2665. サーン農家との午前・コロータとお面と王様の昔話・女龍帰船、海龍の服新調・家族感
自分たちの望む範囲で、助けてくれたら充分だ―――
シーワーヤンガポーンは奇跡の時間の少し前、そう話していたが、魔性が取り除かれてすっかり生き返った耕地を前に、戸惑いや、まして迷惑そうな顔など一切なかった。
正直なところ・・・途中まで助けてもらうと言っても、途中とはどこまでか、そして自分たちでその続きを行えるのかと考えれば、決して楽ではない。土が戻る気配を見たとしても、使えるまで何年かかるか。
それを瞬く間にこなしてくれたことへ、文句なんて言える訳もない。
こんな助けた方をした訪問客に、『せめて昼までいてくれ』とせがんだおじさんだが、ドルドレンたちはお暇する。家族にも礼を言わせたいおじさんに、気持ちだけでと断った。
次の農家さんはすぐ決まり、休む間もなく移動する。隣の人で、悪臭漂う土地並び。この農家さんも並びで、魔物の被害を受けていた。
奇跡を見ていたわけではないが、朝に別の畑へ出て戻って来たところで、横目に見た回復状況に顎が外れかけた。慌てて隣家へ駆け込み・・・の前に、外にいた外国人と海運局長に会い、話を聞いて『うちも洒落にならない被害が』と泣きついた。
作物被害が深刻な農家は、地区内で七軒。
島内で魔物被害は他にもあるが、この地区だけは土がやられる廃業の危機を突きつけられていたので、ここから『地区の他の家族にも話す』となり、ドルドレンたちは先に二軒目のお宅へ。その間に、局員とシーワーヤンガポーンでご近所へ言いに回った。
誰かが家にいる場合は話がすぐにつき、不在宅でも、この話を聞いた農家が『〇〇の家も、どうにかしたいと言っていた』と代行許可(?)を伝え、もし不在時に実行しても『人間業ではない』から、問題はないはず、と言った。
こうして、清めた方が良い決定により、ドルドレンたちは農家さんを巡る。
早い時間に到着していたのもあり、全ての農地の被害に対処して、それでも午前半ばの時間だった。
奇跡――― 壊された土が元の豊かさを抱え、魔性が抜け、安全を取り戻す。
最後の一軒は不在だったけれど、皆が敷地に入った時に丁度、家人を探しに行った局員と一緒に戻り、見ている前で戻った土地に、農家さんは泣いた。おばあちゃんとおじいちゃん二人暮らしで、『仕事はこれしか知らないから』と、廃業を逃れた奇跡にとても感謝していた。
ここで、一度家に戻ったシーワーヤンガポーンが牛車で来て、何袋も載せた荷台を旅人に紹介。
「サーンと、麦です。持って行って下さい」
「こんなに?礼の気持ちだろうが、これは」
「いいえ。持って行って下さい。私に出来るお礼は作物だけです。サーンを食べて喜んだ話を、局長から聞いています。ウィハニの女が感動して泣いた・・・あ、お仲間の龍の方ですよ。そうとも聞いたし、お礼には足りないかも知れませんが」
「足りるどころか、やり過ぎである」
真面目なドルドレンは量を控えるように説得するが、おじさんは首を縦に振らない。
何度も言うけど奇跡は俺の所業ではないと改めて伝えて、だけどおじさんは『あなた方が来なかったらこのまま終わった』と、頑なに貫いた。
やり取りを嬉しく眺める皆さんも・・・『ん?』オーリンが袖を引っ張られて振り向くと、おばあちゃんが『食べて下さい』と、丸く握ったサーンを皿に載せて差し出す(※おにぎり)。
老夫婦はティヤー語を喋るので、横のクフムが通訳し、クフムと目の合ったおばあちゃんは、クフムにも皿を見せる。お盆の大きさの皿に、丸くきゅっと握った白いサーンの固まり。感動したクフムは、お礼を言ってオーリンに『食べた方が良いですよ』と、自分が先に一つ取って齧る。
積極的なクフムに少し意外だが、オーリンも有難く『じゃ、食べさせてもらう』とおばあちゃんに微笑んで、サーン玉を頬張った。
「うまいな。塩か。サーンは粘らない印象だけど、ぐっと握るとこうなるんだな」
