2662. 地霊へ大精霊から・ピニサマーニヤ出港 ~貴族の気持ち、トゥの視点・アピャーランシザー島前
※明日15日の投稿をお休みします。どうぞ宜しくお願い致します。
治癒場を出て、外の狭い砂浜に並んだ女龍と大精霊の話は、明るい日差しの下で続く―――
この機会にと、お花の精霊ヒルラサキャヴィリの事情も、ずっと気になっていたので話す。
大精霊は、あちこちにいる小さい地霊の頑張りまで知らないが、イーアンがどう接したか・何を感じ・今後に何を求めるかを聞いて、この女龍が本当に、昔の友のような心を持つから嬉しく思った。
天の最高峰女龍は、近づくだけで消えてしまう地霊。身にまとう龍気を地霊のために下げながら、その祠を手で掃除し、喜んだ地霊の健気な様子に涙が出たと話す女龍は、地霊が魔物にやられないように、何かできれば良いのにと・・・ もはや相談のように、ティエメンカダに打ち明ける。
この時間もまた、ティエメンカダは懐かしさを重ねる。他では言わない本音も相談も、龍は持ち込んで来ては、ティエメンカダとの時間で打ち明け、返事を得て、空に戻って行った。
『ふむ。地霊とな。私の子(※アティットピンリー)が指導して、魔物から島を守っているのか』
「そうです。小さい可愛い、黄色いホワッとした地霊です。あんなに小さいのに、魔物を遠ざけるために本当に一生懸命頑張って。本来、戦うための精霊ではないだろうから、いろいろ考えて手を打てないかと」
『人間と違うからな。そうはいっても、魔物程度追い払えないこともないが』
「! 侮辱している訳ではないのです、誤解させてしまったらごめんなさい。そうじゃなくて」
『良い。分かっている。私も侮辱とは捉えていない。ただ、魔物の面倒が負担になると、地霊も消耗はあるか・・・さて。お前の気持ちも汲んでやりたいし、どうするものやら』
これは、考えてくれる方向の一言。イーアンはハッとして、両手を組んで祈るように大精霊を見つめる。その仕草、ティエメンカダには一々、素直に映る。
『龍に名を呼ばれ、祠も手で掃除され、お前に涙してもらえた地霊は、幸せだ。ヒルラサキャヴィリ以外も、そうして島を守っている。
ただ、それはまぁ。精霊の区分だから当然だが、魔物相手に連続で対応しているのは、お前が言うように、そもそも戦う存在ではないわけだから。私が気にしてやるのも、無理ではない』
つまり、と目で先を促すイーアンに、ティエメンカダは平たく広い鰭を、ばふっと被せて笑みを深めた。
『本当なら人間がすべきを、龍がやったのだ。小さな祠一つを敬うそんなことを、と・・・今の民は、気にかけもしないのに。
人間の変化を待つ間に、地霊がくたびれ損では遅すぎる。この話に於いては、人間との付き合いを関係なく捉え、龍と精霊の出来事として、私が助けよう』
「ティエメンカダ!有難うございます!私はすることがありますか?出来る範囲で、何でも」
『イーアンはもう、したのだ。魔物がこの国からいなくなるまで、場を動かぬ精霊に、私から援助する』
じっと見つめる、鳶色の瞳。大きな精霊は、女龍を見つめ返し『地霊の力を増そう』と約束する。
戦うための精霊は殆どいないので、守備力を上げる具合なのか。結界のような保護は、地霊それぞれの判断で行うため、この力を増す、とティエメンカダは話した。
イーアンは頭を下げて感謝し、『無理を言ったかも知れませんが』と精霊事情を考慮しつつの相談であったと、少し言い訳をし、そんなことを気に留めない大精霊は、女龍の思いやりに礼を言った。
そうして――― この南の島から地霊応援は、文字通り波及する。
大精霊がウミヘビから大きな魚の姿に戻り、砂浜をすり抜けて、寄せる波にゆらりと体を浮かせたすぐ。
ぴちゃぴちゃと音を立て始めた、見える全ての水面が泡立ち、細かな水飛沫はどんどん波を作って、島から八方へ走り出した。
凝視するイーアンは、上から見たいと思って浮上。波間に浮かぶティエメンカダの背中が、雷紋の渦を作り出し、それが海全体へ波を走らせている。島へ寄せる波は消え、海水はここを中心に東西南北へ動き続ける。
わぁ・・・と壮観なファンタジーに、イーアンは驚きながら360度を見回した。
視力の届く範囲はせいぜい水平線まで。だが水平線のうんと先で、不思議な大きな泡が、ポコポコ上がっては消える様子が蜃気楼に映り、あれが地霊のいる島かもと思った。
精霊の気が漲る。でも、イーアンに影響しない。イーアンも浮上して龍気は使っているけれど、これも影響がない感じ。
たまに、ナシャウニットたちが近づいても、全く気付かないことがあったけれど、あれと似ていた。
