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魔物資源活用機構  作者: Ichen
剣職人
264/2944

264. ダビの気持ち

 

 ボジェナとダビは、工房から始まって、資料と本棚を見て、材料置き場へ行き、材料の石を置いた中庭へ出た。

 中庭に続く部屋は、昨日イーアンとボジェナが一緒にいた温室だったから、ボジェナはその茶卓と椅子に案内して、ダビに座るように促したが、ダビは庭の石にへばりついていた。



「ボジェナさん。これはどうやって持ってくるんですか」


 石の切り口などを見つめるダビに質問されて、業者に頼んでいると教えると、ダビは石を撫でながら『いやあ、すごい』と同じ言葉を何度も呟いて喜んでいた。


「お茶は飲みますか?お菓子でも」


「あ。お茶だけ下さい」


 振り向かないダビに、ボジェナは戸惑いつつお茶を淹れに台所へ行った。お茶を二人分淹れていると、親父さんが来てニヤニヤしている。


「どうだ」 「全然」


「照れないで言えよ」 「照れてないです。あの人、私のこと何も聞かないんだもの」


 怒ってるのか、ふてくされているのか。ボジェナの顔が少し怖いことに気がついた親父さんは、そうか、と言い残してそそくさ消えた。


 お茶を運んだボジェナが温室に戻ると、まだ石に語りかけているダビ。


 その後姿を見つめ、小さく溜め息をつくボジェナ。自分がそんなに魅力がないのかなと悲しくなる(※石に負ける)。

 総長の話がいまさら頭の中に浮かぶ。余計なこと聞かなきゃ良かった(←総長悪者)。想像以上に目に表現力がない。確かに瞬きしていない気がした。


 盆を机に置くと、音で振り向くダビが椅子に寄ってきて腰掛けた(※自由に腰掛ける)。


「こうして剣の工房を紹介してもらうの、初めてだったから。とても面白いですね」


 喋るダビの抑揚のない言い方に、ボジェナは作り笑いで頷く。自分にとっては、子供の頃からの風景だから分からないけど、楽しんでもらえて良かったと答えた。ダビは少し目を丸くして『ああそうか』と驚く。


「そうですよね。子供の時から。ボジェナさんはここでずっと育ってるんですか」


 話の矛先が急に自分に向き、慌てるボジェナだが、すぐに、ここはチャンスを掴まねば(職人魂)と本気を出す。


「私が子供の時に、私の母が亡くなって。父はお兄さんの工房で仕事をしていましたから、私を一緒に工房に連れて行って、それで仕事をしていたんです。

 父は再婚しましたが、それは私がもう随分成長してからだったので、新しい母はいつも家で待っています。私はもう、子供心にここが家のようで、結局今も工房で手伝ってばかりです。母も時々来ますけど、ここは男の世界ねと笑って、すぐ帰っていくの」


「そうなんですか。ボジェナさんは職人なんですね。もう職人歴が半端なく板について。羨ましいです」


「ダビさん。騎士修道会に入って長いんですよね。職人の世界に興味があるのはいつからですか?」


「うーん。多分、剣とか習ってからですよ。剣によって使い方が違うじゃないですか。それをオシーン・・・その、稽古する人に教わってる内に、じゃこの剣のここ変えたらどうなるんだろう、とか、この弓の張り変えたら?とか。そんな具合で気になり始めて」


「うん。何だか分かる気がします。私もし騎士だったらそうなりそう」


 ダビがちょっと笑った。ボジェナはダビが笑ったので、凄く嬉しかった。確かに笑ったのだ。人間に関心がない、と、目が笑っていない男と言われた、その眼輪筋が確かに・・・動いているのを可視確認した。


「ダビはもっと笑ったほうが良いです」


 ボジェナは微笑む。ダビは意外そうにボジェナを見つめ、いろいろ考えているらしかった。


「私は笑ってないですか?」


「そう見えない感じです」


 そうかな、とダビは不思議そうに首を傾げている。もしかして本人はいつも笑っているのだろうか、とボジェナはそっちが気になり始めた。


「えっとね。イーアンみたいに笑えって言われたら、さすがにあれはない(←あれ扱い)ですけど。でも笑ってるつもりですよ」


「あ。ごめんなさい。あの、そう、イーアンはね。ほら四六時中ニコニコしてるし、何かあるとすぐ、ケラケラ笑うから。私もあれと比べては(←あれ扱い×2)いないのよ」


 あんなにいつも笑ってないんで、それで分かりにくいかもねとダビは頭を掻いた。ボジェナはちょっと可哀相になってしまう。そうなんだ、顔の筋肉が凝ってるのかな、と(※違う方向の心配)。



「うん、でも。ボジェナさんに言われて思い出したけど。よく言われてる気がします。笑ってないって。そうなのかもね。考えたことないから気にしてなかったですが。


 ・・・・・ほら、イーアンはあんな感じでしょ。あの人、他の人のこと詮索しないんですよ。特に注意もしないし。自由にどうぞ的な感じだから、こっちも気楽に仕事手伝うんですが、普通の女の人が見たら(※イーアンは普通じゃない)私みたいなのは扱いにくいのかもしれないですね」


