2642. オーリン、ミレイオの報告・男龍の承知・『原初の悪』崩れた予定と未来の予定・ラファルと祠
昨夕、一人空から戻されたオーリンは、宿に先に帰っていたタンクラッドたちに一部始終を伝え、結論、『何も手を出せない』ことを上塗りして終わった。
オーリンがビルガメスに教えてもらった内容は、『イーアンの急な体調不良は事情がある』それだけであり、原因も些細な情報も分からずじまい。ビルガメスが伏せた可能性もあるが、彼もやや疑問がありそうで、はっきりとした答えに辿り着いていないようだった。
ただ、男龍は『これ以上悪くはならない』と言ったし、その意味の説明はないにしろ、ビルガメスが言い切ったなら大丈夫だと思ったオーリンは、皆にもそのままを話した。
ミレイオはこれを魔導士に報告―― 夜、魔導士に呼びかけ、一日に二度も呼ばれて機嫌が悪そうな魔導士に『イーアンは空で保護中』と教えた。彼はあまり関心がなさそうに『そうか』の返事のみ。
用事はそれかと言われ、頷くと同時、彼は緑の風に変わり、帰った。
なによ・・・とは思うものの。
ミレイオは彼の反応が、単なる突き放しではないのも気づき、魔導士が何か嗅ぎ付けた時、解決を探している最中だと、ああした態度を見たのを思い出す。
「バニザットが先に知ったことなら、私たちに言わないわね。私たちが自分で探し出して対処するのを、彼は望むから」
でもアイエラダハッドの時は、しょっちゅう世話を焼いてくれた気がするが。ティヤーに来てそうでもない理由に、ラファルが・・・ 彼が魔導士と動くようになって以降、魔導士は自分たちとの距離が開いた。
「そうなのよね。精霊の定めるところ、手助けしてくれる強烈な誰かの応援は、制限がある」
とりあえず、イーアンは空で守られているのは安心する。この先どうなるにせよ、ビルガメスたちが知ってくれたので、安心は強くなった。
そういえば、バニザットだけではなく、龍族ともこの頃は会わなくなっていたなと思い返しながら、ミレイオは宿に戻る。
*****
皆が慌てた事件、当の本人イーアンは。
ビルガメスの家で、状態を知った他の男龍が代わる代わる来て、容態を観察され、全員一致の意見で見守られ、目覚めた時には、ビルガメスと他三人の男龍と子供たちが側に居て、びっくりした。
これが夜中のことで、ファドゥの子のジェーナイ、ビルガメスの子のミューチェズは、眠いのを我慢していたので、この後ようやく眠った。
イーアンの具合の悪さは、日付を跨いだ時点で消えたらしく、その回復の仕方も、事情を知った男龍には驚くに届かず、『良かったな』の範囲。無難というか・・・然もありなんの〆方というか。
ビルガメスから丸ごと状況を聞かされた男龍は、全員が『原初の悪』のちょっかい、それを承知する。
今後、相手の動きによっては、『統一前に一戦交える最悪』も考慮に入れた。
だが、イーアンには伝えない。彼女は心が不安定で理解が危なっかしいため、差し障りの最小限部分を繰り返し聞かせるに留める。
『原初の悪』は、イーアンを躓かせる。統一の日に未熟さを示すために―――
嘘ではない。その続きがあるにしても、イーアンが狙い定められている事情は、ここに尽きるわけで。
体調を崩された手出しのことは、『嫌がらせ目的』とし、これも多くは説明しなかった。
嫌がらせは、女龍を守る男龍たちに対しても・イーアン本人の心境に揺さぶりを掛けるにしても、有効な手段である。ここまで説明したら、イーアンは更に自分を責めるだろう。
「アウマンネルに、守るよう頼んだ」
オーリンを帰し、彼から他の者にも伝えるよう言いつけた事を話し終わり、ビルガメスは午前の繰り返しをまた口にした。女龍は横に座ったビルガメスを見上げて頷く。
「はい。先に聞いたとおりです」
「次は、俺が応じる。お前に何かあれば」
「アウマンネルが呼んで下さるのですね」
そうだ、とゆっくり瞬きし、ビルガメスは『朝になったら帰って良い』と許可。イーアンも大きな溜息を吐いて従った。
