2698. 営巣地跡の報告③ ~オンタスナと情報と、龍の証明・シオスルン付き、イヒツァの博物館
分かりました、と警備隊の男は言った。イーアンは彼の顔を見つめ、どう判断したかと気になる。
「・・・あなたは、これを」
「悪く取っていませんよ。大変な時代だと誰もが分かっています。それに、魔物から助けられるはずが、人間も行いを改めない以上、救われる見込みがないと聞き、上手く言えませんが、私は分かる気がしました」
「お名前を聞いても良いですか」
「失礼しました。私は、カーンミェンジーといいます。でも、地元ではオンタスナ。意味は同じで、オンタスナはアマウィコロィア・チョリアの歴史に出てくる言葉です」
「?海賊言葉ではない、と」
「そうです。海賊はご存じだろうからアレですが、アマウィコロィア・チョリアの言葉でついた名前が、オンタスナ。私はこれを誇りに思っているから、イーアンにはこちらの名で覚えてほしいです」
「オンタスナ。意味は」
『善良』です、と彼は教えてグッと顎を引く。微笑むより意気込みを見せた顔に、イーアンもはたと止まる。
「時代は繰り返す。アマウィコロィア・チョリアが生まれた時、島は豊かでした。だけど人々の間違いは、世界に合わなかったのでしょう。この島は助かったけれど、多くが水没したと歴史にあります」
「・・・その話を知って」
「もちろんです。ティヤーの他の地域では、単なる昔話で遺されているかも知れません。でもここの地域では、これを真実の戒めとして、今でも言い継ぎます。
イーアン、鳥が去った理由は一つじゃないかも知れないです。博物館に、面師と鳥のやり取りを彫刻した板が収蔵されています」
一旦ここで、彼は話を切る。引き込まれたイーアンは『どんな?』と体を前に出し、隊員は息を吸い込んだ。
「裏切りの顛末です」
*****
隊員は、あらましをイーアンに話すと、いきなり頭を下げて『危機を告げて下さって、感謝します』と言った。
自分に出来ることは、イーアンから伝えられた警告を一語一句間違えずに、人々に話すこと。オンタスナは静かな口調で約束する。
意表を突かれると言っては、失礼かもしれないが・・・イーアンは、昨日も彼らの態度に素直を感じたのを過らせ、オンタスナが真正面から受け止めてくれたことに感動した。
「営巣地、逃げた鳥、向かい合う重視するべきは、そこじゃないんですね」
オンタスナの言葉に、イーアンも頷いて『仲間が民を救う方法をこれから伝えるだろう』と答えた。
確実ではないが、もしも心を動かされたら実行に移す勇気を持ってほしいと言うと、オンタスナは理解しているように微笑んだ。
「例え、それを実行しても。見限られた人間が消えるかもしれないのですね?そう言っていますよね?」
「そうです」
濁してはいけない部分に、イーアンは肯定する。オンタスナの心境は複雑だろうが、彼は一度目を閉じてまた開けると、今度は力強い笑顔を見せた。
「私たちは、自分たちを魔物から守り通せば平和だと思い込んでいた気がします。全員が悪人ではないし、善良な人間もいるけれど、人間であるために避けては通れない責任を知らしめられて、顔を背けるなどあり得ません。私たちは世界の一部で、この美しい地上と海を住まいに定められた『世界からの期待』を、根底から知る必要があります。
もしも人々が、辛いけれど・・・終わる日が来たとしても、分かっていないまま終わらずに済む機会を与えて下さったことに、私は感謝します」
「オンタスナ」
胸打たれた女龍は腰を上げ彼に手を伸ばし。彼も右手を差し出し、その手をイーアンは両手で握りしめる。
「あなたのような心を持つ人が、沢山居ることを私は信じます。そして・・・私は、民が生き抜けるよう、尽力します」
「頼もしいです、龍のイーアン。お守りください。消える時まで」
こんな人いるんだ~とイーアンは涙ぐむ。涙ぐんで、うん、と頷いたイーアンに驚いたオンタスナが少し笑って『泣かないで』と、握られた手をポンポン叩いた。
