2668. 獅子と狼男の夜 ~鉢合わせ・見せかけの敵
日中から夜も、夜から夜明けも、獅子はエサイを連れて動き回る。
壊す・消すを繰り返した残存の知恵は、もうほぼ無いと思えたが、獅子は動力の怪しい印象を持つものもついでに消すことにしていた。
これを日課の半分に置き、もう半分はコルステインを手伝う。
コルステインが毎日、飽きもせずに追跡する――― 捕まえられないが、相手も逃げるだけでいっぱいなのか、これと言った行動に至らず。
飽きっぽいコルステインの印象が、これによって変わった。
余程、厄介視しているのだ。コルステイン自体が因縁の関係ではないだろうが、親の代で離れた危険分子を絶対に逃がさないつもり・・・日々、淡々と追い続ける姿勢は、獅子にそう思えた。
なので、手伝いを頼まれてからは、手が空く時間はあちこち移動して探している具合。
一日の消す分が終わったら出向く。この日も、獅子は日課の半分、地下室巡りだった。
そろそろ、イーアンを孤島の僧院に連れて行くかと、キリの良い日を考えながらの今日だが、ただ、今日はキリが良いどころか。
「エサイ」
呼び出した地下で、エサイに見せるのも毎回のこと。
狼男は、狼歩面から灰色の煙と共に現れて、獅子が顔を傾けた方へ歩いて立ち止まり、背を屈めて床に顔を近づける。
「これは、作る前だったのかな。途中で放置してそのまんま」
「転がってるだけの金属でも、使うと思うか」
「ここまで腐食していると、どうだろうね。でもまぁ。放っておいても平気そうだけど、消しても」
どっちでも、と床に転がったままの腐食金属から目を離し、エサイは獅子に顎をしゃくる。獅子の口は床に向けて開き、それと同時に、床のそこかしこに散らばった金属は消えた。消えた後、ふとエサイの視線が上を見る。
「うん?」
「音か」
エサイは地下室で鼻先を上げ、『音より、血の臭いだ』と呟く。獅子も気づいていたが、相手が近づかないなら、出来るだけ関わらないようにしていた。相手が、魔物ではない場合・・・・・
「ヨーマイテス。今、殺されてないか?」
エサイは、獅子の本当の名で呼びかける。シャンガマックが四六時中その名で呼ぶのを、エサイは立場上、聞く位置に居続けるため、獅子もこれは気にしない。
それにエサイが自分を名で呼ぶ時、大抵、自由行動を求めるのも分かっている。
「お前は人間を助けるつもりなのか?」
聞き返した獅子の碧の目は面倒気で、エサイは『見てくるって言うか』と軽く流す。
「あんたが動かないのは、人が魔物に殺されている訳じゃないからだろ?」
尋ね返した狼男に、獅子はうんともすんとも。エサイは何度か、これまでも同じような現場の近くにいたことがあり、今日は目で確認したいと考えた。
「余計な手出しに思うなら、行かないけど」
「助ける気なら、それは余計だと思っておけ」
「あんたは何でも見通している。でもその言い方は、許可してるよね?」
「早くしろ。下手な情は出すな」
フフッと笑った狼男は、地下室の低い天井に片腕を伸ばし、つーっと薄くなって消える。異時空移動がどの距離でも使えるエサイを見送り、ヨーマイテスは息を吐いた。
「バニザットなら、これで済まんからな。エサイはまだ・・・人間上がりにしては、さばけた奴で扱いやすい。接触するなり何なりあっても、面倒ごとは避けて適当な情報も持ってくるだろう」
息子なら『助けなきゃ!』と大騒ぎして止められないな、と想像する父は(※そして助ける羽目になる)、最近は息子といられない時間が長くて嫌にせよ、連れて来たらその分、やることが増えて問題も増えるので、エサイ程度が楽で良い。
「バニザット。ごめんな。お前を連れて動けば、お前の優しさではどうやっても見過ごせずに手を出すことが、ティヤーは多過ぎるんだ。エサイくらい、人間の死に反応しない無神経でもないと」
地下で呟く獅子に、無神経扱いされているエサイは、地上に出て血の臭いの充満する光景を、建物の影で見ていた。
「助けてやっても、と思わなくもないがね。俺の雇い主(※ヨーマイテス)は手出し無用ってな」
ワルイねと、灰色の鬣を一掻き。こんなことになってたのか・・・目の当たりにするエサイの狼の目が、叫び途絶える惨殺の犠牲者ではなく、惨殺する側を見据える。
「死霊が魔物に憑いた話は聞いていたが。人間の身体の部分部分が混じるあれと、また違う系統だ。『100%死霊』って感じか?この世界の死霊は、俺のイメージと違うね」
俺がドラマやゲームで見たのは、もっとゆらゆら透けてたけど、と呟いて、黒い濡れた鼻を肉球で擦った。
「臭ぇな。血の臭いしかしない。死霊は実体持ちみたいな腐り具合だけど、あいつらも特に実体があるわけじゃないのか。で、アレ。あの遠くで浮いてる・・・あの変なのが」
変なのをずっと意識していたエサイは、人間くらいのサイズの何者かが宙に浮いているので、あれがこいつらの親だろうと解釈。
「俺にも警戒している」
気づいてないか、相手にしていないか。どっちかと思っていたが、自分が来てから十秒ごとに気配に微妙な変化が渡る。恐らく、俺が何者か探っている。それはともかく―――
