2713. 馬車歌への理解・十二色の海の黄色
「ドルドレン。私は、君の一族が丸ごと裏切りの徒には思わないよ」
砂浜の沈黙を破ったタムズは、項垂れた勇者の苦し気な様子に同情し、彼の頭を撫でた。その頭は小刻みに横に振られ『俺にはそう思えないのだ』と呻く。
「君は・・・馬車歌の解釈と、人間淘汰の流れについて、自身の感想を『早計かも』と言ったが。それは早計ではないと言えても、君の一族が裏切り者と決めつけるのは早計に感じる」
穏やかに、決めつけてしまう間違いを指摘する男龍。灰色の瞳は揺らぎ、強く目を瞑って『有難う』とは言ったものの、そう思っていないのが分かる。タムズは勇者の頭から手を離して、肩に手を置いた。
「同時に手に入れたからといって、物事の流れの全てが、同一方向ではない。私は、馬車の民という存在が、なぜ、これほどまで多くの事情を運ぶのか、そちらの方が気になる。彼らが単に『裏切りと逃亡を許された人間』であれば、世界はここまで彼らに教えはしなかっただろう」
正論を手短に告げるタムズを見上げ、ドルドレンは肩に乗った大きな手に視線を移す。その手は温かく、重さを感じることもない。重荷を引き取るような手・・・目が合ったタムズは微笑み、『残りも聴かせてほしい』と頼んだ。
「世界に何かを託された。世界を信頼することは間違いがないんだよ、ドルドレン」
決定打をいつも、率直に伝えてくれる龍族。嘘を吐かない彼らだから、直線の真実は不安定な心も押さえる。
「タムズ」
「君は、自分一人では難しいと言った。そのようだ。私も君に手を貸そう。君の弟が手を貸すように」
タムズはそう言って、貝殻を持ったまま離さないティグラスに、ちょっと笑った。
ティグラスは楽しそうで、純真な笑顔を海に向け、貝から聞こえてくる歌に体を揺らしていた。その姿は、何も恐れない。ドルドレンは、弟も馬車歌をある程度は理解できるはずが、なぜ?と不思議に感じた。
「ティグラスは、分かっていそうだ」
男龍はドルドレンの横に座り直し、『私の子供たちはファドゥに預けているから時間がある』と先に伝え、十番目の馬車歌を全部話すよう、勇者に促した。
ドルドレンが地上へ戻るまで、まだ少し―――
*****
空へ上がって十二色の海を見たイーアンとオーリンは、『本当』と顔を見合わせて驚いた。
「なんとなく、じゃないのですね」
「もろに、だな」
「天気の都合もありそうですよ。海が荒れたらとか、潮の状況でとか」
ありそうとオーリンも頷きながら、二人はゆっくり遠くまで見渡し、アマウィコロィア・チョリアの海が、十二色の湖を集めたような風景に圧倒される。
「君はさ。何度か空から見てるだろ。それで気づかないもんだな」
嫌味ではないが、オーリンの気遣わない一言に、横を飛んでいたイーアンがじろっと見る。
「それ言ったらあなただって、ガルホブラフで空移動している時、気にしなかったんですか」
「怒るなよ。俺より君の方が上から見ていると思ったからさ」
「同じですよ、空から見てりゃ」
言葉尻が壊れかけた女龍に、苛ついていると判断した龍の民は話を戻し(※すぐ喧嘩になる)『緑と黄色はあれだな』と目につく色を指差した。
「俺たちが、パッカルハンから東を遺跡探しした時。紫と緑、銀と金は遺跡ではっきりしただろ(※2599話参照)?」
「話を変えましたね」
「噛みつくなって」
「『金』は・・・確認ってほどではないでしょう。精霊島がそうだったから、手を引いて」
「うん。まぁでも。とりあえず他の色の曖昧さに比べれば、はっきりした範囲だろ」
