2714. 黄と緑の海 ~鳥の楽園と非協力的な妖精エンエルス
黄色の海を透かし、足元に浮かび上がる地面。
イーアンは、さっと方角を確認する。営巣地でイングが教えた方・・・同じだと気づき、ここがそうだったのかと知る。営巣地から距離はかなりあるが、確かに方角は重なる。
黄色い海と緑の海を、両方受け持つ妖精?一色につき、一つの存在ではないのも何となく理解した。龍は青だけだと思うけれど・・・他は精霊が多そうだし、妖精が二色をあてがわれていたとしても変ではない。
水を割って出てくる地面は高くなり、とうとう丘型の島の全貌が現れた。
丸ごと沈んだのかと思うほど木々や花々が多く、島は小さいにしても直径2㎞ほどはありそう。ほぼ円形に見える丘に、被る水を落として葉を煌めかせる植物が豊かに生え、枝葉や花は陽光を歓迎するように揺れる。
塩水に浸かっていたのに・・・一瞬、夢のない常識的な思考が過ったが、ここは妖精が守っているのだから常識など無縁。にしても、ぴんと伸ばした元気な枝に艶やかな葉が、雫を滴らせている様子は不思議だった。
地面は青草一面。岩場は丘の外周をぐるりと囲むように色が違い、その岩場だけ黒いものだから、柔らかな緑色の植物を守る、逞しい護衛みたい。黒い岩は濡れているのとは別に、少し違う煌めき方をしており、じっと見つめたイーアンは、そこに透明の結晶を確認。シトリンのような結晶の形・・・離れているから透明に見えるが、重なっていそうな箇所は黄味がかる。これが『黄色』か、とあっさり納得した。
海を分けて現れた島は、水が下がる音だけだったが、全て現れきった後、徐々にさえずりが響き始める。
妖精が中心に立つ、明るい林の草の上に、鳥の影一つが横切った。ん?と龍族二人が目で追うと、また別の影が草に落ちる。それはどんどん増えて、飛び交う影の数に比例する鳥の声が高まってゆく。
空気をびりびりと揺らす、鳥の大群、その声。いる。いるんだ、と二人は目を見合わせるが、鳥の姿自体は全く見えない。『イーアン』と名を呼んだオーリンは、顔のすぐ下に頭があるのに彼の声が、鳥の鳴き声で消される。
驚く二人を眺めていた妖精は、片手を少し上に掲げ『降りてくるように』と手招きで示した。
「距離はあけてくれ。私と水瓶には寄らないように」
妖精は命令口調が抜けきらないが、若干正しているのは分かるので、イーアンは良しとする。
・・・私に命令しないでとは頼んだけれど、身近に命令するお方は多い(※獅子とか親方とかトゥとかイングとか自然体)から、実はそこまで気にしていない。でも初対面だし、礼儀ありで通してもらう。
妖精から5mほど離れ、イーアンとオーリンは着地。龍気は控え、オーリンを抱えた腕を解いてから、片手を握り直す。
こちらを見たオーリンに『離れないように』と頭の中で囁き、彼は頷いた。『フォラヴやセンダラと違う感じだ』と戻った返事に、イーアンも同じ。
あの二人は、私の側にいても問題ない。妖精の姿をとった時のフォラヴは接触しないけれど・・・そういうことなのかなと思いながら、妖精に『お名前を』と切り出した。
妖精は片手を水瓶の縁に置いて、名乗ることを少し躊躇ったが、二秒くらいで『私は』と口を開く。鳥の騒がしい声をものともせず、妖精の声は耳元に入った。
「エンエルス」
「エンエルス。私は先ほど名乗りましたが、イーアンです。彼はオーリン。確認したいですが、聞こえます?」
相手の声はすぽっと耳に届いても、こっちが喋っている大声が搔き消されていそうで、イーアンはまずそこ。妖精はしっかり頷いて『聞こえている』と上を指差した。
「彼らが居ると教えたつもりだ。本体を透かしているため、ぶつかることはないが」
