2683. 南西移動8日間 ~⑮タンクラッドと『神様』後半・『―与える大地―』と初代サブパメントゥ頂点
※今回は、6500文字と少しあります。長いので、お時間のある時にでも。
大穴に戻ったタンクラッドの前、底なしの部屋いっぱいに揺らぐ光が現れ、薄い青い色はあの色だった。
ここが、サブパメントゥの遺跡かどうか。だが、関連はあるんだなと、穏やかな揺らぎを見つめる剣職人は思う。
後ろにいる鳥を確認はしない。目を離した隙に、光が消えても困る。
鳥の目の色はコルステインと同じで、この光の色も同じ・・・と分かった以上、振り向いて確かめたくなるものの。
しかしタンクラッドが振り向く必要もなく、それはすぐ明かされ―――
タンクラッドは目を瞠る。揺れ続けた薄い青が、布襞のように折れて重なった最後、高い天井から底知れない暗い下までを埋めた、巨大な姿に。
「コルステイン・・・では、ないのか」
唖然とした唇を零れた、その名前。大きな淡い青の光が透けながら見せた顔は、よく見知ったコルステインとそっくりで、しかしコルステインとは違う、もっと鋭い視線、もっと厳しい面持ちに、部族の王冠に似た頭飾りと、多くの装身具を纏っていた。
胸は女。腰から下も女の曲線。胴体が衣服に包まれているので、コルステインと同じ両性具有かは分からない。手足の先も光の集まりが少なくてはっきり見えない。
厳しい顔つきだが、タンクラッドはこんなに美しい女を見たのは初めてで、その美しさが悲しみと覚悟から生まれているのも気づいた。現実にいるとも思えない。光で作られた映像の女は、光の濃い部分は細密に見えるが、他はゆらゆらと不安定で、誰かの記憶や思い出の再現―― 仕掛けにも感じる。
話しかけて良いだろうかと戸惑うも、何もしない訳に行かず、続きが途絶える心配を頭の端に追いやって、タンクラッドは話しかけた。
「あんたが俺を呼んだのか」
『この者ではない』
返事は後ろから聞こえ、ここでやっと剣職人が振り返る。消えていなかった黒い鳥は、数歩前に出てタンクラッドの横に並び『この者の想いが続く』と嘴を光に向けた。
「誰なんだ。俺の知り合いに・・・いや、俺の大事な仲間に似ている」
言い直した男を、黒い鳥はじっと見て『大事』と繰り返し、タンクラッドは目を合わせて頷き、『大事だ』と返す。
瞬きし、薄暗い青い光に照らされる鳥は、この映像の誰かかもしれないとタンクラッドは思ったが、それを読んだ鳥は視線を男に戻し『違う』と否定した。
『気づいたか』
「その意味を俺が正しく答えられると思うか?あんたは頭の中を読むが、俺には出来ない技だ」
何に気づいたと聞かれたか、はっきり言われないと、どこを踏み間違えてもこういう場は困る。タンクラッドがやんわり返事を避けると、鳥は少し間を開けてから、タンクラッドに部屋へ入るよう言った。
床もないのに落ちるだろ、と当然の心配を口にしたら、鳥は『落ちない』と即答。タンクラッドにはそう見えないが、『落ちたら衝突する前に拾ってくれよ』と呟いて、床のないそこへ、青い光の女を見たまま足を踏み出した。
剣職人の靴の踵は、何もない場所に当たる。全く先ほどと変わらない光景なのに、タンクラッドの両足は宙に立った。後ろから鳥が入って来て、『応えよ』と青い光の女に求めた途端、その顔がぐらりと歪む。
顔の内側から現れたのは、光の女と似ても似つかない、不思議な形。不思議な相手。
女の美しさに唖然とした次は、あまりにも想像外で呆気に取られる。黒い。第一印象はそれだけ。形状は特定がないようで、くにゃくにゃ動いている。広がったり縮まったり、紐状になったり球体になったりで、文字通り掴みどころがない。
それは上から降りてきて、宙に立つタンクラッドの顔の前で止まる。くにゃくにゃ・・・・・動きは続いているが、何と言って形をとる訳でも無し。ただ、タンクラッドはこれが求めていた相手だと知る。黒いくにゃくにゃ(※呼びようがない)は、ガラスのように透けていて、青い光を透して幻想的な反射をその内側で煌めかせる。