見えて来た緑と黄色の海に降下しつつ、オーリンはイーアンを見ないまま(※目を合わせるとやられる)『隣り合う色ってのが』と意味深であることを強調。イーアンも機嫌を直して『そうですね』と同意。
「黄色は、精霊ではないってことか」
「どうでしょうね。緑色は妖精らしいと遺跡からも分かったけれど、黄色は断定できません」
でも隣にあるねと、二人は真上から二色の海を見下ろして悩む。美しく透き通り、新緑を思わせる緑色の海。区切るように薄っすらと下に砂州が見える。砂州の隣はきっぱり黄色。明るい黄色い海なんて初めて見たイーアンは、『ザッカリアの目みたい』と懐かしく微笑む。
「本当に黄色い」
「ここに来るまでの色も、非常に鮮やかでした。橙色は夕日みたいで、赤い海は宝石みたいでした。青い海は普通と思いがちだけど、上から見ると他の色が混じらない真っ青でしょう?銀色の海や金色の海なんか、現実に思えません。でも在りました」
「な。銀色に見えるもんだな。金もだけど。あれは光の加減が大きそうだ」
「白い海は浅瀬なのかもですね。海底が真っ白で、浅瀬だから」
十二色全てを見た二人は、黄色い海の上で感想を話しながら・・・『やっぱりこれが黄色』と頷き合う。横に、緑の海あり。妖精だろうな、妖精なんでしょうねと次の行動を躊躇いがちに、二人は暫し黙った。
「ガルホブラフ、嫌がっていませんか」
「嫌がってるよ(※直)」
「うん。何か、顔がイヤそう」
「多分そうなんだろう。島はないけど」
「ええ。島は見えませんね。黄色と緑の海方面、人の住む島がない」
「小島もないよ」
「変な『気』はありますけれどね」
ここで会話は止まり、二人の視線は重なった。ガルホブラフも視線を投げる。行く気になれなさそうな顔を向けた龍に、イーアンは『彼が反応している』と理解を寄せ、オーリンを抱えることにした。
女龍がオーリンを背中から抱えるや否や、彼の友達の龍は空へ飛んで行った。
「友達のあなたのことより、ここがイヤなんですね」
「そういうこと言うな」
ガルホブラフは度々分かりやすい個性を出す。イーアンは苦笑して、面白くなさそうなオーリンを抱えたまま『では』と覚悟を口にする。
「イーアン。妖精に呼びかけるのか」
「こちらで合っているか、確認します」
押しかける気はない。でも、こっちがそのつもりはなくても、あっちは(←妖精)攻撃するかもしれない。どちらにせよ、確認のための穏やかな行動は貫くが、相手の反応があれば確実―――
これを聞いたオーリンは顔を顰め『俺もガルホブラフと逃げた方が良かったな』と後悔した。
「何言ってるの。私と一緒ですよ」
「どうするんだよ。叩ける扉も玄関もないんだぜ」
「あちらがここにいるなら、私に気づいている」
既に気づいているだろうとイーアンは息を吸い込む。オーリンを抱える両腕に力を籠め『絶対に離れるな』と忠告し、不穏な忠告を頭上に落とされた弓職人は『君が俺を離さなければね』と訂正して諦めた。
オーリンが諦め呟いたすぐ。イーアンの龍気が膨れ上がる。ぐわッと晴天360度に駆け抜ける龍気は、上にたなびく雲を払い、風を遠のけ、下方の海を揺らす。圧力の衝撃で歪んだ海面は、空中のイーアンを中心に波が立ち、ざーっと放射状に水が動く。
その途端、『何のつもりか』と声が聞こえ、海は凍り付くように、びしっと固定された。声は、鈴のように軽やか・・・この声の特徴は正しい。うん、と頷くイーアンに、げんなりするオーリン。
「私は、龍のイーアン」
「龍。何を以て海を荒らす」
「荒らしていません。龍気を注ぎました」
