2686. 南西移動8日間 ~⑱ファニバスクワンの呼び出し・『神様』からルオロフへの任務・剣を象徴に
暖かそうな草原を見つめて待つシャンガマックは、不意に自分を呼ぶ声を聴いた。これは、と背筋がゾクッとした瞬間、暗闇から獅子が登場。だが、呼んだのは獅子ではない。
しかめ面で、滅法機嫌が悪そうな獅子は、『俺が出ただけで』と文句を言ったが、これもシャンガマックのことではない。
「ヨーマイテス。もう戻れたのか」
今日はコルステインの手伝いで、朝から出かけていた獅子に、シャンガマックは驚く。獅子は舌打ちして『違う』と言いながら、息子の横に来て乗るように言い、シャンガマックは出しっぱなしの映像を見て躊躇った。
「でも」
「放っておけ。ルオロフだろ?」
「そうだ。俺が彼をここに連れて来たから」
「ファニバスクワンを待たせる方が、俺たちにとって難題だぞ」
「うー・・・そうだけど」
ヨーマイテスには、パッカルハン行きの内容を連絡済み。タンクラッドから甲板で報告を聞いた時点で、シャンガマックはヨーマイテスに緊急連絡していた。
頭の中の会話は、距離関係なし。タンクラッドが持ち帰った話では、ルオロフのお墨付き。信憑性もあると、ヨーマイテスも認めたので出発を許可してやったのだが。
「乗れ、バニザット。海はすぐそこで、なぜ来なかったとせっつかれる」
「ああ、ルオロフ。すまない。伝言でも残せればいいが」
気にするなと、獅子は悩む息子を引っ張って背中に乗せ、とっととその場を離れる。
まさかの、精霊ファニバスクワン呼び出し。この前の『原初の悪』の一件を思い浮かべて舌打ち。
あれが大精霊にどう映ったか・・・ 俺のせいじゃない。こっちが悪くなくても、水に戻されるのかと想像したヨーマイテスだが、呼ばれた理由は、もっと意外なことで―――
*****
シャンガマックが立ち去った(※強制)とは露知らずのルオロフは、時が曖昧なこの異時空で、神様―― 鏡相手に話の時間が続行。
名前はあるのかを聞いたら、『名は要らない』の即答。それも呼び難いからと、『あなた・神様』呼びを許可してもらった。でも、神様と呼ばれるのは不本意なのか、『落ち着かない』とぼやかれる。
ともあれ、ルオロフが話す『神様』は、いろんなことを彼に教えた。
途中、『そんなに私が知って良いのですか』と、ルオロフは内容の大きさに辞退しかけたが、ルオロフの態度の方が、神様にとっては『立場を得たのに、知るべきことを拒否するとは何ぞ』の失礼。叱られて、何も言えないルオロフは恐縮しつつ、身に余る(※と思う)内容を聞いた。
解釈が間違えていても困るため、神様の話が一段落つくと、逐一確認を取った。
何より響いたのは、他でもない。自分の役目。
偶然、古代剣を手にしたわけではない。選ばれていた・・・それが一番、ルオロフには安心だった。もしも偶然なら、『他の誰かだったのでは』と適役を気にし続けるだろう。でも確定されたなら、責任を持って引き受けるだけである。
イーアンが『取り組む仕事は、今後必ず現れる(※2674話参照)』と言ったのは本当だった。闇雲に探し回ることもなく、この状況にいることこそ、取り組むべき仕事の扉。
シャンガマックの考察も、大方正解・・・話の流れからそう感じた。
神様はサブパメントゥではないが、サブパメントゥとの関りは強くあった。神様自体は、この世界の種族に当て嵌まらない。
そして、シャンガマックが可能性を指摘した『創世物語に登場した黒い精霊』は、確かにあの『原初の悪』ではなかった。
が、神様とも、少し違う。これについては、判明しない。神様も大して気に留めていない。
・・・海賊の言葉で色が多かったことから、シャンガマックは、『創世物語に根本があるのでは』それは加護や名残で現在も使われる『色』とし、滅多に海賊の名づけに出ない色『黒』は、最も距離を置かれる恐れの存在である、と考えていた。
ある意味、正しい。でも、あくまで人の感覚を辿るだけかもしれないと、神様の話を聞く内にルオロフは思った。
もしかすると、神様が『黒』かも知れず、影のサブパメントゥが『黒』かも知れない。
大きい何者かを示す意味では合っているが、特定に至らなかった。