『原初の悪』の行為は、統一の日に合わせた嫌がらせ三昧・・・そうイーアンは認識したが、最終的にアスクンス・タイネレに関わるなど、想像つくわけもなく。
*****
「子なら、我慢してやらないこともないが。お前はどうしたもんかな」
わざとらしく大きな息を吐いて、『原初の悪』は古木の椅子を立ちあがる。床に転がる黒い面を通り過ぎる前に腕を伸ばし、面は浮き上がってその手に吸い付く。
黒ずんだ黄金の楔を、仰向けの頭と両手足に打ち込まれたアソーネメシーの遣いは、動きを封じられているので、自分を見下ろす精霊の言葉を待つしか出来ない。
紺色のフードを掛けた頭がゆっくり下がり、遣いの真上で止まった。その混沌の目に映るものはない。動いた唇の奥で火花が爆ぜる。
「何を、好き勝手に動いたんだか。俺は『連れてこい』と命じただけ。お前の余計な茶々のせいで、あれこれ予定外だ」
口から洩れる火花の塊が、楔の頭に掛かり熱を帯びる。ただの熱ではない、『死を焼く熱』が楔を白熱させ、床に固定された額と手足をじわじわ焦がし潰す。
胴体のない死霊の長は、痛みなど無縁の存在ではあれ、この仕打ちが消滅を意味しているので、示す手段もないままに中止を頼み願うが、当然相手にされない。
精霊は火花を吐き続け、微動すらできない相手から伝わる感覚を無視して話す。
「お前は分かってないんだよなぁ。俺が女龍の力を抑え込んでいたのを・・・ 分かってたと言いたそうだが、それを図に乗ると言う。お前が手を出すために、俺は命じたわけじゃない。俺が手を出すために命じたのを、横取りしたわけだ。
女龍の眠る頭に入り込んで煽ったくらいなら、まだしも。捕まえても連れてこなかったのは、お前の自惚れだな。
お前のような愚図を片付けるに訳もない。ただ現状、それを俺がすると、またこれが迷惑だ。この俺が、つまらんものを片付けたことで、気分の悪い勘違いを相手に生むだろう。お前は龍族にくれてやるか・・・・・ 」
死霊集めなんて地味な事を、俺がやるのも似合わん、と―――
受け取りようによっては『今は許された』と捉えられる呟きを置いて、精霊は屈めた背を伸ばして戻ってゆく。楔を打ち付けられた死霊の長は、死さえ焼き切る火種もそのまま。これでは消滅する、と限界を感じた瞬間、濡れた床に土砂が降り注ぎ、埋まった。
土砂は空間を埋め尽くし、死霊の長の楔の熱を止める。楔は土砂の重さでぐらついて、ぐらついたことで身動きも可能。死霊の長はこれを抜いて良い合図と、動く手足を回転させて楔を土砂にめり込ませて引き抜いた。最後に額を打っていた楔を掴んで抜く。
黒い仮面のない素顔は、映していた女龍の苛立ちの面影・・・ではなく、本当の顔が現れる。
絡まる頭蓋骨が無理やり一つに合わせられた、複雑な頭部。目と口部分に穴が開くその顔は、顎を動かして自分を閉ざす土砂を呑みこみ始めた。濡れて崩れる土は傀儡のように嫌がるが、一方的に呑まれ続け、死霊の長は動ける隙間に立ち上がる。
「死霊は集めろ・・・アソーネメシーの命令」
龍に引き渡されるまで、自分は死霊をかき集めなければならない、と。
苛ついても相手が悪い。ここを動いたのも伝わっている以上、取る行動は限定される。死霊の長はそこを出て、真上に地面を透かした地上を見て、上がった―――
死霊の長の、出て行くまでを。一枚外側の時空から見る『原初の悪』は、肘掛けに頬杖を突き、ゆらっと首を傾けた。
「いつ、お前が俺の代弁者になったのやら。身の程知らずめ」
ああいう愚図は使うもんじゃないなと、眉根を寄せる。
女龍の動きを引っ掻き回して翻弄させるのも、調子を見ながら・・・ヨライデの死霊送りを邪魔されても楽しみが減ると思って、わざわざ丁寧にティヤーの死霊使いと、その下っ端連中も叩いたのが。
―――中間の地の命を掴むのは、俺の特権ではない。だがそれは、直接ならの話。俺の動いた影響で、どこの何を死に追い込もうが、それは問われない。
女龍も躍起になって潰した、宗教の人間。
