2658. 旅の四百八日目 ~前夜報告・ティエメンカダと始祖の龍の思い出・出発準備・光三回
『あと三日後だね』
夜に宿へ帰ったイーアンから聞く、『次に精霊に会うのは三日後』他諸々の報告・・・それはよかった、と皆さんも微笑む。
明日はおコメ農家訪問。これを聞いたイーアンは大喜びで、皆も一緒に喜んだ。
ティエメンカダは掴みにくそうな相手ではあれ、とにかく好意的な様子から、『本当に始祖の龍の友達だったのね』とミレイオは心和ませた。
「全く話が出ないにしても、さ。あんたの角とか見て、懐かしんでいたかもね」
ミレイオの感覚で聞くと、イーアンも今更ながら『そうかも』と思える。
ずーっとニコニコしているだけで・・・あれは、自分と始祖の龍を重ねていたからか、とイーアンが言うと、タンクラッドは少し嫌そうに眉根を寄せたが、ミレイオは手を左右にさっと振って否定。
「それは違うと思う。ティエメンカダは尋ねて来た『女龍』が嬉しかったと思うわよ。『また女龍に会えた』のが、嬉しいって言うかさ。
あんたはアティットピンリーの確認しただけ、って感じだろうけど、それだって親視点なら『私の子だよ』で、済む話じゃないかもしれないでしょ?
人間の感情とはズレるかもだけど、精霊は『自分の子を龍として動かしていた』わけで。
変な話、龍に相談もしないで、そうし続けたのが一度二度どころか、何百年よ。
もしかするとやって来た女龍が『あれはどういうこと?』って、問い質す展開も考えていたと思うわ。だって、女龍は人間上がりなんだもの。
人間の感覚で想像したら、龍でもないのに何をしているのか、聞く可能性もあるじゃないの」
「そんなこと、思いもしませんでしたよ」
「そうそう。そんなあんたの態度も、嬉しかったかもよ。始祖の龍とも仲良く出来て、やって来た新しい女龍も仲良くなれそうで・・・精霊でも特別な、『龍が好き』の感情を持っているなら、新たな喜びって感じ?」
「ミレイオが代弁すると、そんな気がする」
ドルドレンが感心して頷くと、ミレイオは『始祖の龍を、イーアンにダブらせている訳じゃないのよ』固定観念なしの見方だと笑った。ふーん、とイーアンも納得してしまう。さすが、魂のミレイオ(?)。
「とにかく。明日は一緒に農家に行けるわね!」
ニコッと笑ったミレイオに、イーアンは両手をパンと打ち合わせて『はい!』と満面の笑み。本日中に戻れたので、一安心。明日はおコメの農家さん。
農家さん訪問が終わったら、アリータック島のお世話になった弓工房や、道具作りを引き受けた女性たちに挨拶し、土産でもらったお面のこともちょっと聞いて・・・その後に、ピンレーレーを出発。次は西行きである。
報告はお開きになり、皆は明日の朝に備えて就寝する。農家さん訪問は早い。
が――― これが、ティエメンカダの約束に阻まれる。
『太陽が三回、海を照らしたら』。大精霊の言いつけが、イーアンを早々引き戻すとは。
・・・因みに。やはり外出したシャンガマックはと言うと、食事処で『一ヶ所見つけた』報告のみ。
サブパメントゥの宝はまだ言わず、そして南の治癒場の内側装飾も言わなかった。ただ、『鍵がないと危ない、消される危険』は伝えておいた。迂闊に近寄れないことを、皆に覚えておいてもらう。
当然、東の治癒場へ行ったことも、孤島の僧院へ行ったことも伏せた。孤島の僧院については、ヨーマイテスから直にイーアンへ話す、と決めたのもある。
出かけた割に、彼の報告量は少なかったが、皆さんもいつものことなので(※お父さんに止められている察し)聞き出さなかった。
そしてシャンガマックは、意図的ではなくて本当に、なのだけど。
始祖の龍の鱗を、イーアンに渡すのを忘れ―――
*****
ティエメンカダが行かないと開かない、東の治癒場。
