2707. 『鳥』・大精霊発『常世の郷』と混合種経由ルオロフの仕事・テイワグナの面師を訪ねて
☆前回までの流れ
長い一日後半。イヒンツァセルアン島で受け取った面を、皆に見せたイーアンは、親方から『テイワグナへ確認に行け』と出されて出発。その頃、まだ船に戻らないルオロフは、ある島で地霊の相談を聞いていました。そこの地霊は、人間も助けてあげたいと思うものの漠然として方法もなく、ルオロフと一緒に考えます。
今日は、ルオロフに『鳥で運べ』と提案した場面から始まります。
鳥で・・・何を運んで、何を教えるんですか―――
赤毛の貴族は、漠然としたお申し付けに暫し唖然としたが、きちっと押さえる所は押さえた。
地霊は、ルオロフが告知した色別の対象を頼る方法を、もっと分かりやすくする提案を出した。これは人間の理解を懸念したからではなく、『急ぐ』ことを重視したから。
動きの取れない障害者も、と伝えたルオロフの気持ちも慮り、地霊は『それなら鳥で運ばせると良い』と細かな声も聞き洩らさない固め方を提案した。
アマウィコロィア・チョリア一帯だから、『鳥』なんだろうな、とルオロフは頷きながら解釈する。本当に鳥が多かったようで、昔は、ある一島全てが鳥の住処だったと地霊は教えてくれた。
が、ルオロフは『鳥は良い案だと思うが、ティヤー全土に鳥を送るのか?』を詰める。淘汰回避の行動を求められる人間は全土で、ティヤー東西南北に行き渡らないとならない。
地霊の返答は『問題ない』だった。
言いきられては、もう。
ルオロフは告知の次の仕事が、『人間が願う対象の側に、鳥を配置』・・・そんなこと出来るのか?と不安は消せないながらも、一先ずやってみますと了解し、この日はお開きになった。
帰り道もやはり海を渡る(※イルカ)。今日は風呂に入りたいと切に願いながら、夜の海を進む間も考えた。
―――鳥で運ぶ。
解釈としては、健康な人たちが、色の対象に願いを掛ける側にも、鳥はいる。
ここで誤解してはいけないのが『鳥に言う』ではないらしい。あくまで鳥は、人の言葉を聞いているだけだ。聞いて、対象に運び届ける。
なので、要は人間に報せることはなくて、鳥に各地へ行ってもらい、それぞれ精霊やら龍やら妖精やらに伝えに行く、と。早い話が、短縮だ。
多分、『対象』とされた色の中には、世界で知られざる存在もある。その彼らにも、鳥たちは人の想いを運ぶ内容である。
待てよ。神様もそうではないのか?
脳裏を掠めた、ヂクチホスの存在・・・ 神様も種族がこの世界にない、知られざる対象では、と思う。
神様にも事前に話しておかねば、いきなり鳥が集まってきたら『何してるんだお前』と言われかねないなとルオロフは考える。
ふーむ・・・これは想像するに、準備が大変かもしれない。
龍と言えば、イーアンだ。イーアンも急に鳥が群がったら驚く。彼女は大らかだから喜ぶかもしれないが。私の母は寛容で素晴らしい性格の・・・脱線した。イーアンにも言わないと、何事かと気にするはず。
しかし、この地上。龍は、イーアンだけしか常駐でいないだろうから、彼女に伝えるだけで良いにしても。
精霊は種類が多く、妖精などほとんど私は関与したことがない。
先に精霊に伝えるとなったら、誰に言えば良いのだろう?
