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魔物資源活用機構  作者: Ichen
十二色の鳥の島
2708/2961

2708. テイワグナの面師 ~過去と思い・ケルメシリャーナの不吉・『十二枚の絵』

☆前回までの流れ

親方たちに確認を求められ、預かりものの面を手にテイワグナへ飛んだイーアンは、ダマーラ・カロのニーファ宅でバサンダの行き先を聞き、カロッカンの山で彼に再会しました。元気そうな面師を見て、持ち込む話の影響を心配したイーアンですが・・・

今日は、鳥の面を見たバサンダの話です。

 

 誰が持っていたのか。

 面を手にしたバサンダは、ランタンの灯りに透ける瞳だけを向けた。その色を見つめ、イーアンは()()()()と小さく頷く。



 バサンダの横顔の鼻は、おばあさんに似ている。


 年を取った彼だから、頬や目元の皮のたるみで顔の骨格の影が見やすい。おばあさんと近い鼻の付け根の位置。鼻の下から上唇は、シルエットならほぼ一緒。ちらっと見た親指の角度、爪の形も近い。面師だから手はよく使うし変形もするが、爪の基本の形状はお母さんに似たのか。私に面を渡したおばあさんの親指の関節、爪の左右の曲線は、バサンダもそう。



「誰に受け取ったか。ですか。おばあさんです」


「面師の家名は?」


「セルアン」


 イーアンが答えた瞬間、バサンダは息をひゅッと呑んだ。目は過去を追うように左へ泳ぎ、瞬きが戸惑いを隠そうとする。長い睫毛の影が忙しなく動くから、バサンダが態度に出さないように気を遣っていても、見ているイーアンは心が辛かった。



「おばあさんと、他の人は?」


「おばあさんだけでした。お一人で暮らしていらして」


「イーアン。まだ、帰りませんよね?」


「・・・ええ。話し始めたばかりです」


「この面について、説明は。その、作りや何か。言っていましたか」


 イーアンは彼を見つめたまま頷いて、バサンダの手に触れている仮面に自分も指を置いた。大きな長い嘴の付け根に置いた、女龍の白と紫がかる指は、祝福するようにゆったりなぞる。


「ここの箇所を接着したのは、()()ですって」



 *****



 バサンダは黙り込み、じっと続きを待った。

 彼からの質問はもうない様子から、イーアンは一部始終、イヒンツァセルアン島で出会ったおばあさんのお話も、島へ渡った経緯―― 人間淘汰も短縮して教えた。



 ティヤーは今、審判を下される舞台にあり、ティヤー人の行動次第で、世界中の人間を対象にした()()()()()()が決まるだろうと告げたイーアンは、言いながら自分がすごく冷酷な感じがした。



 バサンダもそう感じた。だが、彼の心ではイーアンはそれを采配する側で、冷酷な内容であれ、女龍という巨大な立場が齎す世界の告知は、恐ろしいながらも『人間はそこまで認められていなかったのですね』と受け入れられた。


 イーアンは自分の仲間が、人々に救いの術を告げ知らせたのが今日で、おばあさんはそれを聞いて、すぐに息子の預けた面を思い出したようだ、と教えた。


「おばあさんは、息子は助けてあげてと。彼が旅に出る前、これを龍境船に渡し、鳥を」


「大切にしてゆく文化に変えるから。伝統の都合で、押し付ける殺し方をやめようと思ったから」


「バサンダ」


「イーアンは私が『息子』だと思って、これを運んだのですね?」


 じっと見つめた初老の面師の顔を、イーアンも見つめ返す。でも引け目を感じ、すぐに視線を外した。バサンダは面に置いた指をゆっくりずらし、見事な羽毛の縁取り、大きな嘴を少し眺めてから溜息を吐く。


「皮肉です。私は旅に出て、テイワグナで仮面の集落に捕まり、『殺し合って一方的に許しを請う』人々の狂った姿を見続けたのです」


「・・・はい」


「運命は()()()()()()()()()んですね。私はやはり、イーアンたちに助けられた意味が、まだあったんだ」


「それは」


「イーアン。『絵』はどうしましたか?これから()()受け取るんですか」



 バサンダは、母、と呼んだ。少しの間、イーアンは言葉が見つからず、唇を少し開けては閉じ、頷く。



 ―――世界のために重要で、バサンダも認めてくれたようにまた会う必要があったから、私はここにいるんだけれど。


 でも、ようやく安心を得た人の過去を蒸し返したのは、何ともすまなくて悪いことをした気持ちだった。

 一人一人の気持ちを気にしていたら、世界なんて助けられない。頭では分かっていても、気にしなくなるなんて、出来ないと思う。



 俯いた女龍に、バサンダはもう一杯お茶を注いで、『ちょっと待っていて下さい』と席を立つ。


 どこへ行くのかと動いた彼を目で追うと、バサンダは壁に飾られていた面をいくつか外し、垂れた付け紐を掴んで持ってきた。それは、ニーファのおじいさんが作ったと教えてもらった面の数々。