狼の顔が夜中の森の先を気にする。あっちに人家の灯りがある。森と言っても小さく、神殿敷地の塀代わり。境界線を作る森の幅は、ぱっと見で1㎞未満。民家は森端の際まであるのに、死霊が襲った気配がない。これから襲う感じもない。
現場に目を戻す。既に殺戮業務は終わりに近い様子で、神殿の中から奇妙な姿の化け物が、何体か出て来た。表にいる一番デカいやつが、踵を返して向かうのは、宙に浮いているあの・・・ふーむ、と唸る狼。
ヨーマイテスが手を出さなかったのは、神殿連中のみの殺害だからか。それも、魔物じゃなくて、精霊絡み?ほんの僅かだが、エサイが感じ取ったのは、宙に浮いている者から伝わる、精霊の威圧。
「なるほどね。こりゃ、ややこしい」
『獣。呟くところを見ると、人間みたいだな。用事は何だ』
「おっと」
うっかり。宙に浮いた相手が分かりやすく正面を向き、建物影に立つ狼男に話しかけた。エサイは『あーあ』の心境。獅子に怒られるなと、失態に首を傾げる。
「見物だよ。で、俺は獣でもない」
『何者だ。死んでいるくせに、毛皮付きか。お前は種族が見えない』
「そうだろうね。俺も知らないんだ」
『ふざけてるのか。俺を相手に。お前らは夜に動く』
お前ら――― 獅子も一緒なのを知っているのかと、エサイはちょっと息を吸い込んで、逃げることに決定。これ以上の会話は、獅子に何を言われるか見当がつく(※怒られるだけ)。
ふっと狼男の毛が風のない空気に浮いた。だがエサイが消えるより早く、相手は目の前に立って、灰色の鬣が覆う肩を掴む。ぐっと力むエサイに、間近に来た骨の奇形が『話してるだろ』と揶揄うように止めた。
『お前は妙な力がありそうだ。過去にも見たことがない』
「俺は手出ししなかった。放っといてくれ」
『そうだなぁ。俺も前ならそれでも良いと思うんだ。ただこの所、あんまり気分が良くない・・・俺の死霊たちに手を出さないのは褒めてやる。だが・・・なぜ手を出さなかったかは、どうも引っかかる。お前はもしや、俺の敵じゃないかと』
エサイが虐殺の神殿で、アソーネメシーの遣いに絡まれる少し前から、戻らない狼男を待たずに近くへ来ていた獅子は見ていたが、このやり取りと相手の思考を読み、短く息を吐いて『バカ』と呆れた。
エサイも気づいた。獅子が側に来た。彼は俺が気づける位置に出たなと感じ、それをこの奇形の骨も感じたかと思ったが、相手はそこに触れず『獣。ちょっと俺と来い』と続けた。
「付き合う代償がイヤでね」
『その辺の人間が死ぬとしても』
「俺に何言ってるか、分かってる?俺が選んで助けてないみたいに聞こえるぜ」
『そう言ったつもりだ。俺の敵ならな』
ここで会話は途切れた。青白い炎が地面から噴き出し、エサイを掴んでいた骨の相手が、砂塵に変わって飛びのき離れる。エサイもこの機会で瞬間移動。一旦入った地下で獅子に『移動だ』と並ばれて、二人は異時空を移動した。
砂塵から元の姿に戻ったアソーネメシーの遣いは『サブパメントゥ?』と見失った陰に呟く。
『サブパメントゥなら・・・俺の見当違いか』
あいつらならまぁ、とやや拍子抜けし、地上へ降りて死霊たちをまとめる。死霊を集めてから、『サブパメントゥも、色々いるみたいだが』ちょっと思い出した疑問にまた引っ掛かりつつも、ここではこれまで―――
*****
「馬鹿。この狼」
「俺は喋ってないよ」
「俺が助けなかったら、喋りまくっただろうが」
そんな間抜けなことしないってと、叱られながらエサイが口答え(※明後日の方向見てる)。獅子は『お前の自由行動は当面禁止だ』と面倒くさそうに言い捨て、えー、と嫌そうな狼男に前脚を向ける。
「とっとと戻れ!」
「喋ってないだろ」
雇い主に小言を浴びながら、狼男は煙に変わって面に入り、ヨーマイテスは思いっきり嫌味な溜息を吐いた。
「お前のふてぶてしさも問題だ(※自分のことは棚に上げて)」
獅子は移動する。今日はここまでにして、コルステインの手伝いに走る。
あれが、息子の話していた『アソーネメシーの遣い』、『原初の悪』の手の者(※2638話参照)と分かっていただけに、接触は避けていた。
「エサイが、俺たちの仲間とは思っていなさそうだが。あの骨(※遣い)は、相手の思考を読むことは出来ないのかしないのか・・・今はそれで良いにしろ、だな。『原初の悪』とやらに、余計な知らせが行くとも限らない」
こっちの情報が変な影響を出さないよう、獅子は懸念して、ある地下道へ出た。コルステインの手伝いだが、出てきた場所も修道院関係の地下。
「こいつらも、人間が使われる」
別の動力を持ち、そして別の力も植え付けられた、人間の形の木偶の坊をヨーマイテスは壊す。
これは、消すのに待ったが掛かって、壊すのみ。数体を破壊して、ただの屑にしたのを確認してから、それらからこぼれた石片を獅子は爪で寄せた。石片には、サブパメントゥの絵柄。
「コルステインが持って来いと言わなきゃ、もっと早く片付けている」
集めた石片を、獅子は小さな箱に収めた。この石片から、命じた相手の言葉と情報を取り出す、黒いダルナに届けるために。
これが、ルオロフが以前、地下道前で出くわした(※2564話参照)人間のなりかけ―――
コルステインとスヴァウティヤッシュが、もぐらたたきで追いかけるサブパメントゥ『燻り』が創った絡繰り人形。
お読み頂き有難うございます。