それに妖精は、フォラヴのような穏やかな性質は珍しい気がする。聞こえる噂は全て、恐ろしい短気か、取りつく島のない気分屋(※合ってる)ばかりだ。
意外に大仕事かも――― ルオロフは水飛沫が掛かり続ける顔を手で顔を拭い、お魚(※イルカ)にアネィヨーハン側へつけてもらい、礼を言って降りる。
トゥが一部始終見ていたらしく、『濡れてるな』と言われた。そうですねと見上げたルオロフが、甲板に飛び乗る前に、ミレイオが船縁から下を覗き『そこにいて』と叫ばれた(※船内が濡れるのイヤ)。
夜の波止場に降りて来たミレイオが乾かしてくれる間、ルオロフが報告をする暇もなく、ミレイオは今日がどんな一日で、どれほど散々だったか、を喋り続ける。
それから船に入って、遅い夜でも食事を出してもらい、食べながら『ルオロフの今日は?』の一言から、話題はルオロフに。
ミレイオがタンクラッドたちも呼びに行き、食堂にシュンディーン以外が集まると、ルオロフはやっと『告知』と『地霊の相談』について話せたが・・・地霊に呼ばれて話を聞いたことまでは言えても、内容は『他言無用のようで』と濁して終わらせた。
*****
広い海のどこかで、ティエメンカダは横たわり、夜の月を水中から見つめる。
「お前が・・・気にするとな。私も気にしてならん」
ふーっと息を吐くと、ポコポコ泡が上がる。暗い水底は滑らかな砂地が広がり、ティエメンカダがゆさっと動くだけで、それは付いてくる影のように動いた。大きな精霊が寝ていた体を泳がせる。海底の砂はつられてついて来て、端からまた穏やかに底に沈み、長い長い畝を残す。
女龍が悩んだ、人間の淘汰を想い、始祖の龍を重ねた。イーアンは始祖の龍と違うが、二人とも同じことを思うのだとしんみりした。過去に人間だった彼女たちの心は、龍の心を足しただけで、人間の心を削るわけではないと理解する。
だから、ティエメンカダは、我が子を龍の代役に支えた『常世の郷(※神様)』に、龍の一端を担ってやりたいと話し、『常世の郷』から我が子(※アティットピンリー)伝い、地霊へ拡散した。
『常世の郷』は従者を得たらしく(←ルオロフ)、人間以上の力を持つ人間に導かせよう、と受け入れてくれた。
「驚いたのはその『人間以上の者』曰く、自らはイーアンの子とな。親子に認めてもらった話を聞いて、笑ってしまった」
女龍は大らかだ、と大精霊は愉快そうに笑って、ぷくぷく泡を浮かばせる。
それなら猶のこと、その者も尽力するはずと精霊は微笑む。イーアンを親と慕い、『常世の郷』の従者となれば、身を粉にして働くもの(※ルオロフが)。
「少しは。人間が救われる傾きに変わると良いな」
私の子も、私も、遥か昔の偉大な龍の想いを継いで、人間を支えたここまで。私の子は、地霊にもそれをするよう指示し続け、今日に至る。ここへ来て、もう一押し手伝ってやるに、何の問題があろうか。
「せいぜい、私が表立たないことくらい」
問題は他の精霊の視点にある。だがこれを改めるのはそれこそ人間そのものの仕事であり、心の持ち方にある。
「人よ。今が機ぞ。未知を見出すのではない。在りし日を見出すだけだ」
ティエメンカダの大きな体が、月光を鏤める海面の下に煌めく。女龍の心の迷いが減るようにと、古の龍の友は海から願った。
*****
場所は変わって、テイワグナ。
バサンダを探しに緊急で出発したイーアンは、まずはダマーラ・カロを訪ね、バサンダを世話するニーファに会い、ニーファから『彼はカロッカンへ』と教えてもらって地図で確認。慌ただしく、カロッカンの店で寝泊まりしているらしき、初老の面師の元へ飛んだ。
しかしこれまた一筋縄ではいかなくて、行ったは良いが留守ときた。
えー、どこー? 店は閉まっていて明かりもなく、夜にしても、寝る時間には早いだろうにと、イーアンはウロウロした挙句、ふと、暗い山に目が留まった。
