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魔物資源活用機構  作者: Ichen
十二色の鳥の島
2694/2957

2694. ドルドレンと彼の弟・ コルステインからイーアンへ、勇者のこれから

 

 穏やかで温かい風が心地良く、何の心配ない夜を、ドルドレンは簡素なベッドの上で過ごす。反対側の壁際のベッドには、弟ティグラスが眠る。



 ティグラスの家は、部屋の左右に窓がある。どちらも窓から外を見られるため、ドルドレンも窓越しに瞬く無数の星明かりを見つめることが出来た。

 地上から見ても星明かりは綺麗だが、イヌァエル・テレンで見る星明かりは、命を持つように輝きが暖かい。

 イーアンはたまにこの空で休むけれど、いつもこの夜空を見ているのだなと、ぼんやり思う。



 彼女の故郷の空で――― 俺は、ティグラスと毎日を過ごして、何日目だろう。三日くらいか?気にしていなかった。



 寝息も穏やかな弟は、何歳になっても変わらず素直で、ドルドレンに不思議なことをたくさん伝えてくれる。


 男龍は様子を見に来て、ちょっと話しかけてすぐ帰る。タムズも来たが、ほぼニヌルタ。


 ニヌルタはティグラスを気に入っている。よしよし、頭を撫でて素直なティグラスの反応を心から楽しんでいるので、彼らは友達なのだと、見ているドルドレンも嬉しかった。ニヌルタが友達なんて、どれほど頼もしいだろう。でもティグラスは『頼もしい』とかそんな感覚ではなく、ただ嬉しそう。



 一度は死んだ男。弟のティグラスの、全てを真っ向から笑顔で受け取った態度は、一生忘れない。彼だからこそ、イヌァエル・テレンに値した。


 ティグラスは、始祖の龍の封じを解いた。

 かつての勇者が犯した大罪を贖うならと、一族の一番清い心の持ち主を捧げるよう伝えていた(※712話参照)。


 ティグラスしか思いつかなかった、あの時・・・ 『彼の運命だった』。今なら、求められて生じたとしみじみ思える。あの時はもう、辛さで心が壊れそうだったけれど。



 そのティグラスと、生活する数日。ドルドレンは弟の凄さと言うべきか、改めて考えさせられることばかりで、感心し、驚き、そして『彼はやはり、空に選ばれた男だ』とあの日をまた回想し・・・を繰り返して尊敬する。



 ―――サブパメントゥに捕まりかけ、ビルガメスの毛やポルトカリフティグに守られ、俺はどうにか助かった。


 初代、二代目勇者の声を聴き、洗脳はされないものの、他人ごとではない事から影響された気持ちは、絶対に味方でいてくれるイーアンを恐れさせた。彼女に殺されると、怯えた自分が恥ずかしい。


 そして自分がサブパメントゥだと言われた衝撃は、これまでもずっと気にかかっていた『初代勇者の生まれ』が肯定されてしまい、弱みのように絡み付いた。


 だが、ティグラスと話した最初で、心の中の不安は削ぎ落された。


『ドルドレンは、サブパメントゥじゃないだろ。サブパメントゥは、初めの誰かと勘違いしてるだけ』


 無邪気な笑顔で、彼はあっさり切り捨て、目の合った俺に手を伸ばして腕を撫でると、『ドルドレンの荷物は、ドルドレンの分だけだよ』と言った。その瞬間、これが本当だ、と頭から思えた。



 ティグラスに難しい言葉は通じない。長々した言い回しも前置きも、彼は好まない。


 実のところ、サブパメントゥが何者かも、彼は知らない。それは別の種族と教えたら、ふーんと理解したくらい。どこの誰で、どんな危険と面倒を持ち込むかなど、彼の気に留める要素に満たない。


