2697. 『呼びかけの室』と海食柱・営巣地跡の報告②沿岸警備隊
※年末年始投稿案内を、後書きに書きました。どうぞ宜しくお願い致します。いつも励まして頂き、本当に感謝しています。有難うございます。
想像と違う。ルオロフは『生き物の頂にいる自分』が、何だか地味に感じる。
砂浜を後にした次は、少し先へ歩いて岩が見えて来た浜辺で待つ―――
青い海ではない、この色。海は青か青黒いか、緑色がかかると思い込んでいたが、透明な黄緑色の海を前にして常識が変わった。
夕方に海を見た時は、青と緑だったが、太陽が真っ直ぐ差し込む海面は、宝石に似た透明度と明るさで、黄緑にしか認識できない。
「海ですら、私の常識など通用しない。だから私が頂点の立場を地味に感じるのも、きっと思い込みの反動なのだろう」
真面目に考えるルオロフだが、最初に蟹と喋り、次に貝と喋った自分を、漫然と受け入れるのは難しい。
正確には、声を交わして喋ったのではないから、意思疎通で『話が出来る』状態だが、これも傍から見たら怪しいはず。私だって『意思疎通が叶った』と勘違いしているのではないかと疑っているのだ。
「フォラヴはたまにその力を発揮して、皆さんに情報を伝えたらしいが。彼が鳥や虫に話しかけている様子を考えると、彼は似合う(※妖精)し、彼なら違和感がない。私はどうだろうな」
眉間に寄ったしわが離れないまま、赤毛の貴族はざーんざーんと打ち寄せる波打ち際で、水平線を見つめて数分。
迎えの影を発見して、三度目の実感(※蟹・貝に続く)。波頭を近寄せてやって来た相手を確認し、本当に来た、としみじみ。
「君がそうか。私はルオロフ。貝から知らせが」
挨拶途中で、ぴちゃと水が顔に撥ねる。けふっと咳をして水を拭い、待っていそうな相手に『では、私を連れて行ってくれ』と、濡れるのは望んでいなかったが、この場合は他にやりようも無いため、海に入り、腰まで沈むところに浮かぶお魚に跨る。
「私は水中で呼吸が出来ないんだ。だから」
言いかけたが、これも最後まで聞いてもらえない。
お魚は急発進して、慌てて背びれを掴んだ。風変わりな魚は、鱗がなく、背びれもにょきッと出て、顔は嘴のような突き出方。目は黒くて丸く、笑っているような顔。
―――ここにイーアンがいたら『イルカ』と教えてもらえただろうけれど、いないので。ルオロフは変わった魚と判断。
やけに、つるッとまるッとした肉体は、乗り心地はさほど悪くない。
とはいえ、下半身が海に入ったまま進むため、浮くし滑る。緊張を緩める隙はなく、帆の如く突き出た鰭を支えに、片手の剣を脇に挟み、海を移動する。
アイエラダハッドの海だったら、死んでいる(※寒い)。
ここがティヤーで、南で、今は晴れているから良いようなものを。この移動方法は条件が限られるなと、濡れる顔を肩で拭きながら、ルオロフは別の方法も早めに見つけねばと心に誓った。
ダルナや龍に乗った体験が先で、こんな移動があるとは思いもしなかったが、これもまた現実。思えば自分の人生というか、ビーファライから続く存在は実に特殊で、全部を俯瞰すると『やはり私は、前以て設定された存在がある』と感じた。
偶然ではなく、必然――― ここで、ざぶっと水中に沈んで、考えていたルオロフは焦って口を閉じ、猛烈な勢いを出すお魚にしがみつく。剣を落とすわけにはと思った矢先、脇が開いて剣は後ろへ。
慌てて後ろを振り向き、よく見えない水中で『剣が』と頭で叫んだら、お魚は優雅に旋回。落ちて行く革の包みをすごい勢いでカプッと咥え、ルオロフはホッとした。が、呼吸も無理。それも脳内で訴えると、お魚は浮上してくれた。
海面に出て、目一杯息をする赤毛の貴族に、お魚は口に咥えた宝剣を見せ、ルオロフは『とても大事なんだ』と伝えてから、一度背中を下りて前へ泳ぎ、受け取った。大きい魚は賢そうで、牙はたくさんあるのに、革には穴一つあいていない。
