2675. 南西移動8日間 ~⑦四百十日目ティヤーの民を思う・ルオロフの役目・シャンガマック解説『古代剣の導き』・この日より
※今回も6500文字ちょっとあります。長いのでお時間のある時にでも。
翌朝。母国に戻ったロゼール以外は、船に居る状態で朝食。
ドルドレンは、昨晩遅く戻ったイーアンとルオロフの話を先に聞いていたので、自分たちもトゥと出かけた先で何を見たかを話すことにした。この二つは、同じことを意識させるから。
夕食時は伝え方に悩んだが、イーアンたちもやはり『今後の動きを変えるための、決定打が出ない』と困ったようで、これは全員で考えた方が良いと判断した。
朝に挨拶したルオロフはいつもどおりに見えたが、口数は減り、微笑みが増えた。
これは、『彼が表に感情を出さない時の微笑』と覚えた総長は、お前に起きたことを俺から皆に話す、と引き受け、ルオロフは少し素の表情に戻り、すまなそうに頼んだ。
朝食には少し早い時間だったが、ミレイオが既に料理を食卓に出していた。
『ロゼールが朝食はこれを出して、って』と、用意周到な手回しによるらしく、作り置きされた具とサーンを混ぜた料理に、ハイザンジェル風酢漬けが並ぶ。
他の者も起きてきて全員着席までそうかからず、朝食開始。
開始と共に、『昨日できなかった報告を』とドルドレンが言い、ティヤーの現実を伝えた。タンクラッドとルオロフ以外は、事態の深刻さに思わず顔を見合わせる。
イーアンも続けて、ティエメンカダが教えた『ティヤーの民』について話す。
ティエメンカダは助言のために来て、異界の精霊が民を守るにあたり、意味のある動きを提案した。
この世界の大精霊が直接、異界の精霊に意見を与えるのは初めての体験で、彼らは大精霊の言葉を受け入れたと、イーアンは話した。
「異界の精霊は、姿を見せずに戦うことが多いです。というか、殆どそうだったのですが。ティエメンカダは『人間に、誰の力で助けられているかを知らしめよ』と仰いました。
精霊の引いたティヤーで、異界の精霊が動き回ることを、ティエメンカダは悪く思っていません。ただ、人間の側を離れた精霊に重い理由がありますから、身を隠して魔物を退治し、民を守り続ける異界の精霊は、人間にとって」
「誤解か。彼らの動きも『ウィハニの女』と」
タンクラッドの鳶色の瞳がちらっと見て、イーアンは首肯する。
「そうです。そこに帰結してしまうと、知る機会も無意味です。人間の目に、この世界の精霊と、異界の精霊の区別がつかないにしろ、『姿は見せておく』必要。誰に助けられているのかを、はっきり知る時なのです。
ティヤー人は・・・私たちが上陸した時も、『魔物資源活用機構』が来たからと言って、誰もが救われるわけではない、と最初から期待していませんでした。彼らの言い分は正しいし、私たちも『全部なんて助けられない』と理解しています。
だけど、『期待しなかったのに命が救われた』場合、誰に感謝するのか。自分たちで魔物を防ぐ以外で、人間の手に負えない事態を救われたら・・・・・
民は、この世界に存在している意味を、曇り眼を拭いて透察しないといけません。
漠然と置かれた存在ではないこと。均衡を保つに、適しているから存在すること。
均衡とは即ち、単独では成り立たず、異種族と繋がりあってのこと。だから守られていると・・・情で助けるだけではない、補い、補われ、尊重し、与え、与りの関係が世界です。単純な匙加減、力や優劣のみではなく、です。
『世界に居る』意味を探すのは人間の課題で、今理解を深めて受け入れなければ、意味すら探さなかった依存と、不要扱いされるでしょう」
イーアンは、腰袋からあの鱗を取り出す。離れた席でも力強い気配を感じる始祖の龍の鱗に、皆の視線が集まり、イーアンは美しい鱗を手に『ティエメンカダは、友達だった龍の想いを尊重して下さっている』と言った。
「これをティエメンカダに見せました。ティエメンカダは、私が持つようにと言い(※ここでシャンガマックが目を伏せる)龍の愛が控えめで済むよう、願って下さいました。その意味は、分かりますね?」
呟きが小さくなった女龍は、偉大な鱗を撫でて袋に戻す。
