の意味もなかったとは思い難い。彼がいた島に入り、ほんの二日ですれ違うように帰国。彼は少し前から居たような話だった。まるで、俺たちが来るまで待つように。
「・・・とは、言っていましたが。そのために呼ぶ気もありませんでした」
考えているとルオロフの話が進んでおり、ミレイオやイーアンが片づけ始める食卓で、ルオロフはオーリンに詳しい会話内容も聴かせている。ふと気になったタンクラッドが『聞いていなかったんだが、俺にも』と片手を少し招くと、ルオロフは最初から繰り返す。
「帰国は嵐が来るから早まったようなのです。今日は晴天でしたけれどね」
それすら嘘の言い訳とでも言いたげな貴族の意地悪に、オーリンが苦笑する。『こいつ、シオスルンが嫌いなんだよ』と赤毛の頭にポンポン(=オーリンの可愛がり方)。ポンポンされながら横の弓職人に、『私に名乗りませんから』とルオロフは切り返す。その冷めきった目つきでタンクラッドも笑った。
「お前はきちんとしているからな。用事だけで、名乗らなかった相手は失礼だ」
「はい。私の素性を知って話し方は変えたけれど、却って品位が問われる行為です。名乗りませんし」
こだわるルオロフに二人の職人が笑い、ルオロフは首を横に振りながら溜息。
「イーアンに謝りたいとも、はっきり言いませんでした。皆さんに別れの挨拶をしたいと、彼が直接頼んだのはそれだけです。後は有耶無耶で、こちらの問いかけに謝罪で返すものの、『それも謝りたい』『そのことも』と濁してばかりでは、話になりません」
「で、お前は次に会ったら、『この続きだ』と宣告したのか」
可笑しそうなオーリンが突っ込んで、赤毛の貴族はゆったり頷く。そうなるでしょうねと笑顔のない顔で肯定し、タンクラッドは『お前らしい』と背凭れに寄りかかって笑った。
―――シオスルンは、ルオロフを敵に回したまま帰国。敵、とは大袈裟だろうが、これが何かのきっかけになるのか。それとも、他にもあるのか。
「そう言えば。博物館でお前の告知を聞いた時、シオスルンもいたんだが、彼は意味がよく解ってなかったようだったな。ティヤー語は日常会話くらいしか喋れないのかもしれないけれど、告知の内容に『危険』は感じたのか、ビビってたね」
「それで早く帰ったのかもしれませんよ」
かもねとオーリンも笑い、ルオロフは失笑して『情けない』と両手をちょっと持ち上げ、・・・タンクラッドは、『それか』と勘が動いた。
「シオスルンがハイザンジェルで、何を報告するやら」
ルオロフとオーリンは話しながら、最後の食器を台所に渡しに行き、タンクラッドも椅子から腰を上げる。
「よく分からないまま、告知の危険な感想だけを持ち帰ったわけか」
ルオロフの声だと気づいていたら、なお面倒臭い騒ぎ方をしそうに思う。
例え、大した騒ぎにならなくても、ここぞの足を引っ張る・・・そんな邪魔にもなる可能性を、タンクラッドは忘れないように記憶にとどめた。
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