「加減をしてくれたのか。有難う。で、私は水の中では死んでしまう」
しっかり大事なことを復唱し、今度はお魚も頷いた。首がないから頷くと、向かい合う相手にざぶっと水が掛かる。しっかり被って、ルオロフはしっかり手で顔を拭う。
君は水中の方が得意だと思うがね・・・理解を示しつつ、貴族は丸太のような背中に戻って乗せてもらい、お魚はこの後、海面だけで進んでくれた。
生き物の頂点。到着する前から疲労するが、こうして知らなかった生き物たちと触れ合うことで、薄々、気づき始める。人が他の生物と、どのように地上を分かち合っているか、そのことを。
人間が淘汰されても、それ以外の生物は残る。その意味は。
「君たちのようにまっすぐ、存在を続けていたら、精霊も妖精も離れなかったのでは」
歪みを感じる。人である以上の柵と性質は、あって当然のはずだが、超えることを願われているのかも知れない。一人二人を躾て教育するのと訳が違う。途方もない願いに晒されているのか。
無茶な、とルオロフが悲しさを浮かべたところで、お魚の声が響く。
きゅーい、と高い声が告げ、同時に進行方向が変わり、ルオロフの視界に島が入る。鏡では『入口』だけだったから、この島がそうかと思うが。しかし、圧巻の外観。
「・・・これは大変そうだ」
忽然と現れた島。どこから出ているのか、突出した長方形の岩の上から滝が流れ、下は海。滝が包み込んだ岩肌は模様のように水の切れ間に見える程度で、溢れる夥しい水量は離れていても轟音を響かせる。
「どこから入るべきやら」
想像がつかず、ルオロフはハハッと少し笑った。お魚は近くまで行って止まり、見上げる高さの滝の島前、ルオロフを揺り落とす。
急に体を揺すったお魚から滑り落ち、お魚はあっという間に水中に消えてしまった。なぜここ?!と叫んだものの、滝つぼだらけの危ない水流にぐずぐずしていられない。大急ぎで離れるために泳ぎ出した、その時。すぐ上をフッと影が掠めた。
「あ」
「こっち」
「え?」
「こっち。こっち」
鮮やかな鳥が一羽、こっち、と喋りかけながらルオロフを誘導する。赤、青、黄色、紫、水色 白、黒、橙色・・・豪華な羽の色は、陽光に煌めいて、羽ばたいていると色が混じる。色が飛ぶような姿の鳥は、喋っている。
「こっち、って」
ついてこいとばかり、何度も振り返っては戻る。
ルオロフを導く、色とりどりで尾の長い鳥は、この10分後に島横の岩に彼を辿り着かせた。磯らしい幅もほとんどない、直立の岩だが。
岩の出っ張りに手をかけ、ルオロフは気付く。随分と違うんだけれど―――
「これ?鏡に映ったのは、大地だった(※2686話参照)。それに崖間の遺跡・・・うーぬ、解せないけれど、目の前にある『溝』がまずは先だな」
大きく深呼吸し、足に当たった岩を蹴って水から飛び、立つ岩の狭い磯に乗ると、片腕に持った剣から、革を外した。
頭の横で羽ばたく風を受ける。鳥は『そこ』と何度も教えた。
*****
ルオロフが到着した時間、それより少し前。
大事な文化を守りましょうねと微笑んで引き受けて、営巣地跡の保護に行ったものが―――
保護はしても、文化を阻む結論を伝えるとなると、イーアンは沈む。
鳥は、殺されるのイヤで逃げました。と伝えるのは、どうなのか。いや、事実だけれど。イングがそう感じ取ったなら、確実。
そして『どうも、鳥たちを守る妖精がいるようで、私は確認していませんが、妖精との会話は困難と思われます』・・・ ここまでを、セットで告げなければいけない。
島の人は『文化を支えた営巣地に、今後も保全活動を続けるだけ』の感じから、本当は文化を否定する内容を言うのは余計だろうけれど、今は世界の状況が違う。