「・・・アマウィコロィア・チョリアの鳥たちですか?」
「そうだ。閉じ込めていない。彼らが自由にここへ集まるのを私は許可している」
「エンエルス、あなたは一人ですか?ここは妖精の領域ですか?」
「そんなことを聞くために来たのか、龍」
相性合わねぇ。イーアンは質問を止めて真顔に戻る。センダラの方が全然話しやすい(※慣れ)。この妖精、会話ってもんがあるでしょと思うが、掴んでいる手を揺らしたオーリンに『本題で良いんじゃないの』と促され了解する。
「・・・そうですね。ふーーーっ(※嫌味)単刀直入に伺います。この島に、以前、人間が十二の面を運びましたか」
会話でイライラする無駄を省く。女龍の質問に、表情を崩さない妖精は『ずいぶん昔のことを』と認めた。
「もし、ここにまた十二の面を運ぶ人間が来たら」
「帰す」
「追い返す?」
即、突っ込んだイーアンを見ず、妖精の視線が空に向く。その目は何か放心したように虚ろ。
少しの沈黙を挟むが、鳥の騒がしさはそのまま。何万羽何十万羽といそうな騒音状態で、エンエルスは唇を湿してから溜息を吐いた。言う気がないことを、伝えるのか。イーアンがじっと見つめると、目が合った。
「それは、人間の保身からだろう?」
*****
エンエルスの言葉が終わらぬうちに、二人は目を見開く。
突然、視界を丸ごと覆う鳥の群れに包まれ、イーアンはオーリンを掴む手に力が入り、オーリンはイーアンの前にサッと回って彼女を守った。
「オーリン」 「動くな」
傷つかない女龍でも、男の条件反射でオーリンはイーアンを両腕に守り、飛び交う無数の鳥に頭を伏せる。イーアン、複雑。私がやった方が良いのではと心配だが、咄嗟でオーリンが忘れているので、包まれておく。が、腕の隙間から見た妖精は消え、あらっと焦った。
「エンエルスが居ません」
思わず口走ったすぐ、『ここに』と妖精が真横に立つ。
ハッとした二人に近いが、本体ではないと分かる。薄く透けるエンエルスは、二人の龍族の不審そうな目つきを無視して、山のような鳥の羽ばたきに顔を向けた。
「龍。聞いてほしい。彼らはここで回復した。人間が終わったら、彼らはまた自由に好きな場所へ行くだろう」
先ほどと態度が変わった妖精を、オーリンとイーアンは見つめる。哀しそうではなく、悟ったふうでもなく、ただ虚しそうな横顔は、子供のような顔だけに同情を誘う。エンエルスは、オーリンと視線を重ねて、誘導するようにゆっくりと右へ視線を動かす。オーリンがつられて見て、あ、と声を上げた。
「さっきはなかった」
「鳥と共に見えるようにしている。お前も龍族で、女龍も傷を負わないなら、鳥を恐れるな」
恐れてはいなくても怪我をさせない意識が先に動いたオーリン。ちょっと気を悪くしたが、イーアンも腕の内側から『大丈夫そうですよ』と声を掛け、オーリンは警戒気味に腕を降ろした。
さっきなかったの言葉を聞いて、イーアンも二人の顔が向く方を見る。それは胸が苦しくなるような風景。
沢山の雛。巣があった。小さい雛は可愛くて、いっぱいいる。忙しく飛び続ける鳥は親鳥で・・・ここで皆が安心して生きていたのを理解した。苦しくなった胸は、彼らが逃げてここを選んだのを同時に理解したから。
すっきりした林、と思っていた場所は全部が鳥の巣で、自分たちが立っているところは草地。でも糞や卵の殻が草の隙間を埋め尽くす。
囲む岩場には彫像の如く、海鳥が並び、唖然とする龍族にエンエルスは『これをどう思う』と尋ねた。
「彼らを追い詰めたのは人間だった。生きるため、装飾のため、満足のため。悪いとは言わない。だが人間が貪られるとなったら、今度は助けてほしいと縋りつくのを、私の目にどう映るか想像は出来るか」