大精霊は、龍の上の存在なのか――― こんな時に考えることではないが、ふと、それを思った。
それはさておき、イーアンは美しく壮大な海のファンタジーに意識を戻す。ティエメンカダが、力を増すために許可したこと。それはティヤーの隅々まで、その場から動けない地霊たち皆に届く。
「私も。こうだったらな・・・私も、こんなふうに。龍のエネルギーを、届けられたら」
羨ましさが胸に生まれた。こんな大きな愛を形にして、自分の管理する誰かにすぐに注げる精霊。私はこうは出来ていないと、イーアンは感動して学ぶ。
地上にいる、龍の雫・龍の殻たちに、私も龍気を渡せたら。と思ったが、ここで『白い遺跡の刺激』を思い出して、ダメかと諦める。あれも何が誘発になるか、未だに難しくて理解が追い付かない。
龍は空。そうだな、と思うに留め、イーアンは見事な大精霊の愛の力、その行先の地霊たちの無事を祈った。
『ところで』
遠くを見ていたら、ふと下から声が掛かる。はい、と側へ行ったイーアンは、ティエメンカダの実行がもう終わりかなと思ったのだが、そうではなく。
『お前の仲良しのグィードは、会わんのか。お前といる姿を見たいものだ』
「グィード?」
全く思いもよらない、大精霊のささやかな要望。ニコニコしている大精霊に、イーアンはつくづく、こんなに龍を好んでくれる精霊はいない、と嬉しくなる。
私が呼んで来てくれるか分からないですが、呼びかけてみますね、と・・・本来、タンクラッド付きか、ビルガメスに頼む呼び出しを頭に浮かべつつ、イーアンは大精霊の要望に応じた。その結果は。
*****
時間を少し巻き戻して、朝方の騒動が静まった、港―――
イーアンは、またも急にいなくなったわけだが、今度のきっかけは大精霊とあって、ドルドレンたちも慌てなかった。
精霊が大まかなのも散々経験しているので、イーアンがティエメンカダに会っている時間がどれくらい長引くかも気にしない。気にしてもどうにもならない(※精霊はそういうもの)。
「可哀相に」
苦笑するタンクラッドが、荷積みを見ながら呟く。トゥに、食品と水を載せた馬車ごと移動してもらっているところ。
可哀相、の一言で近くにいたオーリンが『コメか?』と笑う。頷く親方は『見せてやりたかったな』と返して、コメを買えるだけ買わせてもらうかと、妥協に見合う案を出す(※妥協→イーアンの)。
「でもな。コロータの方が、食いつき良さそうじゃないか。彼女はコメ自体、懐かしくても、そこまで日常食じゃなかったみたいだし」
「ああ、そうか。まぁな。コロータ・・・の島の名前は、まだ聞いていなかったな」
船に乗れ、とトゥに合図されて了解し、タンクラッドとオーリンは雑談を切り上げて甲板へ上げてもらう。他の皆はとっくに乗った後。
アネィヨーハンに全員が乗り込んだら、横につく海運局の巡視船が先に出発。
海に出るにはアネィヨーハンはちょっと大きいので、ピニサマーニヤ港からは来た時と同様、浮いて出港する。
ざばー・・・と水を落としながら浮き上がる大型の黒い船。
帆を畳んだままの海賊船が、朝の眩しい空に煌めく水を落とす。船の横には、船より大きい双頭のダルナが、剣の如き銀色の輝きを撥ね、この光景を見る為だけに近くの店屋からも人が出る。
わーっと見送りが歓声を上げる波止場に、甲板から手を振る一行は、宙に浮く船でゆっくり遠ざかる。
いろいろとお別れの挨拶を済ませた後もあり、馴染になった波止場の人たちは『また来て!』と、知り合いを見送るように声を掛けた。
余談だが、ここにサネーティはいない。医者を説得して退院したのは昨日の内、その足でアリータックへ渡った話だった。ルオロフは昨晩、病院に彼を訪ね、病院からそれを教えてもらった。
「ルオロフ。着くまで、甲板にいる?」
皆は挨拶を済ませたら、食堂へ入る。サーンを作る島は、アピャーランシザー島といい、ピンレーレー列島の一つだが、アリータックと反対側。少し離れているので、船だと30~40分かかる。
甲板で過ごすにも半端な時間だし、港で買った軽食を、朝の食事で食べようかと食堂に入るのだが。
一人、ずっと船縁に手を置いたままのルオロフが動かないので、ミレイオが声を掛けた。彼は振り向いて『はい』と短く返事。
「こっちに持ってこようか?」
軽食をと床を指差したミレイオに、ルオロフは『今はお腹が空いていませんから気にされないで』と微笑み、手間を断った。世話を気にしない優しいミレイオにお礼を言い、ミレイオが昇降口に消えるのを見送って、ルオロフはまた海を見る。