「そんなことないと思う。扱いにくいなんて、そんなの付き合ってみたら変わるじゃない」


「私は騎士修道会にいるし、他の連中みたいに町へ行って女の人と会いたい、とか思ったことないので。女の人と付き合ったこともないし、実際、分からないですよね」


「え。そうなの。誰とも?いつも休みって何してるんですか」


「付き合う時間、要らないですよね。基本的に。だって女の人、仲良くなったって、支部に連れて来れないでしょ。休みの度にちょっとしか会わないで仲良くなれたら、それもそんな程度で良いのかなって気がするし。所詮、他人なので心変わりもあるでしょうし。

 そういう有意義じゃない要素が多いことに時間を費やすくらいなら、武器いじってるほうがよっぽど楽しいし、効率的に人生使えます」


 ああ、イーアンは保護されたから事情が違いましたけど、と付け足す(←イーアンおまけ)。


 ダビが、思った以上に喋ったことと、思った以上に打算的だったことを知り、ボジェナはある意味圧倒される。これはもしかして。上手くこっちへ引き込めば仕事もするし、職人になるかもっ(ここは計画的)。そしたら効率性から私と付き合うかもしれないっ(これは計略という)。


「ダビさん。うちで休みの日、剣作りやってみませんか」


「えっ!!」


 ホント?ホントに?あっさりダビが食いつく。それは是非っ!と目が輝く。


 キタキターーーーーッ よし、手ごたえ充分だわ。最近、若い手がほしいとか伯父さんも言ってるし、行けるわ。給料暫く出さないでも、手伝うだけで満足しそうだし(計算高い)。腕が良くなってきたら、正式に雇えばいいのよ。それまでは騎士修道会にいてもらって(人生を巧みに操る女)。



「うん。だってダビさん、職人だったら良い工房主に成れただろう、ってイーアンも言ってたもの。意欲も知識も経験も独自であるし、発想も目の付け所が職人的だから、ここで剣を作ってみたら?試作なら、材料費とか気にしないでも作れるのよ」


 一瞬、戸惑ったような顔をしたダビが、すぐに切り替えてまた喜んでいるのを見て、これは次回から巻きで行かなければと、ボジェナは獲物を引きずり込む蜘蛛のように、じっと様子を伺う。


 ダビの興奮が治まったっぽいところで、次回の約束を暗に促すボジェナ。


「次にイーアンと来れる時。確か、今週またタンクラッドさんの所行くのよね?契約金がどうとかで。その日、説明だけでも聞いていく?伯父さんに話してみましょうよ」


 ダビは暫く考え込んで、いや、と声を漏らす。『私、休みが飛び飛びなんで。次に来れるの。今週じゃないかも』げっ、と思うボジェナ。でも根気よく。来れる日を考えてるもの、前向きにダビの反応を待つ。


「うん。そうですね。ここのお休みを聞いておいて、私が来れる日に・・・突然じゃ、迷惑かもしれませんけど、イーアンにお願いして連れて来てもらうって方が、確実かな。どうでしょう」



 ぃよしっ!これなら来る。必ず来るわ。いける、いけるわよ、ボジェナ。これで私も上手く行けば、剣を作りながら結婚できる(仕事と両立結婚目当て)。


 それなら、とダビに伯父さんのところに戻ろうと微笑み、盆を持つボジェナ。もう今日のところは成果が出たから満足。

 ダビはボジェナの手元を見て『私が持ちます』とさりげなく盆を引き受けた。そんなダビにボジェナは少しポッとする。ダビは何かを考えているようで、少し黙っていた。



 親父さんの待つ部屋へ戻ると、親父さんはボジェナの顔つきから嬉しそうに笑みを深め、ダビと資料の話をした。資料は中々面白い、こうした発想がこれからも聞けると、こっちもタメになる・・・そんなことを言われて、ダビは照れてニヤニヤしていた。


 ボジェナは、提案した『休日・剣作り体験』の話をする。親父さんは、展開の速さに驚いたものの、すぐにその役立つ内容を理解して、あっさり了承した。ダビはとても喜んでいた。



 そんなこんなで11時。扉が叩かれたので、親父さんが戸を開けると、タンクラッドとイーアンがいた。


「俺は出かけるから。イーアンを」


 ダビが出てきて『イーアン、話したいことがあるんですよ』と喜び表現MAXの顔で言うので、イーアンは後ろのボジェナの笑顔から察し、ニコッと笑って頷いた。


 ちょっと入り口で立ち話をして、イーアンとダビはお礼を言って工房を後にした。


 タンクラッドはイーアンと分かれる時、通りで立ち止まってイーアンを振り向かせる。『約束だ。3日後な』微笑む職人に、イーアンも微笑んで返す。タンクラッドはイーアンの髪を撫でて『お前を思うだろう。山でも』そう言って、じゃあなと工房へ戻って行った。



