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魔物資源活用機構  作者: Ichen
始祖の龍追懐
2660/2957

2660. ④女龍と精霊ティエメンカダ ~南の治癒場と『治癒場の実態』について

 

  東の治癒場は、思い出の場所――― 南へ向かう海往く道で、イーアンは案内された状況をなぞりながら考える。



 ティエメンカダは、始祖の龍のためにあの島を創った、と話した。『空の城』が先に在ったか、後からくっついたか、分からない。それはともかく、ティエメンカダが()()()()()()事が大事。


 始祖の龍は遊びに来て・・・ 彼女が亡くなり、長い遥かな年月を越えて、ズィーリーの頼み『治癒場』を造る話が出た際、それならここ、とティエメンカダが指定したのだろう。


 そのズィーリーも訪れる機会はなく、時は流れ、三代目の女龍(わたし)が、初めてあの場所に入った。


 それまで、誰も治癒場に入れたくはないと、ティエメンカダはマハレに言いつけて守らせていたのだ。


 こんなに思ってくれる友達がいて、始祖の龍はすごく幸せだったに違いないと、イーアンはほろっとする。泣いてばっかりだなぁと青空を見上げる、大きな精霊のお腹の上(※また乗せてもらってる)。


 どうやら、南もそうらしいけれど。ちょっとここで、感動から現実へ意識を戻す。



 ―――あの治癒場、使()()()()んじゃないの?(※素朴に)



 ちょろっと出た、『昨日シャンガマックが来た』らしき話では、彼は到達しなかった。あの石を見て、自分の服なら入れる、と思ったはず。だが、そうは行かなかったのだ。


 シャンガマックの報告を教えてもらった限りでは、彼は南の治癒場しか触れていない。東に出かけても入れず、報告にならなかったのか。イーアン、ちょびっと唸る(※旅の仲間が行ったのに、治癒場入れない状況)。



 ティエメンカダは『自分同等の役割』でなければ、治癒場を使えないような言い方をしたし、アティットピンリーは行き来する~とも言った。つまり、他は無理。


 ・・・アイエラダハッドも治癒場の使い方が独特だったし、ティヤーもそうなる可能性はある、とイーアンは眉根を寄せた。


 そんな女龍をじーっと見ている大精霊は、イーアンが何を悩んでいるかは興味なさそうで、ただただ、女龍が一緒に居る時間を楽しむのみ。



 うーん、と時折唸る女龍を眺めて愛でながら、気づけばあっという間に南の治癒場に到着した。


 そこもまた、始祖の龍の思い出募る、特別な島―――



『ふーむ、懐かしい』


 久々に来た口振りは、東もそうだった。ティエメンカダは長い歳月、愛する大事な場所に、全く近寄らないで過ごしたのかと、イーアンは聞いてみたところ。


『ん?そうだ。近くに来ることはあれ。東も南も、私が動けばそれなりに、()()()()()()と捉える者もある』


 下手に動けない、大型精霊の立ち位置が理由だった。有名な人がお忍びで動いて盗撮されるのを過らせたイーアンは、大精霊は大変だと思った。



『ここには、私が龍から受け取った大切なものもある。お前に渡そうね。それを持てば、お前も治癒場を使()()()()()()いられる』


 上陸した小さい島で、ティエメンカダはまたウミヘビ鰭付き姿に変えて、案内する。

 ここを使うのに楽をできる・・・言い回しに不思議を感じつつ、イーアンは、大切な物を受け取るのも躊躇う。


「せっかくの大切なものを、私が受け取るには」


『良いのだ。お前が持ちなさ・・・うぬ。待て、もしや』


 話しながら、ズィーリーの彫刻の前に来て、大精霊は不穏な呻きを漏らす。イーアンは、そう言えば東の治癒場にはズィーリー彫刻がなかったな、と今更思って、そっちに気を囚われる。


