2681. 南西移動8日間 ~⑬ドルドレン空療養・船で報告・古のサブパメントゥ『煙幕』と『龍の罰』
※追記(12/6)申し訳ありませんが、間に合わなくて、明日7日の投稿もお休みします。どうぞ宜しくお願い致します。
※明日の投稿をお休みします。体調と仕事の忙しさでご迷惑をおかけします。どうぞ宜しくお願い致します。
「空」
イーアンが顔を向けた空を、繰り返したドルドレンも見上げる。
なぜ突拍子もなく空?の疑問に、イーアンは抱き締めていた腕を解いて『私たちがついていること』と言った。私たち・・・龍族か、とドルドレンの目が開く。
頷いたドルドレンに、行きは付き添うとイーアンはショレイヤを呼ぶ。空に柔らかい光が渡り、精霊のトラは二人から離れて、ドルドレンと目が合うと『行きなさい』と送り出す。
やって来た藍色の龍は、精霊のトラをちらっと見たが、近寄らないように気を付けてドルドレンを乗せると、さっさと空へ上がる。イーアンも翼を広げ、振り返ってポルトカリフティグに『有難うございました』と微笑み、空へ飛んだ。
見送った精霊は、ドルドレンにまとわりつく因縁が、真面目な男の負荷にならないよう祈る。
『心を守るために。私ではない者に手伝いを頼むことも・・・ドルドレン。龍は味方だ』
ドルドレンが一歩でも踏み外しては、馬車の民が危うくなる事態。
この場合は、自分が世話する話ではないと判断したポルトカリフティグは、続きを龍に預けて踵を返し、崖上の空気に溶けて消えた。
*****
ドルドレンを連れ、イーアンはショレイヤに乗せた伴侶を男龍の元へ導く。特に話しかけはせず、少し前を飛びながら振り向いて、目が合えば微笑む程度。互いに気遣う。
久しぶりに来た。最後に空へ上がったのはいつだったか・・・ドルドレンは思い出しながら、壮大な空の世界に浸る。先ほどの異常な心理状態、その直後でどうなるかと心境が不安ではあったが、気分が悪くなることはなかった。
初代の勇者は、空に来たことがあるのだ。二代目の勇者の時代は、空に入れなかった。
初代の男の心がざわめくなどあれば分かりそうだが、それもない。
ドルドレンは、ポルトカリフティグとイーアンに言われた『選べる』意味を改めて思い浮かべる。
生まれ変わったのではなかったのか。転生だと思っていたのは違ったのか。
ここで少し、疑問に立ち止まる意識。そもそも、転生とは何だ?
新たな身体に、過去に生きた何者かの意識と記憶が混じることを示している?その者の思考と言動が現れる率が日常に多ければ、それを転生と認める?
ドルドレンは気付く。どうでもいいことじゃないか、と。
どこの誰がつき纏うにしても、俺という意識が俺の肉体に宿っている以上、俺は転生でも何でもない。そうだろ?と自分に尋ねた。
「イーアン」
「はい」
「俺がもし、転生したと自覚しても。俺は俺だ。そうだな?」
「ええ。そうです。ドルドレンでしかありません。全く中身が違う人物になったら、それは私が引っぺがします」
真剣に答えた女龍にドルドレンは笑い、イーアンも笑う。『だってあなたはあなた一人なんだもの』と笑いながら、また前を向いたイーアンに、ドルドレンの心が満ちて行く。
「君がいてくれて良かった。俺はいつまで経っても君に」
「それを言ったら、私だってあなたがいてくれて救われたこと、数えきれずです」
ハハハと笑ったイーアンは、振り返ってニコッと笑う。その笑顔を出会った日から見て来たドルドレンもにこりと笑い返し、『いつまでも一緒に』『いつまでも一緒です』と伝え合う。
「イーアン、聞いてほしいことがある」
「何でしょうか」
「先ほど言いかけた。ポルトカリフティグが止めたので、言えず仕舞いだったが」
伴侶が何を言おうとしているか、イーアンはピンとくる。彼を陥れたサブパメントゥ・・・女龍の気づいた様子に、ドルドレンは『空までくれば、話しても良いだろう』と頷き、イーアンは彼の側へ寄った。
―――魔物を退治した後、サブパメントゥと遭う羽目になり、そのサブパメントゥは見た目が人間のようだった。
しかし、肌の色は違う。体を包む衣服もあるが古過ぎる傷み方で、男のように見えるが女のように笑う。そして顔は自分に非常に似ており、ドルドレンがサブパメントゥであると言い切り、過去の勇者のこと、約束のことを話していた―――
「相手は名乗りましたか」
「名乗らなかった。俺も、名を言うよう急かされたが、言わなかった。思い浮かべるだけで通じてしまうから、名を考えないよう気を付けて」
「あなたには、操られないはずの・・・ビルガメスの髪の毛が」
「それは俺も不思議だ。あの者はこれを取れ、と言った。冠も、ムンクウォンの面も、ビルガメスの毛も、奴には都合が悪いのだろう。だが、なぜか。ビルガメスの毛があっても、あの者は俺の思考を読んでいて」
