2673. 南西移動8日間 ~⑤勇者の周囲・傍観未満・待機の船・ロゼール出発・報告0の夕食時
☆前回までの流れ
イーアンがシャンガマック親子に、朝一番で孤島へ連れて行かれた日。ドルドレンはトゥに促されて、親方とルオロフと三人で魔物退治に出かけます。行った先では、異界の精霊が魔物を倒している真っ最中。これまでの現実がこれ、とばかりに突き付けられた三人。戦う場で、ルオロフは『人間枠』に逡巡する悩みを思いがけず取り払うことになり・・・
今回は、後ろめたさを感じるドルドレンから始まります。
別の島で魔物を倒すドルドレンは、ムンクウォンの翼を足元に、空中から降りることなく淡々と退治をこなす。
途中、何度か町の人々に騒がれたが、特に前置きも必要なく。魔物を倒す姿さえ見せてあれば、味方と判断はしてもらえる。
ただ、自分より先に異界の精霊らしき動きが退治すると、ドルドレンはちょっと分が悪い。剣も持つし、足元の光で飛んでいるし、人間ではなく新手の敵に見られかねない心配あり。
たまに、剣を構えて魔物に突っ込んだは良いものの、振り上げた剣が討ち取るより早く、魔物が倒されると、その場合は傍目『ただの怖い人』で、誰も見ていないと良いけれどと総長は気にした。
「異界の精霊が見えないのだ。見えるなら、この経過も人々に理解してもらえそうだが」
全く姿を見せない異界の精霊・・・ドルドレンは最初こそ、どうしてだろうと思ったが、すぐに『配慮か』と気づいた。
異界の精霊は、人の伝説やお伽噺に馴染みない姿形が多く、それでかなと。
よく船を動かしに来てくれる、イーアン友達の大亀や人魚(※異界の精霊)は、この世界にも居そうではあるが、一般的に知られた姿ではない。
民には、魔物と精霊の区別がつかないと困るから、姿を見せない配慮だろうと、ドルドレンは考えた。
だが見えないと困る。あっちは俺が見えていると思うが。向こうが倒す寸前で、俺が飛び込んで来たら嫌ではないのか。
邪魔していないと良いけれど・人々の目に俺が意味なく剣を振りかざすように映らないと良いけれど。そんなことを懸念しながら、ドルドレンはとりあえず魔物を倒す。
しかし、こんなに多くの種類が一度に襲うものか。
魔物は動植物、水生系、時々、形を持たない霧状・水状のも出ており、見つけ次第、勇者の力が使える広さなら太陽柱で薙ぎ払い、遮る場所だと剣でどうにかするが、決戦でもないのに、一遍にこれほど魔物が集まっているのは意外だった。
「もしかして。ずっとこうだったのか」
ドルドレンも精霊ポルトカリフティグと、退治に出る時はあった。やはり魔物は多かったし、二三種類同時出現も見たのだが、『出るところには出る』意識で終わっていたと思う。
ピンレーレーは・・・その前の、本島は。滞在期間中、何度魔物退治をした?