『私の宝に()()()()()かもしれん』


「はい?」


 ちゃんと聞いていなかったイーアンは、パッと振り向いて尋ねたが、大精霊は『入ればわかるか』と何となし、笑顔が消えた。


『ここは、始祖の龍が好きで、よく遊びに来た場所の一つだった。サブパメントゥの臭いはするが、そんなもの彼女にはどうでも良かった。この小さな島を歩くのも、岩の隙間の影で休むのも、龍は嬉しそうだった』


 遠い過去のある日々。ティエメンカダの囁く思い出話を、イーアンも想像する。海が好きな人だった・・・海の在る国出身だったかもと思うと、自分と少し近い気がする。


 ふと、岩に刻まれた記号に気づき、『あ』と驚いた。一歩側に寄って、笑みが浮かぶ。大精霊はその様子に、彼女が何を言うか待つ。イーアンは彫刻横にある記号群をじっと見て『やっぱり』と呟いた。


『お前はそれが、何かわかるか』


「はい。始祖の龍が描かれたのではありませんか?空にも同じものがあって」


『イーアン、お前は私に喜びを増す。そのとおりだ。始祖の龍はここが好きで、いたずら書きをしたいとな。好きにせよと許したら、それを龍の手で彫った。

 意味を尋ねると、私が守りたい場所に印をつけたと言った。嬉しいではないか。空の龍が、こんな小さな島一つを守りたいと、そう笑ったのだ』


「そんな素敵な話が・・・嬉しいですね」


 この記号は、他の地にもある。イーアンが龍気の応用で、この記号を組み合わせると、魔法じみた複雑な効果を生む。それは確かに様々な注文を的確にこなして、守ったり攻撃したりを可能にする。始祖の龍は、記号だけでも守りたい想いを刻んだのか。



『美しい思い出に、()()()()は要らんのだが。先に居ったものは仕方ない』


 ()()を外して、煩く言われても面倒だと思ったのだ、まぁでもマハレの言うように何も言わんかもしれんと・・・ぶつぶつ面倒臭い理由を呟いて、大精霊はウミヘビの長い尾を振り上げると、急に岩の脇を叩く。


 叩かれた岩はバチッと強い音を立てて、上から砂が少し落ちた。どこから砂が?と見上げたイーアンだが、ティエメンカダは女龍の薄い反応に『お前は』と不思議そう。


「はい。なんでしょう」


『今、私がサブパメントゥの結界を取ったのだ。お前は何の反応もしないな』


「あ。それですか。私はサブパメントゥ寄りの龍とか、ビルガメスに言われ・・・男龍で、長寿のお方がそう仰っていましたから、きっとサブパメントゥの何かしらが、分かり難いのかも」


 ビルガメス、と繰り返した大精霊はちょっと黙ったが、名前を知らないだけらしく頷く。


『面白い女龍と思っていたが、サブパメントゥ寄りとは。グィードに近いか』


「はい。グィードとは仲良しです。グィードがいると、私はあっという間に回復します」


 ウミヘビは笑い、そうかそうかと大きな首を上下に揺する。


『頼もしい。始祖の龍とはまた異なる強さを持つ。世界の統一にふさわしいではないか』


 いきなり統一の一言が出て、イーアンはぴくッとしたが、ティエメンカダはそれ以上その話をせず、サブパメントゥの結界を打ち壊した(※一時的)から入ろう、と促した。


『壊してすぐ、何か出てくるものでもないな。やれやれ、杞憂だった』


 中へ入って、ティエメンカダはまた表情から微笑みが消える。ちらっと鬱陶しそうに視線を投げたのは、サブパメントゥの・・・有翼の刻み。イーアンはあれがコルステインかなと思うだけだが、大精霊は何を思うのか。


 すぐ近くに治癒場へ降りる穴があり、大きなウミヘビは『さすがに私はこのままで入らない』と冗談めかすと、イーアンに先に降りるように言った。


『私は別から入って中で待とう。お前はここを進みなさい。どれ、歩くと難しいやもしれない。狭いが、飛べるなら飛んでも良いだろう』


 ちょびっと浮くだけも出来ますよ、とイーアンが頷くと、大精霊は外へ出て『行きなさい』と送り出す。イーアンは、地面に開いた穴に、翼二枚を窄めて入り、ゆっくり進んだ。


 なるほどと思う。砂がまぶされた通路は斜め階段。一段ずつが広くて、段差は砂に埋もれる具合で見えにくい。これは歩いたら危ないかもと(※コケる)低い天井を気遣いながら、イーアンはひょろろ~と飛んで移動。


