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魔物資源活用機構  作者: Ichen
十二色の鳥の島
2711/2958

2711. タムズからの貝殻 ~①本当の、十番目の馬車歌

 

 イヌァエル・テレン――― 

 海を前にしたドルドレンに、ティグラスが『海は初めて来たのか』を尋ねた。ドルドレンは並ぶ弟に、『見たことはある』と答える。



「男龍の家は浮島で、下は海だ(※718話後半参照)。でも、近づく用事がなかった」


「ドルドレンの()()()()もあるかも知れない」


 ティグラスは兄と一緒に、砂浜を歩く。会話中、『貝殻を探したい』とドルドレンに聞いて、近い海へ連れて来てあげた。

 ドルドレンがティヤーで出会った馬車の家族の歌は、貝殻で聴ける。俺も聴きたいとティグラスは言い、ドルドレンは勿論了承した。


 兄弟は穏やかな波打ち際に貝殻があるか、足元や目の届く左右、探しながら歩く。


 ドルドレンとしては・・・イヌァエル・テレンに『貝』がいるかどうかが気になった。でもティグラスが『海に探しに行く』と嬉しそうだったので、なくても気にしない。


 ここは龍の国。龍族以外の生き物がいるんだっけ?と何度か記憶を確かめたが、イーアンからそうした内容を聞いたこともなく、期待は薄い。とは言え。


「貝殻どこだろう」


 弟は無邪気で、いつも通りニコニコしながら砂浜にしゃがんだり、寄せる波に顔を近づける。その様子は微笑ましい。貝殻はないな、あっちも行こう、と砂を進んで――― やっぱりなかった。



 ティグラスは残念がってはいないが、『違う海ならあるかな』と首を傾げる。ドルドレンも頷いて『違うところにあるかも知れない』と認めてから、男龍に訊いてみようかと言ってみた。男龍が『貝はない』と一言教えてくれる方が、ティグラスをがっかりさせずに『そうなんだ』で終わる気がして。


 ティグラスの琥珀と青の目が、兄を見る。透き通った宝石そのままの瞳は、我が弟ながら、まるで別種族のようだとドルドレンは感動。見つめたままの弟に、どうしたのか尋ねると、ティグラスは『タムズを呼ぶ』と言い出した。



「彼を?なぜ彼なんだ。それより、いきなり呼んで大丈夫なのか?」


「忙しいなら来ない」


 そうだけど、とドルドレンは黙る。ティグラスは、タムズに来てほしいと何度か空に向かって話しかけ、砂浜で待つこと数分、本当にタムズが来てくれた。


 ドルドレンまたも感動。タムズが、大きな翼を広げたまま、ふーっと空気を含ませるように降りる。緩い風が二人を包み、銀と赤銅色の輝き放つ男龍が微笑んだ。心奪われる美しさ、荘厳さ。いつ見ても感動して拝みたくなるが、今はそこではない。


「呼んだかね」


 額に縦に並ぶ二本角眩しいタムズの微笑。ドルドレンは心で褒めながら、まずは謝る。


「すまない、来てもらって。用事の最中でなかったなら良いが、実は」


「タムズ。貝殻を知ってる?」


 謝る兄をそっちのけ、呼んだ用事を最初に伝えたティグラスに、タムズの金色の瞳が向く。それからドルドレンを見て『君の頼み?』と察した。

 ドルドレンは事情を手短に伝え、タムズはなぜティグラスが自分を呼んだのか理解して苦笑する。



「そう・・・つまり、ティグラスは私に、()()()()()()()()ほしいのか」


「出来る?」


 え?と弟を振り返ったドルドレンは、そこまで気づいていなかった。言われてピンと来たが、それで彼を呼びだしたのかと驚き慌て、またタムズに謝った。タムズは『謝らなくて良い』と笑ってくれ、ティグラスに少し背を屈め、必要なことを先に言う。


「私は、中間の地の生き物を()()()()()()。どのような貝殻か、それも分からないよ」


「ドルドレンは知っている。ドルドレン、貝はどんな形」


 あっさり回されて、ドルドレンは教えない訳にも行かず、申し訳ないと頭を垂れながら、これこれこんな形状で、殻だけであって生きている中身はない・・・と伝えた。


 砂浜に指で描いたドルドレンの絵を、タムズはじっと見つめ、大きな片手を下に向けて開く。ひゅるっと白い細かな輝きが手の平を伝い、ドルドレンの絵の上にそれは少しずつ落ちて。


「もしや」


 驚く黒髪の騎士に、タムズは『聞いただけだから』違うものの可能性を前置きをし、数秒後、白い貝殻が出現した。目を丸くするドルドレンと、嬉しくて『ありがとう』と叫んだティグラス。


