2703. 午後 ~黒いダルナ、銀のダルナ
範囲無制限で攻撃の宣告。銀色の双頭と話をさせろ、と交渉。
この相手は、会った事がないだけではなく、自分のことも『噂』でしか知らない。つまり双頭の龍についても、よく分かっていない。
ミレイオは、しっかりとそう考えた。
『んん?お前は双頭の龍を知っていそうだが、そうか?』
相手の問いかけに被るようにして、不意に金具の擦り合わせる音が遠くから聞こえた。
これが何か気づいたミレイオは無心になり、忙しなく勢いを増した音が突然キーンと高音に変わる。痛みでバッと片手を耳に当てたミレイオは頭を下げた。
瞬間、喋りかけていた相手が『う』と小さな呻きで消える。
気配ごとなくなった後、ズキズキ痛む耳に手を当てたミレイオが顔をあげると、木の根元に金茶の獅子が見上げていた。
「ヨーマイテス」
親父の合図と気づいた、音。何が生じるか知らなくても、ミレイオは親父にこの場を譲った。それが、思いがけず救われた。
「お前でどうにかなる数じゃない。コルステインが来る」
開口一番、嫌味を言われたと思いきや、コルステインが来ると聞き、事態の異質を理解した。獅子は頭の中に直接喋りかけているようで、でも声として耳に入る。
獅子とミレイオを繋ぐ、指輪の欠片、今は耳の飾り金具・・・ ミレイオの顔から隈が引き、浮いたままで獅子に『今の奴は』と聞いた。
「そんなことはどうでも良い。俺が倒した」
「倒したら・・・あんたも」
シャンガマックにも、とは言えずミレイオは口ごもる。ヨーマイテスもシャンガマックも狙われる。だが獅子は、ミレイオを助けた形を選んだ。
これも、獅子には聞こえていること。
金茶の獅子は背中を向け、影に入りながら『俺が止める。お前は船へ』と命じて消えた。
たまたま助けられただけ。ミレイオは、フッと詰まった息を吐いて、大きく息を吸うと気持ちを切り替えて『船』と、お皿ちゃんを向ける。
帆を畳んだ船はすぐそこ。ひゅっと飛んだ数秒の間、地上から幾つものサブパメントゥの気配と、同時に消えてゆく早打ちのような連続を感じた。
ヨーマイテスが、片っ端から倒している。木の根元にいた一人が消されたから、一度に湧いて出て来たのか。コルステインが来るまで、と獅子は言った。
コルステインが動くほどの事態と言えばそうだけど、何か知られざる秘密が上がってきた印象も受ける。
私たちが見ていなかったのは魔物だけではなく、サブパメントゥも―――
「にしても。私は倒すまで行かなかったものを。獅子はやすやすと」
*****
攻撃しても、自分より弱くなければ倒せないミレイオは、力の違いを見せつけられてくさくさするが、個人的なことを気にしている場合ではない。
甲板に降りて船縁に駆け寄ると、黒い船と他の船を囲むように、海の色が変わったのを知る。異界の精霊が何か施したのだろう。正確には色が変化したというより、水の質が変化していて、水ではない物質のように見える。
効果はとにかく、掴んだ船縁を離して船内へ駆け、シュンディーンの部屋へ急ぐ途中、薄い水色と緑の大きな光が膨れ上がり、足を止めたミレイオをすり抜け、光は船を丸ごと包んだ。
「結界」
「ミレイオ。結界を張っていいか、少し考えて」
すぐにそうしなかったと謝りながらシュンディーンが近づき、廊下で二人は何があったか手短に報告。ミレイオの報告に、精霊の子は不安な眼差しを甲板の方へ向け、『コルステインが』と呟く。
「結界はやっぱり降ろした方が良い?」
「あ、どうだろう。でも・・・だから張らなかったの?」
「イーアンやオーリンが戻っても、と思って」