イーアンは、私が側に行くと消える(※二度目)―――
大精霊は彼女に好意的と聞いたから、大丈夫だと分かっている。だが今日はそこじゃなくて。赤毛の貴族はもやもや。
変に離れていた期間、彼女を悩ませていたと知って、本当に申し訳なかった。まだ、ちゃんと謝っていないし、船に戻れたからには、どんどん距離を縮めたいのに(※一番が目安)。
「親孝行の機会がない」
よく考えれば総長は彼女の夫だから、私の父なわけだが、彼に親孝行をするとなるとそれは違う(※別物認識)。
素晴らしい人格者だから敬うけれど、私を息子に迎えたのはイーアンだ。イーアンに、義理の親子とは言え、頼りになる息子の姿勢を伝え、そう認めてもらいたい。
ふーっ、と息を吐いて、赤毛をかき上げる。『ただの人間』である自分、仮にも親子としてくれた女龍に、人間如きの私が何の役に立てるのか。どれほど考えても。
「役に立ちたい。皆さんのような特別がない、私だが」
遺産もないしなと、くさくさしてルオロフは目を閉じる。
ゴルダーズ公にほぼ譲渡したから、せいぜい使える金額は、私が一生働かずに自由が利く程度(※充分とは思わない)。
「皆さんも、旅の路銀には困っていない。彼らはどこからか宝を得て、それを換金しているらしいし・・・だが、うむ。私が普段から手伝えるのは、情けないがそれくらいしかない」
それ=金。ルオロフは何度も溜息を吐き、とりあえず身近なところで、こまめに役立とうと決める。
「まずは、おコメだな。イーアンが泣いて喜んだ食材と聞いて、私はこの機会を逃す気はない」
皆さんも彼女に買ってあげようと話していた。しかしそこは頼んで、私が買わせて頂こう。母の思い出の食材を、買えるだけ買い取る。
何やら・・・みみっちい悩みを抱える赤毛の若者を、反対側から見つめているトゥは(※悩み聞いてる)、この男もまた、自分の魂の役割を知らないでいることを、やや哀れに映る。
言ってやることでもないから、特に余計な口は出さないが、『ただの人間』が得られない境界を携えているのに、何でこんな・・・と。
見ている前で、何度も溜息を吐いてはちっぽけなこと(※イーアン)に本気で悩んでいる姿は、どうだかなと思わなくもなかった。
*****
そうして、見えて来たのは目的の島。南方面へ進んで30分。
「アピャーランシザー島だ」
あれかなと目を凝らしていた、甲板にいた赤毛に、横の巡視船から声が掛かる。あれですか?と指差して大声で返したルオロフに、局員が大振りに頷いて『奥周りで左へ進む』と教え、ルオロフも了解。
サーン農家のある方へ周るようで、ルオロフは背後のダルナに『あっちだそうです』と伝える。聞こえているので頷くだけのトゥ。
やり取りの大声を聞いて、甲板に上がって来た皆も、近づく島を見て『コメ』連発。イーアンが戻ってくればいいのに、間に合えば良いのにねと、気の毒がる声が飛び交うが、そこまで気持ちは籠っていない。皆さんもちょっとだけ観光気分で、ガヤガヤしている状態。
「海賊言葉か」
変った島の名前に、フフッと笑ったシャンガマックは、何となくだが今は意味も理解できる。海賊言葉は理解するためにコツがあって、すぐに覚えなかったけれど・・・・・
褐色の騎士の呟きに、隣にいたロゼールが振り向いて『意味、分かるの』と聞いてみる。頷いたシャンガマックが口を開きかけた、その反対側で『意味は』と違う声が先を取る。
え?とそちらを見た二人と目が合ったのは、クフム。
「アピャーランシザーは、青い夕暮れですよ。この『青』は、緑の濃い色も表現するから、多分、緑色の豊かな草が由来ではないかと」
ポカンとした、シャンガマックとロゼール。他の者はそれぞれ喋っていて、聞こえていない・・・シャンガマックが目を瞬き、『クフム、どうして』と呟くと、クフムは少し恥ずかしそうに目を逸らした。
「勉強しました。一人でいる時間が多かったので」
意味、違いますか?と遠慮気味にクフムは騎士に聞き返す。さっと友達を見上げたロゼールに、シャンガマックは首を横に振り、それからクフムに向き直って『いや』の一言。
「正しいと思うが・・・俺はそこまで分析していなかった」
「シャンガマックさんの訳と合ってましたか。良かった」
唖然とする騎士二人の表情を免れるように、クフムははにかみながら進行方向の海を見て『良かった』ともう一度呟いた。
お読み頂き有難うございます。
明日の投稿はお休みします。どうぞ宜しくお願い致します。
いつも来て下さって有難うございます。朝も夜も励まして下さる皆さんに、本当に心から感謝します。




