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魔物資源活用機構  作者: Ichen
始祖の龍追懐
2659/2957

2659. ③女龍と精霊ティエメンカダ ~思い出たくさん・東の治癒場案内・『空の城』一部

 

 騒ぎの起きた朝の波止場で、シャンガマックが急いで説明に走り、驚いて店を出て来た仲間に、状況を伝えたルオロフが、『私が側に行く朝は、()()()()()』とこめかみを押さえる中―――



 蒸気の壁を抜けた途端、蒸気もイーアンも消えた、その続き。


 ティエメンカダは、朝の大海原にのんびり横たわって、ポンと宙に出て来た女龍に微笑みかけた。

 慌てたと分かる顔の女龍に笑い、おいでと片腕を差し出す。イーアンは海面に、のびーっと浮く精霊の側へ行き、すぐ上を飛びながら『三回目でしたね』と困惑しつつ確認。


 精霊は頷いて『三回だ』と繰り返した。



 大きな精霊は、肩から下が魚のような姿だが、よく見ると魚よりも、クジラやイルカに似る。


 肩から上が人に似て、顔はファニバスクワンの顔と近い。大きな目、鼻と口がつるっとしていて、口横に複数の鰓の線、耳の場所に広がった扇子のような鰭がある。人の髪の部分が、海藻みたいにうねる束。


 水中で見るよりずっと、その身体は大きくて滑らかで、色とりどり。鱗はないけれど、鱗模様の色がそう見せており、螺鈿の輝きが、肩・腕・首・顔の皮膚、そして、迫力ある大きな鰭が、両脇や尾の先、背中に添う。



『イーアン。もしお前の誤解を放っておいたら、お前は私を()()()()待たせた』


「・・・はい」


 背泳ぎとも呼べないほど、浮いているだけで進んでいる大型の精霊に微笑みでそう言われ、女龍は思うところ山のようだが、ここは逆らわないでおく。


 昔、タンクラッドに会って間もない頃も、待ちきれないからと、会う約束を散々取り付けられたのを思い出す。あれも自由が少なく、予定に厳しかった(※他の人もあるけど親方が一番強引)。


 しかし今回は、相手が大精霊。そして始祖の龍のお友達で、人間の頼みを断るのと訳が違う。


 この先も続くんだろうか(※強制会う約束)。イーアンは心配を覚えつつ、でも懇意にして下さるからと思い、『今日はどこへ行くのですか』と話を変えた。



『乗りなさい』


 大精霊はとりあえず乗っておけと、波被るご自分のお腹を指差し、イーアンは恐縮しながらちょこっと乗せてもらう(※正座)。ざぶざぶ波が来て、思ったとおり濡れ放題だが、後で乾かすことにする。昨日、濡れなかったのは『精霊の祭殿』と似ている環境だったからか、と微妙な違いを理解。


 何かにつけて、イーアンの反応や表情を面白がっているティエメンカダは、考えていそうな女龍に少し笑って『私の思い出の場所だよ』と、連れて行く先を答えた。ハッとしたイーアンに、一層優しく微笑み、

 もう着くから・・・と。首をぐいっと進行方向へ傾け、大きな目をそちらへ向ける。


 イーアンもつられて、前を見る。前方には、背の高い山を抱えた島が見えた。その山は、ピンレーレー島の尖り山によく似ていたが、もっと高くて山頂は雲に隠れる。


「大きい島に見えますが、人はいないのですか」


『居ない。あの場所にいるのは、人以外』


 穏やかな返事だけれど、はっきりと断るような口調。思い出の場所と言うから、よほど大切にしているんだろうなとイーアンは頷く。そうして島を見つめて、間もなく到着。精霊はイーアンを片手に握り(※大型だから)くるりと体をひっくり返すと、浅い砂地に潜り込んだ。


 大精霊が砂に顔を付けた一瞬で、周囲を包む色が躍り、虹色の水流がトンネルを作る。わぁ!と美しさに声を上げたイーアンに、精霊は嬉しそうな目を向けて『始祖の龍もこうして』と教えた。


「始祖の龍も、こうやって入ったのですか」


()()()()()()()()()が、言うことを聞かなんだ』


 笑ったティエメンカダに、イーアンも苦笑する。そうでしたかと笑い合うが、大精霊は『龍は、空から来よった』と、それも楽しい思い出のよう。


『何でも自分で決め、何でも笑って断る龍だった。自由な女龍は、いつも私の思うところをはみ出た』


 昔話を聞かせながら、片手に握るイーアンを連れて来たティエメンカダは、虹の水流を抜け、島の草地に広がった泉に出た。太陽が輝き、温かな風は少し涼しく気持ち良い。千切れる雲は輪郭をきらめかせ、吹く風に草の切れ端が飛ぶ。草原の香りは爽やかで水の匂いを含み、草原は柔らかい若い葉が波打つ。