「あ。思考は読まれるかもしれませんね。操られないというだけで」
おかしいと呟いた伴侶に、イーアンが訂正する。ドルドレンは少し考えて『そうか』と記憶を辿って頷いたが、『俺は操られたわけではない?』と腑に落ちなさそう。
「操られた、と思うのですか?」
「うむ。だから最終的に、自分で意識を保つのも難しくなり、倒れたのだと」
「ドルドレン、違うかも。それはサブパメントゥが操ったからではなくて、あなたに執着する因縁単体の動きではないでしょうか」
どのみち、サブパメントゥ誘導で反応したドルドレンの思考に便乗している訳だけど、とイーアンが推測すると、ドルドレンは『それもそうか』と納得。
「うーむ。実に面倒である。指摘がなければ、操られたと誤解したままだった」
「・・・それらも含めて、ですが。あなたと酷似したサブパメントゥが、きっとあなたの中に燻るものを誘発する相手なのでしょう。私も覚えておきます」
「あ。燻る、と言えば。そうだ、特徴がある。あれはあの者の力か。『煙い』のだ。燻しをかけるように、辺り一帯が煙に包まれた。きっとあれが」
「『煙い』」
イーアンは大きく息を吐いて『あなたを絶対に守ります』と宣言する。
「重要なことをお話して下さって有難うございました。皆には、そのサブパメントゥについて、まだ話さないでおきましょう。一応、コルステインや、ポルトカリフティグには伝えようとは思います・・・
さて。もうすぐ、あなたの過去をバッサリ、断ち切って下さる方の場所へ着きます」
「む。不穏である」
「絶対、そうは思わないですよ」
「バッサリ断ち切るとは。脳裏に過るのは、テイワグナで気を失っ(※847話参照)」
「残念だが、今回は私ではないね。ドルドレン」
フフッと笑った声が降ってくる。この声。見上げると、赤銅に銀と金が煌めく翼を広げた男龍が、ドルドレンに微笑んだ。
「タムズ!」
「ちっとも来ないが、元気にしていた訳ではなさそうだ」
額の前後に角が並ぶ男龍は、ショレイヤの横に回って、感激で声の出ないドルドレンの頭を嬉しそうに撫でた。
「会えて嬉しいよ。君はこれから少しの間、空で預かる。イーアンに頼まれたからというのもあるが、君をこのまま中間の地で彷徨わせるのは良くないと、私も思った。空にいる間は・・・彼の側にいなさい」
「タムズの側にいても回復しそうだが」
誰の側かはともかく、大好きなタムズを目の前にし、ドルドレンは即答で頼んでみる。
ハハッと笑う男龍の開放的な笑顔は眩しく、心の曇りまで拭い去るような。
彼らは、俺の味方・・・過去の勇者と雲泥の差どころか、全く違う。俺は俺だと、嬉しく、力強い思いに熱くなった。その心の動きを読むように、金色の瞳が視線を合わせて頷く。
「私たちの祝福を受けたにも関わらず。君を内側から翻弄し惑わす輩を、私たちは許さない。イーアンもそのつもりだ。君の現状と君たちを取り巻く現時点の環境は、大まかにしか聞いていないが、とりあえず空にいなさい」
私の側ではなく、と軽く付け足す男龍に、ドルドレンは『タムズでも』としつこくもう一度呟いたが、タムズと女龍が目指す場所まで来て、ドルドレンも他の誰かに気づく。
「ティグラス」
「うってつけだ。空で暮らす君の弟は、誰より正直で、君の問題を解きほぐしてくれるだろう」
やって来たのは、川沿いの家・・・ティグラスを回想する日もなかったと思うと、少し後ろめたい。藍色の龍と女龍と男龍は滑空して、川縁の緑豊かな草地に降りる。
それと同時、木の扉がパッと開いて、中から現れたドルドレンの弟は両腕を広げ『よく来た、ドルドレン』と迎えた。
*****
この日、イーアンは後を男龍とティグラスに頼み、船へ戻る。
精霊とスヴァウティヤッシュに話を聞いた後、すぐに空に呼びかけて、応じたビルガメスの思念に『ドルドレンを守ってほしい』と頼んだら、彼はあっさり『連れてこい』と了承した。
事情をビルガメスに伝え、彼は他の男龍にもすぐ連絡をつけて、そして預かり先はティグラスを選んだ。
あっという間の決定で、地上にいながらにして、イーアンは男龍の承諾を得たことから、やはりこれが放置できない事態なのだと痛感した。
空にいる分には、彼は安全。絶対に大丈夫。信頼できる場所に感謝し、船へ戻り、今度は皆に『勇者の緊急事態』を話した。
ドルドレンが魔物退治した後に、危険なサブパメントゥに遭ったこと。
それを精霊に救われたが、影響は止まらず、初代と二代目の勇者に纏わる記憶に、ドルドレンは追い込まれたこと。
ただ、『因縁の過去』『約束』これは伏せた。
