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魔物資源活用機構  作者: Ichen
敵輻輳
2670/2962

2670. 南西移動8日間 ~②死霊の感覚と『一報』・四百九日目イーアン、孤島の僧院へ

 

 死霊の長―― アソーネメシーの遣いが、あちこちへ出向いて『すべきこと』をこなし、自分のためにも『本来すべきことだった』動きを取り、ある島の突き出た砂岩の上に立った時。



 夜明け前の空一面を覆う雲の切れ間、黒い筋がしゅるっと弧を描く。


 死霊の長がそれに気づくと、雲から現れたような黒い筋は、渦巻きながら風を起こし、渦の中心に白い顔が浮かんだ。渦にねじ込む仕草に続き、白い顔の目が開く。赤や黄色い縞模様の顔に動いた、薄ら笑いの口元。



『恐れをなして、俺に寄りつくのもやめたか』


『・・・やるべきことをしていますよ』


『ふーむ?()()()()()()?』


『アソーネメシーが命じた事です』


『そうは思えないが。お前はどうして俺の言葉を聞かないのやらと、わざわざ聞きに来てやったんだ』


 白い顔の言葉に、死霊の長は返答を止める。 

 何を言われているのか分かるので、答えによっては片付けられる。それは肯定される。


『黙っているのは、人間の時の名残か?お前が人間だった頃なんかないだろうに、取り込みすぎて人間じみたか』


『・・・・・ 』


『名もなき霊の未練をすする者よ。その『名もない霊』の『未練』を作るために動くのは、俺の命じた事だったか?俺は、そう伝えたつもりはない』


『最初に呼ばれた時に受けた命令ですが』


『口答えも人間並み、笑えるな。お前の愚かな結果を俺が咎めずいてやったのに、それか。宗教の人間以外も手出しするのは、俺の()()()()()()ではないよな?今ここで龍にくれてやろうか』


『いや、二度目の』


『お前はなぁ。頭が骨だから質が低いのは仕方ないと、俺も思ってやるんだが。しかし、俺の命令を聞かないとなれば、役立たずどころか迷惑だ。そして俺は気が長くない』


『ヨライデに送る死霊を集めているのが、迷惑ですか』


 流れがまずいので、死霊の長は白い顔の独り言ちを遮る。白い顔はその途端に消え失せ、渦巻く雲は膨れ上がる。風なき風の音、幻視のような千切れる雲の目まぐるしさ、渦の中心に雷が放射状に走り、それを背に紺色の僧服が現れた。


 紺色の美しい僧服ははためき、汚れた革長靴の足は、見えない椅子に座って足を組む。フードが暴風の音と共に後ろへ下がり、大きな捻じれ角が二本、雷に輪郭を輝かせ威圧する。



『お前が俺に意見?』


『間違えました』


()()()。俺が誰かを教えた気がする。だがお前の骨頭は思い出せないと来た』


『おもい・・・出しています』


『俺が決めることだ。お前ではなく、だ。俺が、お前に、命じる。分かってるはずだ』



 二度目の命令以降で死霊の長が手にかけたのは、宗教関係だけではなく、船もある。

 死霊の感覚で、『陸に足を置かない人間』は、死んでも土に記憶されない。

 土に記憶されない人間は、命が消えるのも自然。人間は陸の生き物だから、陸を離れて死ぬのは当然・・・これは、死霊の長の()()()だった。


 そのため、船を襲い人間を沈めるのは、アソーネメシーの命令に触れない範囲外と勝手に解釈した。



 呼び出された最初の時、『ヨライデで死霊を使う』ことから対象にされていたティヤー全土の人間が、ある一時を境に宗教関係に絞られた。宗教の拠点を潰した、龍の女が理由。


 その命令の変更は聞いてきたが、ついこの前の失態で、下手をすると即、消される状態になった。消される前に離れることを考えた。それには、死霊を()()()に集める。



 ―――霊は曖昧。存在があるようでなく、ないようでそこにいる。存在の終わり、この手前。


 消されることを望まず逃げるなら、存在を失う手前の霊を盾にすれば、自分に届く前にそれらが先に消える。龍と精霊の威力が、どれほどの早さで存在を奪うのか分からないので、盾は、厚い方が良い。

 何か言われたらヨライデに送るためと言えば済む、その程度でかわせると思ったのが。


 今日見た、獣(※狼男)は使い勝手が良さそうなのに逃がしたし―――



『おい』


 死霊の長が黙った数秒で巡らせた意識を妨げ、紺色の僧服が声を掛けた。『随分、悠長な』椅子のない空中で座る格好の精霊は、見えない肘掛けに肘をつき、片手を顔に添え、骨の異物を見下ろす。


『報告はあるのか』


 急に矛先が変わる。

 死霊の長は、思考を読まれていることを気にかけない。とても自分勝手な存在なので、相手よりも自分に意識が常にある。読まれているなど考えもせず、『報告はあります』と答えた。