もしかして。職人なら、やりかねないことを思う。
時間も状況も関係なく、夢中になって没頭するタイプの人にありがちな・・・夜でも目的のために動く、その可能性がある。
イーアンがカロッカンの縁から続く山道を辿ると、これが当たって少し奥へ行った道に馬車があった。馬車、危なくないの?と眉根を寄せるが、お馬は無事。
魔物は出なくなったけれど、にしたって不用心でしょうと、イーアンは待たされるだけのお馬をよしよしし、鱗を一枚取って、お馬の轅に挟んだ。
何かあってもこれが守ってくれますからね、と伝え、頷くお馬とお別れした後、静かな山に僅かな音の乱れを感じ、そちらへゆっくり飛んで移動。そしてやっとこさ、再会した。
「うわ!え?」
「バサンダですよね?」
「あ!イーアンですか?!本当に?」
白い光が音もなく近づいて来て(※浮遊してるから)、はたと振り向いた男が仰天するも一瞬、まさかの相手に目を見開いて破顔する。びっくりした!と笑う声が山に響き、イーアンも笑って『会いに来た』と腕を広げた。
抱擁しながらも、片手に斧、片手に枝を持つ面師は、『探したのですか』と山まで来た女龍に詫び、イーアンは事情で訪ねてニーファに聞いたことを話した。
「すみません。もう、戻ります。店で話をしましょう。話す時間はありますか?」
「大丈夫です。長居はしませんが、私もあなたを訪ねて良いか悩んだ上でして、忙しいと思うけれど、少し話しを聞いてもらえたら」
幾らだって聞きますよと、バサンダは笑顔のまま女龍と馬車へ戻り、荷車の荷台に斧と枝の束を乗せ、イーアンに御者台に乗ってもらう。
『本当にびっくりしています。現実ですよね』笑顔が収まらない面師に、イーアンも嬉しくて笑顔続行。現実ですよと返し、用事は店で言うとして・・・どうしていたかの話題に移った。
ニーファと一緒に生活し始めてから、プフランという絵具師(※1460、1462話参照)にいろいろ話し、今はダマーラ・カロに知り合いがたくさん増え、バサンダは幸せに生活している。
彼の描く面のデザインも、彼が作る面の工程も、古い古い時代に消えたはずのことばかりで、詳細まで知っているバサンダは、不思議な人物としても探られる事なく―― ここはテイワグナだから ――尊重され、尊敬されていた。
生き生きしたバサンダの表情に、ティヤーの過去を話すことを、イーアンは自分に問いかける。
彼に・・・思い出させて良いかどうか。そんなことをする権利が私にあるのかと、微笑みながら話を聞く胸中は複雑だった。
暗い夜道、イーアンの角が照らすやんわりとした白い光は、夜道を心強くさせ、何事もなく馬車は店に到着。『馬の足取りが軽かった』『イーアンのおかげ』とバサンダは小さいことでも喜び、路地から店の裏へ馬車を回し、イーアンは店の前で待った。
通りには人がいなくて、まだ観光の時期じゃないからかなとぼんやり思う。
ちょんちょん、と小さな家の灯りが蛍の光みたいに儚げ。山麓の町で、バサンダは少しでも早く、伝統に貢献したいと頑張っている。
『どうしようかな』呟いた女龍が地面に視線を落とすと同時、裏からバサンダが来て、店の扉の鍵を開けた。
「入って下さい。私の店ではないけれど」
ハハハと笑った面師に、イーアンは『お邪魔します』と挨拶して中へ入り、お面が飾られた壁を眺めた。ニーファのおじいさんが作ったと、バサンダは紹介しながら、火打石で蝋燭台横の樹皮に火をつけ、近くのランタンに火を入れる。
幻想的な店内と窓の外の暗さ、テイワグナ独特の乾いた温度、木工と塗料の匂いが染みついた屋内に、イーアンは少し心を和ませた。でも、自分が来た理由は対照的に重い。
「お別れした時、あなたがいなかったので(※1479話参照)。最後は総長とフォラヴとザッカリア、バイラさんが施設に来てくれた日でした」
