2651. 土産3点・お面の地域状況憶測・農家さん予約・アリータック島からの始まり
バサンダの面に似ている(※1370話参照)―――
何を模った面かは分からないが、手工芸の面が一つと、全身模様入り人形の木彫り細工、それと蔓を編んだ直径30㎝程の輪―― 頭と尾があり、鰭を示す切り込みがあるため、龍 ――と思しき飾りが入っていた。
木彫り細工の人形は、頭と背中に角や翼の曲線があるので、これはウィハニかもと分かる。壁掛け用(?)に吊り紐まで付いていた。蔓を編んだ輪も、きっと船の壁に掛けておくものかもしれない。
しかし、面は謎。作って間もない新品のようだが、ウィハニっぽい雰囲気でもないし、龍とも違うような。
今回は、初・妖精を祀った話から、これは妖精かなぁと無難な意見で落ち着いた。とはいえ、謎は多い。
模様も顔つきもさることながら、作りが『バサンダの面では』と親方イーアン組が口を揃えた以上、飛躍は止まらなくなった。
「おじさんたちの説明は、土産自体の内容じゃなかったんですよね。誰それが土産を用意しよう、と言った、とか。それなら郷土風のが良いだろうと、皆で話し合ったとか。経緯って言うか」
土産のお面の印象から、一気に話が膨らんで、そして脱線し(※バイラ料理)、お開きになった夜。
翌朝のタンクラッドは、寝付きにくい夜に考えていたことがあった。
今日、イーアン・シャンガマック・ルオロフは、またアリータック島行き。イーアンは混合種精霊の紹介で、シャンガマックは通訳、ルオロフはサネーティの付き添い。今回、ロゼールは『ちょっと疲れた』ということで船待機を選んだ。
三人はサネーティを病院へ迎えに行って、その足で向かうのだが、朝食の時間はゆっくり取れるので、親方は『イーアンにも』と憶測を聞かせておくことにした。
「あ、覚えています。あなたはあの時」
「思い出したか。そう。俺もここでピンとくるとはな。これもまた運命かも知れん」
「海鳥がいなくなって、もう作れないから・・・と。それでお面自体が博物館収蔵になったのですよね?」
「そうだ、それもかなり前。俺が若い頃の時点で『もう今は~』と店主は言ったから」
そうすると・・・とイーアンは親方の目を見たまま、年月を逆算。『あなたが若い頃、20代として』の呟きに頷く親方。
「俺ももう48だ。軽く30年くらい前だろ?それ以前に海鳥の変化が起きて、既にお蔵入り状況だ。海鳥崇拝の海岸線の町、って言うのは分かってるが、もしかすると精霊の」
「精霊が離れたから・・・と仰ってますか。どこかに集まった精霊が、鳥たちも連れて」
憶測だ、とタンクラッドは自分の皿のすり身焼きを切って、イーアンに半分あげる。お皿に載せてもらって、有難うとイーアンもお礼を言い、それをまた半分に切って戻す。
「お前はいつもそうしてくれる」
「あなたもいつも分けて下さる」
ニコッと笑みを交わし、二人は話を再開。
だとすると精霊が戻ったら、精霊に呼びかける手もありそうじゃないか、今ならですね、伝統と文化の復活に一役買うかも・・・食べながら没頭する会話に、誰も入れない時間が過ぎ、無表情のドルドレンは、哀れむクフムに一生懸命話しかけられていた。
朝食後、イーアンたちを送り出してから・・・タンクラッドは考える。自分が行くのは嫌なので、適任者に頼んだ。
「む。お前は俺を使おうと」
「使うなんて言い方は良くないぞ、ドルドレン。俺が行くわけにいかんだろう」
「タンクラッド。俺はずっと、イーアンと離れていたから話したいのに、お前はずっと彼女と話していた上、それが終わったら俺を顎で使う気か」
「何をいまさら妬いているんだ。頼んだぞ」
上から目線で頼んだ親方は、ハハハと往なして総長の肩を叩くと、さっさといなくなってしまった。
用を押し付けられたドルドレンは、横で話を聞いていたロゼールに『俺も行きますよ』と同情してもらい(※顔笑ってる)、二人で海運局へ出かける――
「おお、総長。よく来たな。もうじき出発か?」
「おはよう。ハクラマン・タニーラニ。朝早くにすまないが、別れの挨拶ではないのだ」
どうした、ンウィーサネーティのことかと席を立って通路に来た局長に、ドルドレンは親方命令を伝える。局長はふむふむ聞いて『いつでも』とあっさり了解してくれた。