 足跡・・・シャンガマックだなと分かる。彼の足のサイズ、彼の歩幅。慎重に歩いたのが、砂に押し当てたつま先の深さに、足を引き抜いた砂が流れ込んだ様子から分かる。



 シャンガマックは昨日、ここへ来た話。

 お父さんと一緒で、金色の鍵も持っているから、彼は中へ入れた。先ほどティエメンカダが払った結界は、大精霊や龍以外、鍵がなければ・・・もしくは、コルステインやホーミットレベルのサブパメントゥでなければ、通過できないのかも知れない。


 あれは、じゃあ。金の鍵を持っていれば、大丈夫って事。逆を考えると、鍵を持っていないと治癒場は使えない・・・ここもそうか、と首を傾げるイーアンは、使えない設定の治癒場ってどうなんだろうと悩みつつ、大きく広がる奥の部屋へ到着。



 見てすぐ感嘆の声を上げた。すごい、美しい、なにこれは、とはしゃぐようにイーアンは中へ入り、待っていたティエメンカダに迎えられて、沢山の説明を受ける。


「ここには祭壇がありますね。二つ。ティエメンカダと、始祖の龍のですね」


『そうさせた。他の誰も関係ないのだ』


 微笑みながら教えてくれる大精霊だが、どこか強張っている。先ほども不穏な呻きを漏らしていたが、とイーアンが気にしていると、答えが聞けた。



『お前に渡そうと思ったら。先に入った侵入者が持ち去ったようだ』


 忌々しいと目を眇めた大精霊に、イーアンは侵入者がシャンガマックと直結するだけに、何と言って良いか迷った。



 彼は昨日何も言ってなかったなーと思い出しつつ、あのう、それは私の仲間では、とおずおず伝えると、大精霊は初めて見る嫌悪の表情を向けて『東にも行った者だな。ファニバスクワンに管理される人間』と侵入者の尻尾を掴んだ様子(※正体=シャンガマック)。


『管理しているわりに、野放しとはどうなのか。確か、禁忌を犯したのでは』


「あ!それは!今、シャンガマックとホーミットがいなくなると、私たちとても困るので!」


 怪しい方向に風が吹き、イーアンは急いで止める。ティエメンカダのお宝を、拘束中の男が手に入れたと、そんな解釈で終わっては困る!うぬぅ、と声を漏らす機嫌傾いた大精霊に、イーアンは一生懸命『彼必要』『戻さないで』とお願いし、ティエメンカダは面倒そうに息を吐いた。


『イーアンがそうまで言うなら、何もしはしないが。ここに、龍の鱗を置いたのだ』


「鱗?龍って、まさか始祖の」


『他にないだろう。あれをお前に持たせようと思った。お前がもし、必要を感じた際に、誰かしらにそれを貸してやれば、始祖の龍の鱗を持つ者として、治癒場を使えるようにしてやろうと』


 無論、お前は何も持たずとも入れるがと、ティエメンカダは呟き、鱗を盗られた(※シャンガマックに)悔しさに顔を歪める。


「少し、話が違うかもしれませんが」


 イーアンはちょっと思った。始祖の龍の鱗・・・本物を手に取れるなんて、何て素晴らしいのかと胸高鳴るが。


 何か、とこちらを向いた精霊に、『大切な思い出だから、それはティエメンカダが持っていらしては』と遠慮の提案をした。いくら世界のためとはいえ、貴重な思い出を渡さないでも、と思う。