『塩味おにぎり』・・・とは、ここにいる誰も思わないが。
おばあちゃんが握った人数分。農作業の合間、朝に炊いたサーンで小腹を満たすための、塩味のみの料理。
局長も局員も食べながら、『これはアピャーランシザー島の郷土食』と教える。ドルドレンたちは、初めての味。美味しいと伝えて、おばあちゃんの気持ちに感謝。
慈しみ含む豊かな味わいだとルオロフが褒め、『これは私からイーアンに話します』と言っていた(※話題権利)。
食べている間に、他の農家さんも来る。奥さんも連れてきた人が『急ぎで作った』と調理したサーンを包んでくれて、シーワーヤンガポーン以外からもサーンの袋を受け取った。
断りが利かないので、局長も笑って間に入り『船に積んで、虫が湧かない量だよ』と農家さんたちを落ち着かせ・・・・・
「イーアンがいなくて良かったかもな」
眺めていたタンクラッドが、聞き取れないくらいの声でそう言ったので、少し聞こえたシャンガマックが顔を向ける。剣職人は彼の漆黒の目に、『お前とロゼールが導いた妖精も』と続ける。頷く褐色の騎士も、剣職人の言いたいことが何となくわかる。
「変化の風、ですね」
「俺はそう思う。イーアンがいても、それはそれだが。今、彼女がいない時間。これも必要と、思えなくもないよな?」
「・・・俺も。タンクラッドさんに同意です。龍がいない方が良かった場面かもしれません。こんなことをイーアンが聞いたら、『酷い』と言いそうだけど」
ちょっと笑ったシャンガマックに親方も笑う。『誰よりコメを求めていたからな』と、荷車の丸々した袋を見る。
「直には来れなかったけれど、あんなに沢山もらったら充分だとは思いますけどね」
「イーアンは現地を楽しむんだ。俺たちの訪問内容を聞いたら、きっと一日うるさく付きまとわれるぞ」
ふふふ、くくく、と笑い合う騎士と剣職人。
ドルドレンは局長と『受け取る量の上限』を説明し続け、ロゼールはサーンの知識と料理を、通訳ルオロフと一緒に、他の農家さんから教えてもらっていた。
その横では『ヨライデの人・ミレイオ』も、クフムの通訳付きで―――
「肝心な事を思い出したのは、私たちだけね」
帰りの荷車は三台になり(※贈り物一台分)、ガタゴトと牛に引かれる荷台でミレイオは、ふふんと得意げ。
「あんたたちったら、サーン一色なんだもの。コロータの情報はちゃんと聞いたわよ」
「おお、そうか。忘れてた」
タンクラッドがやんわり笑顔で返す。次の目的地コロータを作るバサンダの故郷。
収穫だわよとミレイオが満足そうなのを、微笑ましげに眺める・・・タンクラッドも、実はシャンガマックとその話を押さえていたが、それは黙っておいた。
前の荷台で聞こえていた褐色の騎士と目が合い、二人はちょっと笑う。
バサンダの故郷は、精霊信仰ではなく、海鳥の神様を祀る。鳥が呑みこむ魚の風景を真似て、練った生地を細く伸ばしたのがコロータ。海鳥の神様を信仰する地域は、非常に狭い範囲でしか見られない。
古い伝統を維持するその島を『アマウィコロィア・チョリア』という。
海賊の言葉ではない、島の名前。意味は現地で聞いてみて、と言われた―――
*****
ヨライデ人が、こっちまで来るのは珍しいですよ。
ミレイオは農家さんにそう言われて、『ヨライデ出身だけどハイザンジェル在住が長い』と答えたら、あーそうだったの、と頷いたものの、『ハイザンジェルの人が来ることもない』と言われた(※同じ)。
農家さんが『ヨライデのミレイオ』として話しかけた理由は、コロータの流れからだった。
『コロータは、もっと西の島で食べられる麦の料理。昔、大きな長い島が、ティヤーの西の端からヨライデの手前まで在って・・・ 』
何だか突拍子もない無関係さだが、いきなりこう始まった昔話。
なにそれ、と興味を持ったミレイオに、農家さんは続ける。ミレイオの脳裏にはもちろん、コロータではなく、一週間調べた沈んだ島のこと。