 さざ波立てる泉の縁に女龍を下ろすと、ティエメンカダは、粒子の光と共に姿を変える。見る見る内に、大精霊は―――


「蛇」


 大きく開いた扇子のような鰭を、幾つも持つウミヘビの姿が現れて、泉をずるっと抜ける。ずる、ずるっと、水に入っている部分が全て上がる。


 まー、長いこと、長いこと・・・ 美しい色彩や鱗模様はそのまま、手足代わりの鰭が長い胴体を支えているので、ウミヘビの長さと雰囲気がなければ、最初にムツゴロウ(※スズキ目ハゼ科)の鰭立ちを想起させただろう。

 超絶美しいムツゴロウ、と言っても良い気がしたが、お顔が違う。お顔は大精霊なので、例えは言わずに控えた。



『ついてお出で。乗っても構わない』


「いいえ。海は乗せて頂いたけれど、また乗るなんて申し訳ないです。歩きます」


 びっしょり濡れているイーアンは、龍気で乾かして良いかと尋ね、許可されたので、ちょこっと龍気でドライになった。遠慮がちに使うと生乾きだが、とりあえず貼り付かない程度に乾いた。


 これを見て、『水は嫌か?』と急に聞かれ、せっせと首を横に振って『そんなことはないけれど慣れない』と答えると、ティエメンカダは『()()()()慣れたらいい』・・・また、心配になるような一言をくれた。



 豊かな草原を進む間、ティエメンカダは場所の説明をする。


 始祖の龍のために用意した島で、空も触れているんだよと、すぐ側にある雲を示した。気づいていたけれど、ここは雲のかかる標高。山頂付近かも知れないとイーアンも見渡す。

林が草原の奥に見え、ずっと先に連山の線。海からは見えなかった方向かなと眺めていたら。


 下には()()()がある・・・さらっと言われて、頷いたイーアンだが、『空の城』発言は気になった。


 気にした顔もしっかり見ているティエメンカダだが、今はさておくことにして。


『ここは綺麗だな?』


 草原の先に、点々と石の群れが見えてきた辺りで、大きなウミヘビは女龍に尋ねる。とてもきれいだと笑顔で答えた女龍に満足し、『また来よう』と言った。


 雲に近い島を作り、始祖の龍も遊びに来たここを見せたかったのか、と思ったら。

 大きな石が群れたそこに着くなり、イーアンは精霊を見る。これは。この模様は―――



『会ったことがあるか』


 誰にとは言わない、視線で問う女龍に返した言葉。イーアンは、『私の仲間が会っている』と即答。


「ティエメンカダ。先ほど、住んでいるのは人ではない、と仰いましたが」


『そう。今、会わせる。と言ってもな。私と来ない以上は、会うこともない。()()使()()()()のだが』


 草の丈が一部的に低くなった、石の置き場。浮き彫りの高度な技で、シャンガマックの服模様が彫られた大きな石が、いくつも並ぶ。遺跡などの基部ではなさそうだが、間違いなく、特別を教える印象。


 足を止めた位置から見た並び方を、俯瞰図で考えたイーアンは、これが治癒場を意味していると気づいた。


「治癒場では」


『おお。お前は聡いな、イーアン。感じ取ったか』


「いいえ。上から見た風景を思いました。もしかして、この下にありますか?そっちに、青い光の小部屋がある大きな室、こっちが通路で」


 急いで説明したイーアンに、ティエメンカダの目がギューッと細まり、頷く。


『そうそう。どこも造りは似たり寄ったりか。さてでは案内しよう。()()()()()


 大精霊が何かに命じた途端、地面が透けて、何層にもなった地下がイーアンの目に飛び込む。


 石の群れは、基部ではなくて、建物の天辺。

 真下にも続く長方形の石組みは縦に仕切る壁で、イーアンは治癒場と通路を覗き込んだ。言ってみれば、塔の上部を取った断面図のよう。



「すごい。こんなに手が込んだ装飾の治癒場は、初めて見ました」


()()がここを守るものだ。久しいな、マハレ』


 マハレと呼んだ声に続いて、どこからか現れた小柄な人。顔は人ではなく、猫のような鼻や口、目は黒に似て黒ではなく、素晴らしい装飾の衣服―― 帽子から靴まで、シャンガマックの服同様の模様 ――を着込んでいた。