『もう一つは面倒だから(※南の治癒場=サブパメントゥ付き)。東へ連れて行ってやろう。私が行くまで、何者も入れない。龍に、最初に見せてやりたかった』
我が子・アティットピンリーも、イーアンが感謝して気にしたことを、ティエメンカダは好ましく思う。
女龍となる者なら当然そうあれ、と願う反応と判断をイーアンは持ち、心も・・・遥か昔に友達になった女龍と同じように、どんな状況も慮る。
違うのは、イーアンよりも、友(※始祖の龍)はゆったり構えていたことか。
相手が誰であれ、崩れない微笑。貫く眼差しに熱い優しさが籠る。堂々と豪快で、空を仰いで笑う姿、弾ける笑い方は本当に愉快そうで、いつ聞いても楽しかった。
『イーアンは、私の子にも愛を向ける。友も私の子を見たら、きっと自分の子たちのように慈しんだだろう』
始祖の龍は、空に沢山の子供を持つ、と話していた。空は龍族が守り、龍が飛ぶ。私の愛そのものだと、いつも自慢気に笑みを深めた力強い愛。
『イーアンは、人間だと何年生きたのか。大人ではあるが、子供のよう。いや、子供というよりも動物のようだ(※精霊感覚で褒めてる)。遠慮がちで警戒しているのに、素直だからモノをあげれば食べる(※どこでも)。おいでと言ったら四つ足で近寄る・・・アハハ、可愛い龍で良かった』
可笑しくて仕方ないティエメンカダは、何度も思い出しては笑う。始祖の龍は、その力も存在も人間上がりとは思えないほど強大だった。
こちらへ来いと呼べば、長い尾を出して私を巻きつけ、自分に寄せるような・・・『あれもなかなか。精霊相手にこう振舞うかと思ったが』苦笑するも、懐かしい思い出の一つ。
決して遜らない。だが、尊大でもない。彼女はいつも楽しんで、どの行動も愛があった。
何度か笑って、すっと笑みが戻る精霊は、遠い昔に失くした友達の思い出を幾つも覚えていて、今日会った三代目女龍を、記憶に付け加える。
『成長しなさい、イーアン。お前の愛はもっと広がる。お前の強さは、始祖の龍に届く。あとはその翼で、龍の空を抱えられる心になるだけ』
手伝おう、とティエメンカダの目が閉じる。三回の日差しが、海を照らす時。イーアンを連れて―――
*****
翌朝。いつでも早起きだが、職人たちは早く起きる。今日は農家さん。そしてアネィヨーハンを出すので、朝一で宿を引き払い、ずっと停めていた馬車も動かす準備がある。
馬たちはいつも世話してもらい、毎日何度も様子を見ていたので、彼らの状態は良好と確認済み。
船も毎日、日中に使っていたので状態の良さは問題なし。港近くで水と食料を買う手配はついている。
ドルドレンも早く起き、夜明けそこそこで宿の人たちに礼をし、宿の人に惜しまれながら『無事で』『元気で』『健闘を祈る』の挨拶も止む事なく繰り返す。
馬の食費は、宿泊費に足されていたが、改めて馬の世話代を別に渡し、要らないと断る宿の主人に『五頭も見てくれて、本当に感謝している』と笑顔で押し付けた。主人も奥さんも、背の高い総長の笑顔にやられる。
美丈夫が親切。なんてイイ人なんだと、主人は有難く受け取り、奥さんは『また来てね』と両手で握手した(※思い出に握りたい)。
「騎士は嫌われ者だけどね」
言わなくてもいいことだけど、奥さんは最後だからと、目を瞬かせる総長に頷く。
「剣を下げて、海や港を歩く外国の人。お兄さんは、肌の色も白いでしょ。瞳も月明りみたいな色。髪は白髪が多い(※ドルドレンはここで途惑う)黒髪だけど、やっぱり警戒されると思うのよ。
だけど、海運局や警備隊の味方をどんどん増やせば、ティヤーのどこに行っても、受け入れられるのは早いです。顔見知りが噂で知らせるから。味方を増やしてね」
ね、とお心遣いの奥さんに、両手を握られたまま、ドルドレンは『心がけよう』と了解し、するっと手を引っこ抜いた。
ふーむ。最後の最後で、『騎士は嫌われ者』を意識するとは。
