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魔物資源活用機構  作者: Ichen
知られざるウィハニ
2653/2956

2653. 讃える歌・『選別』の前触れ・①女龍と水の精霊ティエメンカダ

 

 側に来た民が口々に精霊を讃え、今までのことを含めて今後の気持ちを伝える。

 彼らは精霊に触りはしないが、サネーティがアティットピンリーの真横に立ち、守るように群衆の様子を見つめていた。



 アティットピンリーは、頭に話しかける。不意に、イーアンに聞こえた『私は海へ』の一言で、ハッとした。


 顔を上に向けた精霊に、空中から見ていたイーアンは了解して、それをサネーティに伝えると、彼も我に返って『名前を披露する』と、ここでようやく精霊の名を告げる。


「アティットピンリーだ。私たちの海を抱え、心を守った偉大な精霊を、この瞬間から尊べ!」


 名前は決定。前日にイーアンから『アティットピンリーと自ら名乗った』と聞いて、サネーティは心底感激した。胸を張ってその名を大声で叫び、群衆の声が戻る。港から響き渡る、海賊の歴史に刻まれる瞬間。


 サッツァークワンは、立ち上がり歌い出した。即興で歌う彼の声に、わーっとけたたましく沸いた場はサッと静まり、その内容と新たな出発に、誰もが聴き入った。



 海を与えし天の龍よ。威光に影差すことなく迷いを立つ龍に、我らは命と営みを守られる。

 龍のない海の世に、精霊は源を分け、龍と精霊に祝せられし、慈しみのアティットピンリーを授けられた。

 アティットピンリーは、海の愛。ティヤーの愛。

 龍の御名に於いて、前に出るを選ばず。精霊の御名の内に、御業を尽くす。

 嵐を鎮めて船を助け、民に日々の糧を与え、目を開かせて罪を許し、この先も世々に至るまで守り給え。



 サッツァークワンの一呼吸の段階で、誰かから『妖精が許したことも歌ってくれ』と頼みが入る。

 その話も聞いたばかりの歌い手は、声のした方へ頷いて、妖精の許しもすぐに歌に変えた。



 時が消えるほど昔。妖精の科を負ったアリータック。

 親から子へ戒めは移ろうも、許されし朝を迎えるに叶わず。

 時は満ち足り、妖精の目を持つ男の訪れに、許しの道へ遣いを願った。

 聖なる男は海を歩き、許しを求めて、海の底から砂へ戻る。

 科の行方を龍に委ね、龍は妖精に許しを導く。

 アリータックの罰を放した妖精に、常しえの感謝を捧ぐ。



 海賊の言葉は分からない、イーアンとルオロフ以外・・・サッツァークワンの歌に胸打たれた人々が、大きな拍手で褒め称える。シャンガマックは幾らか聴き取りながら、これまでの経験で言葉のあたりを付けて理解した。


 妖精の碑の話から、許された祝いの日まで。そして今日、精霊と繋がりが復活した、ティヤーの小さな島の意味を考える。

 明らかに、時代は変わる。人々が受け入れるのも早かったが、そこに女龍が関与してきっかけを作っていることも貢献したのだろう。



 全ての種族が交錯すると示された、テイワグナ。

 世界の未来に要不要を計られ分けられた、アイエラダハッド。


 そしてここ、ティヤーは・・・更に、不要と決定とされた『種族丸ごと』消される舞台。


 ティヤーの民が人間の代表と設定され、彼らが選ぶ行為・意志が人間の種族全てのものと見做される。

 もしも、人間が受け入れなかったら。その行方はなかった――― 


 シャンガマックは、ヨーマイテスと読んだ、メ―ウィックの手記に記される予言を、目の前の光景に重ねずにはいられなかった。



 この後、アティットピンリーは海に戻り、見送る民はいつまでも、精霊の消えた海に愛を告げていた。


 ルオロフは深刻そうな面持ちの褐色の騎士に気づき、どうしたかと気遣って、彼が耳打ちで教えた『全く違う視点』に驚きながらも・・・これが世界の旅人の観点だと、感心した。


 イーアンは簡単に挨拶し、この場に無用の自分を知っているので、さっさと帰ることにする。


 女龍が帰りかけるのに気付いた人たちは、待って、もう少しと引き留めるも、イーアンは微笑み絶やさず足を止めることなく、連れの二人に『帰りましょう』と急がせ、サネーティは局長に預けた。


