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魔物資源活用機構  作者: Ichen
敵輻輳
2676/2956

2676. 南西移動8日間 ~⑧四百十三日目獅子と『原初の悪』・僧侶殺し中断の行方・コルステイン交渉

 

『俺の死霊に手を出して、手ぶらで帰れると思うなよ』



 魔法陣越しに聞こえた、奇妙な声。命じるより早くジョハインが上昇したが、『()()()()()()()()尻ぬぐいさせるか』と背後に聞こえたシャンガマックは龍を止める。


「ジョハイン、待て!戻ってくれ!」


 龍の金色の瞳が、さっと見て『いけない』と言うように見開かれるが、シャンガマックは相手が『アソーネメシーの遣い』と知り、ヨーマイテスに迷惑が掛かる!と焦った。


 下にはまだ、魔法陣がある。撤収していないので、自分の身は守れる。

 足場はない海のど真ん中。船は逃がしたので、足場になる対象は皆無。魔法陣に別の魔法を出せば・・・大急ぎで、海の足場対策考えたシャンガマックは。


「ジョハイン!呼んだら!」


 赤紫の龍は、背中から飛び降りた騎士に叫ばれ、助けようとしたが命じに従い宙に留まる。


 騎士は魔法陣の光り輝く縁に、思いつく限りの物質効果を持つ呪文を唱え、簡易の台が広がった。が、両足がついて安心する暇もなく。


 目の前に浮かび上がった、おかしな形の骨・・・人間の身体と似た、頭・胴体・手足が、雑多に混じった骨で出来ている。これが、アソーネメシーの遣い。似合わない太陽の光の下で見た、異様な奇形の骨。


 その顔に、あの黒い面が掛かる。



『やっぱり、あのサブパメントゥの仲間。お前は人間に見える。魔法使いか』


 シャンガマックは答えず、話しかけた黒い面が、ファニバスクワンの力にどこまで対抗するか、緊張に張り詰める。小さな魔法の足場は一部しかなく、突き落とされたら面倒臭い。やりかねないなと、自分の早計に舌打ちするが、相手はそうは出なかった。


『俺の死霊を倒したな。()()()()を知っていて。知らないならまだ許してやったが』


「あの船に、神殿関係者はいなかったはずだ」


 シャンガマックの反論は―― 『原初の悪』が絡んだ連続殺害は、宗教関係。それは総本山陥没の現場にいたシャンガマックも、流れが薄っすら理解できるが。

 船を襲った現状に鉢合わせ、頭をよぎったサネーティ乗船の襲撃事件もこれか、と気づき、宗教関係者ではないのにと・・・だからと言って、襲わないか分からないにせよ、言い返した。



『んん?・・・フフッ・・・ハッハッハ!ほらな!分かってるじゃないか!お前はアソーネメシーに楯突いたんだ!()()楯突いたということは、()()()()()()だ』


 笑った黒い仮面は、ふっと消える。瞬きした騎士の後ろに回り、その首を掴んだ。う、と仰け反るシャンガマックに、癒着を繰り返した骨の指をめり込ませながら、黒い仮面が囁く。


『まずは、お前で良い』


()()()()()()


 奇形の骨が、さっと上を向く。声は目の前の男ではなく、空から――― 


 シャンガマックも上を見てハッとする。真上に黒い岩塊。塊の上で金茶の獅子が吼え、膨れ上がった青白い炎が一瞬で、仮面を弾き飛ばした。シャンガマックの首を掴んだ相手は、ザーッと音を立て砂の渦に変わり、離れた空中に逃げる。


「ヨーマイテス」


 ぐらつく足元で叫んだシャンガマックに、びゅっと降りたアジャンヴァルティヤが『乗れ』と頭を出し、急いで彼の背へ移った。離れた空中に砂の渦が集まり、奇形の骨がまた現れる。