自分は度々留守にしたけれど、仲間が退治に出た頻度は。イーアンは『空から戻る時、飛び回っている時など、よく魔物を見つけるから倒す』と話していたが。
固形ではない魔物の核を見つけ、ドルドレンは核を貫き、魔物が変形して動かなくなるのを確認してから、次を探す。浮いている視点では、町のそこかしこで上がる火事の煙で視界が紛れるが、魔物の気配を辿って倒しに行く。魔物が、ひっきりなしに感じた。
滞在した島で、ここまで出た印象がない。たまに倒すような・・・
「テイワグナやアイエラダハッドは、俺が移動した先に魔物がついてくる感じだった。だから俺が行くと死者が出る、そう思って気が塞いだが。ティヤーは随分とのんびり過ごせて・・・忘れかけていたのだな、俺は」
自分が居たところに、きっと魔物は集中していたと知る。
それを気づく前に、誰かが倒してくれていた。異界の精霊は、自らが発しないと気配を感じさせないのを、思い出さなかった。
仮面の下で目を閉じる。『魔物が少ない』そう言って、何度首を傾げていたかと哀しくなる。自分たちの鈍さ、甘え、他に気を囚われるとすぐ、ゆとりも視野も消える未熟。
「こっちが現実だ」
ふーっと長い息を吐き出し、ドルドレンは長剣を構えた。
勇者が一人、飛び回っては魔物を丁寧に倒してゆく様子を、離れた場所でトゥが読む。
その理解が必要な時期だ、と銀色のダルナは見通し、長い首を一本、別方向へぐーっと向けた。
「俺の主も、そろそろ引き締めてもらわんとな」
*****
タンクラッドも、時の剣で応戦中だが。
「やりにくい」
異界の精霊がいると聞いているので、下手に力が使えない。時の剣は、中和する渦の発生が、最大の攻撃。これを使うと、異界の精霊に攻撃を向けたと思われるのでは、その心配があった。
とはいえ、異界の精霊はタンクラッドの特殊な剣が放つ力に気づけば、先に防御態勢をとるため、使っても吸い込むことはない場合が多いのだが、それでもタンクラッドは誤解を避けたかった。
そしてタンクラッドは、トゥがなぜここへ案内したかも察する。
「世間知らずとでも言いたそうだ」
魔物の量も質も、一度に食らう分が半端ない。こんなの開戦時以来ではとタンクラッドもまた、ドルドレン同様に感じたが、すぐさま『これがティヤーの日常だった可能性』と思い直した。
アイエラダハッドから、異界の精霊がついて来たこと。
ティヤーに元から居た精霊が、人間たちから手を引いていたこと。
『ウィハニ』を名乗った混合種の精霊が、全体を一人で担っていたこと。
「魔物が出ている国で、魔物を見かける率すら低いなんて。どう考えたって、俺たち以外が退治していた以外、ないじゃないか。・・・間抜けだな」
異界の精霊が動き回るに、地元の精霊を気遣わずに済んだ状況は整っていた。
唯一、民を助けに動くのは、混合種アティットピンリー。その精霊が来ない時は、異界の精霊が倒し続けていたのだろう。
「それに気づかず。不思議だ何だと、俺たちは何て呆けているんだ」
舌打ちも恥ずかしい。苦く歪めた顔を、海岸の崖上から向かい合う津波に向け、タンクラッドは『俺に倒させてくれ』と叫んだ。叫んだ両手は金色の剣を掲げ、大渦が唸りを立てて広がる。
異界の精霊の姿も気配もない中で、タンクラッドは遣る瀬無い思いをぶちまけるように、人の顔が何億と映し出される津波の壁を、渦の中に引きずり込んだ。
情けなさを全身で現す男を、空に浮かぶ赤目の天使ブラフスがじっと見つめ、『私たちは、タンクラッドたちを手伝うために来たのだから』と遠慮がちに呟いた。
*****
朝一で、シャンガマック親子に連れて行かれたイーアンの午後は、帰る途中で魔物退治をし、呼んではいないダルナ二頭に手伝ってもらい、海上だったので人魚も来て、そして海だからあの精霊も・・・ この話は、また後で。
一日が暮れ行く頃まで、アネィヨーハン待機の仲間は、同じ場所から動けなかった。
トゥもいない。イーアンも、異界の精霊を呼ぶ前に連れて行かれた。それは、移動できないことを意味した。
