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魔物資源活用機構  作者: Ichen
敵輻輳
2679/2961

2679. 南西移動8日間 ~⑪勇者救出・『肝盗み』粉砕・黒いダルナと精霊のトラ談『勇者の正体とその約束』

 

 面に宿ったムンクウォンの翼は意思を持たないため、助けを呼ぶなどもないが、その力を与えた精霊は気付く―――



 川縁に薄れて行く煙越し、ぽうっと橙色の光が灯った。それは歩くように動きながら、どんどん明るく光を放ち、煙が全て追い散らされた時、橙色の太陽のようなトラが立っていた。


 トラは、勇者の周囲に禍々しい四つの石を確認し、それらに目を眇めると、石は潰れ砕けた。

 四つの石が囲いとなって、内側にいる者を縛り付け、外からの手を弾く仕掛けで、これは大元があればいくらでも繰り返すため、元を砕くことにする。


 息切れが止まない倒れた勇者を見下ろし、トラは息を吹きかけて彼を起こす。


「ポ・・・ト・・・カ」


『お前は優しい。それが私をも守ろうとする』


 呼びなさいと静かに溜息を吐いたトラは、ぐらつきながら地面に手をついて体を起こす勇者に、大きな頭を押し付けて首に乗るよう促した。


 勇者は深い橙の毛を掴み、力の入らない足で何度も草を掻いて、どうにか使える腕の力だけでトラの背に這い上る。

 強く引っ張った毛だけれど、精霊なので痛くはない。にせよ、普段は小さな行動にも気遣うドルドレンが、意識追い付かずのこの様子、ポルトカリフティグは心を痛めた彼を哀れむ。


 震える手が、まだ荒い息が、食いしばっていないと動揺で鳴る歯が、ドルドレンは恥ずかしかった。


 自分がサブパメントゥに負けたのを理解しており、聖なるトラに救いを求める。しがみついたトラの背で、懸命に息を整えようとするが、本能が恐れを持ってしまって上手く行かない。


『ドルドレン。考えないで良い』


「はい」


『その面を外さなくて良かった』


 言われるまで、自分の顔に面をつけたままだということすら忘れていた。ハッとして片手で顔を掴み、ムンクウォンとポルトカリフティグの力の面に、自分はずっと守られていたと思い直す。それでこの失態かと、はね返りが自分を責めるが、トラはゆったり振り返り、『考えないで良い』と落ち着いた声でもう一度言い聞かせる。



『何も。気にすることはない。ドルドレン。移動する。お前がここへ何をしに来たか、()()に聞いた。私が代わってやろう。お前は背中にいなさい』


 歩きながら『あれ』と示したのは、宙に浮かぶ白い二対の翼。これも忘れていたドルドレンが首を上に向けると同時、トラは翼を消して面に戻した。


 それから、サブパメントゥの絵模様がつく石の近くで立ち止まり、口を開け、咆哮を上げる。

 精霊ポルトカリフティグの轟く咆哮一つで、石はビキビキと罅が走り、ばかんと弾けた一瞬で砂に変わった。砂は雪片のように透明に変わり、水となって草に落ちると蒸発した。


 蒸発した湯気はわずかに煙の臭いを含んでいたが、じゅうと火が消えるような音と共に、宙へ上がることすら許されず、湯気も消えた。


『次は村か。異界の精霊が守る場で、私が話す。負傷したものは既に癒えている』


 頼もしいトラに、がたがたと震えが止まないドルドレンは頷いて、目を瞑る。本来の精霊がとる行動を、ポルトカリフティグは越え続けている。だが、ポルトカリフティグが自ら選んでいるので、ドルドレンは感謝し・・・しかし、彼に無理をさせる自分を恨んだ。



 この後、移動したトラは村の側の川で立ち止まり、異界の精霊に呼びかけ、降りて来た翼のある獣たち(※キマイラ)に、『サブパメントゥ』という種族の()()を簡単に教えた。


 魔物とは違うが、魔物を引き込む力もあり、余計な被害を付け足す。魔物を退治してもしきれない場合、サブパメントゥ関与の可能性はあり、その場合は近くで操る物体があるだろうと・・・異界の精霊は、特に気にしたこともなかった内容に、ふむふむ聞く。


