2704. 双頭の銀と、残党の問答・宣戦布告・要死骸・『空の露』の島 ~ある面師の家
※今年一年お世話になりました。来年は、1月15日までお休みします。16日から通常の予定です。が、もしかすると例年もそうなので、この間も、たま~に不定期更新があるかも知れません。
2025年も、どうぞ宜しくお願い致します。皆さんに素晴らしく美しい一年が始まりますように!
『ザハージャング』
拾った声は声ともつかない、ひび割れた音。発声器官がない独特な音だと、トゥは下に向けて返事をした。
『俺に用か』
少しの間が開く。聞こえた方へ返事をしたが、トゥの首は水平線を眺めているまま動かない。ザハージャングと呼ばれる龍の姿を考えるが、トゥの思考を地下の輩が読むことは出来ない。出来るのは会話だけ。
トゥは分かる。馬鹿でも気づくな、と増えるざわめきを地下に感じ取りながら、真下にサブパメントゥが集まり出しているのを放っておく。
連中が、こちらの思考を読もうとしているのも知っている。
操ろうとしているのか。とすると、ザハージャングは『操れる』存在なのかとも思うが、単純にそれしか手段がない種族かもしれない。
集まるだけ集まって、今こそ機会と・・・そんな感じか。トゥの二つの頭は、ぼんやりと他人事のように捉えて、待つ――― ある程度、溜まるのを。
ふと、ルオロフの思考を拾い、トゥは『船に近寄るな』とだけ伝えた。ルオロフの戸惑う反応が戻ったが、『今は来るな』ともう一度念を押し、ルオロフの気配は消える。
波止場にいる人間は、そこそこの数。少し向こうは警備隊施設で、交代準備時間だから、聞こえてくる飛び交う思考は時間を気にする内容ばかり。表に出る人数も、次第に増えてゆく。
島の人口は少ないが、広く平らな島だけにどこにでも居住している分、全体を襲われる場合は、人間の保護に抜けが出るだろう。
・・・そろそろだ。
襲わせるつもりもない、トゥの首が一本、ゆったりと下がった。
動くと銀の鱗に光が流れ、黒い船体の横を照らし、跳ね返りが海に眩しく強く当たる。この光だけで、やられる連中だが、さすがに易々と出てくるわけもなし。少しの手間は掛けてやる。
波止場付近の海底、波止場の下、周辺の地下に、サブパメントゥがうようよと。
『ザハージャングよ。答えろ。意志を持たずに生まれた、空洞のお前。棘はどうしてそんなに少ない』
最初の質問に、トゥは降ろした首を横に揺らす。
『棘なら落ちた』
『そうか。お前はいつから話せるようになった。思考はあるのか』
次の質問は疑いが籠る。返事はあっさりかわす。
『話せないと決めたのは誰だ。創世からどれほどの時が過ぎた』
サブパメントゥはこの返事に即応せず、訝しんでいる。話せて、意思があるのに、女龍の側にいることを警戒している様子。トゥが黙っていると、似た質問が続いた。
『思考を持ったのは、いつからだ。お前はなぜ、龍と共に居る』
『いつ思考が生まれたかを覚えていない。俺は龍についたわけではない。だが龍が俺を知り、俺はここにいる』
この一言で、サブパメントゥの警戒が急に下がった。
―――トゥはダルナなので、嘘は一切なし。棘は解除された時に落ちたし、自分が思考を持った時期なんざ気にしたこともなければ、自分は『タンクラッドに付いた』のであって、イーアンに従ってもいない。タンクラッドが、イーアンの側にいるだけのこと。
言い方一つで、好きに解釈は利く。
イーアンに首根っこを押さえられて捕まり、逃げては危険で離れられない、と都合よく理解も出来る―――
奇妙な連中は、地面・海底間近に上がってきており、更に横に広がり出す。島全体を襲うことから始める気なのか、輩がいくつかの固まりで分かれる。
ふと、トゥはここで初めて気づいた。
井戸・・・? サブパメントゥが島を移動して向かう先に、共通して井戸がある。
上がってこないと思いきや。日差しのある午後だというのに。
目的地にした井戸を脳内で視るダルナは、井戸が屋根を持ち、影になっていることと、使用されていない井戸もあることを知る。そして、井戸の一ヶ所にサブパメントゥの振動する岩があると分かった。井戸はこいつらの道なのか。そうすると、人間を操るに接近できるわけだ。
「そうか」
声にして呟いた、もう一つの首は水平線を見たまま。その声を拾ったサブパメントゥが『ザハージャング』と呼びかけた。
『今からここの人間を殺す。お前を動けるようにしてやろう』
青と緑の海に囲まれた島は、サブパメントゥが集まった。黒い船の中では、ミレイオとシュンディーンが、余計な心配をしているだろう。