しかし、色に目をつけたシャンガマックは、さすがと思う部分。
神様は『人間を守る行為』に対し、神様が手助けする範囲は定めているものの、この国ならではの『色』を頼ることが出来ると教えてくれた。それはすなわち、精霊や妖精や龍かとルオロフが聞くと、『色によってはそうだが』と神様は答える。
『いくつかの色は、各種族を表す。だが色数の半数以上は、精霊の示す現象だけ』
「現象。神様、私はこの話に疎いのです。色の創世を直接知ったわけではないので。現象とは何ですか?」
『光や時や大地の移り変わり。光そのもの、時そのもの、または、大地そのものとなれば、それは精霊が管理しているが、現象は操られて生じているのではない。それを頼ることは出来る』
「・・・精霊を頼ることが出来ないのに?ですか。人間を見限って離れた精霊が管理する、自然現象でも?頼るというと、信仰心を伝えたり何かを誓う行為が必要でしょうか」
『一度に一つずつの質問にしなさい』
ぴしっと鏡に注意され、赤毛の貴族は『はい』と素直に頷く。
①精霊に頼れない現状で、管理下の現象に頼れますか?の問いには、神様は即答で『出来ないことを教えない』と言った。それもそうですねと、ルオロフは謝った。
②頼るに必要な行為は何かありますか?の問いは、神様も少し間を開けて『複数』と考えた様子。
「複数」 『そう』
黒色透明の鏡に映る自分に話しかけるルオロフだが、鏡の中のルオロフも、当然反応は一緒。だけど鏡が返事をするため、神様にはこの表情・この言い方で正しいだろうかと一々気になりながら話す。すると、神様はそこを使った。
『お前が今、私を相手に一挙一動気にする。それは正しいのだ』
「はい。気になります。なにせ自分が映りっぱなしですし、あなたにどう見え、どう聞こえるかと、瞬き一つ気になって」
『それで良い。民も、自らが頼る相手に、言葉一つ瞬き一つを気遣い、相手の力の元に頼むことに心を全て傾ける』
「ふむ。それは、ええと。それこそ畏敬の念と、私は思いますが合っていますか」
そうだねと神様は答える。取り繕った畏敬など意味もない。
消されるに位置した自分たちが頼ることを理解していれば、頼む相手にも心全部で協力を求めるもの。
「例え、消されてもですね?」
『そうだ。頼み、何らかの協力を得た後でも、消されないとは限らない。それも全て受け入れて頼む』
ルオロフは分かる。狼男の時間が終わる時、二択だったのを思い出す。
何であれ、どうなるにせよ・・・自分は精霊が齎した続きを、頼んだ身だ。もう一つ前のビーファライの時もそうだった。死んではいるが、姿を変えて世界の旅人の妨げを取り除くか、と訊かれた時、それを選んだ。
『続きの可能性』を受け取れるかどうか、それだけでも感謝だとルオロフは心から思う。
考えるルオロフが、『では、それを民に伝えるに良い手段を探します』と呟くと、鏡は『呼びかけを使用すると良い』と言う。
「呼びかけ?それは・・・ 」
『お前はいつでも入れる』
「ああ、この空間のような所を、と仰っているのですね。そうですね、剣があれば」
ポンポンと進むやり取りに、うっかり余計を挟んだルオロフは、ハッと口を閉じる。『すみません、私の嫌な癖で』貴族的な会話は冗談交じり・・・緊張していたのに一瞬緩んだ、と慌てて謝るが、神様の反応は意外。
『剣がなくても』
下げた赤毛の頭に返された一言。ピタッと止まったルオロフが顔を上げる。鏡に映る自分は情けない顔で瞬きした。
「剣がなくてもとは」
『今は、剣を使いなさい。失くしても、お前の象徴はその剣と共に、既に在る』
意味深な神様の教えに、ルオロフの胸が少し温かくなり、きちんと理解は追い付かないものの、お礼を言った。不思議な脱線は心に留めて、話を戻す。
「民に、色を辿って頼ることを伝えます。選ぶ判断は」
『受け取った名前があるだろう。持って生まれた名に合わせる。色を含まない名は、生まれの傍に在った色を慕いなさい。それも見当たらないなら、一番自分が休まる自然に合わせると良い』
「こうするとこうなる、とした見本はないのでしょうが、敬いと信じる心をどう伝えるか、人はそれぞれ解釈が異なります。