 公民館手続きやら、病院の許可やら、早口で必要事項だけ局長に教え、『頼みましたよ』と押し付けて逃げる・・・ような、そんな女龍。

 急すぎて意味が分からない局長は、『ちょっと待てまだ』と肩を掴もうとしたが、女龍は騎士と貴族を両腕にガッと抱えると、翼を出して空へ翔け上がる。


「ではね~」


「ではね、じゃない!イーアン!降りてこ」


「私に命令してはいけません~」


 降りてこい、を封じられたハクラマン・タニーラニは唸り、イーアンは龍の両腕で男二人を抱えて空に消えた。



 強引過ぎるイーアンに、ルオロフもシャンガマックも笑い続け、イーアンも困り顔で笑って・・・三人は、ピンレーレー島のピニサマーニヤ港に戻る。


 逞しい白い龍の腕を腹に回されて、シャンガマックは少し照れるも。以前のような(※恥ずかしさで気絶)はさすがにもうない。少し余裕で過去を思い出すくらいには成長した(※精神的に)。


「あなたを()()()()()ことはあったが、それがいつの間にか、俺がこうして抱えられるようになるとは」


「ん?あはは!イオライ戦の後のことですね(※408話参照)。人間の時はお世話かけてばかりでした。私に翼が出るようになってからは、あなたを抱えるのも、ちょくちょく増えましたか」


「今や片腕で、男の俺を軽々と抱える。龍に、当たり前のことを言っているようだが」


 横に並ぶ褐色の顔に、イーアンは笑う。『これは力じゃないもの。龍気ですよ』と訂正し、力だけじゃ重いと思う、と・・・シャンガマックも笑顔で、そうか龍気は無敵だな、と笑い返す。


 これを、もう片腕に挟まって聞いている赤毛の貴族は、シャンガマックがイーアンを抱き上げたことがあるのが、なんだかとっても嫌だった(※すぐ妬く)。


 自分は新参者で、過去の彼らの付き合いの長さには及ばないと分かっていても、なんか、嫌。私にはその機会がないじゃないか!と心でぼやく(※すでに母は龍の強さ)。


 私も良いところを見せたいのに、思い起こせばイーアンに抱えられて移動するのが当然のような。

 無力感を味わうルオロフは、自分の胴体をがっちり抱く、力強い白い龍の腕に、そっと手を添えて溜息を吐いた。



 帰り道は一人ではないので、イーアンもゆっくり飛ぶ。それでも飛んだらせいぜい二分。


 ちょっと雑談(※シャンガマックのみ)して黒い船到着。ここからが、大忙し。


 イーアンは、急ぎの用事あり―― 次はティエメンカダを探さないとならない。これは伴侶にポルトカリフティグを呼んでもらって、事情説明から頑張る。



 そして、シャンガマックも。

 一件落着してから気にかけていたのは、『ティヤーの治癒場探し』。楽屋入り前のサネーティと確認し合った情報は、褐色の騎士の逸る心に火をつけていた。



*****



「え。イーアン、()()()はどうするのだ」


「え。ドルドレンったら、私そんな話、一切されませんでしたけれど」



 何、おコメって、と怪訝そうでも食いついた女龍。


 船に戻るなり、急いで起きた出来事を仲間に聞かせた直後。皆からの質問や聞き返しを飛ばし、イーアンは『サネーティは、局長に任せたのでそれは良いとして』と巻きながら、ドルドレンに精霊ポルトカリフティグを呼んでもらえないかと続けたところ。


 局長に会ったのに、おコメ農家さんに行く日取りは決めなかったの?と意外そうな伴侶の返答が戻り、ハトが豆鉄砲を食らったまんまのイーアンは、『それは気になるけれど』と頭を振って、優先順位を正す(※おコメ農家<精霊に事実確認)。



「ティエメンカダを探している間で、おコメ農家に行く可能性が高い。南方海運局の名で予約してくれるらしいから、いつ行くのか早く決めないといけない」


「それ。私が今日一日そこらで、戻ってこれない前提」


「ポルトカリフティグはいつもそうである。彼は移動距離と時間が合わないが、それでも一日二日は使う。精霊を呼び出せるなら良いが、ポルトカリフティグもそうしなかったのだ。接触に理由があると思った方が良い。つまり時間が掛かる意識である」


「えええー。おコメ~」


 揺らぎがおコメに傾くイーアンに、側で聞いていたロゼールが笑い『俺が代わりに貰ってきますよ』と引き受けるが、イーアンは農家さん自体を見たい。


 自分も行きたいと本音を漏らしつつ、しかしティエメンカダに事実を確認せねばならず(※自分が言い切った手前)、うんうん悩みながらも、ドルドレンにポルトカリフティグを呼んでもらう。



