2644. ポルトカリフティグの情報 ~水の三大精霊ティエメンカダと始祖の龍・難破船
※明日26日(土)の投稿をお休みします。どうぞ宜しくお願い致します。
龍の混合種。
これを聞いて、イーアンの頭にポンと浮かんだ相手に、さっと視線が落ちる。その出会いからずっと身に着ける青い指輪。
龍の雫トワォ・・・ この子も、そう言えなくもないが、トワォは龍の要素を持った何かが、サブパメントゥの海を抜けたもので、他の種族は入っていない。
ウィハニを名乗った混合種の精霊は、トワォの状態に更に精霊が加わった―― ここで気づく。三種類が混合したということか。
サブパメントゥの海、龍族の何か、精霊。それは確かに希少種だ!と目を見開いたイーアンに、トラは何度か頷きを繰り返し、それを知った経緯も教える。
ポルトカリフティグは話の始まりに、見つけ出した馬車の民も流れに加えた。
―――総本山壊滅の日に起きた振動に、『原初の悪』が乗ったと気づき(※2583話参照)、『アスクンス・タイネレの内容を歌う、最後の馬車の家族』は、片づけられたかも知れないと諦め、ドルドレンにはそれを話さず引き返した。
ドルドレンを仲間の元へ返してから、見落としを探し続けたポルトカリフティグは、感じ取れる足跡のあちこちを巡った末、死霊を作る修道院―― 『原初の悪』の関りが及ぶ場所 ――に、馬車の民を見つける。
これは手を出せない範囲で、ポルトカリフティグに出来ることは見守るのみだった。
馬車の民を見つけるに至った話は、ここまで。
話は、ウィハニの代わりを務める精霊・・・その成り立ちに移る。
馬車の民を探したポルトカリフティグは、土着の精霊の場所も通るため、彼らが形として遺される人工物も目にしていた。土着の精霊そのものと接触もし、祀られたり物語として残された遺跡も知って、両方に触れた。
勇者を支えるために、アイエラダハッドからティヤーに来たポルトカリフティグは、遺跡や石碑と地元の精霊(?)から受け取る情報で、ティヤーの精霊事情も理解する。
地霊で土のある場所にいる精霊については、ここでは省く。この国で圧倒的な面積を持つ海、水の精霊の話で、ポルトカリフティグが興味を持った。
水の大精霊は、ファニバスクワン、メメヌウィー(※1471話参照)、ティエメンカダ(※2637話参照)が世界の海を管理する。
全体をファニバスクワンが持ち、メメヌウィーとティエメンカダは東西に分かれる。そのティエメンカダが、ティヤー中心で動くのだが。
「ティエメンカダは、龍に親しむ?」
説明途中、イーアンは少し驚いた。ファニバスクワンには好かれていない印象の龍だけれど、ティエメンカダという精霊は、龍に親しむとな。本当に?と目を丸くする女龍に、トラは続ける。
『詳しくは知らない。しかし、見ても分かる』
「見てわかるほど。ティエメンカダにお会いされましたか」
『会っていないが、各地、海の近くにティエメンカダの遺跡や祠がある』
ティエメンカダ直下の、水の精霊に話を聞いたのもあり、ポルトカリフティグの理解は深まった(※遺跡に地元精霊解説付き)。
『ティエメンカダは、始祖の龍を愛していた。海を好む始祖の龍が――― 』
時間も忘れて聞き入る。始祖の龍の話を聴けて、イーアンは感謝した。混合種の話ではないことも、すっかり忘れて。
グィードを海に据えた始祖の龍は、度々、天から降りて来た。その時、人々の悩みが聞こえてくると、龍はちょいちょい救いの手を出し、雲を操り、風を操り。海を守る精霊にそれを伝えた。
この相手が、精霊ティエメンカダ。
気の好い龍に話しかけられ、何度か回数を重ねる内に、始祖の龍は海が好きだと知り、ティエメンカダは『自分も空が好きだ』と答えた。
すると始祖の龍は、互いの環境を伝え合おうと提案し、空の龍は空を教え、海の精霊は海を教える交流が始まった。
大らかで壮大な空の創世、始祖の龍と仲良くなった精霊は、彼女を愛し、慕い、気持ちを示す幾つもの贈り物を思いついては作り、始祖の龍はそれをとても喜んだ。