「シャンガマックから(※名前暴露)、後で渡してもらいます。私は鱗をあなたに返したいです」


『・・・優しいな。しかしそうではないのだ。龍の道具を置く話で、他に私が用意するものはなかった』


 ここから、思いがけず、治癒場の設定事情を聴く。



 ―――始祖の龍の鱗を祭壇に置いたのは、龍に因む道具を用意してあげることが、旅の仲間の手伝いになる話からだった。


 ティヤーに治癒場を作る際、ティエメンカダは『自分が管理する』と交渉した。他の精霊もいたが、ティエメンカダが大事な場所を勝手に使われては困る理由で、この精霊がティヤー治癒場に関わった。


 交渉は通り、治癒場に添える道具も、ティエメンカダが選んだものに。

 そうでなければ、()()()()()が持ち込む龍の道具が使われるとあり、ティエメンカダはそれを拒否した。


 ・・・イーアンが思うに、『他の何者か』はメ―ウィックで、他人がここに入ることを懸念して断ったのかなと、美しく荘厳な治癒場を見渡す・・・



 本当は南も東同様、女龍を最初に招きたくて、他者を入れたくなかったが、さすがにそれは受け入れられなかったらしい。渋々『どちらか一ヶ所なら』の交渉により、東の治癒場を優先。東は案内がない以上、治癒場不可侵領域になった。

 とはいえ、龍の関連もあるため、治癒場を除く他は入れる。遮られはするようだけれど。


 そして、東の治癒場には『二代目女龍』の目印となる、彫刻もない。


 ここは私と龍(※始祖の)尊い島であり、関係もない他の者を刻むなど許さないと拒否。でも治癒場を造るなら、こことあそこと(※東と南)指定して、場所決定を強引に押し通した。

 が、南はサブパメントゥの関係もあるし、南には二代目女龍の目印をつけることになり、嫌々、彫刻する場所を密に相談して彫らせた次第。


 ついでに、東の治癒場には『龍の道具』もなければ、置く祭壇すら用意させず、『最初に入る者を、私が導く』とし、治癒場に相応しい扱いを約束した。



 これだけ聞くと、ティエメンカダのわがままのような印象を受けそうなものだが、実のところ、こうまで要求が通った理由は、別にもちゃんとあった。


『この国の治癒場は()()()()()を重視する』前提があったのだ。


 アイエラダハッドもそうで、ティヤーもそう・・・ 『魔物で傷を負った人間が治される場』の認識は、この風変わりな場所の意味全てではない。

 治癒場自体、世界を存続させる道具の一つとして据えられた。



 要は、種族が『振り分け』に適った場合、人間の保護・傷付いた肉体を戻して生き長らえる、そのために在る―――――



 ズィーリーが願ったから、妖精の女王が汲んで、治癒場が世界中に置かれたのだと、思いきや。


 それは提案を受け入れられた範囲であり、治癒場の効果はズィーリーの願いに添うものの、目的や環境は、世界の考えによってセットされていた。


 イーアンは、真実を聞いて思う。会社に会議で発案したら、案自体は通っても、それが会社の都合に使われて、当初思っていた形と変わる、あれかと。


 ズィーリーは人間の無事を案じて、治癒場があればとお願いしたけれど、世界は統一に視点が定まっているものだから、女龍の意見は『使えそうだ』と許可して、治癒する効果は揃えるものの、使い方は世界が左右することになったわけだ。


 うーむ・・・ 興味深いような現実的なような真実に、イーアンは腕組みして眉根を寄せる。


 それもそうかと、思わなくもない。

 女龍の願い、と聞けば然も通りそうではあるが、よく考えたら一個人である(※女龍一人の感覚)。

 会社を動かすには、会社の方針に・・・ここまで考えて、気分が悪くなってやめた(※イーアンは会社勤め嫌なタイプ)。

 理解はするが、治癒場の優しさちょちょ切れ感が否めない。



 複雑そうな女龍の面持ちを見つめ、大精霊は大きなウミヘビの体をイーアンにゆったり巻き付ける。なにかしら?の視線を向けた女龍。

『もう少し、お前に話してあげよう』とウミヘビは穏やかな目を向け、白い砂の上で、話は続く。


 続くそれは、精霊がティヤーを去った理由だった。

お読み頂き有難うございます。

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