 知らないから言える・・・のではなく、ティグラスの場合は、些末なことは不要なだけなのだ。

 彼は、真実をいつも感じ取る。いつでも。昔も、今も。


 弟の言葉は、心の藪を開き、光が入った。

 それから少しずつ、他にも懸念していることを聞いてもらった。今後の対処、対応策、失敗した時の影響、被害・・・ 懸念だらけで、どれから話せばいいか分からないほど。


 その上、人間も淘汰される未来は間近に迫っている。耳を傾けてくれるティグラスに、少しずつ・・・のつもりが、気づけば洗いざらい何でも話していた。


 ティグラスは一ヶ所だけ、表情を強張らせ、聞き返した。それは人間が消滅する悩みだった。


『シャムラマートも?』彼の母親の名を口にし、ドルドレンはもちろん頷き、『人間である以上、誰もがそうだ』と教えたら、ティグラスは空の一方に顔を向け『俺とシャムラマートは会うんだよ』と呟いた。


 彼が空に来る前の約束・・・ そうだな、とドルドレンも俯いたが、続く言葉に驚かされた。


「消えないといけないのか。それなら中間の地から、違うところに人間を連れて行けばいいんだよ」


 そう言った弟は、少し考えて黙ったが、唖然とする兄を振り向いて『まだだけど、別のところもあるかも知れないね』と微笑んだ。


 何が、()()なのか。

 何が、()()ところ?


 ドルドレンが目を瞬かせて、ティグラスは『男龍に聞いてみよう』と言った。


 ニヌルタが来た時、ティグラスは早速質問したが、ニヌルタはドルドレンをちらりと見て困ったように少し笑うと、『予想がつかないことを』と意味あり気に呟き、『俺も誰かに聞いておく』だから今日は眠れ・・・と挨拶して、早々に戻って行った。



 地上から人間が消える、淘汰。避けられないと決定した感じが。だとしても。


 ドルドレンは、こんな形で可能性の光を見るとは思わなかった。

 しかし、地上から本当に人間がいなくなったら、俺は―― 勇者は()()()()()戦うんだ?人間の代表じゃなかったのか?



 ティグラスを空に差し出す日も思ったが、あれが勇者の試練の幕開けだったとするなら、今度は。

 俺は人間が消えることを止められず、それを見送る勇気を持たねばならないのか。何のための勇者なのだと、訳が分からない。


 ティグラスが正解を知っているのでもなし、もやもやした思いが一つ増えて、だが、他の悩みは減って・・・ ドルドレンは徐々に眠気が淀む。


「イーアン。君に会いたい」


 とんでもない展開で信じられないよと、小さく呟いて息を吸い込み、眠りに就いた。



 *****



 同じ夜。イーアンは嵐が終わりかけで、イングと鳥と共に、真夜中の海へ調べに行こうとしたが、ここで止められた。


 龍気を下げた、雨の引く風だけの夜闇に、コルステインが話しかける。待っていたらしく、ハッとしたイーアンはすぐに応じ、『話がある』らしき事情を優先した。


 イングに鳥をお願いし、後でまた連絡しますと言うと、イーアンはコルステインが呼び出した先へ向かう。呼び出し先は、イーアンが確認した黒い島影で、目と鼻の先の入り江へイーアンは飛んだ。



 そして、黒い艶やかな翼を広げた背中を見つけ、浜に降りた女龍は、振り向いたコルステインに微笑みかけるも束の間。脳に届いた言葉で真顔に戻った。


『勇者。危ない。お前。騙す。する』



 イーアンは側に行きかけた足を浮かせ、止めて、下ろした。まさかコルステインに、ドルドレンをそんな風に言われると思わず、少し放心。

 コルステインの表情は分かり難いが、会話の間合いで気持ちを察することは出来る。コルステインはイーアンに気遣っており、どう話したらよいか、考えていた。



『コルステイン。何をご存じですか』


 イーアンが先に切り出すと、大きなサブパメントゥは少し首を傾けて、大きな青い目をしっかり女龍に向け『ドルドレン。危ない。騙す』とまた言った。その意味は、恐らくアレだ、とイーアンは伴侶が揺さぶられた時を思うが。


『イーアン。コルステイン。お前。好き。本当』


 続いた言葉は、どうしたのか。イーアンは面食らって『疑っていません』とすぐに答えた。コルステインの目は純粋で、真っ直ぐ女龍を見つめる。なんでいきなり・・・イーアンは何があったのかを尋ねた。