でも・・・もしかすると、これから西の田舎に行くのだから、気に留めていた方が良いのかもしれない。
そんなふうに掠めたすぐ、裏庭で馬具の整えたオーリンたちに声を掛けられ、ドルドレンはまだ部屋にいるシャンガマックたちに、用意完了を知らせに行った。
朝食は、船に馬車を載せた後、摂る予定。馬車を載せる前には、水と食料を港前食料品店で買って、馬車に積み込む。
太陽が昇り始める時間に、馬車は宿を出た。
馬車三台、ブルーラはロゼールが乗り、彼の横をクフムが歩く。未だに歩かされている状態だが、クフムはこれで良かった。
人も馬車も多い朝の往来は、少し速度を緩めて進む。
がっちり曇っているねぇと、食糧馬車の御者をするミレイオが空を見上げ、横に座るルオロフは、『雨の時期は・・・いつだっけな』と呟いた。
ゆったり進むから、周囲の声もかかりやすい。派手な馬車三台は目につくということで、声を掛けられても回避しやすいイーアンが御者のドルドレン横に座り、角を出したまんま、すれ違う馬車や人たちに笑顔で手を振り続けた(※これで済む)。
「雨が降りそうである」
ドルドレンの視線先は重そうな雲で、イーアンも頷く。でも雨が降る感じじゃないかな、と思う。
「雨ですと、風の感じも変わります。湿度も変わるし」
今は大丈夫そうですよとイーアンが言うと、ドルドレンは微笑んで『雨がイヤなわけではないが、快晴の出港が良い』と理由を教え、イーアンも同意見。
お別れと出港は、晴れ渡った空の下が良いですねと答えて、天気の話題を続けながら、ガタゴト揺られる内に、馬車は港通りに入った。
港前の店で馬車を並べて食料品店に声を掛け、予約の食料箱と、井戸の案内を頼む。
すぐそこが港で、波の音が響き、元気な水夫のやり取りが飛び交い、水面のきらめきが見える。イーアンは、ミレイオたちが店の前に荷物を出したら、馬車に積む係(※龍の腕)で、お外待機。
お別れを思いながら、波止場の先の水面を眺めていたら、それまで厚い雲に阻まれていた天から、一筋の光が差した。
以前の世界で『天使の梯子』と呼ばれる、美しい光。
いつ見てもきれいな・・・微笑みを浮かべ、女龍は差し込む光を見つめる。天使の梯子は、流れる雲に閉じられて消え、少しして、また同じように光が海に落ちた。
「きれいですね」
気づけば横に並んだルオロフが、見つめている先に顔向けていた。目が合って微笑む。
「アイエラダハッドもこういった光をよく見ます。寒いので、光が落ちると湯気が立つんですよ」
「あ。見たことあります。あれも美しくて、幻想的ですよね」
「私は自分の横に立つ、美しい龍の母が、未だ幻想的に思います」
さらっと貴族なルオロフに笑い、ルオロフも爽やかに笑う(※大貴族)。そんなルオロフを、可笑しそうに後ろで眺めるシャンガマックは、ふと気づく。
―――『太陽が三回、海を照らす』・・・三回?
はた、と気づいた言い回し。褐色の騎士は、目を見開く。
『三日目ですねと確認したら、精霊は三回と言い直させた』イーアンは昨晩そう言った―――
ハッとして海を見た騎士は、また閉じた雲の続きに、もしやと過る。
「イーアン!」
「え?はい」
肩を掴んだ騎士に驚き、イーアンが振り向く。シャンガマックは海を指差し『次だ』と急いで教えた。
何が・・・? 聞き返すも、騎士が答えるより早く、太陽の光が雲の隙間を割り、すっと海を照らす、三回目。
いきなり海面からぶわーっと蒸気が立ち、壁のように立った蒸気には、大きな精霊の顔が映った。と同時、『約束を』の声が港に木霊し、びっくりしたイーアンは慌てて翼を出して、蒸気の壁へすっ飛んで行った。
これと重なるように、褐色の騎士は一つの大事な事を思い出す。
「あ。鱗!」
渡すつもりがうっかり忘れていたと・・・ これが後々、ちょっとこじれるとは。
お読み頂き有難うございます。