例えば、色を辿って『風が吹く現象』に頼む場合、風吹く場所で祈ったり、何か合図をしますか?受け入れられる反応等は、誰しもが気づけるでしょうか」
これは大事な部分。現象相手、祈るだけ祈って後は思い込みでもう大丈夫、なんて洒落にならない。神様はルオロフの聞きたい点を答えてあげる。
『例え話の答えなら。風吹き続ける岬でも選んだとしよう。棹を一本、脇へ立て、倒れないよう掴み、頼りたい旨と敬いを、風に話しかけて過ごす。かかる時間は一定しない。掴んでいた棹が倒されるほどの風が抜けたら、それは届いた証。
わざわざ嵐の直前、強い風を見越して出かけるようなものぐさでなければ、心からの祈りの返事となって、風は示す。それは精霊に届いたかもしれないし、精霊の管理する現象が同調したのかもしれない。いずれにせよ、許可を受けたことを、本人が知る』
神様は具体的に教える。聞いて良かった。
方法を知らせる室の場所も続いて尋ねると、呼びかけ用に使う遺跡はありますか?と言うと、鏡面は揺れて大地が映った。
「あ。場所・・・でも私は、ティヤーの土地勘がなくて」
『聞きなさい。鳥に。歩く生き物に。泳ぐ魚に』
「・・・え?」
え?と眉根を寄せたルオロフに、鏡は『お前の問いに教えるだろう』と言い、鏡に映し出された崖の間、眠る遺跡の特徴を伝える。
教えてもらっても。動物に聞けばいいと言うが。それでどうにかなるのだろうかと悩む。動物に私が道を訊く?狼男の時なら狼たちがいたから、いざ知らず・・・・・
「神様。私は、一人で移動するには手段がなく難しいことをお話しし忘れていました。ここへも仲間に連れて来てもらいました」
『知っている。人間ではあるが、生物の限りを最大限に利用する。これを許されたルオロフ。お前の側に現れる生き物は、お前の味方だ。頼れば道は難なく進む』
ホントですか~?と信じられないルオロフが仰け反る。鏡は『ホント』と肯定し、話しかけたらわかるから、くらいの軽い感じでこの話題は終わった。
「神様は、表には出ないのです・・・よね?」
少し気になっていたので、この際だからこれも質問する。神様は『出ない』と短く答えた。
「変なことを尋ねるかもしれませんが、『大昔のサブパメントゥが神様に託した』時も、ついこの前、龍のイーアンがここに入った時も」
『種族の別は、この場所に関係しない。精霊が守るのも、精霊が決めてそうしている。私ではない』
「そうだったのか。では、基本的に入れない者はいない、と解釈して良いですか?」
そうだよと神様は答え、ルオロフも頷く。ただね・・・鏡は一つ、この空間の大切な条件を添えた。
『時の動きは外と異なる』
「あ!忘れていた!しまった、私もつい長居を」
慌てて立ち上がったルオロフだが、鏡は『待て』と引き留め、焦る貴族に『まだ終わっていない』と座らせる。ルオロフ、そわそわ。
『お前はまた、私のいるこの異時空へ来る。どこで入ったとしても、景色は違えど私に通じる。それの逆もある。私がお前に伝える時、お前がどこに居てもその脳に語りかける。
私の異時空に呼ぶ際も。私の世界は、お前たちの世界の境と必ずしも境目が同じではないが、人が剣を鍵に、入り込める場は限定されている。タンクラッドが入ったのも、形は違えど限定された一つ。
この国に多いのではなく、他の国もあるが、しかし地上にあるとも限らない。水中も地下も含まれる。
私が繋がった頃の名残が、この国は数を残しただけで、他は沈んだ方が多かった』
だから、この国を出ても探しなさいと、神様はルオロフに言い聞かせる。時間を気にして落ち着かない貴族を『帰って良い』と許可し、貴族は深々頭を下げるや、大急ぎで走って帰った。
『この国の人間が選ぶ行動で、消滅が決定する。
別種の契を受けた者が多ければ、人は次へ進む道を踏めるかもしれない。お前がその剣を、私の象徴として受け取ったように。
お前の仲間にも別種と契を得た人間がいる。契を得るのは、相手が信じた結果。これに気づけ。ルオロフ・・・お前の仲間が気づくのが先か』
話して良いこともあるのを言い忘れた、と神様は思うが、教えた後に相手がどう転ぶも、手は出し過ぎない立場で―――
お読み頂き有難うございます。