『ドルドレンが騙す。コルステインが私を好き。何か、変わったことがあったのですね?』


 コルステインは俯いて、月光色の髪の毛が微風に揺れる。話してくれるのを待つ間、イーアンは不穏が胸に渦巻いて落ち着かなかったが、コルステインなりに言葉を選んでくれたようで、暫く待つと視線を上げた。



『ドルドレン。困る。する。サブパメントゥ。沢山。勇者。欲しい。する。コルステイン。ドルドレン。好き。守る。する。でも。サブパメントゥ。倒す。殺す。全部。出来る。ない』


 イーアンはゆっくり、何度か頷いて、よくよく理解し、勘違いをしないように考えてから、反芻した解釈を伝え、頷いたコルステインに『分かりました』と答えた。


『あなたは。ドルドレンがこの先に操られると心配で、あなたは守るけれど、敵のサブパメントゥ全部を倒すのは無理、と言っている』


『そう』


『優しいコルステイン。私もあなたが大事で、大好きですよ。私は、あなたを疑いません。大丈夫です』


 答えながら腰袋に入れたミトンを引っ張り出し、それを手にはめながらイーアンは両手を広げた。コルステインは女龍の意思が伝わって、微笑んで腕を広げ、女龍を抱擁した。


『痛くありませんか?』 『大丈夫』


 大きなサブパメントゥは、小さい女龍を包み込んで、抱き合う。イーアンはフード越しに頭を持たれかけさせて、『角は危ないので触らないで』と注意し、抱きしめたコルステインに目を閉じた。



『私たちは友達です。仲良しですよ。教えて下さって有難う』


『イーアン。友達。好き。一緒?』


『そう。一緒なのです。おんなじ気持ち』


 見上げてニコーッとした女龍に、月光色の髪が掛かり、コルステインも笑みを浮かべる。それは安心したような、硬さが取れた顔。イーアンは、教えてもらったことをもう一度確認し、頷いたコルステインに『それでは』と意見を伝えた。


『あなたが倒せないサブパメントゥは、私が。龍が倒しても良いですか』


 コルステインの目がしっかり見開かれ、それから―――



「あ」


 イーアンは思わず、驚きを漏らした。フード越しの、二本の角の合間。額のある場所に、コルステインが唇を当て、さっと遠のき、『大丈夫!?』と驚いた女龍に、顔下半分霧に変わったコルステインは頷いた。


『無理をされて』 『大丈夫』


 イーアン、感激。危険と知っていて、コルステインは私を祝福しようとしたんだと知り、顔の下半分が霧状のコルステインを見つめた。さっと離れたサブパメントゥの目元は微笑みを浮かべ、『お前。好き』とまた脳に響く。少し涙ぐんだイーアンは、大きく頷いて『私も大好きですよ』と答えた。


『イーアン。龍。ドルドレン。悪い・・・ない。でも』


『分かりました。彼が危険だから、気を付けるのね?ちゃんとドルドレンにも伝えます』


 急いで返事をした女龍に、コルステインは伝えたいことが届いたと、全身を青い霧に変えて、そのまま消えた。


 龍の自分に祝福を授けようとした、どこまでも純粋なサブパメントゥに、イーアンは胸が詰まる。

 どうぞ、コルステインが無事でありますように。龍の私を信じたコルステインが、守りたい仲間が、存続しますようにと、心から祈った。



 空は夜更けに染まり、イングと鳥の無事を振り返ってから、イーアンも・・・船が入った島へ戻った。

 早い内に、ドルドレンにも報告を、と思いながら。



 コルステインもまた、地下に戻る。龍気で散りかけた一部を回復する。

 

 言えなかった事を、コルステインなりにすまなく思った。『原初の悪』が、勇者を襲うサブパメントゥと何かの約束をした、そのこと。ホーミットに聞いた危険を・・・コルステインがイーアンに話すには、重かった。


お読み頂き有難うございます。

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