2701. 古代ティヤー『面師と鳥』の石板・警告と次のヒント
館長は、『先ほど聞こえたのは告知』と落ち着いていた。
まるで知っていたような響きに、イーアンはその理由がここにあると石板を見つめ、感覚的に理解する。
彫刻された尾が長い鳥は、ハトほどの大きさ。嵐の夜のあの鳥だと思う。
鳥は、面をつけた人物の顔と同じ高さにあり、顔半分が隠れる面は大きな嘴がついて、人物は嘴に片手を当てている姿勢。
周囲には工具・材料と思しき物が彫られ、他に人物がいないことから、この面師が特別に鳥と会話をした場面、と考えた。
館長が指差した『ここの部分』が、急に宙を駆けた告知を受け入れさせた。
「その場面に、今の状況を重ねて」
女龍はじっと見た後で、館長に尋ね、彼は石板の側へ客を招いた。一歩二歩前へ出た三人は、所々が欠け落ちている石板に目を凝らす。
館長の皺の多い指先は、ゆっくりと一番上に向けられ、『この上にも話はあった』と前置きし、石板上部に描かれた絵の説明前に、いつの時代の物かを教えた。
他の地域で出土した記録と照らし合わせた解釈で、一番有力視されているものが、古代の大きな島の分裂後、その時代の産物であること。
「分裂」
イーアンがちらっと館長を見ると、彼は『西と東です』と答え、石板の下に並べられた当時の地図再現に注目するよう言い、三人が覗き込んだ地図の端と端に触れる。
「こちらがテイワグナ、こちらがヨライデ。現在のティヤーと違い、古代はこの海に十字を描くように広がった島がありました。
しかし南北に伸びた部分は、早い段階で火山により、列島化して途切れています。その手前の時代は、人も住んでいたようですが、かなり活発な火山がため、多くの人はそこを避けたと思います」
イーアンはこれが、アイエラダハッドの東、その南北に掛かるので、それで剣の遺跡もそちらにあるのかと思った。
館長は『東西に延びる大きな島』も、ある時代を境に中央が崩れたと教える。
「中央と言うと、現ティヤーですか」
クフムが質問し、館長は地図の真ん中を指して『そう』と頷く。当時はここまで陸地が離れていなかったと学者は考えているが、水没・大地震など天災の連続が海底の形も変えたと推測されており、徐々に移動した陸地の切れ端が、現在の島の状態に落ち着いたとされている。
「そうなるまでの期間は長く、この石板が作られた時代は、恐らく中央の陸地が壊れ始めた頃と思われています」
「南北のまとまりがあった?」
ふーん、と頷くオーリンに、館長は『南北にしっかり分かれた頃、とされている』と繰り返す。
「つまり、最初は十字型の大きな島が南北を失い、東西一直線になって、更に真ん中が離れ始めて」
「そういうことですね。その初期に、この石板の年代が当たります」
オーリンの解釈確認の続き、時代を説明した館長は、石板に話を戻す。
「ティヤー南部、特に西方一帯に残る話に、『東の王に会いに行った西の人間が、あちらから頂戴した土産の仮面を真似て作り出したのが、西方仮面の始まり』とあります。この石板で、仮面を顔に当てる人物は」
三人に体正面を向けたまま、石板に手を伸ばした館長が、一番上の欠けが激しい絵を示し『面師の足元と手元をよく見て下さい』と言った。
低い作業台、桶、柄杓、すり鉢、すりこ木、脇にある籠から、鳥の首と翼、床に割れた卵がある。面師の頭と肩から上は石の欠けで消失しているが、両腕は台に置いた鳥の皮を剥いている。
「作業風景ですね」
イーアンが絵に呟くと館長は頷いて『一昔前まで、同じようにしていました』と、すぐ下の絵を指差す。これが、鳥と向かい合う面師の絵。
「警告?」
ぽろっと思ったことが零れたオーリンが、さっと口を閉じたが、館長は苦笑して『そうですね』と答えた。はっきり言われると返しにくいと呟いた館長に、オーリンは『すまない』と一応謝ったが、館長は首をちょっと掻いて『でもそのとおりなんです』と下の段に話を移す。
「これを見て下さい。人物は」
イーアンもオーリンもクフムも、上から三段目の絵に気づいていたが、口に出して良いか分からなかった。人物は作業場を移動しており、小舟で島に向かうところだと思う。
だが、面師の首がない。舟に乗った体は島に向いているし、両手は櫂を握っているのに、肩から上がないのだ。
右に面師、隣に島、その隣に鳥が何羽も立っていて、小さい鳥は雛か分からない。そして左奥に鳥を抱えた不思議な姿があり、抱えられた鳥は首も翼も垂れ、死んでいるように見える。
「どのように解釈されていますか」
先に学者の解釈を求めたイーアン。館長は左から順を追って『左は人間ではない、鳥の保護者・腕にいる鳥はこれまで死んだ鳥・生きている鳥たちは翼を畳んでいるから怯えていない・面師は面をつけていないし、頭部を消失しているから、謝罪か許しを求めに出かけた』その解釈で通っている、と話した。
「面師であることは共通です。同じ刺青があります。彼が生きていない説も言われますが、『面を作らないことにした』説が強い。その理由はこちらに因みます」
館長の手が触れた四段目、顔部分がくり抜かれた頭を持つ人物が立っている。他にも人間がいて、顔のない面師に果物や主食を差し出す。鳥は離れた空にぽつんといて、館長曰く『見張っている』。
「つまり、面師は仕事を手放したから、顔がない状態で・・・人々は、彼に面を作らせようと捧げものをしているのですか?鳥は面師を見張って」
クフムの確認に、館長の手が五段目に降り『こちらも併せると一層分かりますよ』と脇へ少しずれた。館長の服で隠れていた下段から一つ上には、顔のない面師が再び鳥の皮を剥ぐ絵があったが、鳥は面師の背中の方へ飛んでいて、鳥の向かう先に先ほどの『人間ではない』保護者がいる。
ここまでくると、ゾワッとするクフム。続きが分かりやすい・・・オーリンも表情が硬くなり『本意ではないけど作らされているとかな』と、面師の変化を呟く。イーアンも同じように感じた。
館長は石板を見たまま首を傾けて『実際はどうでしょうか』と諦めた口調で、最後の段に触れた。
「誇りある仕事をまた行いたいと思う甘えは、ないとも言えません。彼は約束したのかもしれないけれど、それを破ったのですね。
最下段で、島は無くなってしまいました。海の下に描かれています。鳥の姿はどこにもありません。保護者の目元だけが空に刻まれ、目の横には鋭角の線があるでしょう?
