2702. シュンディーン『空と最期』の閑話・魔物製品受け渡し・トゥの留守 ~サブパメントゥ奇襲
戻らないオーリンを少し待ったが、ミレイオは荷箱を甲板へ出し始める。
魔物製品を渡すのは午後・・・の予定なのだが、タンクラッドもオーリンもイーアンも戻らない。
ルオロフは一度戻って来た。が、彼は甲板に立つなり『すみません、少し外します』と迎えに出たミレイオに剣を預ける。
『ちょっと待って、あんたの声が聞こえたけど』と、ミレイオは内容を教えてもらおうとしたが、『あとで話しますね』の断り文句で流された。彼は急かされるように、どこへ行くとも言わず、船を下りてあっさりいなくなる。海鳥が何羽か上を旋回し、昼の光に濃い影を落とし・・・その海鳥もいなくなった。
「疲れるわ。重いんだし、少しは気にして」
魔物退治、模型船の予知。ついでに、ルオロフは『鳥に何か言われた?』だから出かけたのかしらと思う。
まー分かるけど~とぼやきつつ、船倉と甲板を往復してミレイオは荷箱を出す。
シュンディーンは部屋にいる。彼はここ最近ずっと大人しいので、赤ちゃん状態でいさせているのだが、不意に船倉が明るくなって、振り返ると青年のシュンディーンが戸口に立っていた。
「あら。どうした?」
「僕も手伝う」
「そう?助かるけど・・・良いのよ、地味な荷運びだし」
フフッと笑ったミレイオは嬉しいけれど、精霊の子は翼もあるし、手足は人の手足ではない。翼が扉や壁に当たったら嫌でしょうにと思い、やんわり断るが、シュンディーンは船倉から出たミレイオの荷箱を受け取る。
「持つよ」
「んー。あんたにこんなことさせて、気が咎めるわ」
「大したことじゃないでしょ」
笑い飛ばすシュンディーンは、今は誰も船に居ない・・・と理由を言い、それで出て来てくれたのかとミレイオも微笑む。意外や意外で、シュンディーンは割と力持ちだった。
「私より細いのに、力あるのね」
「んん?僕の力は、腕力じゃない」
精霊だから、と笑ったシュンディーンの明るい黄色い肌は、太陽のように眩しく軽く。ミレイオは彼の返事に頷いて『じゃ、一緒に』と通路を並んで歩き、製品の荷箱を甲板へ運ぶ。
息子といるみたい・・・変なもんね、とミレイオはそんなことを思った自分にクスッと笑い、笑みを浮かべるシュンディーンがちょっと覗き込んだ顔に、『親子みたいって思ったから』と伝えた。精霊の子は優しい微笑で頷く。
「ミレイオは僕の親だよ。育ての親だと思う」
「有難う。私もあんたは、自分の子と思っているの」
分かってるよとシュンディーンが前を向く。そうよねとミレイオも昇降口の扉を開く。いつまでこうしていられるのか、知らない。でも会えて良かったし、一緒に過ごせて嬉しいし、居なくてはならない存在に変ったお互い。目が合ってちょっと笑い、船縁に箱を置く。
この後、2回繰り返して卸す分を甲板に集めたところで、シュンディーンは海を見つめて呟いた。
「僕が親の元に戻る日」
ミレイオが振り返ると、彼は澄んだ真っ青な目を向けて『まだ先だよ』と安心させるように微笑む。ミレイオは、なぜいきなりそんなことを、と少し戸惑ったが作り笑いで『そう』と答えた。
「ミレイオ。僕は一緒に空へ行くんだ」
「・・・なんのこと?」
「ミレイオが空に行く時、ついて行く。ファニバスクワンがそうしろと言った」
「ファニバスクワンが?私、空に行く用事なんて、今のところないわよ」
驚いて返したものの、同時に脳裏を掠めた『最期の日』に、ミレイオの表情は曇った。動揺が出て、顔を伏せ、『空に行きたいのね』と誤魔化したら、精霊の子はミレイオの腕に手を置き、目を合わせて首を横に一振りし、静かに理由に触れた。
「ミレイオと僕は、家族だから。僕がいればミレイオは大丈夫」
「シュンディーン・・・あんた、何を」
「僕はね。ミレイオを守りたいんだ。それが終わったら、親のいる水へ帰るよ」
沈黙数秒。突然刺し込まれた剣に似て、ミレイオも繕えない。『離れないでいたいわ』本音交じりの冗談を飛ばして、顔を背けるのが精一杯。
何が起きて、どうして、私が空へ行くのか。シュンディーンがファニバスクワンに言われたのは、何を示しているのか。
「まだ先だよ」
目まぐるしく思考をかき乱す、混乱の流れを止めるよう。会話を終えたシュンディーンは、ミレイオの背中を一撫でし、部屋にいるね・・・と、船内へ戻って行った。
*****
トゥは留守だし、荷箱を波止場に運ぶのも自分一人。