「ティエメンカダ。長く会いませんでしたね」


『マハレ。私より、あれだ。女龍を連れた。挨拶を』


 あれ=女龍。うん、と頷くイーアンは、こっちを見た小柄なマハレにお辞儀して『イーアンです』と自己紹介。その反応にティエメンカダが声を立てて笑い、近くへ来たマハレは握手の手を差し出す。


「イーアン。龍ですね。会えて嬉しいです」


 手を握り返し、イーアンも。


「マハレさん。私もお会いできて嬉しいです。ティエメンカダが連れて来て下さいました」


「うーん。イーアンは腰が低い。ねぇ、ティエメンカダ。そうですか?」


『私もそう思う』


 挨拶の感触から、マハレは可笑しそうな精霊に尋ね、精霊も笑って認める。



 大精霊と旧知の仲であるマハレは、話に聞いた古代民族。治癒場への鍵を渡したイザタハと同族だった。

 驚くことに、昨日は『シャンガマックと名乗った人間が来た』と言われ、女龍は『彼も治癒場に入ったのか』と尋ねたが、マハレと大精霊は同時に否定。


「入れないのです。ここは、ティエメンカダが来ない以上は。もしくは、ティエメンカダと同じ役割を持つ御方でないと」


「そうだったんですか。では私も、本当は入れないんですね」


「うーん(※二回目)。イーアン、実に自分を過小評価します。まぁでも、同じ役割という訳ではないから、イーアン単身で来ても確かに通れないかも知れない」


 ややこしそう。黙ったイーアンを見て、ティエメンカダは守り手にそろそろ入らせよと促し、自己紹介と立ち話を切り上げる。マハレに案内してもらい、透けた地面を潜るイーアンと大精霊。


 イーアンの簡単解説で言えば、地下3階くらいの位置にある治癒場と通路で、透明のエレベーターで下へ降りる具合。立っていた場所がスポッと抜け、ゆっくりゆっくり最下層へ。降りてゆく縦型通路を取り巻く壁も、色調の違う切り石が層になり、渦巻き模様が緻密に彫られて美術館状態。


 うわー。きれいー。素敵ー。を繰り返して感心する女龍に、大精霊とマハレは笑い続けた。


 そうして、最高の装飾をされた治癒場の階。

 最下層は、治癒場の室に続く一本道があり、砂が深く敷かれている。幅も高さも、ティエメンカダが通るに余裕の広さを持ち、ウミヘビに手足用の鰭付きの体は、砂地を楽に進む。


 ふと思い出し、『アティットピンリーも、この通路なら動き易そうですね』とイーアンが言うと、大精霊は微笑んだ。


『ここを使う時。()()()()行き来するだろう』


「あ・・・はい」


 砂地の通路は、この長い体のため。そうなんだと納得したイーアンは、治癒場の空間入り口で立ち止まった。あまりに美しく、口を開けたまま凝視。


「上から見ても驚きましたが。これほど見事で美しい治癒場があるとは」


「私の民族の絵模様も使いました。他は彫り物に長けた精霊が誂えたのです」


 マハレが一歩先に出て、右手であちこち示す。渦巻く模様の壁と天井。床は何色にも輝く透き通った砂。真下から光が上がっているような印象だが、恐らく、島内の洞窟に差し込む光の反射を取り入れている。


 乳白色の壁に、細い金色の筋が天然の流れで走り、突き当たりの壁と天井に、大きな始祖の龍、グィードが寝そべる彫刻が、生きているように彫られている。イーアンが空で見た、始祖の龍の笑顔そのまま。


 もしかしてと振り返ると、入り口の壁には対のティエメンカダが彫られ、左右の円形の壁はそれぞれ空と海の風景で埋まる。


 思わず、涙が落ちる。なんて美しいだろうか。なんて芸術的な。なんて魂が、とイーアンは声にならないほど感動し、それを見つめたティエメンカダは女龍に『泣くほどか』と笑みを浮かべる。