『獣のサブパメントゥ。誰に向かって、そんなこと言ったのか。龍に食われろ、だ?後悔しろ。()()()()()、俺の死霊に食わせてやろう』


 隕石のようなダルナの背で、挑発文句にヨーマイテスがシャンガマックを背に隠した時。


 アジャンヴァルティヤが一瞬先に気づき、急旋回し、逃れた下から水柱が噴き上げた。水柱は、ファニバスクワンの魔法を貫く。


 ぎょっとして振り返ったシャンガマックが『なぜ』と驚いたと同時、ヨーマイテスは『原初の悪』が出てきたと気づいた。



『勝手はやめろと警告したものが。俺に楯突いたのは、お前だろ?』


 不意に風に混じった声。お前?と獅子も騎士も反応したが、続きはそこに関係ない。


『獅子。俺と来い』


 水柱から紺色の袖が不意に伸び、薄ら笑う白い顔が水越しに見えた。その手が、獅子を掴み・・・あ!とシャンガマックが動いても遅く。


「ヨーマイテス!」


 振り返った獅子の横顔は、シャンガマックの叫び空しく、水柱に引き込まれて消えた。


「ヨーマイテス!!!」


 飛び出しかけたシャンガマックに、ダルナは太い首を擡げて『この世界の精霊だ』と一言。歯向かってはいけない条件のように、騎士を止めた。



 この時すでに、アソーネメシーの遣いはおらず、水柱は勢いを増し、ダルナはすぐ上で待機していた龍に『引き上げる』と伝え、水柱を逃れ切る速度で飛んだ。


 シャンガマックは何度も叫び、消えて行く水柱に手を打つことも出来ず―――



 *****



『あー・・・俺の紹介は、まだだな?でも、この頃よく、顔合わせはしている気がする。祭殿でもお前はいたし、ついこの前・・・あれだ、ほら。宗教の人間共。あそこにもお前が居たのを見てる。お前は俺を見ているか知らんが。

 前から俺は、お前を何となく覚えているぞ、獅子。お前は、光の中を動けなかったと思ったが。()()()()では、そうだったろ?』



 獅子は座らされた姿勢で動きが封じられ、口だけは動くが答えない。暗い血の床の上、紺色の僧服が肩越しに尋ねる。


『そうなんだよな。サブパメントゥはどうも・・・頭がちょっとな。癖がある奴ばかり。お前が黙っていても、まぁ、俺は構わん。それで、だ。俺は『この手』『その手』と呼ばれる精霊で、獅子に頼んでやろうと思いついたから、迎えに行った』


 喋り続ける『原初の悪』は、ゆっくり歩きながら、時々振り返る。その顔はイーアンに似て、しかし彼女にはない、底知れない虚空抱えていた。


『返事がないのも、少々無礼だぞ、獅子。ふむ、あれか?俺のところの()()が、お前の仲間の人間を狙ったからか。それなら、気にしなくて良い』


 じっとしている獅子に見せるように、『原初の悪』の手が横に一振りされる。獅子と精霊の間に、霧が立ち、そこに奇形の骨が映った。背景はよく見えないが、地上の高い位置と察する。空が背景・・・空しか見えない。これは、と獅子が視線を霧の奥にずらす。虚空の目と合い、口の端が軽く持ち上がった。


『愚図は手に負えないな。楯突くとかほざいただろ?楯突いたのはあいつの方だ。命令なんて聞きやしない。だが俺が掃除するのも違う。()()()()()()()()から、後は龍が消すだろう』