 トラは彼らに教えると離れ、次に村へ入って、人々に騒がれながら、背中の勇者を見るようにまず伝えた。


「あ!さっきの人。やられたのか?」


「あんなに強かったのに。この動物・・・は」


 ティヤーにいない動物の姿なので、ティヤー人は大きな肉食獣と思しき()()()()を凝視し、何者かと戸惑う。ポルトカリフティグは淡々と簡潔に答える。


『私は精霊。彼を守った。彼は村を襲った魔物の元凶を断ち、これから回復する』


「・・・精霊。そうか、その、精霊よ。その人に調べに行ってもらった理由が。ここで怪我をした者たちの意識がなかったことで・・・だが、さっき怪我人が気づき始めて」


 急いで報告する村人に、トラは頷いて『問題はないだろう』と答え、用はここまで・・・と彼らに背を向ける。

 村人は精霊の大きな動物と、その背中に倒れ込んだ男を引き留めることはなかったが、ありがとう、と立ち去る姿に叫んだ。

 橙色の穏やかな光を放ちながら離れた精霊は、村人たちの視界の範囲で空気に消え、ドルドレンを連れて離れた場所へ。



 異界の精霊の封じも関係なく移動するポルトカリフティグは、先ほどの島を抜けた後、大きな空を臨む高い崖の上へ現れる。

 真っ逆さまに落ちたら、海しかない絶壁を見下ろし、笛のように甲高い音を立てる風の鋭さに、ポルトカリフティグは呼びかける。


『イーアン。来なさい』


 地上に降りた太陽の如き、暖かな色を膨らませたトラは女龍を風に呼び続け、数回目に空の一方が真っ白に輝く。それはあっという間に青空を突き抜け、白い星を思わせる女龍が精霊の上で止まった。その顔が、ぎょっとして引き攣る。


「ドルドレン!」


『無事だが、お前に話すことがある』


「ポルトカリフティグ、これは」


『龍気を抑えて、側へ』


 はい、と急いで龍気を引っ込め、イーアンは崖に降りる。駆け寄りたいが、伴侶はトラの背中に伏しており、触るに触れない。おろおろする女龍に落ち着くよう、精霊は宥めて、戸惑う女龍に静かに教えた。


『無事だ。彼は心に傷を負ったが、体は何ともない』


「はい・・・()()()とは。こんな状態のドルドレンは、見たことがありません」


『サブパメントゥと接触した。彼は抗ったが、危険は彼の記憶に染みつく』


 イーアンは言葉を失う。血の気が引いて、精霊のトラから伴侶に視線が動き、『無事ですか本当に』と震える声で尋ねた。何をされたんだと怒りも沸くが、それよりドルドレンへの影響が怖い。


『お前の友に、心と記憶を探る者がいるなら、友を呼ぶと良い。信頼に値し、決して裏切らず、決して他言しない友が』


「います。呼びます、今すぐ。来るかどうかは・・・分からないけど」


 思い当たるが、来てくれるかは別。不安でならないイーアンは、即行、スヴァウティヤッシュを呼んだ。



 *****



 黒いダルナは、コルステインに付き合ってあちこち動いていたが、ふと、追いかけていた対象が地上の一ヶ所に留まった印象から、急いだ。コルステインと手分けしているので、連絡は入れる。


 辿った『捕獲対象』のすぐ側まで移動した矢先、それが途切れて行方を失った。今回は行けると思ったのに、本当に手を焼くやつだと、黒いダルナは空中で止まり、続きは近くではないかを調べると。


「地下?サブパメントゥに入った」


 ティヤーの片隅の島付近、手繰り寄せた気配が途絶えたので特定できないが、見渡した海に点々と浮かぶ島々のどこかにいたらしき『捕獲対象』は、地下に入り込んだと掴む。


 闇の国サブパメントゥに入ったばかりだと、スヴァウティヤッシュの調べる力がまだ届く。

 どこだどこだと、浅い位置に居そうな相手を急いで探そうとし、はたと『コルステインに』と思い出した。コルステインに任せた方が早い。


 それでコルステインに『地下へ入った』と教えると、コルステインは了解した。この直後―――



『スヴァウティヤッシュ!イーアンです、来れたら来て!出来たら来て!』


 風に乗った女龍の叫び。遠慮がちなのに必死。ハッとした黒いダルナは一大事と感じ、すぐさま姿を消して、従う相手の元へ飛んだ・・・のだが、意外と近く。



 遠い森林の黒土の香りが、縁遠い乾いた海風に混じる。


 バッと振り返ったイーアンの前に、黒いダルナが不意に現れ『呼んだ?』と言うなり、その目は後ろの精霊と勇者を見て『どうした』と事態を尋ねた。


「スヴァウティヤッシュ、ドルドレンの心が大変です。探って下さい。彼はサブパメントゥに襲われました」


「ドルドレンが?一人だったのか。その、ええっと。精霊だと思うんだけど、俺が探る間、彼から離れてくれるか?」


 浮かぶダルナに、飛んで縋りついた女龍が訴え、片腕にイーアンを抱えた黒いダルナは、橙色の動物型精霊に、影響するかもしれないから離れてほしいと頼んだ。


 ポルトカリフティグは少し頷き、背中の男をゆさっとずらして、少しずつ落とす。慌てたイーアンが、支えを!と側へ行きかけたが、『龍気!』と止まり、もどかしく伴侶が落ちるのを見守る。


 ドルドレンは意識がない訳ではなく、苦しんでいる状態で、少しずつ体がずれて地面に着くのを知り、無理のない姿勢で受けた。だが苦しむ彼は目を開けず、イーアンの声が聞こえていても、反応はないに等しい。