トゥの二つの首が大きく弧を描く。畳まれた翼が広がり、巨大な目玉模様が動き、サブパメントゥの気配が急に強まった瞬間、左右反対に向いた二つの顔は咆哮を上げた。吐き出された業火を煽るように翼が宙を打ち、同時に炎は突如消え、二秒目で地面が揺れて、海が波打つ。
真下にいたサブパメントゥは、地下に一瞬で移動した炎に焼かれ、呆気なく倒された。
「俺の答えだ」
トゥは口を閉じ、二つの顔にある四つの目が島の東西南北を、穏やかに見渡す。若干、波止場と施設が騒ぎになっているが、他は何も起きなかったらしい平穏の続きに、銀のダルナは良しとする。
『おお。ザハージャング。お前は何をしたか分かっているのか』
出てくることなく様子見を決め込んでいたらしき、慎重な声が届いた。ダルナは『もちろんだ』と返す。
『龍の手に染まったようだ。お前を待ち望んでいた俺たちを減らすとは』
同じ相手が、注意と警告じみた言い方をし、トゥは翼を畳んで『龍もサブパメントゥも』と前置き。
『俺には関係ないことだ』
『龍も攻撃すると聞こえる。だがお前はその船に女龍がいるのに』
『俺は、俺の都合で動いている』
『ザハージャングよ。行先を見失った盲目。お前を迎えてやろうとした俺たちを殺した罪を、俺は消してやれない。しかしお前が空への梯子である以上、お前を繋ぐだろう。覚えておけ』
『どこの誰か知らんが、俺も警告しよう。俺を組み伏せるのは無駄だ』
トゥの警告の後、声は戻らず、サブパメントゥの気配は遠のく。
無駄、なのだ。無理、ではなく。この言葉の違いを聞き流したとしたら、やはり愚かだと思う。
俺を組み伏せるにしても、梯子にはならないのだ。存在が違うんだから。組み伏せるのも無理だけどなと、付け足す呟き。
宣戦布告は済ませた。
そしてここまでの間で、トゥは一度も『自分はザハージャングではない』とは言わなかった。思い込みの激しいサブパメントゥを操るのに、わざわざ特殊な能力など要らない・・・・・
「トゥ!」
思いっきり名を呼び、甲板に走り出て来たオカマに、ダルナは面倒そうな目を向けて『何でもない』と溜息を吐く。
トゥ、という名を伏せていたのに(※ミレイオは大声)。
「何でもなくないわよっ!私さっき、何かにやられかけたのよ?!あんたは分かってるんでしょ!」
煩いミレイオは、どうもスヴァウティヤッシュにやられたっぽく(※心を読む)、サブパメントゥだからなと思いつつ、あとで教えてやるにして。
・・・名については、また接触があった時に聞かれるなら、『勝手に呼ばれる名前』としておこう。
トゥは首を一つ降ろし、甲板でけたたましく『どうしたのよ、サブパメントゥは?』『私も食らったのよ!他に被害者は』と喚くオカマに、落ち着くよう往なした。
*****
燻し黄金の龍に跨るタンクラッドは、いつトゥが動くか、細かい時間までは知らないので、異界の精霊と魔物退治を続けていた。
遅い午前に船を出てから、幾つの島を巡っただろう・・・連携が取れるくらいに慣れた、異界の精霊との退治で、ぎくしゃくすることなく効率的に倒し続ける。
ここまで倒して、まだ魔物が出るのは些か不審もある。
馬車歌の『ひとつの国に二万頭』はただの目安で、時代は変わったのだと解釈したこともあるが、それにしても混じり合うもの―― 死霊 ――が消えたのに、これは。
分裂と親玉だとしても、異界の精霊が対応する、毎回の範囲とこなす数と速さは、アイエラダハッド時の退治と比べ物にならない。
死霊が多かった最近までは、倒れた魔物をまた動かすなども見かけたので、それでかと思ったけれど、ビルガメスが倒したことで、死霊は一先ず影を潜めた、はず。
「幻でもないしな」
剣を薙ぐタンクラッドは、手応えのある魔物を倒し、とりあえず側へ行って材料になるか確認し・・・しかし、使用可に至らない相手ばかりで見送っては、次へ行った。
様々な種類の魔物を連続して倒しているが、どれも腐りかけの臭いの強さと、倒された後の崩壊が早過ぎて、残る部分はそう多くないのが理由だった。
それは早々に、死霊の続きを想起させる。
*****
タンクラッドが『もう船に戻って良い』と上から目線で、彼のダルナに許可された頃。
貴族シオスルンは、島の反対側の港で緊急入港しており、本島から来た船と共に『先ほどの地震は?津波は』と確認で忙しく・・・
クフムを連れたオーリンとイーアンは、模型船がずっと舳先を向けていたという、島にいた。
島の名は、『イヒンツァセルアン』という。
ここへ来て、全く海賊の言葉から一変した響きで、意味は『空の露』。雨とは違うようだが、『空』とあるから、龍のイメージもあると館長は教えてくれた。