「もし。イーアンが出かけている間に、おコメ農家めぐりが完了したら、俺たちもピンレーレー島に滞在する理由がもうないから、出港するだろう」


「ドルドレン、分かってますけれど。でも」


「うむ。以前の母国で親しんだ懐かしの味、おコメ。ロゼールと俺で、出来るだけ分けてもらえるよう頼んでおくから。それに本当の目的はその続きだ。バサンダの故郷の島、コロータがある(※目的が食べ物)。君はタンクラッドと、精霊が離れた状況を変えて、文化再興に一役と話していたのだ(※文化再興はお面)。

 ルオロフも船に戻ったし、サネーティは留まるようだし、俺たちは次への示唆が出た以上・・・ 」


 精霊を呼びながら、ドルドレンは奥さんをきちんと諭す。

 項垂れながら、そうですねそうですねと頷くイーアンは、次はコロータ(※魔物退治と謎ときのはず)だからと、おコメからコロータへ視点をずらして自分を説得した。



 そして、登場。橙色の穏やかな大きなトラは、アネィヨーハンの甲板に降りた太陽の如く。ドルドレンは笑顔で礼を言い、精霊の大きな頭を撫でる。


「すまないのだが、教えてほしいのだ」


『イーアンが、ティエメンカダを探すのか』


「アティットピンリーと名を得た、混合種の精霊の生まれ。その真実を確認したいと」


「ごめんなさい、言い切ってきたのです」


 さっき、と小さい声で続けた女龍に、大きなトラは頷いてゆっくりと頭を右に向けた。それは島の尖った山を示す。


『行きなさい。あの山の内側に道があるだろう。そこを潜り、海の精霊の領域へ』


「・・・私が直に行って大丈夫ですか?」


 いきなり行き方を告げられ、女龍は固まる。私は龍だから、精霊の領域に入ったら(=ファニバスクワン状態連想→嫌われる)。でもトラは意見を訂正せず、また頷いた。


『領域』とは言うものの、精霊の祭殿と似ているらしく・・・・・



「気を付けて行きなさい。帰る時は、船をまず探すように!」


「分かりました!ドルドレンたちもお気をつけて・・・って、早く戻るよう頑張ります!」


 ドルドレンに送り出されて、イーアンは出発。甲板の橙色も、女龍が空へ上がると消えたので帰った様子。イーアンはポルトカリフティグの情報を反芻しながら、『絶対にへまは出来ない』と硬く自分に言い聞かせる。


「万が一、ティエメンカダの機嫌を損ねるようなことをしでかしたら。せっかく龍に好意的な精霊と聞いているのに、申し訳ありませんよ。始祖の龍との友情に、ひびを入れないように気を付けねば」


 でもそもそも、勝手に混合種の生まれを決めつけて発言した時点で、どう思われるかなぁと、イーアンは自業自得に頭を抱えつつ、尖った大きな山の山頂に到着した。



 ここは・・・噴煙が上がっている。活火山なのよねと、イーアンは白い煙を受けながら火口を見つめる。初めて来た日、煙が気になった(※2602話参照)。


「あれから一週間か。もっと経過したような気持ちですね。一週間で色んなことが起きました」


 そして一週間目に、まさかティヤーのウィハニの女説をひっくり返す、とは思いもよらなかった。その『真実のウィハニの女』が、本当に大精霊ティエメンカダの子であり、本当に始祖の龍との絆を思って任務を預けたのかを、今から確かめる。



 煙い、白い足元の風景。自分は焼けない体だから行けるが・・・なれないもので。


「ふー。センダラに呼ばれて火山に飛び込んだ時も、かなり微妙な心境でした(※2487話参照)。センダラは超他人事。でも言われなければ、経験も増えませんでした。今からここに突っ込むのも、尻込みしなくて済むと思えば」


 センダラの鞭のような試練も(※飴はない)私には恵みなのね、と前向きに。イーアンは龍気を高める。ルガルバンダに呼びかけて、二秒後、龍気が体に満ちて準備完了。



「行きますよ」


 ()()()()()()()()と、そこは心配抱えつつ、イーアンは物質置換で火口へ突っ込んだ。



 同じ頃。アネィヨーハンでは、褐色の騎士が総長とミレイオに見送られて、出発―――

お読み頂き有難うございます。

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