俺の遊びと気づいたところで、女龍は自分も手を下した延長だ。あの性格上、勝手に悩んで動きも鈍る。
鈍ればすぐ、間違いを起こす奴だから、放っておいても過ちを増やすなぁと遊んで・・・・・
「それを。こんなちっぽけな遊戯に、遣いは手柄求めて邪魔しやがった」
面倒臭さに、精霊はまぶたを下ろし、椅子の脇に置いた黒い仮面に片手を乗せる。この仮面越し、龍気を吸い取ってやったのが、まるで己の力の如く調子づいた。
「馬鹿で愚図のやることは信じられん。女龍が抜けたやつでも、お前のどうにかできる相手じゃないくらい、分かりもしないとは」
無駄に情報を流して、無駄に甚振った結果、あっという間にビルガメス行きだ。女龍を攫って、状態悪化の予告をしてやろうと思いきや。
「それだけでも苛つくものを。ビルガメスが知った女龍の扱い・・・あの男龍に、女龍が渡った時点で面倒なのに。こんなささくれのせいで、俺が探られる羽目になるなんざ。
『審判の精霊』に話を持ってくほどかよ?『審判の精霊』に繋がったら、俺にも繋がるとは思ってなかったようだが、男龍に腹を探られるとは」
苛つかされた勢いで、女龍の精神を握り潰しかけたが、今度はソドが俺より先に女龍を取った。
『原初の悪』はぶすッとして、独り言ちをやめる。それから、いきなり嗤い出した。
「ソド!面白いやつだ、憎たらしさ余っても!女龍に自分を重ねたか。いずれ、全ての力を取り上げられて雑魚に成り果てるのを、ああも嫌がって!」
大笑いする精霊が想像する未来は、自分が頂点で組み敷くなどではなく。そんなどうでも良い椅子を、何もかも粉砕して終わらせる時。アスクンス・タイネレを全開放する時。
はーあ、と笑い終わった『原初の悪』は、大降りに揺らした体を戻して、一枚外側の世界に虚空の目を向ける。
「女龍のいじり方が、思いもよらず一つ増えたな。それも良い」
*****
ティヤーの孤島の夜―――
魔導士バニザットは、ラファルの話を聞いて、また・・・と頭を抱えた。
ラファルが悪いわけではない。寧ろ、優れた情報収集に思うが。
ラファルは、それも運命か?とこちらが度々驚かされる相手との接触がある男で、前回はアイエラダハッドの鄙びた町でサブパメントゥの『言伝』に会い、今回は『ウィハニの女』を名乗る何者かと会った。
彼のほっつき歩く時間、何者かとの接触以外でも、物事のとっかかり、必要な情報、そうしたものも吸い寄せられるように遭遇している。
「ウィハニの・・・ズィーリーは、そんなのあったかどうか。あったと言えば、あった気もするが」
覚えてねぇなと、一口飲む。煙草も出して、一服する。小屋の外に出て壁に寄りかかり、魔導士は酒と煙草を悩む時間につき合わせる。
「ラファルはイーアンには関心があるから、こうなったんだろうが。しかし、イーアンを呼び出したいと言われても」
指に挟んだ煙草の灰を落とし、酒の何杯目かを注ぎ、ラファルの頼みをどうしたもんかと、答えが出ず。ラファルには、イーアンが攫われたことも警戒中であることも話していない。話す前に、今日の話題で先に報告されて、魔導士は黙った。
単に、ラファルの頼み―― ウィハニの女と名乗った祠の何者かに、本物の龍を会わせる ――それを拒んでいるのではなくて、イーアンの負担が心配になる。
「話を聞けばな・・・まー、分からんでもないが。確かに重要だ。が、イーアンを呼んで会わせるとなれば、いろいろ事態がこんがらがるだろう。それを全部抱えようとするのがイーアンだ。また潰れちまう」
ああだこうだ言う割に、バニザットは女龍を気遣う。ラファルの話は大切だし、時機も今だとしても、どうして今なんだと、空にいる女龍を思い夜空を見上げた。
「巻いてるんだよな。世界が」
加速し続ける三度目の旅に、魔導士は煙草の煙を緩く吐いて、自分に手が出せる範囲を考える―――
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