反発し合わなくても、攻撃の邪魔になる懸念で、シュンディーンは躊躇っていたようで、ミレイオは首を何度か横に振って『気にしなくて良いのよ、あんたの良いようにしなさい』と勧めた。
「イーアンたちは必要なら言うし、彼女たちは飛ぶから大丈夫よ」
「分かった。でもコルステインが来るんだろ?」
「そうね、だけど。コルステインが上がってくるわけないから、大丈夫じゃないかなぁ」
こめかみを押さえてミレイオも分からないなりに答える。とにかく精霊の結界は張っておこう、と決めた。
シュンディーンは、サブパメントゥ属性があるが、結界は精霊そのもの。コルステインが近寄れないにせよ、『船を守るのは私たちだから』とミレイオは重点を押さえる。
「コルステインはこの周辺、界隈の始末をすると思うの。私もこっちにいるように言われて」
そう言いかけて、ぐわっと気持ち悪くなった。足を抜けて内臓を圧すような異常。うぐ、と膝を折りかけたミレイオに、シュンディーンは驚いて支える。だがシュンディーンも感じた。
「サブパメントゥの攻撃か?結界があるのに」
サブパメントゥに通じる何かを感じたが、こんな異質さは想像を超える。
ミレイオを支えたシュンディーンは、自分にサブパメントゥが入るから今のを感じ取った・・・のは理解した。
苦し気に息継ぎをして腹を押さえるミレイオは、内臓を圧された続きで、背骨から頭に向けて、髄を引っ張り出される感覚、そこから意識が一瞬、飛び散った。放心しかけたが、それを押しやって頭を振る。立て続けの強烈な異常に、唇を唾液がだらッと伝い、吐きかけた。
何が起きたのか。
だが、なぜかこの状態を『私はこの程度で済んだ』と思った。実際のところは、ミレイオはとばっちり。
サブパメントゥを狙った味方の攻撃が、うっかり同じ場所にいたミレイオにも及んでしまっただけ―――
*****
波止場の周辺に屯した残党サブパメントゥを次々に殺した後、獅子は、出て来た強者系と対峙。
相手はヨーマイテスの攻撃にガッチリ防御して撥ね返し、ヨーマイテスもそれを避け、向かい合った。
紺と白の鎧を体にしたサブパメントゥは、獅子に首を傾げ、吐き出す息と共に呟く。
『お前の親は、龍に焼き殺されたのに』
『どうだか。俺の親は、俺の前で死んだはずだ』
事実違いの短い返答、一秒、二秒、三秒。獅子は自分に約束された時間ぎりぎりで異時空へ逃げ込む。
つっ、と姿を消した獅子に、向かい合っていたサブパメントゥが気づき、急いで身を翻した時、ぐらッと上下が傾く。
一瞬、頭がもげたような軽さを食らった紺と白の大男は、サブパメントゥの奥へ一目散に飛び込んだ。
逃げる暇すら気づけなかった者たちは、この時、何の痛みも抵抗もせず・・・揺れた意識を疑わず、暗い闇の世界を出て、昼の光差す影なき土に上がり、消滅―――
『どう?』
『いいんじゃないの。この辺一帯にいるのは、全部かかった』
港伝いの小さい岩場に抉れた穴の内側、コルステインは影から尋ね、ダルナが答える。
この攻撃で、うっかりミレイオもやられたが、ミレイオは空の属性もあってどうにか無事。シュンディーンは要素が精霊寄りなので違和感で済んだ。
ちなみに、シュンディーンの結界を通過したのは、スヴァウティヤッシュが『異界の精霊』であることと、シュンディーンの結界がそこまで強くないことによる。
強い日差しの午後、岩場は海に少し頭を出す程度で、満ち潮に隠れ、横穴も海中。それでも眩しいだろうと、スヴァウティヤッシュの翼が壁になり、コルステインは翼裏にいる具合。
『まだ?』
『まだって、あっちか?』
黒いダルナの鉤爪が先を指す。コルステインは、あっちにまだいない?と訊き、黒いダルナがそちらを見て『いたと思うけど、もういない』と答える。