「サーンの農家は、苗を植えている時期だろうから。去年の分で良ければ、分けてもらえるかもな」
「おコメ欲しさではないのだ。話を聞けたらと」
「いい、いい。遠慮するな。イーアンが欲しいって言ったんだろ?(※思い込み)俺もいつ連れて行こうか考えていたから、丁度いい。サーンと、あれか。コロータを作る地域だったな」
「そう、それ」
そっちが目的・・・のような食いつき方のドルドレンに、局長はあんまり気にせず『退治で行ける時に寄ったら』と軽く流した。
「国境警備隊はいないが、沿岸警備隊の南西管轄が回っている。ピンレーレーを出発する前に、一筆書いておく」
と、いった具合で・・・ 気の好い軽い局長への頼みは、すんなり通過。
今日、イーアンがアリータック島へ出かけている用事も、とっくに知っている局長は『俺も午後から聞きに行く』と、仕事を午前で急いでいたようで、ドルドレンたちはお礼を言って船へ戻った。
ロゼールは『おコメを作っている農家に会えるのか』と嬉しそうだったが、ドルドレンは親方の使いっ走りになったことが、何か腑に落ちなかった。
*****
そんなドルドレンが戻った船で労ってもらい、思い付きで、赤ん坊シュンディーンと『混合種について』語り合う(?)時間。
アリータック島では、公民館から溢れる人が集まっていた。
解放祝いの翌日に、ンウィーサネーティが来島。来るなり驚く真実が伝えられた、前日の午後。
これは、夜間に改めてピンレーレー列島全体へ告知し、本日は人を集め、『サッツァークワンとンウィーサネーティ、そしてイーアンが、伝説の大部分を担う真実を書き換える』と宣伝した。
急な決定なのでイーアンは今日だけの参加だが、サネーティたちは今日と明日、明後日午前まで、同じ内容を繰り返し伝える流れ。今日の午前は参加者を待ちで、午後から始まる。
「どうですか」
サネーティがイーアンに尋ねる。イーアンたちがいる、ここは楽屋。廊下も忙しないが、楽屋でも一番奥の静かな部屋を借りた。
この時、ルオロフとシャンガマックは、公民館の使用手続きで事務室。
ルオロフはサネーティ用、シャンガマックは機構で、ルオロフは『なんで私が』と雑用に文句をこぼしていたが、サネーティが主役級なので、お付きの人になってしまった貴族は、彼の代行で手続きもこなす。
どうですか、と尋ねられたイーアンは、楽屋で打ち合わせ中。
「うん。大丈夫だと思います。アティットピンリーを呼ぶのは、どの辺ですか」
「ええとですね、この・・・台本ですと、この部分で。イーアンは読めないんですよね」
「そうです。言葉で教えて」
「配慮が足りなくて申し訳ありません。『全てを聞いたイーアンが、それは龍の範囲ではないと告げた』です」
「ふむ。そこで一回、止まる?」
「止めます。イーアンから何か話して頂いても良いですよ。連れてくる、とか。今から呼ぶ、とか」
「連れてくることになるでしょうね。あの御方の移動範囲は水続きのような気がしますので」
「じゃ。観客の待機時間にしますか?」
「そうして下さい。すぐ連れて来れるかどうかは、あの御方が忙しくなければの話です」
私の代わりに頑張っていらっしゃるから、と頷く女龍に、サッツァークワンとサネーティが笑う。同席するリーパイトゥーンも一緒に笑っている。
「本来、私が頑張る場面で、あの方はずっと一生懸命ぶっつけ本番で、人命を救い続けていました。これが『明日(※本日)予定あるから空けといて』って、通じる訳ないですよ」
イーアンの言い方が現実的で、三人は笑いっ放しだが、それはそうだと同意する。
サネーティは・・・イーアンがこんな性格で本当に良かったと、しみじみ、海神の女を愛する。
彼女が龍で良かった。アティットピンリーとの話も教えてもらい、イーアンくらい打ち解けられる相手じゃなかったらどうなったか、と何度も思った。
初めて会話をしたサッツァークワンも、この時代に来てくれた龍が彼女で良かったと、心から思う。
最初に顔合わせした先ほど、イーアンは挨拶そこそこ『素晴らしい歌でした!』と笑顔で握手した。なんて気さくな、と驚いた(※どこでも庶民的)。
凄まじい力を持ちながら、先頭を切って戦いに挑むウィハニの女は、想像よりも柔らかい印象で、笑顔ばかり・・・親しみやすい普通の女の人だと、嬉しく思った。