龍の愛が実行される時、それは女龍にとって痛みと怒りと悲しみの破壊を示すと、ドルドレンたちはよく理解している。
『存続に値する判断を下された時くらい、一人も死なずに次へ進めるよう、守ってほしい』と、始祖の龍が大精霊の友に頼んだこと。そうなるためには。龍が動くような流れを作らないためには。
ティエメンカダは知っているから、人間自体が理解するよう仕向けた方が良いと教えた。
順を追って聞く皆も、そのために急ぐ必要のあるものを考える。
ルオロフは、イーアンの説明に『彼女は、龍の位置で話している』と感じた。彼女のように・・・私の場合は『生物の頂』として、思考し、喋ることが出来るだろうか。
「ルオロフは」
名前を呼ばれ、俯かせていた顔を上げると、話し終えた女龍が微笑み、横の総長とも目が合った。お願いしますと目で伝え、総長が頷く。
「さて、また違う話だが。これもまた流れの一環で関りが深い。ルオロフは昨日、大きな転期を迎えたのだ。彼が自分で話すには疲れているので、俺から伝える。
皆も、彼が信じられないほどの力を持つのを、不思議に思っていただろう。俺はロゼールさえ人間に思えなかったのに、ルオロフなんて『人間の皮を被った別物』だと、かねがね思っていた」
真面目な話なのに、言い方がおかしくてミレイオが吹く。オーリンも笑いかけて、真顔を向けた総長に『続けて』と促した。イーアンも、頑張って堪えている(※よく笑う人たち)。
ドルドレンは咳払いし、『話の腰を折らないように』と注意して、ルオロフが異界の精霊から聞いた、彼の真実をきちんと話す。
「本当?」
ミレイオたちの笑った顔が固まる。赤毛の貴族に視線が集まり、貴族は皆を見渡してから『その様です』と控えめに答えた。
「何にも言われてなかったのに、でしょ?」
ミレイオは、彼の人生で初の告知かと確認し、そうですと頷く若者に同情した。それは皆も同じ。
「何か言ってくれたら違ったと、思いたくなるけれどな。生まれ変わってから、記憶があるルオロフだから意図あって放置されたのか」
精霊の意向を思うタンクラッドだが、ルオロフが特別だった・・・これはもう、狼男の時から決まっていたんだろうと考えた。
一人、訳の分からないクフムは、左右に目を走らせて『生まれ変わる・記憶・生き物の頂点』の説明を求め、気づいた総長が答える。
「今の彼は三回目の人生だが、二回目は人間ではなかった。二回目の時、彼は俺たちと知り合い、その人生を終えたのだ。だが正確には、人生と呼んで良いものか。その時の彼は人間ではなかったし、命があったわけでもない。難しい部分なので割愛しよう。
生まれ変わったのが、現在のルオロフで、彼は再び俺たちと会った。ちなみに、二回目と三回目の別離期間は、一ヶ月ほどである」
すっきり要点を絞って簡潔に説明され、よく分からないままクフムは頷いた。昨日もそんな話していたし、と深読みせず受け止める。
ここで、シャンガマックが口を開く。思い当たったような雰囲気で。
*****
『俺が思うに』と言いかけて少し間を置き、ぶつぶつと呟き出す騎士。
「いや。最初は俺が勝手に思っていた、と言うか。ルオロフに、その剣を渡そうと思いついたのも・・・そしてあの空間に、ルオロフがタンクラッドさんと入って、聖なる水を得た経緯も。もしや、繋がっているのでは」
「一人で話さず、分かるように言いなさい」
総長の注意が入り、顎に手を当て考えながらのシャンガマックは顔を上げる。
「はい。報告出来ることと、出来ないことがあります。だけど、ルオロフの状態が変わったなら、彼に伝えておこうと思いました。父には言わないで下さい」
父に言うな。その頼みはとりあえず流し、戸惑うルオロフを見た総長は、部下に続けるよう促す。赤毛の貴族は、示唆の光を求めてシャンガマックを見つめた。
「ティヤー以外にもあると思いますが、彼はあの空間の担当なのではないかと。幾つもの偶然が、ずっとそこへ導いているような。
ルオロフがアイエラダハッドからついて来た最初、俺は彼に古代剣を渡せたらと思いました。それは俺と父がいつ、水に戻るか分からないからです。