早速台所へ行き、お湯を沸かすバサンダの横、ついて行ったイーアンも微笑んで頷く。
「今日もですが。山籠もりしているのは・・・あなたに話したっけ?以前、フォラヴとザッカリアに、寺院の話を聞いたことが理由です」
「寺院・・・あ、もしかして」
はい、と頷くバサンダの瞳は、仄暗い店の台所に灯る蝋燭の橙色の光に煌めく。その瞳の色は、淡い淡い緑で、橙色が差し込むと、夏の夕日に透かす若葉のように見えた。
ここでもイーアンは、おばあさんの息子話が過る。バサンダは、寺院を訪れた体験を興奮気味に話し、『今はシュンディーンの面を作る計画が』と教えてくれた。
「シュンディーンですか」
「そう。ザッカリアに絵を持たせています(※1479話)。見たかな。寺院の壁画にも彼を想像させる姿があり、私は記憶に焼き付けるまで通って」
「そうだったんですね・・・壁画は私も見ました。龍にばかり目が行ったけれど、シュンディーンの大人の姿みたいなのもありました。青い聖獣とかも覚えています(※1402話参照)」
そうそう、と嬉しく頬を緩めるバサンダは、壁画と現実にいた存在の中間点を、自分が面として繋ぐことに遣り甲斐を感じているようで、沸いた湯を茶瓶に入れて机に運ぶまで、熱っぽく話し続ける。
向かい合って座るかと思ったら、バサンダは分厚い大きな一枚板の机に、茶を横に並べ、隣に座るよう微笑む。馬車でよく、食事を頂いた時に並んで食べたのを思い出す、と呟いた面師に、イーアンは胸が熱くなった。
「イーアンが与えてくれた人生です。あなたと、獅子の彼と、彼の息子のシャンガマック。その後、フォラヴはずっと私の世話についてくれて、ザッカリアも懐いてくれて。皆さんも、行きずりの私を気遣い、バイラさんには何から何まで、手続きを済ませてもらいました。
こうしてニーファの元で安心して働けるのは、本当にあの日、私を救い出してくれたから」
「バサンダ」
聞いていられなくて止めたイーアンに、面師はニコッと笑う。
イーアンは言葉に詰まった。過去を辛く思わない人なら、この気持ちは分からないだろう。
でも自分の過去が苦しいもので、もう忘れて久しく、新しい生活で幸せを得た人が、ある日、突然に過去を蒸し返される話を聞いたら。今、真横で熱いお茶の容器をのんびりと手に包む男は、そうなのだ。
「あの」
気を付けていても、顔に出やすいイーアンで、短い付き合いだったがバサンダはそれを感じ取った。静かな表情の変化を見つける面師に、イーアンは正直過ぎる。
「私に用事があるのですよね?聞かせて下さい」
あの、と言ったまま俯いたイーアンに、面師は静かに声を掛け、促されたイーアンはランタンの灯りを受ける彼の顔を見つめた。深い皺が刻まれた、50代半ばの顔。瞳は力強くて命に溢れる。
その、黒くない髪の毛。薄い緑色の瞳は、アイエラダハッド人のルオロフの瞳より黄色がかって、茶系の派生に感じる。
「あの」
もう一度、同じ出だしを口にし、イーアンはもぞもぞとクロークの内側から布の包みを出した。その布を見た瞬間、バサンダの目と目が合い、出しかけていた手が止まった。バサンダがほんの一瞬で気づいたと分かった。
「それは」
「はい。これを」
見てほしくてと、布の包みを持った手を動かす。バサンダは両手を出してそれを引き取り―― 引き抜くように ――イーアンの次の言葉を待たずに布を開いた。
テイワグナの山間の夜に、潮の香りが細い光の如く滑り込む。
初老の面師は、艶やかな真っ青の面を見つめ、小刻みに震える指で面の額を撫で『どこで』と落とす声が小さくなる。少し息が荒いバサンダの変化に、イーアンは核心に迫っていると知る。
『ティヤーで訪ねた、面師の家から預かった』と答えると、面を見ていたバサンダは視線を女龍に上げた。明るい瞳が、一層、鋭い強さを含む。
「誰が持っていました?」