『言ってみろ』


『死んでいるのに毛皮を持つ獣で、喋るやつがいて。それはサブパメントゥらしく』


『サブパメントゥが死ぬなんて思うか』


『死ぬ生きるの種族ではないですが・・・その獣はそうでした』


 ふむ、と頬杖を突いた精霊は静かに頷く。虚空の目を骨の異物に向けたまま、『思い付きだ』と一言。

 顔を向けた死霊の長に、青鈍色の精霊がにたーッと笑った。


『喋る獣は一頭か?』


『もう一頭サブパメントゥが付き添っているらしくて、そっちはよく俺の至近距離に入るやつです。ただ、関わったことはありません』


『そっちのサブパメントゥとやら、お前は見たことがありそうだな』


『一二回あります。見た目は普通の獣です。やけに体がでかいですが』


『そうか。次に至近距離に来たら、押さえろ』


 精霊の命令三回目。癒着した骨の頭がピクリと動き、紺色の僧服に身を包んだ精霊は、最後の暴風を巻き起こして消える。空は、夜明けを過ぎていた。



 *****



 翌朝一番で、イーアンはシャンガマックと顔を合わせた。

 昨晩のサーン料理は余らなかったが、少し多めに炊いたサーン(※冷やご飯)を朝食に使おうと、早めに台所に行ったら、褐色の騎士が水を飲んでいて『おはよう。昨日は悪かったな、鱗のこと』と爽やかな笑顔。


 朝から清々しいなぁとイーアンはイケメンに感謝し、おはようございますと挨拶を返して『鱗についてはもう謝らないで』と笑顔を向けた。で、次の彼の言葉で真顔に戻る。



「今日。()()あなたを連れて行く場所がある」


「む(※真顔)」


「先に言っても良いな。俺もこの前行った、メ―ウィックの書物が置かれた島だ」


「ああ、あそこ(※棒読み)」


「イーアン一人では入れないから、父が同行する。サブパメントゥがいないとな」


「・・・お父さんお忙しいでしょうし、どなたか別のサブパメントゥ・・・ロゼール、ミレイオとか・・・(※回避試み)」


「ロゼールは、メ―ウィックの書を読めないと思う。ミレイオは、読むだけなら良いかもしれないが、解釈は、場慣れしている父の方が豊富だ。彼が言い出したことだし、ここは父に任せてしまって大丈夫だ」


 イーアン、固まる。そうだった。私、()()()()()()んでした(※忘れてた)。え、でも、とも気づく。


「シャンガマックは?一緒に行きますよね」


 解釈云々父任せの言い方。一緒に行かない感が漂う息子さんに、行くでしょ?と聞いたものの、真顔イーアンの呟きなど聞いておらず。 

 微笑み浮かべた褐色の騎士は『しかし珍しい、父が自分から言い出すなんて』と、大変貴重な贈り物のように強調し、答えをもらえないイーアンは拒否が難しく、了解するよりなかった。



 お父さん付きだと、未だにギクシャクするからストレスが~と目を瞑り、どうしたんだと顔を覗き込まれ、慌てて話を変え『今日ですか』と行く日を聞いた。騎士は、軽く頷く。


 私の予定とか気にしないのねー。ん?と首を傾げるイケメンに、イーアンは『今日はね』と一応予定をきちっと伝える。


 アティットピンリーに親御さんの話をしに行くんだと言うと、騎士は興味深そうに『アティットピンリー』と繰り返した。


「混合種の精霊に会いに行くのか」


「行って必ず会えるわけではありませんが、探してお伝えすることが」


「丁度いい」


「・・・(※使われる予感)」


「イーアン。俺も会いたいと思っていたんだ。混合種なら、父も側にいて平気だろう?誰に影響することもないし、一緒に行きたい」


 イーアンは、心の中で『えーーー』と叫ぶが、天然なイケメンはニコニコしながら『父にも言っておく』と・・・ それ、つまり。お父さん知らないんでしょ、あなたがたった今、独断で決定したんでしょ、その後始末は私に来るのよと、無表情の女龍は心で訴える。


 シャンガマックは、水の容器をもう一つ取って、イーアンにも水を汲むと差し出し(※親切)、受け取った表情硬い女に『じゃ、朝一で出発だ』と勝手に決めた。



「実は、イーアンを僧院に連れて行く間、俺は(こっち)で待機予定だった。俺は()()()()()()()()()からだが・・・でも、その後にアティットピンリーに会いに行くなら、俺も用事がある分、表で待っていても良い。父も俺と長い時間一緒だと喜ぶから、丁度良いな!」


 何が丁度いいの。アティットピンリーに会いに行くのが二の次になってるのは、なぜなの。それ私の予定なんだけど。

 色々ぼやきたいイーアンだが、獅子と騎士相手に、私の都合なんて言っても流される(※よくある)。諦めて、分かりましたと項垂れた。



 ということで―――


「皆さんは、船ですよね」


「予定ではそうである。魔物退治の見回りは行くつもりだが」


 分かりましたと振り向いた女龍に、ドルドレンは『気持ちに無理がないよう、上手くかわしなさい』と獅子相手の助言を与え、イーアンを送り出す。


 船の甲板に、金茶色のデカい獅子。背中に部下が跨って、女龍を待っており、イーアンは沈鬱で物憂げな視線を伴侶に向けると『字が読めたら良かった』と今更の後悔を呟いて、翼を出した。


