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魔物資源活用機構  作者: Ichen
沈んだ巨大島
2638/2957

2638. 旅の四百五日目 ~打つ手・アソーネメシーの遣いと女龍

 

「イーアンが攫われるなんて」


 あの強さでもまだ、とミレイオが目を瞑り、ルオロフは『黒い精霊ですって?』と昨夜の夢の話を聞いて驚く。



「私が狼男でも、異時空移動で逃げる暇すらなかった。私と比べては失礼ですが。イーアンは、存在も能力も私と桁違いだけれど、()()()()相手では」


 あの存在が、世界の根源に椅子を持つと、ルオロフも理解している。

 絶対的な存在として揺るぎない位置を確保されているのであれば、『イーアンと対等』と言っても過言ではない。いや、もしかすると時によっては、龍さえ包む許可が。



 口に手を当て、言うに言えない気づきを赤毛の貴族は呻く。タンクラッドは意識を切り替えて『手を打つ』それを考える。精霊に関与し過ぎて禁を置かせないシャンガマックは、心配はあれ身動き出来ず。

 ロゼールもクフムも、何を思いつくわけもなく、ミレイオの脳裏とタンクラッドの目的だけが現実的に重なった。オーリンはまた別のことを考え―――


「俺、ちょっと空へ行くよ」


 言いながら笛を吹く。空が淡く光り、あっという間に降りて来た龍は、朝の町を騒がす。オーリンは滑空したガルホブラフに飛び乗り上昇。『男龍に知らせる』と言い残し、瞬く間に空に消えた。



「気が早いやつだ。だが、オーリンの行動が一番頼もしいかも知れないが」


 タンクラッドは空を見上げた顔をミレイオに向け、同じことを考える金色の瞳に『呼べるか?』と尋ねる。ミレイオはちょっと唇を噛んで眉根を寄せた。


「最近、会ってないの。でも。非常事態だし、どうにも出来ないにせよ」


「横から口を出してすみません。バニザットは頼れませんか」


 ミレイオを遮ったルオロフが、その名を口にする。剣職人とミレイオが同時に彼を見て『そのつもり』と答え、三人は頷く。こんな時、一人だけ頼れるとしたら、それは魔導士。


「(タ)こういった場合、いかに異質な力を持つにせよ、ダルナに頼むわけにいかない。振り回してしまうだけだ。彼らに精霊を探る特権はない」


「(ミ)それ言っちゃうと、私たち全員そうなんだけど」


「(ル)でも。彼なら」


 あの人は特別な気がしますと、ルオロフが推す。彼は自分で関与の範囲と引き際を見定めているから、彼が断わるなら、自分たちに手はないだろうけどと、苦しい理解だがそれも伝える。ミレイオたちも同意見。


「とりあえず呼ぶわ。あっちがどう判断しても、私たちが頼めるのは彼だけだし」


 ミレイオは息を吸い込み、『地下に行くから、あんたたちは食事しなさい』と言い、宿屋の裏へ回った。


「食事どころじゃないがな」


 ふーっと溜息を吐いて髪をかき上げる剣職人は、ちらっとルオロフを見て、その心配する顔に微笑む。


「お前が来てくれたんだ。することのない待機の俺たちは、万全のために食べておくか」


「・・・はい」


 オーリンが男龍に知らせに行き、ミレイオが魔導士を呼び出しに向かった。これ以上、何が出来るというのか。イーアンは青い布アウマンネルと共にいるから・・・とんでもない事態、とはならないと思うが。



「如何せん。()()()()()では」


 大衆食堂へ歩きながら、消えない懸念をタンクラッドは呟いた。



 *****



 うっかり。攫われたイーアンは―――


 既に、次の場所へ移動した後。異時空を抜けた感じもなく、瞬間的な移動手段でティヤーのどこかに降りた。降りたとはいえ、土に足が付いたのではなく、地上2mの高さで浮く。


 ふっと広がった別の景色に『どういうつもりだ』と、女龍は苛ついた息を吐き出した。

 イーアンの近くにあの男はおらず、一人きりで浮いているのだが、イーアンは身動きが利かない。眼前には壁の壊れた神殿と、その奥から続く、僧侶たちの死体が倒れている。


 幻ではない。夢で見た光景の一部が、現実に再現されているけれど、夢の続きでもない。夢の状態と同じだし、グーシーミ―の修道院とも同じ殺された方だが、ここは。


『女龍は、宗教を潰しただろう?』


 どこからか声だけが降ってくる。周囲を林に包まれ、向かい合う海に張り出す地形の上に立つ神殿は、道が一本背後に続くだけで、近所はこの状況を知らないと理解する。死体はまだ殺されたばかりのように見え、広がる血の海は風に波紋を立てている。