「素晴らしいです。愛が溢れています。こんなに・・・始祖の龍も喜んだでしょうね」


『喜んでいた、と言いたいところだが』


 ハッとしたイーアンは、涙目を拭いて精霊を見る。精霊の横に立つマハレは、少し寂し気に微笑み『それほど前ではないんですよ』と教えた。


「そうでした・・・治癒場は、二代目の女龍の時代で」


「そう。でも二代目の女龍の旅が終わってからです。だからここへ入った女龍は、イーアンだけ」


 マハレの説明に、イーアンは目を閉じて涙を流してお礼を言った。ティエメンカダは満足気で、マハレに案内させては解説も付け、泣いて感動する女龍の感想を聞いては、うんうん、嬉しく頷いた。



「ティエメンカダ。彼女を、島の下にも案内しますか?」


 一通り治癒場内を見終わって、マハレは下を指差し、大精霊は大きな目を足元に向ける。


『そうしよう。私は入らないが、空の城だ。イーアンの領域』


 じっと見た鳶色の瞳に視線を合わせた大精霊は、『あれは、龍のものだから』と短く続け、イーアンたちは島の下へ移動した。



 *****



 イーアンは、これが本当の理由だと知った。


 移動はあっという間で、治癒場の床がまた透けたと思いきや、透明の縦型筒をつーっと降りた具合。降りたそこは海が見える洞窟の中で、表へ出て砂地を進み、砂浜続きの木陰脇に遺跡が佇んでいた。


 ここから先はお前が一人で行っておいでと、送り出されたイーアンは、二人を待たせた状態で遺跡へ入り、すぐに通路を見つけた。夥しいほどの彫刻は、マハレや精霊の彫刻と全く違う。空にもあるこの彫刻、地上でも何度か白い遺跡で見ているものが、忘れかけた今、思い出させるように自分を包む。


 通路を抜けたそこには、広い四角い空間が広がり、イーアンが入ると同時に明かりが差した。

 イーアンはここでも目を奪われ、涙し、しっかり胸に刻む。


「お伝えしますね」


 外で待たせているので、きちっと見るだけ見た女龍は、微笑んでそこを離れ、表へ出た。



 ティエメンカダとマハレが迎え、どうだったかと尋ねる。中を知っているのかどうか・・・イーアンは二人に、中で見たものを一つ残らず話して聞かせた。


 今までずっと笑っていた大精霊の目から、大きな涙が一粒落ちる。マハレの笑みも深く、彼は俯いて『良かった』と呟いた。


「始祖の龍の記憶は、ティエメンカダと一緒に楽しんだ海が、たくさんでした」


 そう伝えるイーアンも、また泣く。嬉し涙か、思い出す切ない涙か。ティエメンカダは両方にも思える涙を砂に沁み込ませて、もっと聞かせてくれと頼んだ。



「もう、南は連れて行きましたか?」


 マハレがふと、気にして質問。泣き続ける大精霊は首を横に振り、『あれは面倒だから、またで良い』と一蹴。ん?と思ったイーアンに、マハレはちょっと困った感じで『南も始祖の龍の思い出があります』と教えた。


「ここまで来たのだし、連続で見せてあげたらいかがです」


『むぅ・・・そうか。次の機会にと後にしたが』


「イーアンなら、うっかりサブパメントゥの縄張りを超えても。特にティエメンカダが手を回す準備なんてありませんよ」


 マハレと大精霊の会話は・・・昨日、シャンガマックから聞いた『危険地帯』のことかとイーアンは見当をつけ、そこなら仲間が昨日行ったと、口を挟む。するとティエメンカダは、何か気に障ったように『何?』の一言。



『これから連れて行こう。では、マハレ。また会おう。島を閉じよ』


「急ぎですね。はい、それでは。イーアン、ごきげんよう。またお会いしましょう」


 あっさり。何百年ぶりかも知れないが、マハレはごきげんようの挨拶で終わり、イーアンは慌ただしく南の治癒場へ出発する―――

お読み頂き有難うございます。


今日は、魔物資源活用機構の記念日です。再開示してからのですが。

活動報告にも気持ちを書きました。

皆さんが来て下さること。皆さんが一緒に旅をして、一緒に馬車や船に乗っていることが、どれほど私の力になり、励ましになっているでしょうか。

毎朝。毎日。励まして下さって有難うございます。本当に嬉しいです。ここまで続けられているのは、いつでも一緒にいて下さる皆さんのおかげ。

『有難う』と『感謝します』、これ以上を伝えられる言葉を知っていたら、それを伝えたいです。


どうぞ良かったら、これからも一緒に旅をしてやって下さい。まだまだ続きます。


心から、毎日感謝しています。有難うございます。


Ichen.

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