 その後、ちらっとダビを見たが、ダビは無関心なので何より。普通にそのまま通りを歩いて町を出て、ダビと一緒に龍に乗る。


 帰り道の空の上で、ダビはようやく口を開いた。


「あの人。タンクラッドさん。イーアンは彼をどう思ってるんです」


 はい?と振り向くイーアン。この質問をダビがするとは思わなかったので、真意を聞こうとするイーアン。


「どうって言われても。大変に純粋な人ですよ。凄い正直なんです」


「じゃなくて。彼の性格じゃないんですよ。俺が訊いてるのは」


 俺って言った。何これ、と思いつつ。先ほどまでの、親父さんの工房での笑顔が消えたことを、イーアンは不審に思う。



「ダビは何を質問していますか。あまり」


「だから。分かるでしょ。タンクラッドさん、イーアンと歳近いからイーアンのこと好きなんでしょ」


「歳近いと好きって。そんな理由で好きにならないでしょう。気に入られているとは理解してますよ」


「イーアン。総長がいるでしょうに。何で触られてるんですか」



 ぐわっ。ダビに言われるとは。いたたた、無関心を装って何やら説教に入ったか。イーアンは心臓を押さえて、どうにか立ち向かうことと、誤解を解くことに集中する。



「あの方は触るの、ほとんど自然体です。驚きましたけど、どうもそうらしい、と思います。クローハルさんとかの邪気(←失礼)がないんですよ。私のことは多分、ワンちゃんみたいに思ってる気がします」


「ワンちゃん。確かに邪気なさそうですけど、触ってるの見たら、総長激怒するでしょう」


「私もそれは困ってるんですよ。対処を必死に考えている最中です。でも邪気がありませんから、自然体で回避できそうな方法も今日発見して。で、そうですよ。恐らくワンちゃんですよ、私は」


「イーアン。理解力高いのも問題ですね。ワンちゃんってそれで良しとするなら、俺だってイーアン触って良いことになりますよ」


 何言ってるの?イーアンが眉を寄せて振り向き、頭を振る。『今日のダビはちょっと違いますね。何かありましたか』自分への攻撃を回避するため、話をそっちに持っていくことにしたイーアン。


「話逸らさないで下さい」


 びしゃっと止められて、ぐぬっと唸るイーアン(伴侶に似てきた)。


「イーアン。俺が触ったら良いんですか?イーアンがワンちゃんに見えてます、って言ったら。俺はイーアン撫でたり、抱き寄せたりして平気ですか」


「はあっ?」


 もう何なの、そのケンカ売り言葉みたいなノリは。つい『はあ』とか言ってしまったイーアン。なんでダビにそんなこと言われなきゃいけないの?(他の誰でも注意する内容)意図が理解できなくて、イーアンは溜め息をついてダビを睨む。


「何言ってるの?さっきから変ですよ。ダビは別に私のことをワンちゃんと思ってないんだから、そんな触れ合い動物牧場みたいなことしなくて良いでしょう。ボジェナのところで何かあったのですか」


「垂れ目で睨んでも怖くないですよ(キビシイ)。俺が言ってるの、なんで分かんないですか。総長が工房でウロチョロするのも良いですけど、他所でもあんなふうに触られてるの、人に見られたら」


「龍よ。お前、私を」


 いい加減に説教も食い込んできたのを、イーアンはイラついて龍に言葉をかけると、龍も怒っていた様子で突然加速した。ダビの声も聞こえないくらいに龍は加速し、イーアンは龍の背鰭を掴んで、受ける風に目を開けていた。


 ダビが言うのも分かるけれど、私が『他所でいちゃついてるのを好きで許してる』ってその感覚は。迷惑以外の何物でもない。



 ――傷つけないように、ちゃんとその人のことを理解して、良い距離で良い信頼関係で、それを探してる最中なのに。パパぐらい強引だったら何度だって断るけれど、タンクラッドは付き合いが始まったばかりの職人で、それも相当な腕の人。ヨライデにも関わってくる人と分かっていて、なぜ私がいちゃついてるだけの好色野郎に成り下がってるの――



 龍の加速が早すぎて、その場から支部に3分もしないうちに着いた。イーアンはささっと降りて、ダビを振り返る。顔が怒ってると分かるイーアンに、たじろぐダビ。


「ひどいわ」


 一言吐き捨てて、龍に『ありがとう。お帰りね』と声をかけると、龍はダビを振り落として、空に帰っていった。


 その様子を迎えに出てきたドルドレンが見て驚いた。

 イーアンが早足で、むしゃくしゃしているように近づいてきて、ドルドレンを見上げる。『戻りました。荷物を置いてきます』と、大した荷もないのに、工房へ走って行った。


 ダビが立ち上がって(落とされた)気まずそうに歩いてきた。事情は分からないが、どうもイーアンがダビに怒ったことだけは分かった。


「ダビ。何をした。イーアンが怒るなんて。チェス以来の怒り方だぞ、あれは」


 ダビは少し考えてから、自分が何を見て、何を言ったか、それを伝えた。ドルドレンは顔をしかめて話を聞いていたが、聞き終わってからダビの肩を叩いた。


「お前に彼女は扱えない」


 やれやれといった具合で、ドルドレンは少し哀れむような目でダビを見てから工房へ向かった。




お読み頂き有難うございます。

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