逃げただろうと教えると、コルステインは不満そうだった。
『一回で片づけた奴らは、気づく暇もないよ。逃げた奴らもこの一瞬は思い出せない。いつもそうだろ?』
『うん』
子供みたいなコルステインに、スヴァウティヤッシュはちょっと笑い、『また片付ける』すぐだ、と励ます。コルステインは頷いたが、消したサブパメントゥの中に大物はいないので、片づけたけれど、そう変わらない感じ。
『コルステイン、そろそろ行こう。トゥが来る』
スヴァウティヤッシュは移動を促す。続きは、トゥへ繋ぐ。段取りは順調・・・・・
トゥが出かけ、他の皆も出て、ミレイオとシュンディーンだけになった、昼―――
囮を買って出た獅子。一斉操縦を狙って時間を決めたダルナ。この手前。
コルステインは、トゥに接触した。呼ばれるなど思わなかったコルステインは、トゥが何を求めているか訝しかったが、聞けば話に利点あり。二つ返事で了解した。
スヴァウティヤッシュの能力を知るトゥは、彼に手筈と誘導を任せるよう伝え、無論、スヴァウティヤッシュも引き受ける。
トゥが持つ因縁はともかく、コルステインが『こうしてほしい』と言うなら、黒いダルナはそれを実行する。
銀色のダルナが持ち掛けた話は、『手薄の船で、双頭の龍に残党を仕向け、それを一度倒し、あぶれて逃げた者が遠くへ行かない内に、(※トゥの)姿を出して、戻って来た者に警告をする。多ければその場で倒す』だった。
二段仕立ては、与える打撃の大きさのため、スヴァウティヤッシュなら、サブパメントゥの記憶も消す。
この日を境に残党が息巻くとしても、『始まってはいたこと』で拍車をかける程度だろうと、トゥは言った。
『どうせなら。引きずり出して数を減らした方が良い』
どうせなら・・・の意味は、いずれ対戦する際に向けた一言。トゥが自ら『自分を使っていい』と提案し、協力を仰いだのを、コルステインもスヴァウティヤッシュも断るわけがなかった。
今、船に集めるなら、イーアンたちは出払っている。主タンクラッドもいない。サブパメントゥを収集するに好条件であるのも伝えられて、実行に移した。
・・・余談だが、ヨーマイテスは攻撃したけれど、こうした裏話があって、彼は『攻撃していない』ことに落ち着く。一部的な記憶が消され、彼と対峙した紺と白の―― 『呼び声』も何があったかは覚えていない。
タンクラッドもこれを知っている。トゥは先に主に話し、タンクラッドは了解している。
そして、アネィヨーハン横に、銀色のトゥが現れた。
*****
トゥの輝く体が、ギラッと陽光を照り返す。
二つの頭を上下左右に動かすと、そこら中に光が撥ね散り、波止場で働く人々はその姿を眺めた。
一度は逃げたサブパメントゥが、トゥの物理的な振動で留まり、『船は手薄』を思い出して引き返す。
なぜ逃げたか、それは危険を感じたから・・・これしか覚えていないが、身が無事であれば、双頭の龍と接触する機会を逃がしはしない。
双頭の龍が従う時。それは、三回目の空への挑戦を示す。
「そうらしいな」
トゥは輩の思考を読みながら、二つの首を斜陽に向けて目を細める。大きな体は銀色の攻撃的な鋭い鱗に覆われ、体より長い尾はしなる剣の如く輝く。
「俺も知らないことだ。お前たちがなぜ、俺を選んだか」
一つの首が疑問を呟き、もう一つの首が空に向き、『俺じゃなくても良かっただろう』と冷え切った眼差しで続けた。
ミレイオとシュンディーンは船内。異界の精霊とは交代し、銀色のダルナは船のすぐそこまで近づいた、地下の連中の声を受け止めた。
『ザハージャング』
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