2699. 『呼びかけの室』から捧ぐ・神様曰くルオロフ引き受け事情・鳥の名ヂクチホス
「開いた」
あの後。海を上がって、岩を切りつけたルオロフは、虹のような鳥に『有難う』と礼を言った。
隠されているわけでもなく、切りつける溝はむき出しで、午前の光にはっきりと見えたため、ルオロフが剣を振り下ろすに楽だった。切ると痺れるのも思い出し、切ったと同時ちょっと跳び上がって、痺れは回避。
切りつけた溝は、パチンと音を立て、磯の一画が別の風景を映した。
「直なんだな」
こういう場合もある。神様の鏡では、大地。草のある地面が最初に映り、その両側は黒い岩の崖らしき雰囲気、合間に遺跡と思しき簡素な形があった。海に立つ岩は想像していなかったが・・・
「君も来るのか」
ルオロフが剣を鞘に戻して、足を踏み入れようとしたら、鳥が肩に止まり驚く。さほど大きな鳥ではないが、尾羽が長いので全長は大きく見える。鳥は『こっち』とまた伝え、ルオロフは微笑んで進むことにする。
「君は、脳内で会話しなくて済むから、少し楽だよ」
「ルオロフ。ルオロフ。あっち」
何故か、名を知っている・・・間違いなく、神様の遣わした鳥、と思う。
賢い鳥に、少し笑いも出る。緊張がほぐれ、頷いた赤毛の貴族は『乾かしたいものだ』とずぶ濡れ状態を気にしながら、鳥と一緒にあの草原を歩き出した。
ここの異時空に共通する草原だが、どこか雰囲気が違うなと感じていると、歩いて間もなく、明るい風景に似つかわしくない黒灰色の岩山が見えた。あれ?と思いきや、そのとおり。
岩山は二つ立ち上がり、その間に上が尖る形の小山じみたものがポツンとある。下部は丸っこく、岩質は海岸と同じで荒い。高い木ほどの丈で、ぽっかり空いた入り口が見えた。側には人工的に切り出したらしき長方形の石が置かれている。
「呼びかけの室だな」
それ以外に思いつかない。ルオロフは岩の前で立ち止まり、肩の鳥に『そうだな?』と尋ねる。ここまでくれば、鳥は何でも知っていると決めこんで良さそうだし。案の定、鳥は『入る』と答えた。
「君はいろいろ知っているようだが、神様の遣いなんだろうな」
人の丈の倍ある入り口をくぐり、足を踏み入れてルオロフは思ったことを呟く。独り言は質問と受け取ってはいないようで、鳥は答えない。ルオロフも気にせず、広い空間を歩く。
広い空間奥に光が落ちる壁があり、壁際は何かの台が置かれている。明かりは奥にしかなく、照らされる四角い影が、何となく宗教の祭壇を彷彿とさせる。
思えば『神様』関係、と捉えているわけだから、祭壇を想起しても変ではないが・・・ ルオロフはふと、『相手は、神様と呼ばれるのを否定していた』ことが過る。
神様ではないのに、神様と呼び続けては失礼だろうか。
ご本人が(※人じゃないけど)嫌がっていそうな様子を押し付けて・・・ なんて考えている内に、四角い台の前に着いた。
鳥は肩から離れず、ルオロフの顔の前に嘴を出し、何かと思えば『剣』を見ている。
「剣をここでも使うのか?」
総本山の『広報の部屋(※2584話参照)』は、中で剣を使わなかった。あそこは、洞窟の原形を保った内側に入った後、剣で床を切って光が映像を出したまでは同じだが、映像の中に入らず、その前で話すことが光線に変わって、各地へ飛んで行く光景を映したのだ。
広報の部屋自体は、誰でも入れる。映像を出すためだけに、剣を使用していた・・・ のだけど。
とりあえず、ルオロフは祭壇に似た大きな石の台をぐるっと一周し、よく見てから『これ?』としゃがみこんだ。光が落ちてくる奥の壁と台の合間、角度のはっきりした切り跡が床にあり、鳥もそこを見てソワソワ。
では切るか、と剣を抜いてルオロフは鳥に『危ないから離れて』と頼み、鳥が羽ばたいてから、床を切りつける。うっかり足をつけたままだったが、乾いた床は痺れもなかった。バチッとまた音がして、同時に台の天板が光り、壁もサッと抜ける。
「また?」
思わず声に出た驚き。だが・・・いつもと違う。抜けた壁は風景を映し出しておらず、何の質感も持たない光だけの透明に思えた。
「これは。天板も同じような。ふむ、私はここに話しかけるのか?君、名前はあるのか」
ここで思い出す。鳥がいたんだった。おいでおいでと天井に張り出す岩にとまった鳥を呼び、パタパタ降りた鳥に『どう思う』と意見を聞く貴族。鳥は会話が出来ると分かったので、ルオロフは早々この状態に慣れた。
鳥はルオロフの肩に乗って『こっち。ルオロフ。こっち』と台の前に回るよう翼をばたつかせて指示し、ルオロフは台の前に戻る。台を挟んで奥の大きな壁と向かい合うと、空から見下ろした風景のようだった。
「もう・・・喋って良いのだろうか。ところで、名前があれば教えてくれ。君の名前は何だ」