 気が付いたらの話だが、と言い足して鼻で笑う精霊。


『空からよく見えるところだからなぁ。龍が気づけば即、消される。な?これで良しとしろ』


 獅子はそれでも喋ることなくただ、相手を見続ける。その態度に、わざとらしく肩を竦めて見せた精霊が近づき、獅子の顔の真ん前に立った。


『これから、俺が頼んでやるんだ。ちゃんと聞けよ』



 にたーっと笑った白い顔、赤黒く捻じれた大きな一対の角は、獅子に威圧もないが。獅子は別のところから、自分を脅かす威圧を感じていた。


『俺が答えると思うか』


 口をやっと開いた獅子。『原初の悪』が、獅子の(たてがみ)の後ろを見て、面白そうな笑みが浮かんだ。


『そうそう。お前は答えないな。意外と忠実なんだろう。後ろに来てると分かれば、なおのこと・・・仲間思いで何よりだ、コルステイン』


 招いてもいないサブパメントゥの最強が、精霊の持ち場に現れる。青い霧は揺れながら人の姿に変わり、遠慮ない怒った視線を、原初の悪に投げた。



『何。聞く。ホーミット。違う。コルステイン。する』


『いい相談相手だ』


 黒い精霊が薄ら笑いで、獅子の横を通り、背のあるサブパメントゥの側へ行く。見上げて『なかなか』と眉を上げる。コルステインは顔を動かさずに目だけで見下ろし、相手の出方を待つ。


『俺の世界に呼んだ覚えはないが、その度胸は気に入る』


『コルステイン。お前。嫌い』


『ハッハッハ!正直な嫌な奴め!コルステイン、こっちだ。その獅子は後で出してやるから放っておけ』


 こっちだ、とサブパメントゥに背を向けて右手を先へ振る。

 歩き出した『原初の悪』の後を、コルステインはついて行く。一度だけ振り返った視線が獅子と重なり、コルステインは頷くだけで終え、大きな翼の背中は、血の床の端まで行って消えた―――



 *****



 龍に消されるのは構わんにしろ――― 血の床に固定されて座り続けるヨーマイテスは、まだ解放されないので、先ほどの話で引っかかったことを考える。



『アソーネメシーの遣い』がいつから動いていたか分からないが、片っ端から殺されて減少した宗教関係の人間の内、ここで()()()()()()()ということは、現時点で生き残ったやつはそのまま、か?



 それもなぁ、と獅子は記憶を見るように、視線を下へ動かす。


 あの精霊が人間殺しをやらせていると感じていたから、手を出さないでいたヨーマイテスだが、僧侶なら誰でも殺戮対象にされていたのは、それはそれで()()()()


 まともで善良なやつでも、生き残ったら何を考えるか。禁じられている残存の知恵の存在を、少なからず知っている奴らである以上は、下手に生き延びて、面倒な行動を取らないとも限らない。


 ドルドレンたちの船に居るクフムは、アイエラダハッドから出て来た時、しょっちゅう狙われていたが、残存の知恵を知っているにせよ、あいつ()()()()()に、それも女龍の側に居るやつを狙うのは、分が悪かったのか。クフムは悪運強く、狙いから外れた様子。


 だが、ティヤーに残る宗教系の輩が、『今後は殺されない』となると―――


 獅子は、中途半端に出た生き残りの中に、危険思想の僧侶がいる可能性を案じる。以前の『僧兵』みたいのがまた足を引っ張るんじゃないかと考えると、うんざりして溜息が出た。



 獅子のうんざりする可能性。的中するのは、まだ後のこと・・・・・



 *****



 コルステインを連れた先は、鈍色の風景しかない外を望む、奇妙な部屋。


 血の床を歩いて暗がりを抜けたすぐ、向かいに窓が幾つも並ぶ壁が立ち、コルステインは人間の家の部屋のような場所にいた。左右も窓だらけの壁で、天井はずっと上、ずっと先にあるが、鈍色の空に壁の上が溶け込んで馴染む。

 後ろは暗く広いだけの空間で、獅子の姿は見えないが、彼がそこにいるのは分かる。


 細長い窓の表に、同じ色の岩と土と空があり、風が吹き荒れて、窓は揺れ続けていた。


 紺色の僧服がゆっくり向きを変えて、サブパメントゥの主を見る。薄暗い部屋には、この二人だけしかない。机も椅子も何もない空っぽの部屋で、精霊はコルステインを頭の先から足の先まで眺めて頷く。