これを機に、ここの人の感覚を改める流れのにおいがプンプンしている。
頼み込む機会だから妖精に関わってみろとばかり、このタイミング、この絶妙な経緯。イーアンは、なぜまたも私が伝導役なのかと目を閉じた。ここは、施設真上の空。
「こういう話、この世界でも面倒です。生きとし生けるもの全て、殺し殺され生かし生かされで成り立つ。それが中間の地なのだけれど。
生き物を捕えて食べるのも、捕えて工芸品の材料にするのも、『殺す』のは同じだろうと言う人はいます。そう、同じ。
殺される側は、自分がどうなるか分かりません。例え『工芸品の役に立つと、多くの人たちを喜ばせるから死んでくれ』と言われたところで、身を差し出す鳥はいませんよ。
『肉を食べさせてくれると、私が明日も元気に生き延びられるから死んでくれ』の理由でも、頷かないでしょう。当たり前だけど。
だから、欲しい側は四の五の言わずに、とっ捕まえて殺すだけです。
乱獲だろうが、節度を守ろうが、祈りを捧げようが、感謝の儀式を行おうが、『殺される』対象は殺される以外の何もありませんから、そりゃ逃げられるなら逃げるもので。
食って食われての中間の地。とりあえず、生活のために殺すのは生きる前提にせよ、『人間淘汰を踏まえて』行動を起こすなら、何が必要かを考え、理解し・・・って、難しいでしょー」
うーんうーん、宙に浮いて腕組みしたまま、女龍は唸る。
無理だろ、そんなこといきなり言われてもさー でもこれ絶対、タイミング的に試験みたいなんだよなーと、現地の人に伝えねばならない立場上、イーアンも悩みまくりだが、空で呻いていても時間が過ぎて無駄。
ああ、気が重いと困りつつ、女龍は施設へ『とりあえず全部言うだけ言う』ために降りた。
見上げて気づいた隊員が、女龍の着地と共に側へ来て、共通語で用事を聞き、イーアンはすんなり施設へ通される。
嵐が過ぎた後で、隊員は被害対処に出ているようだった。魔物も乗じて出たが退治済みと、案内の隊員は女龍に教える。彼はイーアンより少し若い年齢で、『魔物製品を受け取れるのが楽しみで』と期待を伝え、イーアンも微笑む。
この時、イーアンのもう一つの気がかり―― シオスルンは施設にいなかったので、これは安心。
沿岸警備隊のこざっぱりした屋内は、他所と異なってどこか校舎を思わせた。といっても、イーアンが子供の頃の木造校舎で、現在は鉄筋校舎が普通か。
他の国境・沿岸警備隊施設は、木造でも色彩があった。外も内もしっかり色を塗られていた印象だが、ここは木造の柔らかい雰囲気が満ちる。
色を塗らないままの白木で、組み方も工夫のない横板並べ。古いのか、接合部分が少し離れているところに、ダボの継ぎが見えた。ダボで繋いで壁が出来ているなんて素敵だなぁと思いながら、腰丈にある窓や、梁の目立つ天井の温もりある雰囲気を楽しみ、イーアンは施設の廊下を歩く。
だが、楽しんでいるのは歩いた時間だけ。ここから重い。
カラッと音を立てた、貝の風鈴。警備隊の数人とすれ違っただけの廊下先、閉じた扉を開けた案内の隊員は、戸についた風鈴に微笑む女龍に、『どうぞ』と声を掛けながら、風鈴の貝のことも少し教えた。
「きれいですね。割れないくらい厚みもあって、カラ、カラ、と軽やかな音」
「良かったら、お土産に購入されても。1テテで買えますし」
1テテ・・・可愛いお金の呼び方も好きなイーアンは、『そうします』とニコッと笑顔を向け、示された編み椅子に座った。ここで『淘汰』の話をするのかと、気を引き締める。向かい合う椅子に掛けた隊員は、扉横の台から出した帳簿と筆記用具を机に置き、顔を上げる。
「龍のイーアン。こうして話が出来ることを、大変光栄に思います。それに、昨日の嵐の中、保護を手伝って下さって、心からお礼を申し上げます。本当に有難うございます」