これはこれで・・・きれいなもんだと、タンクラッドは顔の前のくにゃくにゃに感心。すると相手は答えた。
「名を知っているが、名乗りなさい」
「俺の名は、タンクラッド・ジョズリンだ。あんたの名は教えてもらえなさそうだな」
「名を必要としない」
その意味を少しタンクラッドは考えたが、それよりも。透き通る柔らかいガラスのようなこの相手こそ、サンキーの家から材料を持ち出した者だと思った。
「あんたは・・・ついこの前、黒い四角形の、このくらいの大きさの『何か』を持って行かなかったか?」
軽く両手で形を示し、タンクラッドは人の頭ほどの相手に尋ねる。だが相手はそれには答えず、タンクラッドに質問した。
「私とお前は、一度会っている。思い出せるなら、答えは自ずと分かろうもの」
「ん?俺とあんたが会っている?どこで・・・あ」
はた、と思い出す。この声、この喋り方。ああ~!と大きく頷いたタンクラッドに、くにゃくにゃは同意するような動き(※くにゃ回数が増える)。
「ルオロフと俺が話した、あれか。あの場所の(※2594話参照)。会話の相手は、あんただったのか!」
相手が誰でもあんた呼ばわりのタンクラッドだが、黒く透ける相手は気にしないらしく、そのとおりだと認めた。そしてタンクラッドはすぐ、この黒いのが言いたい事にピンときた。
「もしや。あんたは・・・剣の材料が与え過ぎと判断して、引き取ったとか。そうか?」
「タンクラッド。正しい答だ」
タンクラッド納得。それじゃ、俺の用事はここで終了だと、理解した。剣職人の少し面食らった表情に、黒い相手は不服なし。
「ふーむ。あんたが引き取ったって言うなら。俺は帰ろう。もう用はない」
「お前は、材料が欲しかったのではないのだな」
「俺が、サンキーの・・・あの工房のことだ。そこへ運んでもいないし、材料を見つけたわけでもない。運んだのは、俺の仲間だ。どこからか入手した話だが、場所は知らん。彼らも他人に場所を教えなかった。
俺は『材料がその日の内に奪われた』と工房主に聞いて、危険が伴う物質だけに、誰が持って行ったかを調べただけだ。
サンキーの工房で、あの材料から新たに製作した剣も失せたとなれば(※2682話参照)、何が起きたかと驚く。だが、あんたの取った行動なら、俺たちが騒ぐ話でもない」
それ以上を知りたがらない男に、黒いくにゃくにゃは考える。赤毛の男はどうした?と尋ね、タンクラッドは『彼は別行動』と教える。ルオロフの剣だけは無事なので、それも一応伝えた。彼の剣だけは手をつけなかったんだと思っていたのは、正しかった。
「人であって、人ではない。死を繰り返して、誤りを遠ざけ、肉体の生を歩む。赤毛の男は、剣の持ち主に相応しい。いずれ、命が終わる時、赤毛の男の剣は引き取ろうが、それまであの者の手に握られる」
「・・・随分、ルオロフの信頼があるな。他の人間はどうなんだ。ちょっと聞きたいんだが」
「他の人間とは何か」
「剣の材料は、異時空というかな。火山の底もそうだったと仮定して良さそうだが、おいそれと行けない空間にしかない。あんたが渡しているんだろう。ルオロフの剣以外は、一度使えば壊れるようだが、今後も『使い切りの剣』を使う人間は」
「続く。一度使えば壊れ、壊れた剣は使えない。剣で開けた空間へ入り、新たな剣一本分の材料を持ち戻る。もしくは、別の役立つ物を得る繰り返しは、続く」
「すまないが、『その人間が悪人であって、世を混乱に引っ張るとしても』か?」
「タンクラッドよ。お前がそれを止めるのだろう。お前とお前の仲間が。『与える大地』の鍵である剣は、今も昔も、私の配慮。持ち戻ったものの使い道は、乱れを広げ過ぎない範囲のはず」
タンクラッドは、あまり突っ込む気になれず、小さく頷いた。この相手は、精霊と同様の役割を持っている。この世界の種族に属性がなさそうだが、これほど大きな動きを取っている意味は、かなり特殊なのだろう。
―――偶然にしろ、計画だったにせよ。
ルオロフが受け取った壊れない古代剣は、彼にこそふさわしかった。