イーアンは、皆に関係ないことまで喋る気はなかった。勇者と女龍、サブパメントゥと約束した男と、龍の話だから。
出かけているタンクラッドはこの場におらず・・・彼が聞いたらどんな意見を持つかなと、イーアンは思うが、タンクラッドに話すとしても、今ではない気がした。
「勇者の記憶を引き摺り出す、サブパメントゥってことか?」
シャンガマックの横にいた獅子が、聞き終わって確認する。今日は、この二人が先に船に戻っていたので、イーアンは彼らの話も聞くのだが、先に報告した。確認の質問に頷いて、『面倒な相手』と濁した。
獅子はじっと女龍を見据え、それ以上喋らない女龍の見つめ返す目に『面倒、だな』と呟いた。
「俺も、面倒な精霊と会った。だがこの話はコルステインが片づけたから、俺が話すことはない。代わりに、『皆に伝えろ』と言われたことがある。それを話す」
黒いダルナに命じられたこと。不服だが、コルステインも同意しているので、『原初の悪』と何があったかは後回しにし、獅子は人型動力について口にする。
「人型の、動力?」
ルオロフとイーアンの目が合う。あれだ、あれです、と察する。
獅子は、横の息子に鬣を撫でられながら『面倒は増える一方』と、人型動力の危ぶまれる要素を―― 生き残った僧侶が動かす懸念は言わないものの ――話した。
*****
塒に戻って両腕を回復させるサブパメントゥは、毒づいては黙りを繰り返す。暗闇の世界の一部、床の広い亀裂から出る噴煙に体を包ませる、長い時間。
「コルステインにも追われかけた・・・あいつが呼んだわけじゃないだろうが」
勇者を地上に置いてサブパメントゥに入るなり、コルステインの気配がぐんぐん近づいて来て、慌てて塒へ駆け込んだ。塒まで来てしまえば、コルステインは来ない。俺たちのいる場所は・・・コルステインには一触即発の地帯。
「俺の親が英雄だったのを、お前は知らない」
噴煙の下、黒い溶岩が赤黒い熱を帯びて泡立つのを見つめる『燻り』は呟く。
あと少しで空に隙を作れたのが・・・『コルステイン。お前の親は、あろうことか。俺たちの親を龍に渡しやがった』俺の親は空で死んだとしても、と奥歯をかみしめた。
『燻り』の親は、空へ何度か上がった。名を『煙幕』といい、勇者に空への行き来をさせながら、龍の居場所にまで入り込んだ。龍は、勇者と俺たちに船まで与え、行き来も楽に変わったものが。
最後に空へ上がった時。親は戻ってこなかった。
戻ったのは、勇者だけ。落下する船で空から出され、船は海に入った。勇者は海に入る前に出た。
その後、激怒した女龍が空を覆い、呪いをかけた。
コルステインの親が、分派した俺たちの親を捕まえられるだけ捕まえて、龍に引き渡し・・・・・
ザハージャングが出現した日。光の呪いを打ち破る条件を得た。
ザハージャングは空へ駆け上がり、龍を殺す。双頭の龍が落とす鍵(※棘)は、サブパメントゥを空へ渡す梯子になった。強烈な味方だが、これも・・・どういうわけか、たかが人間相手に倒されて終わった。
あの時、外へ出ていた勇猛なサブパメントゥは、そこで崩された。
生き残ったのは、外へ出るには満たなかった力不足の子供―――
『燻り』は、古の『煙幕』の子。覚えていることは少なく、補われた情報が事実のように刷り込まれ、これを信じ切っている。
どこまで本当か『燻り』も知らない。知らないにせよ、そんなことは大して意味もない。
復讐劇とも違う引継いだ意志は、今も生き残りの古代サブパメントゥを突き動かす。
「勇者・・・お前が、道を開けるんだろ。俺とお前は、兄弟なんだから」
煙に巻かれる腕の回復をぼんやりと眺めながら、サブパメントゥは次の接触を考え始めた。
*****
その頃、一人で動いていたタンクラッドは―――
銀色のトゥに乗って、宵の闇に紛れる遺跡を上から見下ろす。
「行くのか」
「ここへ来い、と言われた以上は」
トゥは行かせたくなさそうだが、タンクラッドは少し間を置いて『下ろしてくれ』と頼んだ。そしてタンクラッドはこの夜、船へ戻らなかった。
お読み頂き有難うございます。
※追記(12/6)明日7日の投稿もお休みします。意識がまとまる時間が短く、物語を書くのと確認が追い付かないので、もう一日お休み頂こうと思います。ご迷惑をおかけして申し訳ないのですが、宜しくお願い致します。いつもいらして下さる皆さんに心から感謝をします。
明日の投稿をお休みします。体調と、12月の仕事の忙しさで、ストックが足りなくなりそうなので、もしかするともう一日お休み頂くかも知れません。その場合は、早めに追記でこちらにてご連絡します。
いつもいらして下さって心から感謝します。毎朝、励まされています。本当に有難うございます。