丁寧な挨拶と気持ちが最初。イーアン、うん、と頷く。信頼しきった眼差しを一発で崩す自分を許してくれ、と心で願いながら『はい』と返事。
「営巣地跡はどうでしたか」
「雨が来る前の状態は―― 」
自分が見た島の形や卵の殻の話を先にし、隊員は相槌を打ちながら紙に筆記する。卵の殻はどうしましたか?と訊かれ、『観察した後に戻した』と答えると、彼は紙に書きつけながら、にこりとした。
「風で飛んだり崩壊したりしないのですね」
少し気が付いた点を尋ねると、目を上げた彼は頷いて『風が届かない洞だと、水も多く入らない場合が多く、殻は無事です』と言い、崩壊については『特殊な素材だけあるもので』と口にした。
イーアンの目から笑みが薄れる。素材なのよねと、思う部分。隊員はイーアンに、どう保護したかも尋ね、龍だから出来る技を聞いて驚き感動し、それも書いた。
「今は・・・古来から続いた文化の終焉を前に、我々は僅かにある名残を守るしか出来ません。鳥の姿もたまに見かけますが、年寄りたちが若い時に見た鳥の数からすれば、うんと減った話です。現在の島民は、鳥を間近に見かけもしませんから」
「そうなのですね」
「ところで、どうしてイーアンはご存じだったのですか?独立地域の文化で、外の人が知っているなんて」
「長い話です。私が知るところになった経緯に、関心はありますでしょうが」
フフッと笑ってはぐらかす女龍に、『違いないですね』と彼も笑ってペンを一度置く。イーアンは軽く咳払いし、『他の隊員は同席しないのか』と扉に顔を向けた。隊員も扉をちらりと見て、イーアンに視線を戻す。何となし、流れが変わったのを感じる。
「他にもいた方が良いですか」
「いえ・・・うむ。あなた一人に伝えると、あなたから皆さんに伝えて頂くことになるから、と思いまして」
「それは構いません。よくあることですし、営巣地跡の保護についてのご意見を」
「意見とは違うのです。向き合う事実と、来たる恐怖への選択肢を、今から話します」
「へ」
「私は共通語しか話せませんが、通じていますよね?発音が私、ちょっとおかしいのだけど」
「え?あ、大丈夫ですよ。龍が人間の言葉を話してくれているだけで、有難いです。ちゃんと聞き取っています。私も共通語は問題ないので・・・イーアン、来たる恐怖とは営巣地ですか?」
そんな大きな危険が営巣地にあったのかと、目を見開く隊員に、困り顔の女龍は『あのね』と、極力かみ砕いて打ち明けた―――
戸惑い、不愉快な視線を投げ、苛つき、口を挟み、怒りを表情に出す・・・ そして、声を張り上げて否定すること。
向かい合う彼は、それらを一切しなかった。
じっと、濃い茶色の瞳で女龍を見つめ、気遣いながら言葉を選ぶ慎重なイーアンに、耳を傾けた。
途中、『悪く取らないでほしいと言っても、無理だろうけれど』『私は人間の時代があったから、難しいとも感じている』と女龍が挟む度に、彼は首を横に一振りして続きを聞いた。
イーアンは、営巣地を保護している間に、鳥一羽が来たこと、仲間が教えてくれた状況、それと今の世界の動きを伝えた。
会ったばかりの、本島からも遠い田舎の島の人に、私は何を話しているんだろうと、度々声が窄んだが、声が小さくなると、隊員は『うん』と相槌を挟んで促した。聞く姿勢の人に促され、伝えるべき内容を話し終えた時、彼は前屈みの姿勢を上げて、大きく頷いた。
「分かりました」
お読み頂き有難うございます。
年内は31日まで休まず投稿します。一日一度投稿の予定です。
年始は連休に入ります。1/1~1/15日までお休みします。1/16日から投稿です・・・
のつもりだけれど、もしかすると、不定期で投稿するかもしれません。
また年末にご挨拶します。どうぞ宜しくお願い致します。