だが、始祖の龍は寿命がある。
別れの日はいつもと変わらず、交流は前触れもなくぷっつりと切れ、ティエメンカダはずっと待ったが、ある時、始祖の龍は死んだと知った―――
イーアンは涙ぐむ。ドルドレンも目元を拭く(※涙もろい人たち)。
「そんなことがあったのですね。ティエメンカダご自身は健在でいらっしゃいますよね(※相手は精霊)。遺跡に頻繁に来ないにしても」
『ティエメンカダは今もずっと、始祖の龍を慕う。友達だったのだ』
「始祖の龍も嬉しいと思います・・・もしや」
『混合種のウィハニの女は、後の世の存在だが、親はティエメンカダ。サブパメントゥを潜った龍の要素の一つを、ティエメンカダは自分の子に』
本人から聞いていないので(※大精霊直下の精霊情報)、ポルトカリフティグも微妙なところを最後まで言わず、曖昧にぼやかす。
でもイーアンには充分、それで理解できる。ウィハニの代わりを務める、三種類の混合種、その成り立ちに古い古い友情と愛があった。ドルドレンをちらっと見ると、涙に濡れた目で微笑まれた。
「美しい話なのだ。俺もこの話を聞いて、驚くよりも感動した」
先に聞かせてもらった伴侶は、『何度聞いても泣けるだろう』とまた涙を拭く。イーアンは、トラにお礼を言い、教えて頂いて本当に嬉しいと伝えてから、自分の知る、混合状態の龍の派生についても話した。
以前、ニヌルタに聞いた、龍の一派のこと(※1492話話参照)。
龍の雫トワォも龍の殻モドゥロバージェも、古くから存在している。水に住む者もいるし、地中に住む者もいる。龍気がない中間の地で、彼らは龍気を微弱でも持っていて、イーアンたち龍族の龍気に反応する。
そして、彼らは純粋な龍ではないことから、他の種族に影響がないという。
これを聞いたポルトカリフティグはゆっくり頷いて、ウィハニの代わりも同じだろうと答えた。
*****
そんなこんなで、イーアンとドルドレンと精霊ポルトカリフティグが、南の無人島で話している時間。
イーアン戻ってこないなと誰かが口にして、食堂の窓を開けたタンクラッドが、近々来るらしきサネーティを、青い落ち着いた水平線に思う時。
一通り暴露したルオロフは、船を出て国境警備隊施設へ港状況を聞きに行き、『明日か明後日にサネーティの船が入港』の受け取った新情報で腹を決め、『本当にあれから半月で着くとは(※2587話参照)』と、その速さに眩暈がした・・・少し後。
大海原に突如発生した高波は、一隻の船を危険に晒す。
空は快晴、風は穏やか、潮の異常もない海に、いきなり波が立ち上がり、船体を揺らして甲板に波が被さった。
騒然とする船で、船長が大声で船員に指示を出し、客は窓に張り付いて焦る。一等室の男も急いで窓へ寄り、後方に向けられた窓から見えた、水面の異質に目を眇めた。
「ここまで来て!ちくしょう、こんなデカいやつか」
揺れで左右へ滑る家具を除けながら、すぐさま大事な荷物に手を伸ばしたが。
伸ばした手が荷物に届く寸前、船はひっくり返され、大きな魔物の腕が逆さの船体の真ん中を潰し、前後に砕かれた船は海に落ちた。
*****
全貌は見えなかったが―――
荷物に手が重なる瞬間、荷物が宙に浮き、同時に轟音と極端な傾き、そして目の前の船室が割れ、外が見えた。青空に、持ち上げられた船の前が割れ落ちる、自分も落下した一瞬。
船縁が水面に叩きつけられた時。巨大な髑髏を乗せる腐肉の塊が、太陽を背に立っていたのを見たのが、空気を吸った最後だった。
海中に落ち、砂塵のように霞む泡が視界を覆う。水流に引き込まれて泳げず、海底へ足を引っ張られる感覚に、思わず口を開けて、溜めた息は泡になって全部出て行った。
迂闊に吸い込んだ喉に海水が流れ込み、痛みと共に肺から残りの空気が出る。
死ぬ手前の苦痛は、早く終わらせたいほどに――― ・・・俺は、ンウィーサネーティだ!