「優しい龍。私はあなたの言葉を、この後、知らせます。それと。博物館に確認に行かれるなら、連絡を取っておきますね。改修工事は済んでいますが、展示物の一部を倉庫に移したようなので、見たいものがすぐに見られるよう伝えます」
配慮ある隊員に、イーアンは頭を下げてお礼を言い、オンタスナはまたビックリして『あなたは私に首を垂れないで下さい』と頼んだ。イーアン、涙目で微笑む。その顔を見て、彼は温かな気持ちを強めた。
「あなたはなんて、広く尊い方でしょうか。私の家は、龍の青を映す水辺です。命ある限り、いつでも水辺に立ちあなたを想い、報いたいと思いま」
す。最後を言い終わらない内に、繋ぐ手が熱くなる。ふーっと真っ白い龍気が丸く膨れ、イーアンから彼に伝い、オンタスナは腕も体も宙に浮くような軽さを感じた。これを見てイーアンは笑い、驚愕した隊員は『何を?』と叫んだが、現象は二秒程度で消える。
魂消たオンタスナは、イーアンの握る手をまじまじ見てから、女龍の顔に目を上げた。
「何をなさったんですか?一瞬熱くなって、軽くなって」
「私の龍気が・・・龍を包む気があるのですが、それがあなたに注がれたんでしょう。意識していませんでしたが、あなたに感動したので、それでかも」
驚いた?と笑う女龍は、まだ手を握っていて、オンタスナはびっくりしながら一緒に笑った。握られた手を、もう片手で包んで、『素晴らしい体験でした』と礼を言い、イーアンも笑顔で『良かった』と返す。
「龍の気を受けたなんて、私は果報者です。あなたの優しさに恥じないよう、頑張ります」
「・・・その心が、既に嬉しいですよ、オンタスナ」
イーアンは気付いていなかった。無論、オンタスナも。
人間を信じた気持ちが高まって注がれた龍気が、彼を『信頼に値する者』のお墨付きにしたことを。
この後、イーアンは『オンタスナに会えて、本当に良かった』と伝え、恐縮するオンタスナと部屋を出て、話しながら玄関まで送られる。で、玄関口前で女龍は足を止めた。
「え?イーアンが来ているのですか?いつ?」
廊下の角、壁の向こうから聞こえた声に、イーアンは感動が引っ込んだ。
―――この時、イーアンの胸中は『あいつだ』の苦手意識だが、続く出来事で『あいつ』のイメージが少し変わることになる。
そして、ティヤーの空気に、聞き慣れた声が響くまで、もう少し。
*****
トゥが、留守でも。
タンクラッドは『魔物退治に行ってくる』と久しぶりに龍のバーハラーを呼んで出かけ、留守を預かるミレイオが『バサンダの面』を思い出しながら絵に描き始め・・・・・
オーリンとクフムが別の島でいろいろと調べ周りながら、着いた目的地で学芸員に話を聞いている頃。
施設玄関でシオスルンと鉢合わせたイーアンは、鬱陶しいほど気遣う言葉に隠れる、彼の誘導と狙いにうんざりしていた。よく喋る・・・なんでこんなにつっかえもせず話せるのか。
シオスルンは触りはしないが、近くに立とうとするので、パーソナルスペースが欲しいイーアンは、一歩近寄られるたびに一歩後ずさった。パヴェルの誘導と比べると、息子はまだ甘いな、と思う(※手練れのパヴェルは洗脳に近い)。
好ましい表情を見せない女龍に、内心焦るシオスルンがあれこれ思いつく限りの『有利』『興味』を口にするため、イーアンは一方的な喋り開始から5分後。
『行くつもりです』と話しを止めた。
シオスルンの顔は明るくなり、パンと両手を打つ。・・・違うって、と嫌そうに目を逸らした女龍なんて気にしていない。
「良かった!では」
「シオスルンさん。私は、単独で行くつもりでした」
「それなら丁度いいですね!船はいつでも出せますし、乗って頂ければ」
前向きというより、丸め込もうとしている―― 貴族シオスルンの崩れない笑顔は、イーアンに鬱陶しい以外ない。一人で行くつもりだったんだよ、って意味わかる?と聞きたくなるが、シオスルンは『一人で行くところ、同じ行先なので一緒に行く』に変換された模様。