「分かっちゃいるけど、こういう立場、嫌よね」
留守番が定着しているために、迂闊に引き受けるとこうなる。タンクラッドくらい帰ってこいよ、とミレイオはぶつぶつ文句を落としながら、魔物製品を波止場に降ろす。
お皿ちゃんで上下するから目立つ。
人は少ないが、波止場で働く人たちが気づいて寄って来た。何をしているのか話しかけられ、ミレイオは『沿岸警備隊に渡すのよ』と見える距離の施設に顎をしゃくり、まだあるのと船を見上げる。
三人寄って来た内、一人は『呼んで来てあげる』と施設へ行ってくれた。他の二人は『積み荷を見てるから、降ろして』と見張りを引き受ける。忙しくないの?と聞くと、彼らは午後のこの時間、休憩らしかった。
「ゴメンね。私も今、一人だからさ・・・仲間が用事で出払ってて」
「舷梯を使いますか?」
もっとあるなら一緒に、と自分の胸を指さした若い男の親切に、ミレイオは『大丈夫よ』とちょっと手を振って甲板へ飛ぶ。
船に部外者を乗せるのは、やっぱり抵抗がある。親切は嬉しいわ、と呟いて、甲板の端に寄せた荷箱を大きい順から運び出し、港に置くのを繰り返した。
「これで全部よ」
運び終わる頃に、施設の門から荷車が出てくるのが見え、波止場で見張っていてくれた二人に礼を言った。
「この中に、魔物の体の武器があるんですか」
「武器だけじゃなくて、鎧や盾も。ティヤー仕様で作ってあるのよ。水に濡れたり海に入ったり、戦ってそういうこともあるじゃない?考慮して制作しているわ」
鎧、と聞いて、少し戸惑い気味の表情に察したミレイオは『ちゃんと考えてるから』と笑い、つられて笑った相手も『すごい』と、積まれた箱に頷き・・・表情が少し変わる。
「関係ないかもしれませんが」
「何?」
「さっき、空に響いた声」
ミレイオが瞬きして『聞こえたわ』と答えると、彼らは『もしかして、あなたの仲間が?』と伺うように声を落とす。そう信じている目つきの二人に、ミレイオは首を傾ける。
「私は、共通語しか」
実際そうなので、肩を竦めてみせたら、二人も『あ、そうか』と理解できなかったことに気づいた。この話はこれで終わる。
こうしている間に荷車が到着し、ミレイオは隊員に挨拶する。昨日施設でルオロフと手続したので、ミレイオを見かけていた隊員が、『昨日は』と軽く挨拶を済ませ、早速荷箱の数と種類を確認する。
ミレイオはベルトに挟んでいた紙束を出して広げ、箱の表に張られた標札に人差し指を当てながら、書類と内容物の項目を伝え、隊員も見ながら帳簿に書き留めた。
「これは、アマウィコロィア・チョリア全体ですよね?」
「そうね。数が足りないかもだけど、工夫して頂戴。弓は結構多いの。弓、使える?」
「もちろんです。こちらは弓の大小ありまして、船でも大型弓を使いますし」
矢が足りなくなっても、普通の材料で作った矢はありますからと言う隊員に、ミレイオは『頼もしい』と頷いた。
こちらに来る前、アリータックで魔物素材の矢を作る段取りを済ませたので、それも近い内に届けられるだろうと教えたら、彼らは『助かる』と頭を下げた。
無事に荷物を荷車に積んだ隊員は、黒い船を振り返って『今日はいないんですね』と少し笑う。
「ん。何が」
「すごい大きい銀色の龍みたいな、いましたよね、昨日」
「ああ~・・・そう、ちょっと留守なの」
トゥの代わりに、異界の精霊が側にいるらしいが、船を出すわけではないので、特に目立つものがない今の状況。留守なの・・・さらりと答えた一瞬、ミレイオは冷たいものを足元に感じ、さっと下を見た。が、何もない。
でも今の、って。顔に出さず、ミレイオは神経を集中する。
隊員は『迫力が』『初めて見たけれど』と、トゥが龍だと思っている興奮した感想を伝え、ミレイオがぎこちない笑顔で往なすのに気づかない。
「あ、ねぇ。私そろそろ」
ぱっと切り替えたミレイオに、隊員も引き留めてすみませんと笑い、それから『一緒に施設へ行かないか』を尋ねる。一人だからと返事したオカマに、分かりましたと彼らは手を振って、荷車の馬の手綱をとった。
「船はでも、港の従業員も見ているから、良ければ施設で少し話してもと、思いました」
「あー。うん、でも。また」
気の好い隊員に、ミレイオはやんわり辞退して『頼むわね』と屋根のない荷車の荷箱を指差し、彼らも『はい』と手を挙げる。荷車が離れていくのを、見通しの良い風景に見送り、波止場の従業員も『じゃ』と背中を向けたので礼を言って、ふーっと大きく息を吐いた。