そして、それ一本だけは『壊れない状態』を、この黒いくにゃくにゃに許された。
続々と製作されるのは、許されないのだ。それを作るのがサンキー、と・・・そこまで知っていたかは別だが、工房の新たな剣も消えたから、サンキーは強化古代剣を作れると知られた。
そもそもの材料さえなければ、サンキーだって作れない。材料の管理、その一端で回収された。
サンキー宅に届いた材料は、どこから・・・あの親子は入手したのやら。
とにかく。これ以上、剣と剣の材料について話しをするのも違うと思ったタンクラッドは、ちらっと青い光の女を見上げ、見納めにする。
コルステインそっくりの、女。来たのは、たまたま・・・彼女の遺跡だったのかと、そう思うに留めて。黒い鳥も化身のようだから、ここを守っているサブパメントゥなのだろう。
帰ろうとした剣職人が、黒いくにゃくにゃに顔を向けると、彼が口を開く前に、相手が話した。
「ルオロフに、伝えなさい。お前が入ることはいつでも可能。お前はその剣の持ち主と」
「分かった。喜ぶだろう。責任感が強いから」
「そしてタンクラッド。一人できたお前に、教えてやれることがある。聞くか」
「うん?俺に何か話してくれるのか。勿論、聞く」
思いがけない誘いに、タンクラッドはちょっと笑って頷く。黒いくにゃくにゃは、頷いた返答に合わせて、ぐーっと伸び・・・黒い透き通ったガラスの女に変わった。その姿は、後ろに浮かぶ青い光のものと同じ。
「一つ、先に聞きたいが。あんた、この女じゃないよな?」
「違う、と先ほど言っている」
がっつり否定されたが、タンクラッドは何だか分からない。これから話す、と制されて質問は控えた。
「昔。この姿のサブパメントゥが、私に託した」
「・・・サブパメントゥなんだな、やっぱり」
ガラスの女はタンクラッドの前に立ち、後ろの光の巨像を見上げ『私に託したのだ』と重要そうに、また言った。それは少し憐みを帯びる。
「このサブパメントゥは、創世の時代。地下の国の、最も強力な者だった。空の龍と相容れなかったが、龍に歯向かう仲間を止め続け、どうにもならなくなった時、龍に謀反の仲間を引き渡した」
タンクラッドは突然始まった、とんでもない時代の話に驚き、『それで』と食いつく。
「昔々のことだ。タンクラッド。繰り返し、間違い、またやり直し、整わず。創世の時代は、何度も時間を巻き戻していた」
「・・・・・巻き戻す?」
不思議な一言に、理解が追い付かない。ザッと頭に想像が溢れたが、遮りたくなくてタンクラッドは頷いた。
「大きな島があった。割れて、壊れて消えたが、再び戻された。それも壊れる。人間は何度か滅亡している。連れてこられては滅亡を辿ったけれど、理由は人間だけでもない。
龍に食らいついたサブパメントゥの巻き添えで、押し流されたこともあった。再び呼ばれて繁殖し、サブパメントゥに唆され、精霊の恩恵を軽んじた末、滅亡したこともあった。
サブパメントゥに勝てたなら、人間は何度も消えるなど、なかったかもしれない」
「何の話を・・・ あんたは」
「最強のサブパメントゥは、繰り返し巻き戻される時間で、自分たち種族の性質に苦しんだ。人を惑わし操る種族として配置されたにせよ、強過ぎる自我は柵を越えて牙をむく。
どうにもならない習性を抱えることに、頂点に立つサブパメントゥはそれを受け入れるに辛く、創世最後の巻き戻しの時、私に『民を導く支えを』と伝えた」
「よく、分からないが。最強のサブパメントゥは、嫌だったわけだな?自分たちの持ち前の性質が、人間を巻き添えにして滅亡させるのが嫌で、人を『支えてやりたい』と」
黒いガラスの女はゆったりと頷いて、剣職人の理解に顔を向ける。
「誰もが使える訳ではないが、剣で開く場所を用意したのは私だ。あのサブパメントゥが持つ風変わりな物を、人間の助けになるように誂えた。
そして、サブパメントゥに抗える言葉を作ってやってほしいとも頼まれた。心を握られる恐れに立ち向かい、人間が縋れる言葉があればという意味だ。
あれは、人間の支えになる動きを求め続けていた」