丁度いい、の言葉はキライだとイーアンは思う(※某褐色の騎士=2670話参照)。
シオスルンは迎船で待機中で、乗り継ぎの船の入港まで、ぶっちゃけ暇である。
魔物のご時世、迂闊な行動は控えても、『イーアンが島の文化を守ろうとした』ことに便乗する形で、資料の多い博物館へ案内すると言い出した。
―――『別の島だが、そこには仮面の文化を集めた博物館があり、知人が修繕費を寄付したのは最近で、私が一緒であれば、展示されていない収蔵物もご覧頂けるので、是非この機会に』
とか、何とか。是非この機会に、という売り文句もイヤだとイーアンは不信感を募らせるが、面倒臭過ぎて『分かった』と了承した。
あんまり断っても、パヴェルにチクられる(※チクられる→パヴェル登場の可能性も)。
パヴェルにいろいろと世話になったイーアンは、息子に時間を使われるのは嫌でも、仕方ないと諦め、『博物館へ行ったら、現地解散です』と予め釘を刺した。
彼は聞いているのか聞いていないのか、目を合わせたが笑顔は貼り付いており、『では早速』と片手を出す。
手を繋げとでもいうのか。冷ややかな軽蔑の眼差しを向けたイーアンに、さすがに笑顔は強張って手は引っ込められた。
不機嫌が顔に出ている女龍は、周囲で見ていた警備隊から伝わる雰囲気に気づいて微笑み、『それでは』と最後にオンタスナに、ニコーッと笑って(※差)『あなたから博物館へ連絡してほしかった』と儚い願いを伝えた。気の毒そうに頷いたオンタスナに、イーアンは別れの挨拶代わりで。
「魔物製品は、今日の午後でも来ると思いますよ」
「はい。お待ちしています」
本来はこれが大事。行った先で製品を渡し、教えられる環境があれば制作指導。
ただ、今は『制作指導』どころではない、急流に世界が変わった。
島に来て、営巣地跡が・コロータが・することは他にないから~と口では言うものの、優先順位にめり込んだ『人間の改革』を中心に行動する。
今は、ルオロフが動いているはず――― そして私も、ドルドレンに託された。
魔物退治は引き続きだし、お面を通して何やら風向きが整った様子から、調べられる範囲で過去から現在に架かる警告も、知っておくべき。
急がないといけない・・・そんな女龍の心境など考えもせず、シオスルンは意気揚々と施設を出て行き、イーアンは彼から距離を取って斜め後ろをついて行った。
*****
船を動かすだけで、何十分もかかる。これが本来の大きい帆船だとイーアンは分かっているから、これは仕方ないが・・・三十分後にゆっくり港を離れ出すまで、シオスルンのお喋りで疲れた。
三十分で行って帰ってこれる自分(※飛ぶから)が、なぜ貴族の喋り相手でその時間を使っているのか。
自分で決めた事でも、不満を思わずにはいられない。あー次はないな、とうんざりしながら、首の縦振り横振り運動で往なした。
あんまり嫌すぎて、了解した自分を悔やみ・・・それに、忘れていたけれど。
ふと、思い出す。博物館?博物館に、オーリンとクフムが出かけたのではなかったか。ミレイオがそんなことを言っていたと気づいて、意識は変わる。
オーリンに迷惑が掛かる、それもあるが(※シオスルンはオーリンが好き)、彼の模型船が反応して出かけた話だから、もしかするとオンタスナの教えた『裏切り』は、別の角度からもう始まっているかもしれない―――
これに気づくと女龍は息吹き返す。横で一方的に喋る男は度外視で、舳先の向かう前方を見た。で、ここでハッとする。海の色が紫色。そして。
「砂州ですね」
「船が渡れないですよ」
浅い波の下、砂州が薄っすら見えている。色がキレイとかさておき、これどうするの?と目で問う女龍が振り向き、やっと目を合わせてくれたイーアンにシオスルンは、問題ないと頷いた。
「ここから小舟を下ろします。ほら、砂州にも溝があるでしょう?この段差は小舟なら大丈夫だそうです。完全に砂州が見えたら、それは待機ですけれどね!ハハハ」