 タムズを一度見上げ、ドルドレンは貝殻を両手に取り、本物だと呟いた。

 快活に笑ったタムズは『私は本物を知らないよ』と控えめに強調するが、ドルドレンもティグラスも、触った感触、見た目、その重さは、本当の貝殻にしか思えなかった。

 世界の空を生きる場所に定めた龍は、下界をほとんど知らなくても再現する。その凄まじい能力に言葉が出てこない。



「それを使って、馬車歌を聴くのかね」


 笑顔で驚いたまま固まる二人に、タムズは先を促す。馬車歌を聴くために貝殻が必要、と言われた理由から作ってあげた、小さな作品。訊かれたドルドレンは、はたと笑顔が引っ込む。


「・・・辛い経緯だが、歌い手が死んでしまった時、歌を失わないよう託す道具があるのだ。俺はそれを借りたから、歌を聴いたら返さねば。彼らの大切な遺族の思い出だから」


「ふむ。貴重な道具は借物か。もし私が作った貝殻で歌を聴けなかったら、早めに中間の地に戻って、貝殻を探した方が良いようだな」


 とりあえずやってごらんと、男龍は側で見守る。

 優しいタムズに礼を言い、ドルドレンは腰袋から『馬車歌の白い骨』を取り出した。ティグラスはじっと見て『悲しい』と一言呟く。


 何かを感じ取ったらしき弟に『そうだ』と頷き、ドルドレンの手が、白い小石のような骨を貝殻の中に入れる。貝殻の開いたところに置いて、耳を寄せる。穏やかな冷たさが肌について、ドルドレンの鼓膜に静かな強弱の音が響き始めた。目を閉じ、集中する。



「聴こえる」


「聴こえる?俺も」


「待て、ティグラス。ぬ・・・うむ。これでは」


 何かに驚いた様子のドルドレン。タムズも少し背を屈めて『私にも話せるか』と問いかける。この場で自分が呼ばれた偶然、馬車歌という隠された歴史、訊いた方が良いような気がした。


 灰色の瞳がタムズを見て小さく頷く。彼は右の頬に白い貝を当てながら『十番目の家族は・・・()()()()の歌を持つ』と言った。タムズの金色の瞳は、僅かに動いた。



 ―――アスクンス・タイネレ? 名こそ言わないが、幻の大陸とはそれ、と判断。



 居合わせた偶然は必然か。男龍は砂浜に腰を下ろし、騎士の肩にもそっと手を置いて座らせる。ティグラスが横に来たので、彼にも座るよう示し、ドルドレンが歌を聴き終わるのを待った。



 *****



【十の家族の歌】



 ―――馬車に渦を巻く模様がついている家族は、違う世界に関した説明を歌に持つ。

 別の世界と繋がる『島』があり、そこは幾つもの世界を同時に束ねる。

 常に、我々の世界の中に『島』はあるが、足を踏み入れる時は、大きな揺さぶりの後。

 地面が割れ、空が弾ける衝撃によって、『島』は現れる。

 消える時は人知れず。いつ消えたのかを知る者は一人もいない。

 別の世界を繋ぐ人々がいる。数えるほどしかいない彼らは、一様に同じ条件を持つ。

 前世を覚えた体で生まれ、前世はこの世界ではない。


 どこで生まれても彼らは()()()()()()()()()()、荒れた世の混乱を鎮め、次の世へ道を敷く。

 また、『島』には選ばれた者しか入れず、『島』を守るためには二つ首の龍がいる。

 二つ首の龍は、『島』の土を踏むと守護神に変わり、『島』を何人からも阻むが、この龍を従えるのは難しく、善にも悪にも動く龍を連れてくる者は、前世を備えた人々の中でも特別(※2563、2588話参照)―――



 貝を耳から離したドルドレンは、すぐに片手を出したティグラスに貝を渡してから、タムズに『先に知っていた情報』を教えた。


 又聞きの状態で受けた情報だったが、これだけでも馬車歌としてはかなり異質な内容に感じた、と思うことも添えると、タムズはゆっくり頷いて『新たにその耳で確認して、違いはあったかね』と先を促す。


 タムズとしても、アスクンス・タイネレそのものと分かる内容は、ちょっと放置できない。それも人間がそこまで知っているとは意外で、これは管理しないとならないかと過った。黒髪の騎士は、実際に歌を聴いて強く感じたこと自体は言い難そうで、言葉を選びながら『誤解しないでほしいのだが』と前置きする。


「誤解しそうなことか」


「どう、取られるか分からないのだ。あなたは、俺たちよりも遥かに多くを知る。だから俺の感想は考えなしの浅はかに」


「思わないよ。言ってごらん」


「・・・今、この時を導くように感じた。ティグラスがニヌルタにも相談したが、人間の淘汰についてタムズにも話しが行っただろうか」


「ある程度は。君は、その幻の大陸が行先と感じたのだね?」


「直結してはいけないと思うが、そのとおりである。なぜなら、思い当たるのが」


()()思い当たった」


 男龍は静かで穏やかだが、一つ一つの言葉に含まれる意味を漏らさず伝えるよう、圧力をかける。ドルドレンは、普段と少し違うタムズの雰囲気に気づいたが、馬車歌の情報を龍族に話すのは全く抵抗がないので、ちゃんと教えた。