言葉についてはピンとこないが・・・風変わりな物体は、サブパメントゥの宝の一つだったことに、タンクラッドは合点がいく。シャンガマック親子が入手した材料は、サブパメントゥの宝をしまう治癒場だと察した。
続く話で、あれを『宝』と呼ぶのは、わりに呆気ない理由で『雷を受ける物体』であるためとも知る。
宝―― コルステインもそうだが、紫電を放つ。あの破壊力は自然の雷と訳が違うだろう、と思うが、そこでは無いようで、サブパメントゥの強烈な攻撃の種類を、回避できる素材として宝にされていた。
勿論、直にサブパメントゥや妖精の雷を食らえば、破壊されるのだが。
「そんな宝を預けてまで、人間の力になってやりたいと。サブパメントゥでも、そんな風に思うんだな。俺の知っているサブパメントゥも」
「あれは、『裏切りの人間』を愛した」
言いかけたタンクラッドを遮った一言。タンクラッドはピタッと止まる。同時に、黒いガラスの女の顔がほんのちょっとだけ寂しそうに歪んだ。
「サブパメントゥは、愛情をかける相手がいれば、どこまでも守ろうとするものだ。例え、相手が自分を選ばなくても」
続いた言葉に何も言えず、僅かに頷いた剣職人を、ガラスの女は『小さな理由が、これほど長く、今も民を守るために生きている』と結んだ。
「その・・・そうか。では、ここは彼女の遺跡?」
「昔はそうだったな。今は私がいる。鳥は、ここの番人」
うん、と頷いてタンクラッドが振り向くと、大きな黒い鳥は大人しくそこにいる。コルステインみたいだ、とちょっと呟いた男に、鳥は頭を揺らしたが、それが肯定か否定か分からなかった。
「俺が聞いて良かったのか、疑問だが」
話が止まったので、タンクラッドが確認する。ガラスの女は『お前だから話した』と言った。
「私は『与える大地』に繋がる存在。弱い存在の手伝いをする。間違いを選ぶなら止めるが、追いかけはしない。与え過ぎることもない。そしてこの時代に現れる、『与える大地』を行き来する者を迎える。
『与える大地』は、浮遊する時空にある。巻き戻す創世に縄をつけ、括り、固定した時から、この世界と通じるようになった」
「すごい話だ。誰にも言わない方が良いのか」
「お前の判断で。お前に話したのは、このサブパメントゥの想いを私が知っていたからだ」
最後の最後で、タンクラッドは気が重くなった。
・・・コルステインは、ギデオンが好きだったのを思い出す。彼女の親も、初代の勇者を思ったのだろうか。裏切りの人間とは、初代勇者のことだ、と居た堪れない。
「俺は直接、関係がない」
「だとしても、お前の立場は聞く理由に適った」
「『時の剣』か。壮大な過去の逸話、有難いと思うところだな」
「そう思えなくても」
少し笑ったタンクラッドに、黒いガラスの女も微笑が浮かぶ。
戻りなさいと頷かれ、片手を少し上げた剣職人は、底のない床を一歩戻って、もう一度見納めに振り返る。『また会うだろう』と声が響き、消えて行く大広間を見つめた。
タンクラッドの周囲が見る見るうちに様変わりする。数秒後には遺跡の外に立っており、夜は白み始めた空を頭上に広げ、銀色の首が、ふっと真上から降りた。
「ここで待ってたのか」
「帰れと言わなかった」
そうだった、とタンクラッドが腕を伸ばす。ダルナは首の一本を草すれすれに下げ、主が首に飛び乗ると浮上。
「船に戻る前に、話せることを俺にも話せ。瞬間移動はしない」
「そうだな。腹が鳴ってるが、お前には聞く権利がある」
タンクラッドは一晩だと思っており、腹が鳴ると冗談めかした。トゥは主に『二日も抜けばな』と呟き、タンクラッドの驚く顔を見る。
「二日」
「お前があの遺跡に入った夜から、二日だ。朝も昼も夜も出ずに過ぎた。今は二回目の夜明け」
銀色のダルナに言われ、剣職人が、ぐぎゅると鳴った腹に手を当てた。そんなもんだろとダルナは流し、タンクラッドは腹の音を鳴らしながら話し始める。
夜明けの空をゆっくり飛ぶ時間。
タンクラッドは『創世の時代に関わった双頭のダルナ』に、包み隠さず、自分が見て・聞いた、全てを教えてやった。