『お前が放っているから、サブパメントゥは人間を使っては殺す。良いか悪いかも、お前らは勝手だ』


『お前。精霊。何?サブパメントゥ。知る。違う。使う。違う』


『ふーむ・・・一応、俺の言葉は分かってるようだ。俺が精霊で、お前らサブパメントゥと関係ない、って言いたいんだな?』


 そう、と頷くコルステインに、『原初の悪』は少し笑う。賢くないのは知っているが、バカなんだか何なんだか・・・やけに素直なやつで気が抜ける。


 女と男の混ざる体、手足は鳥、背中に黒い翼、夜の色をした体に、月の色の髪。・・・しげしげ見て、コルステインが()()であることを理解する。


 こいつ似たサブパメントゥが、大昔にいた。怒らせた龍に、仲間の半分を引き渡した()()の子供だったか―――



『コルステイン。人間が消えるのは、知っているか?』


 精霊は話を変える。コルステインの青い目がじっと精霊を見下ろし、『消える。ない』と答えた。


『お前は、どこまで知っているんだか。誰に聞いた』


 サブパメントゥが否定した即答に、『原初の悪』は首をぐーっと傾けて薄く口を開く。開いた隙間から火の粉が散り、ゆっくりと吐き出す息は火花を伴う。

 それを迷惑そうに目を細めたコルステインに、精霊の口は閉じ『明るいのは嫌なんだったな』と首を横に振った。―――変な、気の回し方。イーアンならそう訝しむだろうが、コルステインはこの精霊の目論見を見透かす。『原初の悪』の顔が一度伏せられ、また上がる。


『コルステイン。俺は精霊だ。お前の味方にもなる』


 黙って見つめるサブパメントゥに、精霊は大振りな頷きを見せてから自分の額に親指を向け『信じるために()()()()()()が、さっきから頭で会話しているから、さほど意味はないかもな』と少し笑った。コルステインには意味がよく分からないので、無表情。でも、味方じゃないとは思う。


『味方の意味を、簡単に言った方が良いか?コルステイン、お前が敵対するサブパメントゥに困っているだろう』


『何?』


 サブパメントゥを精霊が倒すとは思わないが、この精霊は何かをして、それを行うつもり。コルステインが感じ取るのは、反発のサブパメントゥをこの精霊が使おうとしていること。


『人間が消されるんだ。もう少しすると。思うに、よほどのことでもないとそうなるだろう。俺は人間削除を、()()()手伝っても良い立場だ。俺は、そういう精霊だから』


 わかるか、ん?と首を傾げて見せ、瞬きした相手に精霊は頷く。


『だが。お前たちサブパメントゥは、そこまで許可されていない。・・・言葉が難しいか?お前たちは、元から人間を困らせる。そういう立場だよな?それで良いんだが、やりすぎは許されん。

 今のお前たちの動きは、やり過ぎだ。お前が止めようとしているが、それも生温い。見逃しているのと変わらん』


 責められているのは理解するコルステイン。冷たい眼差しで、喋り続ける精霊を見下ろし、だから?と顎を軽く上げた。



『俺は味方だ。もう一回言ってやろうな。味方なんだ。お前が邪魔だと思うサブパメントゥのやつらを()()()()()()ことは出来る。

 そいつらは俺に預けられても、人間を殺すかも知れない。だが、俺がやり過ぎを止めてやることも出来る。意味は・・・通じるか?』


『分かる。ない』


『ハハハ!もっと簡単じゃないと分からないか!俺が、お前の面倒を引き受けるんだ。そうすると、サブパメントゥの種族が消える可能性は避けられる。なぜなら、精霊の俺が引き受けるからだ。

 その上、人間を殺したがるサブパメントゥがやり過ぎたら、俺はそれを止めてやることも出来る。これは、俺じゃないと出来ないんだ。コルステイン。『その手』と呼ばれる、俺じゃないと』



 全然、意味が分からないコルステインだが(※難し過ぎる)。分かるのは、一つだけ。


『嫌』

お読み頂き有難うございます。

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