「つくな」
先にオーリンが答え、イーアンは重い息を吐く。妖精の透明に近い水色の瞳は、晴天を透かす雫のよう。
「イーアン、私は嫌でも」
滑り込んだ涼しい声に諦めが滲む。雛を悲し気に眺めていた女龍はエンエルスに『はい』と答え、先をお願いする。嫌でも、の続きは受け入れでは、と。そのとおりで・・・・・
「消される時を拒む訴えが、届き始めている。まだまだ続くのだろう」
「あ。エンエルスに、もう」
「私だけではないだろうが、ティヤーにいる妖精、私たちの息吹を受ける忠実なものたちは、それを聞いている。昨日から始まった」
ルオロフの告知からだ、とイーアンはオーリンと目を合わせる。エンエルスは、女龍が来たのも流れを予想したらしく、それも話した。
最初、連れて来たオーリンを人間と思ったから、龍を味方につけた人間への抵抗が、威嚇の攻撃を取らせた、とも行動の意味を打ち明ける。
ティヤーで、人間の求めが旋風になる時。求めを訊く立場の種族は、なにがしかの形で答えるだろうし、答えないことも当然あると言い、妖精は無視しようと思っていた。
だが、女龍が人間付きでここを探し当てたことから、遥か昔の約束破りを重ね、ここで十二の司りを呼び出す気かと気づいたらしかった。
「エンエルス、私は詳しく知らないので、ちょっと質問させて下さい」
「何を知らない」
「あなたは今、『十二の司りを呼び出す』と仰いました。この一帯で聞いた古い民話には、この場所で鳥を守る聖なる誰か―― それは『一人』だったようなのですが」
ここの部分大事。イーアンは、博物館の石の彫刻で『聖なる存在一人』を見ている。だがバサンダの記憶する民話からの発言で、『十二の面を並べたらその存在が現れてくれる可能性』を知った。
エンエルスの言葉は、バサンダの意見と同じことを話している。
妖精は鳥の周囲を何もないように振り返り、背後に少し体を傾け、女龍の質問をつまらなく思っていそう。答えがすぐに戻らないので、もう一回聞き直そうかとイーアンが口を開きかけると、エンエルスは溜息を吐いた。
「人間の昔話を信じる龍、か」
「はぁ?そうじゃないですよ、信じるとかではなくて、そう聞いていたから」
「『十二』だ。人間の昔話で何をどう解釈し、捻じ曲げられて言い継がれていようが。鳥は私が守っていたから、私が前に出て話した。それを抜粋した程度のことだろう」
横で聞いているオーリンも、この妖精のふてぶてしい態度は鬱陶しい。イーアンは『そうですか』と棒読み。
嫌な思いをするならいっぺんに、と長引かないよう、序にもう一つ聞く。
「他にも・・・ティヤーで、十二の存在に一度に呼びかける場所と言うか、方法と言うか、時期と言うか、あると思いますか」
「私が知るわけないだろう。私はここで過去に見たから、ここだと思ったのだ」
会話で疲れる相手だが、エンエルスが知っている範囲=この場所で経験したことと了解し、あーそうなんですか(※棒読み連続)で頷いて終わる。
「イーアンも呼ばれるのは分かっているな?」
お前も呼ばれる立場なのに大丈夫か?ばりの目を向けた妖精に、それくらい分かってるイーアンは顔の前で手を左右に振った。
イーアンの脳裏を、ふと掠める――― 当時呼ばれたのは、始祖の龍だったのか、それとも龍境船を使う誰かか。
漠然としたままだが、『青』で示される龍・・・主に龍境船と思われるそれは、龍族とは限らない。
ちょっと考え込んだ、難しい顔のだんまり。態度が悪くなっているなと、女龍を気にするオーリンは話を戻す。