―――ティヤー西端にまでかかる大きな島。
西に住む人は、王様がいる東へ贈り物を献上しに出かけたら、何年越しで戻って来るくらい、距離がある。
遠路遥々やってきた西方の人に、王様は土産を持ち帰らせた。
幾つもの珍しい東方の土産の中、大変美しい仮面があり、西方の人は『次に王様にご挨拶へ伺う時は、この美しい仮面と同じくらい、素晴らしい物を持参しよう』と真似して作り始めた。
思考錯誤で発展させたお面は、西方にしかいない海鳥を象徴に、西方独自の材料も秘伝で加わり、希少価値も高めた。
王様がご存命の間にと、新しい文化として根付いた面を、西方の人は献上するために出掛けた。
数年で到着し、王様に無事謁見が叶い、『いつぞやかの』と思い出した王様は、見事な仮面をとても褒めて、お面の説明を楽しまれ、これを作る地域に名を授けた。
『アマウィコロィア・チョリア』の名は、仮面の説明から、王様が付けた名前。
誉ある島の名を西方の人は感謝して、頂いたお土産と共に故郷へ戻った。数年かけた帰路を終え、皆にそれを伝えた後、お面づくりは一層盛んになった―――
『海鳥を象徴にしたお面で、それまでも海鳥を大切にしていた人たちは、この後に鳥を神格化して、祭りや祝いの行事にも、鳥に因んだ産物が生まれたそうです』
農家さんはつまり、ヨライデに近い島がありましてね・・・の始まりで、ヨライデ人のミレイオに、これから行く西の島も所縁はありますよ、コロータはその時から、地域料理に根付いたようですよ、と教えてあげたかった話。
「へぇ」
シャンガマックが、初めて聞いたように頷く。
ミレイオが船に着くなり伝えた昔話は、シャンガマックとタンクラッドが聞いた話と同じ。ちらっと親方を見た褐色の騎士は、親方も無表情なので(※先に言われた)黙っておくことにした。
「ね?コロータがまさか、あの大昔の沈んだ島の延長なんて思わないでしょ?すごい貴重な話よ」
興奮気味のミレイオは、『海賊言葉でもない島の名前』の意味を、早く知りたいとうずうず。
「私たちが調べた、パッカルハンの石柱と同じ言語よ、きっと。ああ~、イーアン早く帰ってこないかなぁ。教えてあげたいわ!」
「お前たちが調べた西端は、せいぜいパッカルハン止まりだったんじゃないか。パッカルハン自体がティヤーの東にあるのに、これから行く島は相当離れているぞ?」
ちょっと突っ込む剣職人。先ほど荷台に揺られている間は、自分がその話を押さえた・・・と先取りした気分だったが、あっさりミレイオたちも知っていたと分かって、やや意地悪。
だが、剣職人の突っ込みなんて、ミレイオはさらっと払う。
「え?まぁそうね。でも、前の時代って可能性もあるでしょ?調べ切ったわけじゃないもの。どっちみち『東に王様がいた』のは、合ってるんだし」
古代はロマンよと言い切るミレイオは、細かいところなんて気にしない。調べて手持ちの情報が書き換えられていくのが楽しい、とミレイオは嬉しそうで、前向きなミレイオの浮かれ具合を親方は放っておくことにした。
頂戴した穀物を船に積み込んでからは、アピャーランシザー島を離れて少しまた北上。アリータック島へ挨拶に行く。
トゥが全部甲板に載せてくれた続きは、人力で船倉へ運び込んで、ようやく終わった頃。船は出発。
局長の船はアリータックまで同行するので、一緒に出港した。船の腹を擦らないように誘導されながら、ゆっくり動いて、おコメの島を見送る。『いい思い出が出来た』と甲板から島を見つめていると、お空がキラッと光った。
「あ。あれは」 「ですね」
ドルドレンが眩しい空に目を細め、横にいるロゼールも額に手をかざす。きらーんと光ったそれは、あっという間に降りてきて、白い翼を畳んだ。
「ただいま戻りましたっ」
「早かった。良かったのだ・・・お疲れ様」
言い難そうな伴侶に、言い難そうな皆さんのぎこちない笑顔を見て、イーアンは察する。遠ざかる島、あれでは(※おコメ島)。
「もしや、もう」
