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魔物資源活用機構  作者: Ichen
剣職人
270/2944

270. ボジェナとダビの一日

 

 お金。一番大事な契約金をきちんと詰め込んだその荷物。他あれこれをしっかり荷物に入れて、イーアンは龍・ミンティンにくくりつける。


「お前の名前が分かって良かったわ。ミンティン。私の過去の人の名前はまだ知らないけれど」


 それはいいの~といった具合で、ミンティンは頭をこすり付ける。そのたびにイーアンの身体が倒れそうになるが(※頭が部屋サイズ)イーアンは一生懸命ミンティンに抱きついて、その大きな硬質の頭に頬ずりした。


 後ろで見ているダビとドルドレンは。この一人と一頭の関係に不思議さを感じるものの。何も言わずに見つめるのみ。



「イーアン。龍はミンティンという名ですか」


 ダビが訊ねたので、イーアンは微笑んで頷いた。『そう。この仔は自分の名を知っているのです』青い鱗に口付けして頬を寄せ『なんて賢いの。ミンティン』イーアンは龍に(とろ)けるほどに微笑む。ドルドレンが悔しさに歯軋り。ダビは、龍への口付けに何か冬の寒い寂しさを感じる。


 龍の金色の鋭い瞳が、男2人に向けられて『ばか』と言ってそうな光り方をした。目の据わる騎士2人。イーアンはそんなの気が付かず、龍をせっせと撫でて『お前は女の子かしら。男の子かしら』と大切大切・可愛い可愛いしてる。名前が分かったから、イーアンの中でもっと家族的な愛情が生まれたらしかった。



「行きましょう。龍も乗った方が」


 ダビが妥当な促し方をして、イーアンもダビも龍に乗った。『ではドルドレン。夕方には戻ります』じゃあね、とイーアンは龍を浮かび上がらせて、あっさり空の向こうへ。


 残された総長はしばらく哀愁漂っていたが、即、執務の騎士が迎えに来て(※探されていた)両腕を引っ張り、判をつけ、書類を見ろ、と書類山積みの執務室へ連行した。



 イーアンとダビの龍飛行は。


 別に何の会話もなかった。ダビは気まずく、イーアンはタンクラッドで頭が一杯(※正確には地図のこと)。ダビはイーアンがまだ怒ってる気がして、話しかけないままだった。


 龍・ミンティンは遠慮なく加速して、あっさりイオライセオダに到着。


 速度を少し上げたのか、15分で着いた。寒かったのと、早くて落とされそうだったのと、風で顔が痛かったので、帰りはゆっくりね・・・と。荷物を下ろしながら、イーアンは頼んだ。ミンティンは機嫌良さそうに首を縦に振りつつ、空に帰って行った。



「さ。行きましょう。結構寒かったでしょう」


「時速が。速度が。さすが空の生き物です。恐ろしく早くて」


 ダビの歯がカチカチ鳴る。イーアンにはまだ青い布があるからそこまでではないけれど、普通の服だったらあの速度で冬の朝は寒いだろうと思った。


 二人は工房へ歩き、十字路で別れた。『迎えに行きますので。それまでは親父さんと一緒にいて下さい』お昼のお金持ってる?とイーアンが訊くと、ダビがいつも持ってるから、と頷いた。イーアンは手を振って『良い時間を』と笑いかけた。


「イーアン。あの」


 言いかけてダビは止まる。イーアンは何歩か歩いてから、振り向いて立ち止まる。


「いいえ、何でもないです。あの。迎えに来るの、早くても大丈夫ですよ」


「ああ。ありがとう。でもゆっくりしてほしいから。じゃ後でね」


 イーアンはニコッと笑って、通りの向こうに消えて行った。ダビはその後姿―― くるくるした螺旋を描く黒い髪、派手な赤い毛皮の上着と、羽織った年代物の青い布、細い足にぴったりの焦げ茶色の革の靴―― を見送った。