「船って、ぼんやりしていても進むんですか」
ロゼールは何度か同じ質問をして、ミレイオとオーリンに『さぁ』と、素っ気ない答えを貰うことを繰り返し、オーリンが『倒れないだけ良いよ』と怖いことをたまに呟いては、船窓向こうの静かな景色(※動かない)を見つめる横顔に寂しさを感じた。
クフムは一人時間を専ら勉強に当てるので、食事以外はまず部屋から出てこない。
海賊の言葉の勉強、と知ったロゼールは、それをひっそりオーリンに伝えて、オーリンは面白そうに頷き、ミレイオも『悪いやつじゃないからね』と笑う。
オーリンは、船倉の馬や馬車をちょくちょく見に行き、暗い船倉に光を取り込む仕掛けを作ったり、あの船の模型を見たりして過ごした。
ミレイオは、沢山もらったサーンと麦で、ロゼールと一緒に『日持ちする料理』を作りながら。ロゼールは料理の合間、やることが一旦なくなると掃除して暇潰し。
魔物退治は自分も行きたいけれど、船という居場所を守るのも大事。馬もいれば、馬車もある。
支部を守るのと変わらないなと思うロゼールは、最近あんまり会わないサブパメントゥの家族のことも、暇な時間の中で懐かしく思った。
前は毎日だったのが、ここのところは数日置き。忙しいんだよねと・・・その理由もまた、『魔物退治・世界の変化』であるため、一人さぼっている後ろめたさ。
ピンレーレーで契約した書類をハイザンジェルに運ばないといけないが、総長たちが出かけると思わなかったので、今日は自分まで出かけるのを止めた。
こうして、強制停止の船は波間に揺られて夕方を迎える。
夕暮れが近づく頃にドルドレンたちが戻り、アネィヨーハンは動き出す。ドルドレンとタンクラッドは戻ったが、ルオロフは『用事』で後かららしかった。ロゼールは総長に『夕食は作ってある』と先に教えてから、ハイザンジェルへ向かう。
ミレイオが料理を温めて食卓に並べ始めると、良いタイミングで褐色の騎士が戻り『イーアンは?』と開口一番心配そうに見回したが、戻っていないと知ってやや消沈していた。
イーアンを待たず、ランタンを灯す食堂で月夜の海を見ながら、夕食。
ドルドレン、タンクラッドは元気がなく、ミレイオが料理の説明をしながら、合間合間『今日どこ行ったの』『どうだったの』と質問を挟んでも、曖昧に濁す返事しかせず、その態度は重かった。
オーリンはクフムと雑談し、ミレイオは一人で喋り続け、大型の二人は口数少なく、空腹を埋めるようにひたすら食べた。
「明日にでも、今日の事を話したいと思う」
ぼそっと呟いたドルドレンに、顔を上げたミレイオが『うん』と一言で終わらせる。今はまだ、聞かれても話しにくいのだろうと察した。
「この、麦を炒めたの。美味いな。ロゼールか?もう少しくれ」
タンクラッドも話そうとしない。ロゼールの作った、オイスターソース系チャーハン麦版を褒め、開いた皿を前に押す。ミレイオは鉢で用意したチャーハン麦版を、大きい匙でよそってやったが、『こればかり食べないで』と注意した(※親方は一品集中で食べる癖あり)。
「イーアンの分もあるんだから」
「まだ帰ってこないのか・・・ 」
ミレイオに続けたのは褐色の騎士で、はー、と溜息。ちらっと見て、こっちも何かあったのねとは思うが、ミレイオは聞かないでおいた。
シャンガマックも、どこへ行ったかを報告しない・・・イーアンを連れて行ったらしいのは朝聞いたが、理由も目的地も言わなかった。今は、報告よりイーアンに意識を囚われている感じで、黙々と食べている。
ドルドレンも、部下の落ち込み方はちょっと気になったが。
イーアンを連れて出かけ、シャンガマックが凹んでいる時点で、『彼がたまにやる、天然で怒らせた結果』かと見当をつけて、放っておく。イーアンは気が晴れれば、いつまでも怒らないので、多分大丈夫。
それより――― ふーっと控えめでも溜息が漏れる。
今後、どう動くのが最良か。大きな課題に、勇者は悩んだ。隣に座る剣職人も同じ心境で、『かといって、分担別行動は良くない』その問題が阻み、考え込んでいた。船がある以上、制限はあるから。