空気を奪われ、残骸と共に闇へ引きずられる、青く煌めく海面の遠ざかる恐れに於いて、こんなことで死ぬ運命ではないと、意識が熱を帯びた。
ウィハニ!と、大いなる名を叫ぶ。声にならない絶叫を、体に残った全部の力を掻き集めて吐き出す。泡さえ出ない口が微動したに過ぎなくても、自分を世に産み落としたウィハニを呼ぶ(※2465話参照)。
『イーアン』
ウィハニに訴え、その親しみより、さらに親しく思った名を過らせた後。
息が閉ざされ、目の前に黒い線が横切り、血管が破裂したような痛みが、感覚を消す・・・ 沈んでゆく力尽きたサネーティの、半開きの瞼に映らなかった長い影が、彼に応えた。
*****
暖かく、塩辛く。息をしている自分に気づいて、明るい赤の膜を透かしている視点が、目を閉じている状態と知った。何を思わなくても、瞼を開けようとするもので。
力が入らないのか、太陽に当てられている瞼の明るい赤さは、一向に動かず、少し力んで声が漏れる。喉に力が籠った途端、中に溜まっていた水がゲボッと吹き出し、その勢いで目も開いた。
「あ・・・ う・・・」
何度か咳き込み、眩しい白い日差しにまた目を瞑り、手に当たったぬるっとしたものを感じて、薄目を開けると。
砂浜に、点々と雑草が生える。雑草に手が当たっていて、その雑草の隙間に魚の体のような濡れた物体。鱗は魚じゃない。気づいた同時にどんどん冴えてくる意識が、鱗の続きを目で追わせた。
自分から少し離れたところに――
サネーティは目を疑う。なんだこれは、と声にならない疑問が目の前に在る。
雑草の合間に、長い魚の下半身を横たわらせた、上半身は人間の女のような生き物がいた。
顔はこちらを見下ろしていて、大きな眼だけが動くが、顔自体は鼻も口もなかった。細かな繻子のような髪は、髪の実体がなく、光の粒。
呆然とするサネーティーに数秒目を合わせていた相手は、彼の手が触れている尾鰭に少し顔を傾け、その仕草に慌ててサネーティは手を引っ込めた。
「何者だ。あなたは。精霊?」
喋ったつもりが、海水で腫れた喉は音をうまく出せない。ん、と喉を詰まらせるサネーティに、相手は長い腕を伸ばして、その首を指差した。サネーティが、近づいた水かきの透明を目にしたと同時、喉の痛みが終わり、ハッとした。
「治し・・・ 精霊なのか。俺を助けてくれたのか」
『お前は、死の淵でウィハニを求めた』
「そうだ、俺の乗った船が・・・ え?」
死からの生還直後でも、ンウィーサネーティは休む間もなく頭を働かせる。つまり、もしや。この不思議な相手が伝えていることは。
俺は。助けられて、この彼女(※女決定)は『ウィハニ』と。
言葉にする手前で、相手は大きな目に瞼を少し下ろして頷くと、凝視する男の頭にまた話しかけた。
『お前も、龍を知る。聞かせておくれ』
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