2654. サネーティの模様地図 ~①サブパメントゥの『黒い宝』
「それじゃ。行ってきます」
「お前も急である。早く戻りなさい」
「夕食までに帰ってらっしゃいよ!」
褐色の騎士は、思っていたことを相談した午後、船を出る。
総長には『人数が減る』と渋い顔をされたが、出かける目的が目的なので許可は得られた。ミレイオは口癖で、特に夕方に帰らないといけない訳ではない。
「バニザット。乗れ」
影から獅子が呼ぶ。アネィヨーハンを下りた波止場は、昼休憩中で人が疎ら。上から照り付ける太陽に、高い崖の磯場は強い影が出来ていた。端に留まる船は崖際で、シャンガマックは小走りに獅子の側へ行くと、ひょいと跨る。獅子は彼を背に乗せるや、すっと崖の黒い壁に溶けて消えた。
「確かめたのか」
「うん。サネーティは、模様のことしか知らないが」
「その印が、お前とロゼールを相手にした民・・・イザタハだったか(※2630話参照)。イザタハに聞いた詳細と、地図の位置を確認したんだな?」
そう、と答えるシャンガマックは、暗闇のサブパメントゥを通過して最初の目的地へ移動中。
―――これから治癒場。
古代民族のイザタハは、治癒場とサブパメントゥの宝が重なる場所の、鍵を預かっていた。
彼はシャンガマックとロゼールに、鍵の使い方を教えたので、てっきり『治癒場へ行く為の鍵』だと思っていたら、ヨーマイテス曰く『違うだろ』。
細かいところは推測なので、とりあえず、一つめの治癒場は複雑な場所とし、金の鍵持参で行くのみ。
これが終わったら、イザタハが確認してくれたサネーティの地図『古代民族の模様が付いたところ』を目安に、次の治癒場へ向かう。
ヨーマイテスは、シャンガマックに聞いた話の流れから『地図と、鍵管理要件の相違、そして昔の記憶から思い当たる島』の可能性を出した―――
ということで。
サネーティに会う機会が偶然訪れたシャンガマックは、彼に『この地図はほぼ正確?』の確認。
以前、地図受け取り時に教えてもらった、サネーティの地図作製に至った経緯―― 他と異なる気温帯によくある模様の話から、好奇心で情報収集 ――も、もう一度聞いて、二つめの治癒場の印象を固めた。
そして、アリータックの港へ移動する、少し前、ヨーマイテスに連絡を取り、行ける時があったらの旨を伝えたら、すぐに時間を作ってくれた。毎日生じる物事が落ち着いた頃合い、今が良い。
「ヨーマイテスも、聞いてあるんだよな?」
「コルステインにか?聞いたな」
「行ってもいい・・・んだよね?」
「当たり前だろ、治癒場だぞ。人間の居場所から、いつも馬鹿みたいな距離がある上、二ヶ所しかない。その一ヶ所を閉鎖する理由がない」
コルステインが行く手を遮る夢を見せた話は、ヨーマイテスも息子から聞いている。コルステインには四六時中会うため、治癒場を使えるようにしろと、ヨーマイテスから伝えた。
コルステインは最初こそ、『何のこと?』の反応だった。
面倒臭いが、忘れているらしき相手に、獅子は事情を説明。しばらくして、コルステインは思い出したらしく『メ―ウィック』と合点がいった。
悪夢の何たらは、昔、メ―ウィック伝いにかけた仕掛けで、コルステインは今回、発動に関わっていない。なので、思いっきり忘れていた。
そんなこったろうと踏んで、獅子が『宝はどうするんだ』と序に言ってやると、コルステインは頷きながら、『それはお前が動かせ』と命じた。
面食らった獅子が、押し付けるなよと怒ると、『お前が使っていい』と返ってきたので・・・これは何かありそうかと考え直し、獅子はそれを承諾。
治癒場より先に同じ場所にあった、サブパメントゥの宝の一つは―――
パッと明るい場所に出て、シャンガマックは目を瞑る。絶海の孤島の雰囲気で、なーんにも周囲にない小さい島。島は砂浜が囲み、中心に大岩がゴロゴロと重なって、その隙間を埋めるように樹木が生えている。
「ここが治癒場のある島」
唖然としたシャンガマックは、大岩の積み重なる影を見上げ、後ろを振り向く。ホントに何にも・・・放置感が漂う。