「読むから・・・うーん。イーアンも離れていてくれ」


 何がどう女龍の怒りに火をつけるか分からないので、黒いダルナは片腕に抱えた女龍を放し、女龍は理由を聞かず『分かりました』と心配そうに距離を取る。


 スヴァウティヤッシュが、地面に横倒れになった勇者を見つめ、数秒間。長い首を微妙そうに揺らし、『どこまで話して良いのやら』と呟いた。イーアンは不安が募る。

 ポルトカリフティグは、因縁の前世と見越しているが、詳しい内容をまず自分に教えるよう、ダルナに伝えた。



『ダルナ。私は、馬車の民専属の精霊だ。アイエラダハッドから、彼のために移動した。教えなさい。私が読むより、()()()()()()()()()()()の言葉で聞きたい』


「あ、そういうことか。あんたも読めそうだったから、なんで俺かな、と思ったんだけど。じゃ、イーアンはどうする」


『イーアン。待っていなさい。お前の立場は複雑だが、勇者と女龍の間。聞くべきことは聞かねばならず、聞かなくて良いことは私が伏せる』


 配慮ある精霊に、イーアンは頭を下げて宜しくお願いしますと頼み、呻く伴侶を預かって、ようやくドルドレンの倒れた体や顔を撫でることが出来た。


 大丈夫ですか、私です、ここにいますよと話しかけながら、伴侶を励ます女龍を横目に、そこを少し離れた崖の根元辺りで、トラとダルナは話をした。



「食い込まれたんだろう。でも彼は抵抗する意志が強い。自我が壁になって遮ったと思う。彼の過去は知らないけれど、前世・・・生まれ変わる前か。でもな、ちょっとそれも違う気がするんだ」


『どう、違う』


「生まれ変わりではないと、俺は思う。憑依とも違うんだ。でも彼がある時『勇者に決定した時点』で、乗せられた荷物みたいに、以前の勇者だった男の記憶がついている。そんな感じだ」



 先祖と子孫の関係、そこまでダルナは知らないが。


 近い・似ているなど、共通する性質があるにしても、生まれ変わりで引き継いだのが理由ではないし、生まれ変わりのために、前世の記憶を残しているわけではない。


 全ては、『勇者』という特殊な立場の、因縁。


 ポルトカリフティグは、とても興味深い視点に大きく頷いて、先を促す。ダルナは『俺の言い方だから、間違えていても理解して』と前置きし、橙色のトラに勇者の状態を伝えた。



 ―――彼に課された記憶が、サブパメントゥの約束を守ろうとしている。以前の勇者は人間だったけれど、その勇者にも生じた、更に前の勇者の記憶では、その男は人間ではなくサブパメントゥの半分。



 黙って聞いているトラの表情が分かり難すぎるので、心を読むのも精霊相手は出来ないのもあり、スヴァウティヤッシュは『なんか言ってくれ』と反応を頼む。合ってるのか、違うのか。するとトラは微動のように口を開いた。


『正しい』


「サブパメントゥのことを、俺は未だによく知らないんだ。彼らの増殖には親や子がある、そこくらいは知ったけれど、でも人間とサブパメントゥの間の子供なんて生まれないだろう?」


 声を落としたダルナは、言いながら倒れているドルドレンをちらと見る。

 傍らに座るイーアンが屈みこんで彼の顔を撫でながら励ます様子・・・イーアンは人間だったのが龍に変化した話だけど、それともまた違うだろうに、と。

 分からなさそうで話を中断したダルナに、トラは促すため、少し知識を教えた。


『サブパメントゥと人間の子は生まれないが。サブパメントゥの操る人間が、人間との間に子をもうけることがある。それは能力を引き継ぐ』


「・・・そうなんだ。じゃ、見た目は人間ってことか」


 頷いたトラに、ダルナはようやく合点がいったようで『それなら』と話を再開する。


「ドルドレンの意識に混ざった、以前の勇者がいるだろ?その勇者にも、それ以前の勇者が記憶を擦り付けた。最初の勇者だろうな、その男はサブパメントゥの力があって、()()()()()()()()()に約束をさせられていた感じか」


『なるほど。そうであれば約束の内容は残って』


「もちろん。約束を果たすまで効果ありの、呪いじみた合意。今も()()()()だ」


 そこで切ったスヴァウティヤッシュは、気づいていた。そしてダルナが気づいたことを、ポルトカリフティグも気づいている。赤と水色の混じる瞳が、それを口にして良いか、精霊に目で尋ねる。



『お前の名を教えなさい。聞いたが、名乗られていない』


「俺はスヴァウティヤッシュ。イーアンについたダルナだ」


『私はポルトカリフティグ。今も昔も、馬車の民の道を守ってきた。()()()()()だろう』


「それはつまり。ドルドレンが使われる羽目になったら、馬車の民が犠牲になることを予測しているんだな?」



 全くの無関係にいるダルナが、遥か過去の因縁の真相を知り―――

 馬車の民を導く精霊の知る、古の歴史が真相の裏付けをする。


 離れたところで、勇者に声を掛け続ける女龍は、気づいて目を覚ましたドルドレンが、なぜか自分を避けて目を合わせない様子に戸惑っていた。

お読み頂き有難うございます。

意識が途切れがちで、ストックが追い付かないため、また近い内にお休み頂くと思います。度々ご迷惑をおかけしますが、どうぞ宜しくお願い致します。

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