「イーアン。気をつけて」


 ぼそっと呟いて、歩く。すぐにたどり着いた親父さんの工房に入った。



「おはようございます」


 予約なし。自分の休みに合わせて来訪しますという、ちょっとワガママな条件でダビは中に入る。すぐにボジェナが出てきて笑顔で迎えてくれた。


「おはようございます。待ってたんですよ」


 朗らかな笑顔が、白い肌に高揚するピンク色を差す。嬉しそうなボジェナの笑顔に、ダビもちょっと微笑む(※あんまり分からない)。



「おお。来たな。ダビはいつ来るか、今日来るかと、ボジェナが毎日煩くて」


 親父さんがダビを迎えると、ボジェナが親父さんに笑いかける。親父さんの笑顔が少し強張ったが、ダビは気にせず、通されるまま中へ入った。


 ボジェナがダビの後をそそくさついて行くと、足を踏まれた親父さんはその場にしゃがみ込んで、局所的に踏まれた場所を手早く揉んだ。



「今日はどんな剣を作りたいかという。そこからです。一応、ここの剣を見てもらって」


「いつも、支部で使うのはここの剣ですよ。大体は分かってると思います。ボジェナの作った剣もあるんでしょうね」


 名前から『さん』が取れたことに気がつくボジェナは、ちょっと嬉しかった。それに、自分の剣を使っているかもと言われて、それも嬉しく思う。


「私が作る剣ってないのです。私は工程で手伝うから、私が通して一本作るのはなくて」


「あれ。でも作れますよね。一人でも」


「うん。作れると思います。でも私はそこまでではないの。お父さんと伯父さんの仕事だし」


 そうなんだ、とダビは頷いた。『じゃ、もし私がここで作る剣があったら、ボジェナがどこかを担当して仕上げてもらえるんですか』ダビが質問すると、ボジェナは笑顔で『そうなります』と答えた。



 ダビはこの日。朝一番で工房に入って、ボジェナの案内の元、売り場の剣を見て説明してもらったり、作りたい剣の状態や、使い道を話したりして午前中が終わった。


 お昼はボジェナが作るというので、ダビは親父さんの仕事を見ていることにした。裏庭の奥に大きな炉があって、そこで金属を溶かすというのでそれも見せてもらった。冬の最中、赤より輝く炎の光に、汗を拭いながら火の世話をする親父さんと弟さんを見てると、ダビも自分がここにいたらと切実に感じた。



 お昼になり、ボジェナが作った料理を頂戴する。


「うわ。ご馳走ですよ」


 出てきた料理にダビが驚いて、ボジェナを見る。ボジェナは恥ずかしそうに俯きながら、笑顔を絶やさない。


「ご馳走、まあそうだな。でもいつも、こういう感じじゃないんだな」


「来客と食事だから。どうしても普段の食事ではないよ」


 親父さんも弟さんも、ボジェナが張り切ったことは分かっていた。いつもの一皿料理ではなく、料理の皿が5枚もあって、ふんだんに彩を配してる様子から、間違いなくお客様用の上を行ったことだけは見てとれる。


「毎回こうではないから。そこは今日が初めてだと思って」


 弟さんが笑って、ボジェナに『な』と声をかけると、娘のボジェナは冷ややかな目つきで父を一瞥した。ダビは気がつかないようで、目の前の料理に『へぇ』とか『色が良いですね』とか言いながら感心していた。