「そうなのだ。イーアン・・・の前に、なぜ服が」
ドルドレンは、自然体イーアンに疑問を尋ねる。あ、これ?と女龍は自分の服を少し引っ張り、『グィードの』と伴侶を見上げる。それは分かると、頷くドルドレン。
「戻ってきたら、グィードの皮の服なのだ。どこで作って着替えたの」
「ティエメンカダが、グィードを見たいと言うので呼びました(※2662話参照)。グィードも察したのか、特別来てくれまして。ついでに皮をもらって・・・作った、って程ではありませんよ。龍の爪でちょいちょい切って、ちょっと結んで」
イーアンタンクトップ&パンツ装備は、切って結んであっという間に装着完了。
器用だね、と笑う伴侶に『あとでちゃんと縫う』と笑顔のイーアンは、新調したから龍気が漲ると言いながら、真顔に戻る。その真顔に、ドルドレンも言わねばならないことを告げる(※大袈裟)。
「あのね」
聞かされて即行、えーと眉がくっつくくらい残念がるイーアンは、私急いだんだ、頑張ったんだ、と甲板に座り込んで悔しがる。私のおコメが!甲板を叩く女龍に、ミレイオたちは笑いそうで少し離れた。
ドルドレンも気の毒そうに声を掛けるが、顔が笑っている。丁寧に事情を説明してやり、いろいろあったこと・解決済みであること、そして『お礼に持たせてくれたおコメと麦が』そう言って、昇降口に視線を投げると、さっとイーアンも顔を後ろに向けた。
「あるのですか。そんな大変な後に、頂いちゃって」
「俺も何度も断ったのだ。局長も説得に参加してくれたが、農家さん数軒からの贈り物は、かなりの量である」
「・・・なんて、優しい人たちですかっ」
大事に食べますからね~・・・ 涙声で『間に合わなくて本当に残念でならないが、おコメを見たい』と意識を切り替え、女龍は立ち直る。
「では、ここからは私が」
側に来た赤毛の貴族は『案内する』とニコニコしながら、表情明るい女龍を連れて、船倉へさっさと降りて行った。
コメ目当てでついて行くイーアンの後ろ姿と、明らかなゴマすりを堂々実行する貴族に、ドルドレンは微妙だった(※でも内容が内容だから許す)。
「最近の総長は、やきもち妬かないな」
オーリンに肩を叩かれて振り向き、『あれは妬くとか、そういう対象ではないのだ』ルオロフはゴマすり・・・と教え、オーリンも近くにいたシャンガマックも笑った。
「彼は、家族にも友人にも距離のある、孤独な生まれ変わりを繰り返して、今日に至る。自分を従えるのではなく、子として受け入れたイーアンは、この世界の空の龍である。家族を知らない愛情で、どうにか感謝と慕う気持ちを伝えたいのだ。あの手この手で」
あの手この手、の部分でまたオーリンが笑い、『何かにつけてイーアンに取り入ろうと必死』と返すと、ドルドレンも苦笑する。
「イーアンも、ザッカリアがいなくなったすぐ後だったから。まだ若いルオロフが、普通の若者ではないと分かっていても、何かと気にかけてやりたいのだろう」
「支部にいた時も、そうでしたね。トゥートリクスが若いから、自分の子供みたいな年齢だと聞いたことがあります」
ちょっと笑って思い出したことを伝えるシャンガマックに、ドルドレンも頷いた。
「イーアンは、家族の縁が薄い人生だったらしいが。あれほど隔たりのない愛を持つ人だ。旅の仲間を家族と認めているし、その輪に入ったら、大事にしようとして当然かもしれない」
話しながら、ドルドレンの灰色の目が離れたところにいる元僧侶に向く。クフムは聞こえているのかどうか。でもクフムもまた、イーアンに受け入れられ、守られる。
「馬車に乗った、船に乗った、同じ食事を口にする。家族になるにはそれで充分だ」
馬車の民らしい言葉で〆て、ドルドレンたちも船内へ移動する。通路を歩きながら、『総長は海の上でも馬車の民だな』とオーリンが言い、ドルドレンはそれに微笑み・・・で、思い出した。
「そうだった。聴かねば」
お読み頂き有難うございます。