「さっきの話途中だけどな。エンエルスは、俺とイーアンが来たから、自分だけではなくて他の・・・ええっと、『十二を司る』、聖なる種族も現れることになると思ったんだよな」
「そう言った」
「十二の面のことだけど、十二色だろ?エンエルスは妖精で、緑と黄色。合ってるか?」
「お前にそこを確認されて、答える理由がないがな」
「あー・・・とりあえず言っておくけど。俺は攻撃的じゃない。攻撃もしていない。確認される理由がないと言うが、それが気位と立場から発生しているなら、俺もそれ相応の態度をとる」
「何を言ってるのか。女龍がいるからと」
オーリンの顔から表情が消えたのを見て、イーアンは彼の手をちょっと引いた。怒ってるのが分かる。ちらっと向いた黄色い瞳は『非協力的だろ』と妖精に顎をしゃくり、エンエルスが『帰れ』とすかさず吐き捨てた。
「オーリン、私が」
「イーアン。男龍を呼べ。龍族の頂点が蔑ろにされて、俺は黙っていられない」
「蔑ろにしていない」
サッと口を挟む妖精は、慌ててもいないし怯えてもいないが、勘違いされていると思っていそう。話にならないほどではないが、イーアンも話しにくさは感じていたので頭を掻いて『うーん』と唸った。オーリンは妖精を冷めた目で見て、小首を傾げる。
「男龍が何者かを知らないだろう。女龍を蔑ろにしていない、とこちらの思い違いみたいに訂正するだけで」
「誰が来ようが、私が問題あるとは思わない。話が合わない上に、聞き出される理由も見えない。単に人間が来る、そのことを仄めかしただけの来訪に、私がどう感じるかも無視しているのはそちらだ」
オーリンに返した言葉は、エンエルス自身のことだけ。イーアンは先ほどから話していて、妖精が世界的な動きを気にしないようだと気づいていたが、それはもう、それでとも思う。ただ、一つ困ることがあるとするなら。
「エンエルスに最後の質問です。あなたは、十二の司りの一人として現れるのですか」
「そうだ。この国では、私が光と植物を司る」
「・・・妖精が他にもいるような話でしたが、他の妖精ではなくて、あなた」
「私が、と答えただろう。聞いているのか。他の妖精は私の立場にいない。龍となればお前だけだろうから、お前が」
「言葉に気を付けて下さい。あなたにお前呼ばわりされて、私は気分が良くない」
ぴしゃっと止めたイーアンは、睨みつけた妖精に目を細め『次に会う時、あなたの心を理解するのをやめましょう』と伝え、さらに怒りを目に表した相手から顔を背けた。オーリンを抱えて、鳥が自分たちにぶつからないよう、少しずつ龍気を出す。エンエルスは口を利かず、睨み続ける。
「あなたはきっと。十二の面を人が運んで来たら、私にも『人間に対して断るよう』伝えたかったのでしょう」
浮上しながら、イーアンは彼への理解を声に出す。エンエルスの態度は変わらないが、これ自体が本体でもないし、どこから話しかけているのかも曖昧なまま。
「私は、私の意志で決めます。あなたの一瞬、希望を持ったような顔色を立てる気はない」
「希望?私がお前に希望だと?」
地面に立つ、言い返した妖精。イーアンは『鳥がここにいることへの確認と、オーリンが龍族と知った後、あなたは自分の意見に傾かせたいように見えた』と言うと、勝手なことを!と彼は叫んだ。
「次にここへ来ても!島は出てこないと思え」
「難しい」
売り言葉に買い言葉が通常のイーアンだが、意外なほどあっさり『難しい』を捨て台詞に、一気に光の塊に変わり加速する。
ごうッと圧力凄まじい龍気が海と空気を揺さぶり、それに反発するかのように妖精の領域も消え、黄色の海は穏やかな波に戻った。
お読み頂き有難うございます。