 肉料理と、魚の焼き皿と、平焼きの生地と、きれいなサラダ。切った果物を入れた飲み物のボウル。食べて食べてと、ボジェナが皿によそい、客人に差し出す。


「私、イオライセオダの料理ってあまり知らないんです。でも美味しいですね。ここの地域の?」


「肉と飲み物はそうかも。魚の料理は北なの、お母さんが美味しく作るから、それで覚えて。野菜はどこでもこんな感じじゃないかしら」


「肉がすごい味わい。また、南と違いますね。西方面の肉料理なんだな。松毬の実とか入ると違う」


「大きさがあるから、焼くのが一番腕が問われるかも。だから上手に出来ると良い奥さんになれるの」


 ほほう、と中年兄弟は目だけ見合わせて嬉しそうに食べる。食事をしている振りをして、とにかく若い二人の邪魔をしないに徹する。

 親父さんはからかいたくなるが、弟に睨みをきかされているので我慢する。


 ダビはボジェナの料理は上手で美味しい、と誉めた。イーアンが作った遠征の料理も、沢山木の実が入っていたなと思い出しつつ、それは言わない方が良い気がして、ひたすら目の前の料理を誉めた。


 ボジェナはダビが、想像以上に美味しいと誉めてくれるので、天にも昇る心地だった。



 ――いけるわっ。男の人って食べ物で掴むんだと聞いたから、本当にそんなに単純かと思ったら。本当だった!良かった、これで結構、先行きも安心って分かった。ダビが食べ物に関心ないようなことをイーアンは言ってたけど、きっと彼と食事をする機会は支部にないのかもしれない。


 私が初なのね。ダビは女の人と付き合ったこともないって言ってるし・・・・・ え。じゃ。もしかして。夜も今までナシなのかしら。えっ!じゃ私が初めての人っ???やだ、どうしよう!恥ずかしい!!



 料理を食べつつ、真っ赤になるボジェナに、親父さんと父親は不安な気がしてきた。勝手に妄想の世界にいるような。何の妄想を逞しくしてるのか、何となく分かるだけに。親心は複雑だった(女の子だし)。


 横で白い頬を真っ赤にして、目をぎっちり瞑るボジェナを見たダビは、一体彼女に何が起こったのかと見つめていた。肉がでかいから、よく噛んでいなくて喉に詰まったのか、魚の焼き皿が熱すぎて困ってるのか。


「ボジェナ。苦しそうですけど大丈夫ですか」


 一声掛けてみると、我に返ったボジェナは目を丸くしてダビを見てから、ゲホゲホ(むせ)て台所へ水を飲みに走っていった。



 ご馳走の食事を殆ど平らげた男性陣は、途中から黙りこくるボジェナを気遣いつつ昼食を終え、仕事に戻った。ダビはこの後、親父さんたちのしている作業を見たいといって、側に行って時々手伝わせてもらった。


「最初から剣を作る試みも、凄いと思ったけれど。こうして最初の工程から参加させてもらう方が楽しいかもしれません」


 親父さんにそう言うと、親父さんと弟さんは笑顔で頷いた。


「ダビは向いてる。その方が普通だ。お膳立てされたものを作って楽しんでいたら、それは職人じゃないから」


 弟さんが手を差し出して、ダビと握手した。


「セルメだ。ようこそ、イオライセオダ剣工房へ」


「サージだ。ようこそ、ダビ。いつでも来い。教えてやる」


 ダビは感極まって、少し涙ぐんだ。中年兄弟はダビの涙ぐんだ顔を見て少し驚いたが、背中を叩いて歓迎した。『お前の剣を作れるようになると良いな』ハハハと笑う親父さんに、ダビは言葉もなく笑顔を浮かべて頷いた。



 屋内でそれを見ていたボジェナは。展開は良いんだけど、私のこと忘れてる、と舌打ちした。


 ダビはその日。自分がどこにいたら良いのか、ちゃんと見えた気がした。

 いつまで続けるか分からないまま、年齢を重ねていた騎士業。それが剣職人への第一歩に繋がるとは。


 イーアンが迎えに来るまで、ダビは親父さんと弟さんの仕事を手伝って幸せだった。

 そこは生粋の職人が、日々丁寧に仕事を積み上げて、凄い剣を作る世界。完全に男の世界だった。



お読み頂き有難うございます。

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