三人は、イヒツァの博物館でもらった手描きの地図を見ながら、道を歩く。
「イーアンはその格好だと目立ちますね」
黒いクロークは艶があり、イーアンは角を隠すためにフードを目深に被るため、島では却って目を引く。かといって、角出したら群がられるので、イーアンは『仕方ない』と軽く流した。
通り過ぎる人たちの目は、確かに厚着のイーアンを見ているが、旅人で寒がり(※無理がある)と思ってほしいと、イーアンは地図に目をやったまま呟く。
「オーリン。もう少し先の左を」
「あれじゃないか」
小高い丘に上がる道で、振り向くと海が見える坂道を、三人はしばらく歩き、左へ分かれる二股の先へ進んだ。地図では左の道沿いに、面師の家がある。
「あ。これです」
クフムが立て看板の横で止まり、腰丈の木の看板の字を読む。『三軒目とありますが』クフムが顔を上げると、イーアンは地図を見せながら『地図ではおうちが二軒しかありません』と教えた。
行けば分かるとオーリンは止めた足を戻してまた歩き出し、見通しの良い田舎の島の道沿いを眺める。
「面を作る印象が、分かり難い」
看板から先の二軒は普通で、少し大きいかなと思う程度だった。三軒目が地図にないので、看板と情報の古さが違うのかもと顔を見合わせていると、人の少ない道に乾いた音が響き、三人でそちらを向いた。
遠くに小山、青い空、白い砂交じりの道、小山手前に雑木林。道の先は畑ばかりのそこで、何の音だろうと思いきや、また同じ音。
カランと聞こえる音に、オーリンは『乾燥した木材』を思い浮かべ、もしやと二軒目の横へ周る。垣根は低くて蔓性の植物が絡むだけの木の柵が、庭木を抱えた広い敷地を囲むのだが、奥行きのある二軒目の裏側を見て、オーリンが女龍を手招きした。
「あ・・・危ない」
ぽそっと思わず呟いたイーアン。家の裏手は張り出した屋根の下に乾いた丸太が詰まれ、並びに腕くらいの太さの木材も積まれている。それを一人のおばあさんが、上から取ろうとしていた。
取ろうとしては、背より高い位置に積まれた木材が落ちる。敷石に落ちてはカランと・・・ 危ない、とイーアンをオーリンを見上げ、オーリンも頷いた。クフムは待機(※通訳)。
「俺が手伝おうか」
オーリンは直接。おばあさんはよく聞こえていないようで、もう一度言おうとしたところ、クフムが代わった。『手伝いましょうか』とティヤー語で声を掛けると、おばあさんがキョロキョロして、こちらを見つけ、不審者と思われた。
「誰だね」
「イヒツァの博物館で教えて頂いたので」
「ああ・・・それか」
おばあさんは木材に伸ばした手を引っ込め、こちらへ来ると垣根越しに外国人二人に目を眇めながら、クフムに『観光?』と訊く。違いましてとクフムが躊躇い、イーアンはフードを下げた。
用事がある時は、手っ取り早い。向かい合う女の頭に白い角を見たおばあさんは悲鳴を上げかけたが、クフムが急いで『龍なんです(※慣れた)』と紹介すると、開けた口と引き攣った顔のまま、おばあさんは目を何度か瞬かせて『龍って』と繰り返した。
「彼女は龍なんですよ。ウィハニの女・・・で」
最近、違うと言い続けている本人の前、言い難いと思いつつ、通じやすい『ウィハニ』を使うと、おばあさんは即行信じる。で、これがどうしてかと言うと、実は。
おばあさんは垣根を向こうまで回って、庭に入ってくれと言い、三人は垣根の切れ目からお邪魔した。態度が急変したおばあさんは、開け放した大きな窓から屋内に入り、お茶より先に手にして戻ったものがお面。
じっと見た、イーアンとオーリン。それはバサンダが作った面と大変似ていて、オーリンは博物館で見たばかりの幾つかの展示と、また違う事に気づいた。
「私の息子がね」
おばあさんは、イーアンの前に仮面を出して、おずおず両手を出すイーアンに持たせた。古いはずなのに、埃一つない綺麗な面は、色も褪せず。ぬるっとした表面の艶に、しっとりとした内側の滑らかさ。大きな嘴を下げた、顔上半分用の仮面は、羽毛を目に飾り付けられており、この羽毛も劣化していない。
「息子さんの作品ですか」
「龍境船に渡してと言っていたの。ウィハニの女、これを持って行って」
お読み頂き有難うございます。
今年もお世話になりました。どうぞ来年も宜しくお願い致します。
皆さんに励まされて、ここまで続いていますことを心から感謝します。
いつも、本当に有難うございます。
皆さんの新しい年が、明るく暖かで、優しく嬉しさと喜びがたくさん訪れる一年になりますように。
愛を込めて。感謝を込めて
Ichen.