ルオロフは動きも半端じゃないし、頭も良く勇敢で、冷静です。戦力として申し分ない同行で、アイエラダハッドで騎士だったとも聞いたし、旅の人数が減った時に彼が戦うなら心強い。
剣を持ってもらうなら、と思いついたのが、アイエラダハッド中央博物館でタンクラッドさんと見た、古代剣でした(※2431・2440話参照)。
不思議な剣についてその時はよく知らなかった。ただ、ルオロフに持たせれば、いざ何かの変化があって、彼はついて行けるし、それに『材質が残存の知恵にも対抗』できそうな剣で・・・ もう、残存の知恵を動かす宗教者はいないだろうし、武器も壊されていますが。
その時はまだ、対策を求め始めた段階だったので、是非用意したかったです」
赤毛の貴族は目を丸くして、シャンガマックの話を聞く。こんな風に思ってもらっていたとは。
シャンガマックの漆黒の目と視線が重なり、ニコリと微笑まれる。
「タンクラッドさんと剣職人の話をし、サンキーさんの工房に。実は違う剣職人と先に会っていたけれど、彼は魔物に殺され、その職人の紹介状先がサンキーさんです。サンキーさんは、古代剣を作る鍛冶屋だった」
丸ごと流れを知ると、導きにしか思えない。褐色の騎士は続ける。
「サンキーさんは、材料がないから復元が出来ないことを丁寧に教えてくれました。でも、その材料は間もなく手に入ったんです。イーアンが入手した、黒い物質が材料です。
イーアンは二回、あの材料を手に入れています。一度目は異時空の空間で、二度目は火山で。
どちらもタンクラッドさん経由でサンキーさんに譲渡され、サンキーさんは、剣を仕上げました。それも魔物材料と合わせて、古代剣の弱点だった脆さを克服し、ルオロフの剣が出来上がったんです。
剣を持つルオロフは、タンクラッドさんと共に、精霊島に在る『あの空間』にも入りました。
俺も行きましたが、俺は制約が・・・(※濁す)。とにかくルオロフは、『壊れない古代剣の鍵』の持ち主として足を踏み入れ、精霊ではない誰かと声を交わし、聖なる水を受け取っています。
古代剣は、一度使うと壊れる脆さで、壊れる度に材料を手に入れ、作り直すものだったと、タンクラッドさんもサンキーさんも話しています。ルオロフの剣は壊れませんから、それで『持ち主』と認定されたらしき、会話の印象もありました。
総本山のデオプソロ姉弟は、『お告げ』の度に使う古代剣の材料を、一回につき一本分・・・『他にはない剣』と弟の方が認識していたので、一回でダメになる剣のみだったのでは。
おそらく、ティヤー以外の国でも同じだと思いますが・・・脱線するので、今は触れません。
話を戻します。黒い物質。剣の材料。俺はこの前、それを大量に手に入れました。ここの部分、父には伏せて下さい(※皆を見回し、皆さんは目を逸らす)。
なぜか、精霊とは無関係の場所にありました。誰も近寄らないような所に。理由は不明ですが、そこから持ち帰った材料を、サンキーさんに運んであります。これが昨日の話です。
もし、ですが。ここから俺の本題です。もしもルオロフが、あの異時空の担当として選ばれているなら。
今後、ルオロフ以外が開けられる可能性が低くなったと・・・ちょっと先走っていますが、その予感もあります。
俺は、材料を大量に集めた場所が、『古代剣で開く時空』、『火山の内側』など、まず侵入不可の場でしか手に入らない材料の・・・『源』だったかもしれないと今思います。
そうであれば、の話ですが、集めた材料はサンキーさんの元にあるわけで、サンキーさんしか、ルオロフの持つ強い古代剣を作れませんから・・・・・ 」
ここまで話して、シャンガマックは先を続けられなくなった。タンクラッドがじっと見ていて、目が合う。
「サンキーを守れないと、まずいかもな」
いきなり話が、違う方向へ流れた。不穏が漂う、朝食の終わり。
シャンガマックも言いながら気づいて『すぐに』と腰を上げたが、タンクラッドが止めて『俺が行く』と引き受けた。
ルオロフは、託されたかも知れない『不思議な空間』に、剣と自分が何をするんだろうと・・・謎の入り口に立ったところで話は途切れたが、とにかく灯台は見えた気がした。