獅子の背を下りて、一緒に歩く。獅子もここを知らないようだが、見当はつけているらしくあっさり見つけ出した。これを褒めてもらうのも、空しい。なぜなら、大岩の積み重なる反対側へ回ると、堂々とズィーリーの巨大彫刻が見えるから。
他には、いつの誰のものか不明だが、簡素な丸印や三角形や渦巻、合間繋ぎの棒線などが入った、記号らしきものが、二代目女龍の横に見える。
これらは時代が違って古そうで、鮮明で生き生きとしたズィーリーの彫刻より、角が取れてぼやけていた。シャンガマックはこれを重視せず、ズィーリーの彫刻を見上げて、首を傾ける。
「すぐ、だね。サブパメントゥの宝があると気づいていただろうに、なぜここか。治癒場は確か、精霊が手掛けたと」
「まぁ、理由がどこにあるかは探らない方が良い場合もある」
意味深に会話を閉じ、獅子は大岩前で、息子に鍵を出すように言う。
腰袋から出した金色の鍵・・・目の前に治癒場の目印があるのに?と、問いた気な視線を向ける息子。ゆったり頷く獅子。
「鍵、要るのかな」
だってそこだよと、鍵で前を示すシャンガマックだが、獅子は『入れないぞ』と首を横に振った。
「入れない?あの奥の地面にあるのは、治癒場の穴だと思うが」
「お前に試させる気はないが、まぁ見ていろ」
分からなさそうな息子にそう言うと、獅子はその辺に落ちている小石を前足で転がし、ぴっと弾く。石は飛んで、消えた。目を瞬かせるシャンガマックに、もう一度見ていろ、と獅子は同じ行為を繰り返す。今度は拳大の石で、これを軽く飛ばすと、これもまた目の前で『ブシュ』と嫌な音を立てて消えた。
「分かったか?消される」
「・・・俺と、あなたでもか」
「うーむ。俺は大丈夫だろうけどな。残党サブパメントゥじゃないから。お前がどうなるか、保証はない。お前の持つ、コルステインの面が効果を発揮するかもしれんが」
「確認していないから保証はない、と」
そういうことだな、と返した獅子に、シャンガマックは何度か頷いて、金の鍵を下に向ける(※従う)。
どこでもいいから差し込むように言われ、足元に鍵をサクッと差す。差し込んだ状態で、くいっと回し、覆いが解けた。薄い壁のようなものが空中から砂を落とし、それを見届けた獅子は『通れる』と中へ進んだ。
岩の隙間へ滑り込んで、まずは治癒場に降りる穴を見下ろす。
「これだな」
「これだね。それで・・・宝って?」
「宝か。あれだ」
獅子が顔を横に向けた方を見て、シャンガマックは呆気ない発見に頷いた(※反応薄い)。
大岩の内側に、有翼の人間に似た姿が彫られ、治癒場との距離はせいぜい3m・・・ この近さで龍の治癒場を造られては、確かにイヤだろうなと、シャンガマックも眉を寄せた。
「なんでわざわざ、ここか。本当に、かえって疑問だよ。さっき通過したのは、サブパメントゥの結界だろう?こんな近くにある龍の場所に、あれを張るのだって、サブパメントゥには一苦労そうに思うが」
息子に同意するも、それはさておき、獅子は原始的なサブパメントゥの彫り物に向き直る。獅子は大きいので、体の向きを変えると、目の前(※獅子の体長2,5m)。
地図で照らし合わせは、後にする。治癒場確認も、後。仕掛けの『サブパメントゥの宝』を今は優先で。
シャンガマックは、彫られた線の周りを眺める。仕掛けらしいものはないにせよ、コルステインはここを守ろうとし、近くへ来る誰も触れないようにと気遣った・・・忘れてたみたいだけど。
「バニザット、鍵を」
獅子に促されたシャンガマックは、手に持ったままの金色の鍵を差し出す。
「もう一度、使うんだね」
「そうだな。ここらでいい、当ててみろ」
ちょんと、爪で岩の根元を獅子は突く。鍵の先端は尖ってもおらず、突かれたそこは真っ平の岩。これが開くのかと思いながら、騎士は鍵を岩の根元に押し当てた。その途端、ぐわッと黒い穴が広がり、足元の岩と地面が、口を開ける。中は真っ暗だが、獅子が青白い火の玉を出した。
「ヨーマイテス。この中か?」
「下手な仕掛けを作るもんだ」
大した事もないと、獅子は驚く息子の顔を見て『自分についてこい』と穴へ滑り込んだ。
背中に乗っては、通れない穴。獅子の尻尾の先がしゅるっと消えた後に、シャンガマックも続いて飛び降りた。