返答と同時、光の槍が真下から突き上がる。黄色い海の輝きが全て、細い槍に変わり空に放たれ、イーアンの周囲を掠めて飛んだ。オーリンは生きた心地がしないが、イーアンは目を細めて『私を傷つけることは出来ません』と静かに伝える。
「龍を傷つけるつもりでしたか」
「違う・・・が」
「ご挨拶?」
「何の用かと聞いたはずだ」
「私が答える前の行為ですね」
強気イーアン。オーリンは自分を抱える女龍の腕をポンポン叩いて、落ち着かせる。冷静だが、イーアンは威嚇しているのが伝わり、やめてくれと無言で頼む。相手は黙っており、しかし気配がどんどん強くなる。イーアンは息を吸い込んで、黄色く輝きながらも動かない海に伝えた。
「あなたが見えません。あなたに確認したいことがあって訪ねました」
「断る」
「龍に攻撃をし、断って終わりにしますか?」
「攻撃はしてい」
「ます」
相手の否定を遮ったイーアンは、龍に変わる。カッと真っ白い光の玉が弾け、白い龍が空に浮かぶ(※オーリンは指先)。こうなると話せないイーアンだが、強硬手段一歩前。ここまでする気もなかったけれど、相手の話も聞いておきたい。この態度、どう映るやらと気にしつつ、女龍はゆっくり大きく長い首を垂れた。
「姿を戻せ、龍。攻撃に捉えるな」
そんなこと言われてもねぇと、女龍の頭はぐんぐん下がる。海面すれすれまで下げてイーアンの口が開いた。
「警戒した。許せ」
黄色い海が、ぱしゃっと小さな響きと一緒に揺れ、水は固定解除。瞬きしたイーアンが口を閉じると、黄色い海の下から、柔らかな水色の光が上がってきて・・・白い龍と距離を置いた水中、『用を伝えろ』と言った。
どこまでも命令口調。妖精そのもの、とこれは認めるイーアンで、とりあえず人の姿に戻った。
「一応、言っておきましょう。あなたがどれほどの立場の妖精か知りませんが、龍の私に命じてはならない」
「承知した。離れてくれ。辛い」
「・・・少し離れますが、私の話を聞いてくれますか?」
イーアンがちょっとだけ海面から遠のくと、水中に静かな輪が広がり、黄色い飛沫の中に立つ姿が現れた。
その顔は美しい子供のようで、背に垂らした髪は黒髪に見えて金色がかり、白く透ける肌とほっそりした体にまとう衣服は特徴的、頭には枝葉を編んだ冠。傍らには大きな水瓶がある。
妖精と分かるものの、フォラヴともセンダラともまた異なる印象の相手は、女龍と一緒の人間(※オーリン)を一瞥し、女龍に話しかけた。
「人間付きで何を訊きたいのか。何を確認するのか」
「あっ、ああ~!・・・それでか」
ハッとしたイーアンはオーリンの顔を覗き込み、オーリンは『俺は人間じゃない』と気分を悪くした。妖精に、オーリンが人間に見えて・・・それで警戒されたことを理解した女龍は、オーリンを揺らし『彼は龍族』と簡単に紹介、自分の同胞だと妖精に教えた。
「龍族?にしても、龍が私に何を求める」
勘違いしたことは認めた返答。イーアンはようやく普通に話せると分かり、大きく頷く。
「求めているというよりもですね、確認です。こちらで、鳥をたくさん抱えていらっしゃいますか?」
ルオロフが話していた、鳥しかいない島。地霊が教えてくれたそこは、きっとこの妖精が知っていると思っての質問。
妖精は空に浮かぶ二人をじっと見つめ『いかにも』の答え。声に警戒も威圧も消え、希望でも見出したような表情を伴う。ただ、ちょっと・・・イーアンは彼に、違和感も感じる。
黄色く輝く、海の上。妖精を前にしたイーアンとオーリンは、妖精の足元に、じわじわと浮かび上がる大地に目を瞠った。
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