朝食の席は至急解散となり、タンクラッドは『これから出る』と食堂を出て行き、ドルドレンたちは『今日から、魔物退治を異界の精霊と共に行う』ことにし、組み合わせを決めて動き出す。
シャンガマックも、ドルドレンたちと共に退治・・・だが。サンキーに渡したことが彼の命を危うくしたかと、不安が募った。
困ったことに影響は―― タンクラッドは戻ってきて、良い報告をしなかった。
サンキーは無事だったが、黒い物質は失われていた。サンキーが加工する前に、妙な腕が部屋の中に現れ、材料を持って消えたという話。
妙な腕について、タンクラッドは細かく聞き、サンキーの安全のためにアオファの鱗も新たに渡した後、『腕』を探しに行った。
「悪いが、俺はその腕をまず確認しなければならん。敵か味方か、それだけでも」
夜に戻ったタンクラッドは『サンキーを面倒に巻き込んだ』と溜息を吐き、ドルドレンは了解した。
魔物製品を作っている分には、誰に狙われるほどの事態にはならない。だが古代剣は、精霊以外が絡むと途中から知ったのに、考えが甘かった。
タンクラッドは『腕』の確認で、トゥと別行動が決まり―――
ドルドレンたちは船もあるため、交代で日々魔物退治へでるようになった。異界の精霊の『封じ』により見えない襲撃地域が多いため、協力を伝えて一緒に戦う。
戦いながら、こちらの姿を人々に見せるため、慌てる人たちや戸惑いを訴える人に対応するのが、ドルドレンたちの仕事に加わったが、これが必要だったのだと、対応の度に感じて意気込んだ。
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シャンガマックは『神』を探したいが(※2669話参照)・・・そうも行かなくなり。
そちらに時間を使うには、内容を皆に教える必要がある。まだ、ヨーマイテス以外に話していない。
確実に手助けが得られると決まってもいない『神』を探すために、ティヤーが立たされた現状を後回しに出来ず。サンキーは無事でも物質が奪われたため、タンクラッドが単独で探しに出ているし、気になりながらも『神』は後に回し、退治を優先する。
尻切れトンボの『神』探しの事情は、ヨーマイテスにもその夜話した。
ヨーマイテスはそこではなく、サンキーの元に現れた腕の方を気にしたようだが、腕探しはタンクラッドに任せる意見で終わった。
そして、魔物退治に毎日出かける息子へ、従うダルナと連携を取れと言った。
万が一・・・『原初の悪』が絡んできた場合に備えて。そこまでは話さないが、息子は『ダルナを側に呼んで戦う』と約束した。
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あの朝食の日から、三日。
分担魔物退治に出かけたシャンガマックは、龍のジョハインに乗って南下した島付近、変形する波を見つけ、海に出ていた船が襲われる寸前を見た。
ダルナは側にいるが、龍がダルナを好まないので離れている・・・ でも、褐色の騎士が留まる理由にはならない。
おかしな動きで持ち上がった波と、呑まれかける船の間に急降下し、精霊ファニバスクワンの絵を魔法陣で立ち上げた。
光り輝く巨大な緑の円盤がぐるっと回転し、降りかかる波を吸い込む。真上から生き物のように飛び込む波を、精霊の魔法陣が吸収してゆく。
よし、とシャンガマックは頷いたが。吸い込まれた波の中から、異様な頭が出現。
無数の骨が刺さったり絡んだり。癒着した骨は、船以上ある人の頭を模して口を開けた。
魔法陣を敵との境にシャンガマックは次の呪文を唱え、魔法陣に浮かぶ文字から金色の礫が一斉に放たれ、現れた頭は真っ向から食らって砕け散る。ばしゃばしゃと破片や塊が海に落ち、今度こそ魔物を倒したとシャンガマックは思った。
船は無事か?と背後を振り向く騎士が、船を視界に入れるより早く・・・ 異質な音が耳に届く。
『お前だったな。確かあのサブパメントゥと一緒にいた人間は』
「何?」
『良い具合だ。さて。俺の死霊に手を出して、手ぶらで帰れると思うなよ』
お読み頂き有難うございます。