それは、リーパイトゥーンも。過去を打ち明けた夜、宿に戻って息子に、イーアンについて『彼女は人間だったからかもだけれど、とても優しくて思いやり深い』と、息子に伝えた。
一人で何でも引き受ける龍は、あっという間に『ティヤーを守っていたウィハニ』を探し当てた。
改めて・・・リーパイトゥーンは、数十年前に導いてくれた『ウィハニの女』に会えるのを、今、心から待ち遠しい。
―――大急ぎで台本を用意した、昨夜。
数日前に、親が『ウィハニの女のことをイーアンに話した』と内容を教え、サッツァークワンは歌を増やした。
アリータック島滞在中にもう一話分の記録を書記に願い、それで昨日午後に新作を書いてもらった、その後。
なんと、ンウィーサネーティが、飛び入りで参加することになった。
サッツァークワン、初見。噂に聞いていた人物が、自分に会いたいとアリータック島に来たと知り、慌てて面会した。
彼は仕事で島に来て(※多くは言わない)魔物に襲われた。それを『ティヤー伝統のウィハニの女』に救われ、一命を取り留めたと聞き、それだけでも驚いたのに。
まして『伝説のウィハニは、龍ではなかった』と続いた言葉に、思わず『誰です』と聞き返した。親が横大きく頷いたのを、私は忘れない。
ンウィーサネーティは、その伝統の相手とイーアンが今会っている(※昨日)とまた驚かせることを言い、『本当に守っていてくれた功労者を、この国に広めるつもりだ』と宣言したので、私は同意した。
願っていたこと。
『ウィハニの女は、本当は誰なのか』。真実が、明るみに引き出される。これを申し出たのは、ティヤーで名を知らない者はいない、ンウィーサネーティ。
彼は『イーアンも、公言する』と続け、龍のイーアンが『この者が本物』と言いに来ると知って――― サッツァークワンは、この流れこそ運命だと準備を急ぎ、群衆に伝える台本を整えた。
今日。伝説は、塗り替えられるだろう。
空の龍イーアン直々、皆に紹介する本物の『ウィハニの女』。なぜ、守り続けたのか、この理由も伝えると微笑むイーアンに、サッツァークワンは衝撃の連続で気絶しそうだった。
自分が、歴史的瞬間に名を刻むこと。勿論、嬉しいがそれよりも、障害者の自分が胸を張って、伝説に参加するこの日を、心から誇りの思う。
障害者を、海賊は基本的に気にしない。だから、自分も生き残れたし、受け入れられた。だが、この社会だから通じるだけで、一歩外へ出ればそうはいかないことを、よく知っている。
障害があっても、差別の対象にならないことを伝えようと、サッツァークワンはこれまで尽力してきた。
誉れある・・・誰もがそう感じるであろう、大きな転換の運命に差し掛かった針の先、自分が役目を担う姿を、同じように障害を持つ人々に示したい。
サッツァークワンの思いは、過去も目標も願いも心に溢れる。
自分を肯定し、父を側に置いてくれた『ウィハニの女』に、心から感謝を伝えられる今日を、自分の記念にしよう。
親の打ち明け話を涙して『勇敢な人』と労い、両足のない私に、『素晴らしい歌だ』と握手を求めたイーアンが、これから『ティヤーのウィハニは私ではなく、この者である』と堂々、新たな相手を宣言する。本物のウィハニも、目の前にいる空の龍も、私の人生をかけてティヤー中に広めよう―――
この一時間後、痺れを切らした観客の騒ぎに、サネーティは『ちょっと前倒しだ』と笑って、応じた。
小さな島アリータックの公民館に詰めかけた人数は、三千人。
船は各島から満杯で連続し、イーアンの仲間が魔物を倒して護衛した無事な到着により、正午前・・・・
「外で!!聞こえますか!」
収まり切れない人数に、サネーティは公民館屋根に上がり、大声で叫んだ。叫んだと同時、おおお!と取り巻く群衆の雄叫びが戻った。
お読み頂き有難うございます。
サッツァークワンから『障害者』の言葉が出ましたが、お気に触る方もいらしたかもしれません。
私も障害者ですため、彼の気持ちに思いを託して書いていますが、障害を持つとしても人それぞれ違うし、心に障る表現でしたらすまなく思います。
でも、私はこう思うという一つの形ですから、どうぞご了承下さい。