 ゴトンと鈍い音を立てて机に並べられる面を見つめる。不思議な美しさだと、イーアンが呟くと、バサンダは女龍を見ずに『そうなんです』と答えた。それから、彼の節くれだった指が、強い色の塗られた動物の面の一つに、トン、と立つ。



「イーアン。母から絵を受け取ったら、私に持って来てくれませんか。この面と同じように仕立てます」


「絵を?この面と同じ、とは。これはテイワグナのお面で」


「私がいた仮面の集落と同じです。あれは狂信的でしたし、イーアンたちにも伝えたように面の持つ力は異常です。しかし、ニーファたちが今も作る面、これらもまた似た力を含みます。

 ニーファは『面師の入魂で、面に関わる人には使える』と言います。確かにそうで、一般の人がいきなり使おうにも、力は発揮されません。でも、私は思いました。面の制作・文化の礎を担う人たちではなくても、面の力を引き出せると」


「バサンダ、今あなたは何の話を」


「私が役に立てるとしても、一つまみの砂より、可能性は少ないでしょう。だとしても、何かは出来ます。人が消える前に、実行するべきことを」


 イーアンの顔が苦しそうに歪み、バサンダはちょっとだけ微笑んで『私の実行する試みは』と続けた。



「イヒンツァセルアンで若い私が描いた、面の絵。全部がまだ残っているなら、アマウィコロィア・チョリアの伝統の面の種類全部のはずです。12枚の絵があるでしょう。

 遥か昔、面の伝統の歴史に残る話があります。

 腕の良い職人と、面の材料になる鳥のお話です。

 鳥はある日、面を作ることを止めるよう、言いに来ました。犠牲にする鳥に言われた面師は、反省と後悔により、作った面を捧げました。鳥の待つ島へ一人で運び、『これはあなたたちのもの』と()()()のです。あなたたちのもの、の意味は当然、材料です。

 鳥が集う島の砂浜に並べ、面を司る聖なる力のそれぞれに、面師は感謝と詫びを伝えました」



 バサンダの話す物語は、イーアンが博物館で見た石碑のあれだと気づき、イーアンは彼がいつそんな話を知ったのかと思いながら、じっと耳を傾ける。


「面師の話は、この後、哀しい結末を迎えます。彼はまた面を作り始めてしまい、聖なる存在はそれを罰したのです。

 その時から、盛んに作る伝統は控えめになったと言われていますが、全盛期と比べたらの話で、私が若い頃でも毎年、儀式と伝統は続いていたし、経年変化でも壊れにくい、美しい面を生み出すアマウィコロィア・チョリアは、ティヤーの誇りだったとも思います」


 話しが脱線しているように思いますね、と苦笑したバサンダが顔を向けたので、イーアンは首を横に振る。




「続けます。若い私はその昔話が怖く、他の作り方を考えました。私は・・・若いのに変に思われそうですが、私はティヤー人の見た目と、()()()()()で、違う。

 父母は気遣ってくれたけれど、居心地が悪いのもあり、学びの旅に出ました。故郷は平和な町でしたし、後ろ指を指されたりはないのですが、自分が外見を気にしていたのは確かです。


 私が母に託した面・・・この面と、絵は、いつか海神の女に願いが届く時、龍境船で願いを聞いてもらいたい望みからでした。

 海鳥を捕まえに行く行事は、海神の女に、海の無事を祈ってから向かうのです(※1377話参照)。面の変化を伝えるには、海神の女を通すものだと考えたし、ティヤー以外に海神の女がいるか、分かりませんでしたから、それで母に頼みました。


 世界の面を学んで、アマウィコロィア・チョリアの文化の面を守りながら、鳥たちの約束を再び守れる面師に成れたら。私の望みでした。こんなこと、あの島の誰にも言えません。いえ、ティヤーの面を知る人には聞かれるのも怖いことです。


 聖なる力を信じているけれど、人間が通す主張も同等に掲げる意志の強さが、ティヤー人にはあります。

 それは悪いことかどうか。今、イーアンに淘汰の話を聞いたから、やはり()()()()()だと分かりましたが。


 話しをそろそろ、まとめます。

 私が託し、母が渡すと言った『絵』についてですが、12の仮面です。材料を変えていつか作り直そうと思って描いた、伝統の見た目を守りながらも、構造を変えた設計。

 テイワグナのここで、面師たちが祈りを捧げ、言葉を捧げ、丸太から木材になった材料を使い、ティヤーの面を作ります。


 祈りの力は等しい。私が彫る時、ティヤーへの想いを込めて作れば、きっとその心は入ります。

 イーアン、出来上がったら、その面をティヤーへ持って行ってくれませんか」


「もしかして。面師と鳥の話の」



 はい、と頷いた男は、口元にしっかりと笑みを浮かべて『かつて砂浜に置かれたように、もう一度』と言った。


「その島はどこにあるのか。私は知りません。でもアマウィコロィア・チョリアの鳥が集った島、と推測で幾つか場所が出ているはずです。昔、町に来ていた考古学者に聞きました。