「こういう時も、独りなのよね」
脇に挟んでいたお皿ちゃんに乗る。船は静かで、ミレイオは船の横の海に出て、『ねぇ。いるの』と小声で海に話しかけた。声に反応が返り、海はゆらりと波ではない揺れを見せ、そこに四つの黄色い目が浮かぶ。瞳孔が小さく、黄色い目は丸い。
「船を守って。影に気を付けて」
四つの目はゆっくり瞬きをして、了承を伝え、ミレイオは甲板へ上がるや走ってシュンディーンのいる部屋へ行き、扉を叩いて開ける。
「シュンディーン、船の中を」
「分かった」
ベッドに座った赤ちゃんが振り向いて、青年の姿に変わる。シュンディーンは気付いていたようで、船窓から下を少し見て『彼らは?』と異界の精霊の有無を尋ねた。
「ここに来る前に頼んだわ。船周辺を守ってくれると思う」
「じゃ、僕は船を。ミレイオは」
「私?そこら中よ」
明るい太陽のような青年の、むき出しの肩をポンと叩く。ミレイオは少し口端を釣り上げて『あんたがいてくれて心強い』と、目を見てはっきり伝えた。シュンディーンは笑っておらず、心配そうに見つめ返したが、ミレイオはすぐに部屋を出て行った。
「サブパメントゥに、ミレイオは操られたことがあるのに」
同じサブパメントゥでも、強い方に負ける。分かりやすい種族で―――
外へ出たミレイオは、お皿ちゃんにひょいと乗り、上から見渡す。影は、午後の日差しでそう多くない。この島自体が平たいため、崖もさほど高さはないし、サブパメントゥが出てくるなら・・・とあたりを付けた。
「う~、来るわ。ぞわぞわする。私、根暗はキライなのよ」
地下から滲む気配に、ミレイオは吐き捨てた、その瞬間。目で捉えるより早く、真横の大樹の根元から気配が出た。ミレイオが潰しに掛かると、それは即引いて消える。
「私だけって言うのがね。それを知ってるのかどうか」
厄介な状態を知られては困るが、ここからは思考を読ませないため、意識を閉ざし感覚で動く。
ミレイオの顔に青い輝く隈取が浮かぶ。白目だけに見えるほど瞳孔が縮み、サブパメントゥの上がってくる気配を全身で感じた。
「この真昼間に、よく出てくる気になったもんだ。お前らは光に打たれたら死ぬんじゃなかったか」
低い声で貶したミレイオは振り向いて、背後の影を攻撃。ぐっと力むと同時、狙った影の一部が塵を出した。あれは潰れたと分かる。
だが、ミレイオも自覚があるように、サブパメントゥとしての自分は『弱い』。潰したのは一部で、完全に倒していない・・・・・
「サブパメントゥ・・・俺が雑魚だと安心したか。人間を操る気だろうが、そのくらいなら」
俺でも止められるんだよと、ミレイオは波止場の倉庫にびゅっと飛び、倉庫内で倒れた数人を窓から確認し、すぐ下の蠢きに粉砕を掛ける。
操る前、もしくは意識を奪った直後で、ミレイオの粉砕の攻撃は静かで、見た目に何が変わったわけでもないが、影の蠢きから気配が逃げる。
床に倒れた人が頭を振ったので、ミレイオは『間一髪』とみて、次の気配へ急いだ。
自分たちが出られない時、サブパメントゥは孤立した人間の集まりを操って、互いに殺し合わせる。
「間に合えば、の話。どうにかなる」
明るさの差し込む昼下がりの波止場で、ミレイオは飛び回っては止まって潰し、粉砕し、もぐらたたきを繰り返す。波止場から施設へ行かれたら面倒だが、なぜか相手はここから出ない。波止場近くの施設から先は、民間の地区。
港は区切られており、入港も出港もない今。持ち場がここだっただけのミレイオは、魔物退治ならぬ、同族退治に集中する。
施設も面倒だが、この島の他でも動いていたら。懸念はあっても担当できる範囲で戦うしか出来ない。
気づけば、ミレイオは船から遠ざかっており、施設近くの低い丘に伸びる道まで出ていた。この先は、ぐるりと曲折して民間の地区へ入る。波止場の人たちは、ミレイオが何かを探して飛び回っているのか、くらいに思っていそうで・・・何も気づいていない。
ふと船を振り返った時、浮かぶミレイオは太く大きな木の下に、見つけた。木の根元から動かないそれは、見えるというよりも、感じ取る。
『双頭の龍は?』
やけに余裕そうな一言が脳に滑り込み、ハッとした。声は続ける。
『お前は・・・サブパメントゥか?お前か、変わり種って噂のは。まぁ・・・とりあえず用事が先だ。これから、範囲無制限で襲う。双頭の龍と話しをさせろ』
ミレイオは理解した。この時を以て、攻撃の開始だと。
お読み頂き有難うございます。