「一つは、『前世持ち』だ。この世界ではない前世を持ち、それを覚えている『人間』が重要なのだ。そして、『この人間は複数存在し、島へ集う』とあるが、これは一先ず置いて、後で。

 もう一つは、島を開けるために、『地面が割れて空が弾ける』様は、歌では『空は白く弾け、大地は切り裂かれるように』とある。これは、人間が用意する爆発などでは到底有り得ない、と俺は思った」


「君は・・・ドルドレン。ここまでの経験から、違いと目安を思い当たったのか」


 タムズは騎士の言いたいことを大まかに予想する。しかし、ドルドレンの口から言ってもらうため、呟いて黙り、じっと見つめた。ドルドレンも、男龍が自分と同じように思うだろうと頷く。


「怒らないで聞いてほしい。侮辱と思われるかも知れないが、違うのだ。イーアンは龍である。だが、彼女は『人間』の心を持つ。龍としての成長をしていても」


「怒らないよ。侮辱でもない。君は彼女の伴侶だし、私たちを尊敬し愛し、理解していると思うから」


「有難う、タムズ。仮にだが、イーアンは前世の記憶がある。いや、生きたまま転生しているのだから、前世とは呼ばないのが普通だろう。とはいえ、彼女は稀に見る『別種族に転換した人』だ」


 ふむ、とタムズは彼の言葉に相槌を打ち、『イーアンが生まれ変わった表現?』と尋ねる。ドルドレンはそうだと答え、それを基に考えると、開ける衝撃も()()()()()()可能に思ったと話した。



「歌では、より細かく、具体的に説明しているのだね?」


「そうだ。又聞きでは省かれていた、条件・・・例えば、色や状態、出来事の要点が分かる」


「ドルドレン、少し確認したいのだが。君は、幻の大陸と呼んだり、島と呼んだりする。それは?」


「あ。これは又聞きでは『島』だったものが、歌では『幻の大陸』と表しているからだ」


 すまない、と謝ったドルドレンに、タムズは微笑み、『()()()()()()()()()』ともう一回、念を押すように確認する。頷いた素直な騎士に、男龍はそれはそれとして、続きを頼む。



 十番目の家族の歌は、


 ①幻の大陸は、消えたり現れたりを繰り返す。

 ②前世の記憶を持つ人々が集まり、ここは選ばれたものしか入れない。

 ③荒れた世界を鎮め、新たな世界への道を敷く。

 ④双頭の龍が土を踏んだ時、守護神となる。この龍を従えるのは難しく、善悪どちらにも動く龍を連れてくる者は、特別。


 あらすじは同じだが、『幻の大陸は多数の異世界と繋がり、常時、稼働していること』や、『大陸に入るには、壮絶な衝撃で開ける』、『入った人間は、()()()()()()()()こと』、『二度と出られなくなる前に、双頭の龍で他の通路を押さえること』などが、注意事項で添えられていた。


 この一つ一つに、色彩や衝撃の影響や、忠告に似た危険の予想―― 何々をするとこうなってしまう、という、既知にも思う助言がついている。



 ドルドレンは歌を聴いて、『人間を淘汰する前に移動させる場所』を想起させた。


 行けば危険しかない、その不安は歌の最初から最後まで満遍なくあり、払拭できないにせよ、この時期に聞いたこともあって、関連付ける発想が先に出た。

 これを話すと、タムズは何度かゆっくり頷いて咀嚼したように『君がそう思うのも分かるよ』と同意を示し、否定はしなかった。



「それにね、私は君の発想はあながち遠くないと思った。もしかすると、イーアンが幻の大陸を開ける力を持ち、その条件に見合う存在かも、と。大いにあり得る。開けるための手段で、強烈な破壊も行うことは可能だし。

 ただ、そうなるとね。彼女と同様の条件で『前世の記憶を持つ、集う者』は居るのか、引っかかる」


 タムズの言い方は含みがあり、イーアンほどの存在はいないだろう、と遠回しに可能性を下げる。ドルドレンも『イーアン同等』は難しいと思う。


 でも、いるにはいるのだ。違う世界で生きて、この世界へ来て、そして記憶がある人物は。


 脳裏に掠めたのは、エサイ、ラファル、そしてすぐに帰ってしまった、サマハジーブの待ち人『タイロン』(※1613話参照)。彼らは、一度死んでいて、そして特殊な立ち位置に置かれている。タイロンは生きているような話だったが。


 エサイとラファルは、イーアンと出会った後、今も関りが続く―――



「やはり前世を別の世界に持って、ここへ呼ばれた存在は、俺が現時点で知る限り、他に三人いる。一人はもういないのだが」

お読み頂き有難うございます。

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