「ない」
「ないの?」
「ない」
そうかーと頷いて、私があとで名前を考えよう、とルオロフは微笑む。鳥はそれを理解したかどうだか、用事重視のように、色鮮やかな羽の先を光り放つ天板に向けた。ルオロフも天板に視線を落とし、え?と止まる。自分が映っており・・・もしやと天板の縁に気づくと、神様の鏡そのもの。
「神様ですか?」
『ルオロフ。後で話があるから』
「あの。ちょっと確認が」
不意打ちで神様が現れたので、ルオロフは急いで『これから話す内容』を聞いてもらう。間違えていたら洒落にならないので、現れてくれた序に修正を頼むと、神様は聞くだけ聞いて『色を司る者たちまで教えるのか』と言った。
「知らない人もいると思いまして」
『お前は世話焼きだ。色が司るものすら知らぬ人間は、そこで敗退なのに』
「私は、助けるつもりなんですよ?敗退なんて言っている場合ではありません。一人でも理解して実行者が多いに越したことはないので」
『分かった(※往なす)。では伝えなさい』
「あ。はい。あとこの鳥」
この鳥は?と聞こうとしたが、鏡は消えてルオロフは黙る。また光を放つ天板に戻ったので、ぐっと意識を集中し、息を吸い込んだ。
「ティヤーへ捧ぐ」
*****
『風吹き続ける岬―――
棹を一本、脇へ立て、倒れないよう掴み、頼りたい旨と敬いを、風に話しかけて過ごす。かかる時間は一定しない。掴んでいた棹が倒されるほどの風が抜けたら、それは届いた証(※2686話参照)』
あの日、神様から聞いた例え話は、タンクラッドさんたちが受けた祝福の話より、分かり難かった。
掴む棹が吹っ飛ばされる風を受けて、届いた証とする。それだけでは誤解もありそうだと思ったが、神様は続く言葉に『許可を受けたと本人が知る』と言った。
つまり、外から見ている分には、風で飛ばされただけであっても、棹を握っていた人には特別と分かるのだ。
ルオロフは、それを信じて話した。誰もいない、異時空の中で。
鳥一羽が側にいるだけの空間で。天板に向け、はっきりと間違えずに、伝えるべきことを。
不思議にも緊張はなかった。間違えることもなく、台詞を忘れるなどもせず済んだ。
広い空間に自分の声が響くと思ったら、声は全て光放つ台に吸い込まれ、目の前の壁には自分の発した声が色の光を伴って、方々へ飛ぶ様子が映った。喋り始めたすぐ、壁にはティヤーの風景が目まぐるしく映り、自分の言葉は虹の固まりになって、鮮やかな尾を引く星のように様々な風景へ飛んだ。
人々を救うために、を前提に、『人は裁かれる時を迎える』と三言目には明言した。
余計なことは省き、自分は大いなる存在の声を預かったとし、裁きの前に求められる行いを教え、十二色を司る創世の物語を抜粋し、名か、場所か、心の休まる自然の象徴する色を頼り、例え裁かれても、捧げる心に偽りはなしと頼むよう、告げた。
受け取る時、その身体と心に通じる答えがあるだろうとも・・・これが一番気になるのだが、必ず、はっきりと分かる応答を得る、と力強く言っておいた。
ルオロフは、話し終えてまた最初から繰り返し、二度告知した。
そして、二秒考え、これもと思うことを付け加える。
脳裏に浮かんだ、サッツァークワン。障害をアティットピンリーによって終えた、彼。
「目が見えず。耳が聴こえず。声が出せず。動けず。心が難しく。身動きに不自由を持つ人たち。身寄りがなく。生きるに苦しい人たち――― 」
あなた方はその場で、心を伝えますように。
世話焼き、と先ほど聞いた神様の言葉が掠める。
ルオロフは余計な主観を入れないようにしていたが、健康な人たちばかりではないから、障害者にも伝えたかった。ただ、耳が聞こえない人には、自分の告知も届いているか分からないし、自分でほとんど動けない・意識が追い付かない障害の人は、周囲が協力しないとならない。
その場合はどうする? だがこれは自分が出せる答えではない。
だから、というのでもないが。結びの言葉に『人以外も頼れる世界に感謝を』と呟いて、台に置いていた両手を上げ、一歩下がった。最後の言葉は自然と浮かんだ。
ルオロフの足が一歩分離れると、台の光は静かに消え始め、大きな壁の風景も淡く薄れて、元の光差す壁に戻った。石の台の天板もつるつるとした灰色に変わる。
肩に乗った鳥に顔を少し向け、『動物たちに頼ることも・・・できそうだよな』とルオロフは話しかけた。鳥は黒い目を瞬きさせ『出る。ルオロフ。出る』と。ルオロフは少し笑って鳥に従う。
消そうと思っていた壁の映像は消えたので、鳥を連れて遺跡の外へ向かう。背後の光が全体に滲む仄白い空間は、静謐な感じがした。入った時と印象が変わったのは、自分が役目をこなしたからかも知れない。