 何と言ってやることも出来ず(※支部で勉強しても覚えなかった愛妻)。



 シャンガマックがダルナを呼び出し、彼を慕うフェルルフィヨバルの白灰色の巨体が右舷につき、獅子と騎士はダルナに移る。


 イーアンは彼らの後について飛び・・・ 見送ったドルドレンに、船の左舷にいたトゥが『こっちも()()()で魔物退治でも行くか?』と悠長な退治相談を投げる。


 思わぬ誘い・・・見上げた総長。それを見下ろす、双頭のダルナ。


「タンクラッドに話してみろ。赤い狼の動きを良くしてやるなら、()()()()が良い」


 暇?と聞き返したドルドレンから、トゥは首を海の先へ向けて『実際は暇どころか大騒ぎでも、俺たちは暇だ』と不穏な呟きを落とした。



 *****



 イーアン、シャンガマック、獅子は、瞬間移動する必要もない距離の孤島へ飛び、呆気なく到着する。


 イーアンは初めて見たが、外から見て一ヶ所だけ、コルステインを連想させる彫り物の存在を見つけ、『あれが目印ですか』とシャンガマックに聞いた。シャンガマックは今気づいたようで、『あ、本当だ』と。


「この前は、この角度から見ていなかったが」


「どの角度から見ても、見えるやつとそうじゃないやつがいる」


 獅子が口を挟み、目の合った女龍に『探していないから、見えたんだろ』と意味深な一言。


「探したら・・・見えないのですか」


「探すって事は、()()()()()()見当つけているって状態だ。そんな奴に目印をくれてやることもない。探してないやつの目に映るのは、『威嚇』だ」


『威嚇』の言葉に、女龍とシャンガマックは視線を交わす。イーアンは昨日、ティエメンカダと話したサブパメントゥの『距離感』を重ねた。近づくな、の意味はあれで充分なのか・・・・・


 そういえば、ロゼールが最初に手仕事訓練所で言われたのは、職人たちはあの彫り物を知っているような話だった(※2614話最後参照)。

 要は、探していない人の目には映っていたのだ。

 タンクラッドは探すだけ探し、何もそれらしさがない、と文句を言っていたけれど。



 そこまで考えて、獅子が『入れ』と右端の岩場に鼻面を向ける。イーアンが動くと、獅子も岩場の突き出た足場に降り、目の前に開いた縦型の亀裂に進んだ。イーアンが先に行くのも変なので、入れと命じられたわりに、後からついて行く。シャンガマックは入らず、『待ってる』と微笑み、外に残った。


 途中途中で有翼人の彫り物を目にし、イーアンは、コルステインみたいだけどコルステインよりもっと・・・無遠慮な表現をすれば、恐ろしい雰囲気に感じる。コルステインは可愛いし綺麗だから、彫り物はわざわざ恐ろし気に歪めた気がした。



 誰に対しての威嚇。誰への、警戒なんだか。


 書物の部屋にはすぐに着いて、二間続きの石の部屋に入る。手前は暗く、奥は明るい光が差す。細い光は集中的な示唆に似て、こっちへ来いと招くように感じた。


 古く、長い間、何人も立ち入らなかった風変わりな室内は、清貧の僧侶にそぐなう。

 静かで冷たい石の部屋。ティヤーは暖かいから冷えはしないだろうけれど、波の音と風の音以外が聴こえないこの場所は、感覚的にも温もりと遠い。


「こっちだ」


 獅子は奥の部屋へ女龍を呼び、書架のある壁の前に立たせる。それとこれと、と獅子が普通に言い、イーアンは背表紙に脆く浮かぶ薄い題目を見つめ、『読めません』と嫌そうに呟く。一瞬で、舌打ちが返る。イーアンも目が据わる(※仲良くなれない相手)。


「読めないって、シャンガマックから聞いているでしょう」


「自分が出来ない事を、俺のせいにするなよ」


 仕方ない、と吐き捨てた獅子は、目が据わる女龍の仏頂面を無視して、その場でゴキゴキと体を変化させ、焦げ茶色の大男に変わった。久しぶりにこの状態の獅子を見て、天井につきそうな背の高さを見上げたイーアンは『デカい』と改めて思った。


 筋骨隆々、金属質な輝きを持つホーミットは、金茶色の長髪を揺さぶり、自分を見上げる女龍に『これだ』と背表紙を指差す。エサイの面がある以上、イーアンと触れても問題はないはずだが、彼はそれを避けて、イーアンに本を取らせた。


 イーアンは石の机に、壊れそうな書をそーっと置き、『何ページ目とかあります?』と尋ねる。大男が『俺が止めるまで捲れ』と人差し指をはねる仕草を見せ、イーアンは慎重に紙を捲り始めた。

お読み頂き有難うございます。

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