ハハハじゃねぇよと、無責任に時間を使う男をガン見するイーアンだが、その場合はとっとと飛んで消える決定(※シオスルン置き去り)。
そうだった。砂州が出る時間もあったのだ。オーリンはガルホブラフで来ているだろうから、帰りはオーリンと一緒に(※シオスルンは眼中から消える)。
煩く無責任な坊ちゃんは放っておき、イーアンは通りがかった船員を捉まえて、砂州が出る・消える時間を確認。ティヤー語じゃないけれど通じるかな、と少し気遣うが、船員は女龍に話しかけられて嬉しく、しっかりと訛りの強い共通語で教えてくれた。
訛りが強いので聴き取り難く、失礼かもと思いつつ何度か言葉を繰り返すと、船員は女龍が一生懸命自分に合わせるのがまた嬉しくて、快く付き合ってくれ、おかげでイーアンは把握できた。
この間、後ろで放置されるシオスルンは、『私に聞いて下さったら』と不服そうだったが、イーアンは地元の船員の方がずっと信頼できるし、気分転換。すっきりした。
数分後、船が少し向きを変え、小舟が海面に降ろされて、シオスルンは梯子を伝って舟に乗りこみ、イーアンは普通に飛んで降りる。
船員の誰もが、『飛べる龍を小舟に乗せる理由がない』と思ったし、女龍も同意だが、シオスルンだけはそう思っていないようで、小さい舟に揺られるのもまた乙なものだとか・・・どこまでも気楽だった。
紫の海。水底に当たる光が紫を生む。
こんな雰囲気を見たことがないイーアンは、自分とミレイオとオーリン、シュンディーン、イングで探した西の海底遺跡を考える。あちらは宝石が出る採石場近くに、その宝石の色に因む神殿を建てていた。
ここは・・・ 十二色の鳥と名付けられた、この西端の島々、本当の意味がありそうな。
「あ、あれです!イーアン。崖上に少し見えるでしょう?」
シオスルンの声が邪魔し、小さく溜息を落としたイーアンが振り向くと、彼の指差す方向に、淡い紫色の花が咲く木に囲まれた、建築物の壁が見えた。黒い崖はどことなく青みを帯び、これも何かの母岩なのかとイーアンは思う。
シオスルンのマシンガントークは止まず、漕ぎ手の人は、黙っている女龍を気の毒そうに時折見ていた。
小舟に乗り換えて十分もしない内に、島の桟橋に到着。ここは小さい舟用に作られており、砂浜にはたくさんの小舟が逆さに向けられて並ぶ。
「さぁ、いよいよです。ここからだと直接博物館に上がれると聞きまして、こちらを選んでみましたが正解でしたね!時間を短縮して、あっという間です。傾斜がありますが」
「大丈夫」
さくっと終わらせて、砂浜を区切る崖に添う小道へイーアンは歩き出し、シオスルンは漕ぎ手に『そこにいて下さいね』と命じ、慌ててついて行った。小道は直通らしいため、イーアンはさっさと崖を上がる。
気を抜いているとコケがちだが、こういう時は神経が尖っているので(※貴族のせい)足の運びはスムーズ。大股でガンガン上がり、五分後は博物館の横の敷地に立った。ぜぇぜぇ、後ろで息荒くする貴族を無視し、イーアンは龍の気配を探る。
オーリン・・・ いるのかしら。
オーリン、と心で呼ぶ名前。二回呼んだ終わりに、『イーアンどこだ』と戻り、イーアンはニコッと笑った。
「イーアン」
「オーリン」
すぐさま、館内から弓職人が出てくる。走ってくれたみたいで、その足を止めずに側へ来て『どうしたんだよ』と彼は笑いかけた。で、後ろにいるやつに気づき、真顔に変わる。
イーアンは笑って、シオスルンも疲れつつ笑顔を向けたが、オーリンは二人を交互に見てイーアンに『一人で来いよ』と苦笑しながら、背を屈めた。
「君に教えたいことを見つけた」
職人はイーアンの耳元でそう囁き、紫の海をちらっと目を走らせ・・・ それと重なるように、空気に誰かの声が渡った。
お読み頂き有難うございます。
皆さん、メリークリスマス。今日から少しの間はクリスマスの期間です。
皆さんに良い日々でありますように。