表へ出て、薄青い空と、紛れ込むような雲を見上げ、草原に進む。神様は用事があると言っていたけれど、と思ったすぐ。
「水場。神様ですか」
帰り道に、チョロチョロ流れる音と共に、あの水場が置かれていた。神様は水場が好きなのかと思いつつ、これで三度目なのでルオロフは水場へ近づき、終わりましたの報告をする。
今回は、水場のままで神様は変化せず、水場に膝をつけた貴族に話を聞かせた。
一つは、ルオロフを選んだ理由。
もう一つは、ここの世界に存在する出入口に繋がる異時空―――
最初に言われた『選んだ理由』について、ルオロフは我が事として受け入れるのに時間が掛かった。
なんと・・・精霊の祭殿で、私が人間を選んで生まれ変わりを決めた時から、『行き先がなかった』という裏話。
はい?と思わず聞き返して目を丸くしたが、神様が引き取ってくれたと続きを知って唖然とした。
そんな。私は。精霊の意図の内にあると思っていたものが。
まさかの行き先なしで、引き受けるところがなかったから、神様が引き取ったとは・・・・・
生き物の頂きに据えられた意味は?生まれ落ちた時から、あらゆる生き物の要素を何とかかんとか、と聞いたあれは? それは本当に私のことですかと、喉まで出かけて押し込む疑問。
何が何だか。重要視されていると感動して、覚悟も決めて挑んだ初っ端。蓋を開けてみたら、行先がない特殊な人間だった。
神様は、口半開きで言葉を失う赤毛の男に、『お前は世界の旅人を手伝うことまでは決まっていた』と、存在をとりあえず肯定して(※とりあえずだけど)、『どう動くか決められていないから、私が受け入れた』そういうこと、と結んだ。
ルオロフは頭の回りは速い。そして後ろ向き思考ではない。
一先ず冷静に立ち返り、つまり私は。
『イーアンたちの補助設定の元で、特殊な能力を与えられた』が、
『それ以外は振り幅として白紙状態だった』から、
『遊ばせておくのも勿体ないと、神様が引っこ抜いた』のだと理解した。
何度か戸惑いの瞬きをしてから、ルオロフは自分の解釈が正しいか、水チョロチョロしてる神様に伝え、『そう』と認めてもらって納得した。
・・・イーアンたちも、精霊や世界相手に面食らうことはよくある、と話していたが。こういうことか。
『だから、お前は私が管理する。世界に繋がった私の異時空の役割をお前も手伝うように』
「はい・・・世話して頂いて恐縮です(?)。では、私は魔物退治が終わってからも、平穏で普通の生活とは縁遠い人生なのですか?」
『なってみないと(※世界変化待ち)』
はぁ・・・と気の抜けた返事のルオロフだが、貰った人生はそもそも、普通にはあり得ない出来事を介している。魔物退治後、お役御免の解放をされなくても仕方ないかと考えた。
「私はイーアンの息子になったのです。世界に平和が戻った時、彼女の傍を離れるのは寂しいですね」
『龍の息子。それは便宜上だ。私の約束が先なのだから』
便宜上なんて言わないで下さいよと、嫌そうにルオロフは止めて、分かりましたと項垂れる(※身寄り=神様決定)。
この間。彼の肩にとまる鳥は大人しかったが、ふと翼の色が目に入って、『そうだ』と神様に聞いた。
「鳥は。この鳥、何でも知っていまして」
『そうだろう』
「やっぱり。神様の鳥ですか」
『私だ』
「・・・あなた?」
逐一、意表を突かれ、ルオロフは止まる。水はチョロチョロしながら『鳥だと喋り難い』と前置きし、大事なことくらいしか言わないからとか何とか。
それで今は喋らないのかと怪訝な目で鳥を見ると、鳥と目が合う。うん、と頷く鳥に、ルオロフは『名前がない理由』も理解した。
「呼び名があった方が楽なので、すみませんが、呼び名を考えて下さい」
『お前が決めて良いが、神は好ましくない。私はその位置に非ず』
「・・・ヂクチホス、は如何ですか。アイエラダハッド北部の言葉で、『奇跡の室』と」
『お前の国の言葉』
はい、と答えたルオロフは、民俗学を専攻した時に覚えた、極北の言語で名を考える。
余談だが・・・貴族が精霊の地域を学ぶことに色々周囲から言われたが、選択枠がある以上は誰かが研究しているのも確かで、ルオロフは精霊信仰を知りたくてこれを学んだ。研究者は一人という、非常に稀な分野だったので、のびのび多くを知る事が叶った。ちなみに教授はおおらかな人物で、ルオロフが学びたいものは何でも教えてくれ、ティヤー語も、この時に覚えた。
神様は少し間を置いて『それで良い』と承諾。
ルオロフはこれから、神様改め『奇跡の室』と呼ばせてもらうことに決まる。
『お前の態度は好ましい。好ましいついでに教えておこう』
ヂクチホスは、ルオロフを気に入った言い方で、恐縮ですと赤毛の貴族は会釈。
『私の異時空が、ここの世界の出入り口に繋がるのは』
お読み頂き有難うございます。