意外や。高さがあったらしく、ひゅー・・・と落ちてゆく。
この前の既視感(※イザタハ)を感じながら、しかし今度は父の案内なので、気持ちは余裕。青白い火の玉も辺りを照らし、落ちて行くここは、周りに壁もないだだっ広さと知った。
数十秒落ちていると、下に金茶色の輝きが見え、それは跳び上がってシャンガマックを背中に乗せた。獅子は息子を背に着地。
「有難う」
「最初から乗せてやれたら良かったが。入り口だけは狭いらしい・・・バニザット。お前の持つサブパメントゥの面に触っておけ」
言われた通り、シャンガマックは鍵をしまって、腰に付けた『コルステインの面(※2216話参照)』に手を添える。面はこんなところで使うのかと、忘れないよう記憶に刻む。
彼を背中に乗せて歩き出す獅子は、青白い光を伴ってまっすぐ進み、立ち止まった。
広い空間に、誰かが作った壁が立ちはだかる。粗削りの天然に似た石の壁でも、加工していると分かる。獅子とシャンガマックは、壁の5m手前ほどでこれを見上げた。
「ここは広いし、他にもあるのだろうか」
「ないな。広く見えているだけだ。実際は、俺たちが歩いている上下前後左右から、せいぜい人間一人分の余裕しかない」
見せかけの広さと教えた獅子には、本当の状態が見えている。息子を歩かせないのは安全のためで、シャンガマックは気を引き締めた。
「背中から降りるなよ。この壁の向こうに、宝がある」
獅子は壁の一歩前で止まり、額を押し当てた。
壁はごうっと唸り、振動が空気を揺さぶる。そして壁が急に動いて下がり始め、全て下がり切った続きに、騎士は思わず鼻を覆った。
「何だ、この臭い」
「こればかりは、人間に耐えられんな。とりあえず面から手は離すな」
口呼吸でも臭いが入る。シャンガマックはこの異臭のきつさに薄目にしていないと、目にも滲みそう。獅子が歩を進めると、青白い火の玉も一緒についてくるが、周囲は壁の前とそう変わらず、目ぼしいものはどころか、違いも見当たらない。
吐きかねない異臭は、なにかが焼けた臭いだとは思うが・・・どこかで嗅いだ気もする。何の、どこだったか。
滲みる臭いで頭痛までしてくるシャンガマックだが、精霊の結界をここで使うわけにはいかない。最小限の呼吸で我慢し、進入直後で早く宝に着いてくれと音を上げたくなった。
獅子も息子が息苦しい様子を気に掛けるが、ここは仕方ない。この臭いで、予感は的中と理解した。
バニザットは気付いていないらしいが、彼は何度もこの臭いを嗅いでいる・・・『ここまで酷いと、元が分からないか』ぼそっと呟いた獅子は、近づくほどに臭いが強くなる祭壇へ。
「ヨー・・・マイテス・・・ げほっ」
「喋るな。頭の中で言え」
『もう、無理かもしれない』
獅子の鬣に突っ伏した息子は、頭の中で弱音。獅子も彼が可哀相なので早く出てやりたいが、もう少し。
『顔を上げるなよ。目の前に宝はあるが、お前の体がもたない』
『なん・・・おえっ(※頭の中で)』
何にも考えるな!と獅子は注意して、息子が危機なのでさっさと終わらせることにする。これで済んでいるだけ良い・・・息子にコルステインの面があって救われたなと思いつつ、ぬかるんだ足元の先、祭壇から上がる数段高い場所を見つめる。
さて。これをどう持ち帰るか―――
数段高いその場所。そこからボコボコと泡と音を立てて黒い粘液が溢れる。溢れる粘液は祭壇を伝い、ヨーマイテスの足元の辺まで流れているが、先には行かない。
溢れ続けているのにも関わらず、量を超えないのは、ここで消失するから。
鬣に埋もれて、ふーふー苦し気な息をする息子は、もしかすると体に害が発生している可能性もある。説明も何もすっ飛ばして、今は『これ』を持ち帰るのみ。
少し考え、ヨーマイテスは右の前脚を見た。
お読み頂き有難うございます。体調を崩しまして、もう少ししたらお休みを頂くと思います。
休みが増えて申し訳ありません。休んでも続きが分かるよう気を付けてご案内します。
どうぞ宜しくお願い致します。いつもいらして下さる皆さんに、本当に励まされています。心より感謝を。