これは稲妻の可能性がありまして、線の端は面師の横にある、『鳥の顔半分の仮面』に刺さっています」
稲妻―――――
イーアンとオーリンが、視線を交わす。クフムも、ぼんやりと『稲妻?』の言葉を繰り返し、はたと気づいた顔を二人に向けた。
館長は『稲妻と思われていますね』と肯定し、三人が何を思い浮かべたかは知る由ないので、稲妻について少し補足する。
「色のない彫刻ですが、この時代では自然を色で分けて知ることが出来ます。光は、穏やかでも強烈でも、光であれば『黄色』です。『人ではない鳥の保護者は誰か?』と議論がありました。稲妻が示唆する黄色と共に、候補に挙がったのは緑です。
一見関係なさそうですが、緑色は植物の色、とされている文献や、植物と光が切っても切れない関係から、緑の示すものもあるのではないか、と言われています。光や植物の守護精霊とか・・・・・
水底から引き揚げた、古い時代の焼き物複数に、植物と泉・光の組み合わせが同じ個所にあったことから、この二色は、同じ対象を祀った可能性も消せません。
それともう一つ、面は鳥の素材以外に木材も使うので、最後の段の稲妻は、鳥の顔半分を模る仮面、すなわち、材料になる森を焼いているとも考えられています。
つまり、面を作れない状況にされた、という」
色別の星の創世物語(※2597話参照)で、そうだったなと龍族二人は思う。黄色い星が光を司り、緑色の星が草木を生やす。緑色の鉱石が出る採石場から辿った先は、ミレイオ曰く『妖精』の神殿だった(※2599話参照)。
稲妻=光。緑色=森林。二つの共通点=妖精、の答えが出る。
石板の上から下まで解説を聞かせ、館長は両手をそっと組んで女龍に向き直った。
「私たちは、警告されているのだと思いました。もしも許しを請うなら、一度は待ってもらえるかもしれない。この石板の面師のように。
数十年前に鳥が去ったアマウィコロィア・チョリアは、既に警告を受けた状態では、と島民の皆は心配していました。
この石板が見つかったのはそう古くなくて、研究から分かったことを人々に紹介し始めた時は、既に鳥が消えた後でした。じわじわと、誰からともなく噂は上りました。呪いではないか、とも。
伝統文化ですから当たり前のように、毎年、鳥と卵の捕獲採集は行われていたし、儀式で営巣地を祝うのも続いていたのだけど、鳥が消えてからはそれもなくなり、面も代用が出来ない素材のため下火になって、材料が尽きた時を境に、『骨董品』に変わりました。
だけど鳥が消えてから、私たちに目立った罰が起きることはなく、『ただ作れなくなった』だけでした」
「時は来たのです」
館長に続けたイーアンの一言は重く、館長の目が閉じる。頷いて『そのとおり』と認める。
イーアンも、ふーっと息を吐いて、ルオロフが告知した内容を、クフムに改めて確認しようと、彼に顔を向けた。が、これは遮られた。
伸ばした手を館長の腕に添えたオーリンが、『あっちに、何があるか教えてくれ』と一方を指差す。館長はオーリンを見上げ、彼の指の方角に『島の名前ですか』と尋ね返した。
「島が幾つも在るんだよな」
「この先の島には、面師の家があります。随分前に行方不明になりましたが、家は残っているのです。最も古くから残っていた家系でした」
すーっと・・・イーアンがオーリンを見る。オーリンもゆっくり女龍を見て、唇が浅く開き、二人は声に出さず『バサンダ』と口を動かした。
「他にも面師はいますが、今は誰もがピンレーレー近辺へ越して、普通の祝祭面を作る仕事をしているようですね」
館長は頭を掻きながら、『これも時代ですね』と呟き、一階に移動しましょうと上を指差す。
「面師の家のある所を教えます」
それからイーアンに、もしもこの石板を持ち出す必要があれば言って下さい、と・・・なぜか、持ち出す日が来るような言い方をして、イーアンは不思議に思いながら頷いた。
館長と来客三人は、地下倉庫を出て階段を上がり、一階の事務室で地図を確認する。この時、時刻は昼を過ぎて、待たされっ放しの貴族シオスルンは、と言うと―――
船はイヒツァの島を離れ、アマウィコロィア・チョリアに戻っている最中。
迎船である、この船。狼煙で呼び戻された理由は、別航路から乗り換え船が到着する報告を受けたから。でも干潮で、大回りを余儀なくされ、乗り換え船にすら間に合わないかも知れない。
頭を抱えるシオスルンは『立場がどんどん悪くなる!迎船の信頼も!イーアンまで置いて来てしまって!』と船室で呻いていた。
お読み頂き有難うございます。