 この形は、クットゥリーリャと言います。形を問わず『鳥の面全体』をケルメシリャーナと呼ぶのですが(※1395話参照)、ケルメシリャーナが一つの場所に並んではいけない決まりがあり、それは不吉だからでした」


「面師が約束を破る前の行為だからですか?」


「そうです。だから一並びにされることは避けられ、合間に花や供物を置いたり、別の段に変えたりして飾られるものです」


「一並びになったら」


「訴えを聞く相手が現れてくれる気がします。()()()



 テイワグナ山間の町の伝統面に手を置いた、初老の面師は『今なら、その方法で呼びかけられる気がする』とイーアンに教える。


「先ほども言いましたが、面や伝統に関わらなくても、それ相応に認められる力を保有する誰かなら、きっと」


「わ、私は龍だから」


「そうですよね。だからイーアンではなくて、別の誰かです。人間が行わないと。もしかすると、十二色の創世の存在に会えるかもしれない・・・・・ ええっと、()()()()が私と今話しているんだけれど」


 はた、と話している相手(※龍)に口を噤んだ面師に、真剣な話の最中だけれどイーアンは思わず笑った。バサンダも苦笑し『すみません』となぜか謝り、女龍は『話してると忘れますね』と同意した。



「つまり、イーアンも呼び出されるというか」


「現場に私がいたら、呼び出される感薄いです」


 ですよねとまた笑った面師は、良かったらお茶をもう一度沸かそうと台所を見て、少し緊張が解けた。イーアンもお願いし、彼が台所へ行った後、机に置かれた大きく重い面に手を伸ばして引き寄せる。



「そういえば。ミレイオが預かっていましたね」


 バサンダのいた集落から落ちた面を思い出し、独り言。ニーファのおじいさんの作品は、あの禍々しさがないから安心できるが。


「ここでも、またお面なのね」


 自分の頬をちょっと撫で、木製の面の開いた口から突き出る牙に、イーアンの指が乗った。



 十二色の存在を呼び出すかもしれない、面。

 遥か過去に異時空に封じられた男が、面を用意するという。


 テイワグナの、涼しい山の中。

 夜に起きる鳥の声と、羽を擦り合わせる虫の音が聞こえる。



 イーアンはここまでで、もう一つの確認である『異時空への避難』については、バサンダに話を聞けずにいた。


 彼は、実家が()()()()ことも。

 お母さんが生きていて、彼の生存を信じていることを聞いても。 

 そこではなく、今すべきことを見抜き、感情に浸るそぶりも見せなかった。


 強い人だな、とイーアンは静かに考える。


 そう。強いんだろうと思う。あんな恐ろしい異時空に居ながらも、『自分として死にたい』と外へ出ることを望み、決行したバサンダだから。


 でも。だからと言って、『異時空に人々を逃がす方法があるかも知れない。あなたの話を参考に聞かせて』なんて無神経なこと、とてもじゃないけれど言えなかった。



 固い木製の面の、変わらぬ表情に視線を落としたまま、イーアンの思考は他へ移る。


『自分として、死ぬために』


 そう言って怨霊を背負い生き抜いていた男の顔が浮かんだ。


「ドゥージ・・・あなたは今、どこにいるの」



 翻弄される人々の行方を、慌てて腕を伸ばしても掴み守ることが出来ない、『空の最強』である自分を情けなく思う。

 なぜ、人間が消されることになったのか、ではなくて。


 なぜ、消すだろうと思われる性質を知っていて、この世界に呼んだの。それは答えの出ない疑問。


 台所でバサンダが茶器を盆に乗せる音が聴こえ、『もし出来れば、海藻も持って来てほしいのですが』と、面の話は続きに入った。

お読み頂き有難うございます。16日から、通常投稿に戻ります。

ただ、これだけお休み頂いていても、今月またお休みするかもしれなくて申し訳ありません。元旦しか丸一日の休みが取れず、物語を整える予定が大まかになってしまっており、その作業を近い内に行いたいと考えています。

長く入り組む話だけに、間が開くと理解しにくいところもあるため、できるだけ思い出しやすく・できるだけ分かりやすく繋げて行こうと思います。


いつもいらして下さる皆さんに感謝しています。

そして、ずっと毎日励まして下さる温かいお気持ちに感謝します。

本当に有難うございます。一緒にアネィヨーハンに乗って下さって有難うございます。


Ichen.

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