 宗教を潰しただろと言われ、イーアンは答えない。こうした質問は、続く言葉も行きつく先も見えている。どうせ・・・ ついこの前、ビルガメスに教えられたことが過る。


 黙っていると、声はもう一度質問した。宗教を潰したことを頷かせたいように繰り返す声に、イーアンは静かに息を吐く。


「お前なんかに、答える義理もねぇよ」


『そうなんだよな。女龍は柄が悪い。その野蛮さが』


「なんだってんだ、てめぇは」


『調子に乗るよ、成り上がりの人間が』


 イーアン、ぴくッとする。龍気がなぜか微弱で、あの時を思い出す(※2100話参照)。でも私は、と思う。


『龍の力は使えない。お前は今、人間と変わらない』


「じゃねぇんだよ、くそったれ」


 ペッと唾を吐いた女龍は、ガンッと衝撃を頭に食らい吹っ飛ばされる。浮いていた2mの高さから地面に叩きつけられて転がり、角が土と石に刺さって頭の角度が不自然な止まり方をした。


 ぐっと頭を擡げたと同時、何かが上から飛んで来て、イーアンの下半身の衣服がざっくり何か所も切れた。ズボンと靴を切り裂いたのは骨片で、女龍の体を貫くことは出来ない骨片は、イーアンの左右に突き立つ。筋膜がぶら下がる骨片の次は、顔をめがけて千切られた頭が飛んできた。イーアンは片手でそれを払いのける。


『最強とやらな。自惚れても、所詮人間だ、お前は』


「人間じゃねえって言ってっだろ。聞こえてねぇ」


 反抗するなり、真上から大岩が直下してゴンッと当たったが、後ろに転がった岩を振り向かない女龍は、『だからぁ?』と返すだけ。


「なぶってるつもりか。龍相手に」


『半端な龍なんか、龍とは言えない。名乗るお前は、龍への侮辱だ』


「おお、一人前に苛ついてんの。胴もない()()()()()が」


 言い返した瞬間、イーアンが倒れていた体の下から、巨大な肋骨が突き出る。女龍を貫く肋骨が上がり、イーアンのクロークと千切れたズボンが引き裂かれた。でも、体に傷は決してつかない。


()()()になっても傷はない、と』


 揶揄う声に、イーアンが息を吸い込み『お前は私が消す』と宣言した。石の面のような無表情のイーアンは、海龍のクロークもズボンを千切られ、青い布と自分だけが無傷。立ち上がったイーアンの体に、千切れた衣服が、辛うじて無事だったベルトに押さえられ、肩と腰骨からずれて揺れる。靴も、足首のトグルが留めるところだけ残して、踏み出した足から外れかけた。


 どこにいるか分からない相手だが。心の中を読むわけではなさそう。


 素朴な疑問が消えない。こいつ、何で()()()()こんな暴言と振る舞いが出来るのだろう。

『原初の悪』に守られているから大丈夫、とでも思っていそうな。こいつのやっていることは、人間のろくでなしと何ら変わらない。これで精霊?と疑わしくなる。こいつの目的に予想はつくが、この仕打ちは単なる()()()でしかない。


 どうしてか龍気が封じられているので、今は出来る範囲で対応―― どうするかなと思った矢先、空から龍気の動きが伝わる。これが何かを察したイーアンは、心で微笑む。



「アソーネメシーの遣いと言ったな。覚えておいてやる」


『個人的な感情が無様だ。俺がなぜ、連れて来たかも聞かずに』


「どうだかな。てめぇ如きと()()するほどアホになれねぇ」


『・・・商談。売り買い?』


「恩着せがましいのは、押し売りって言うんだよ・・・ 」


 イーアンが答え、一秒。二秒。青空に真っ白い閃光が弾け、『ふっ』と息吐く音と共に声は止んだ。消えた閃光の空を見上げた鳶色の瞳に、神々しい一本角の男龍が映る。



「ビルガメス」


「イーアン」


 青い龍を連れて降りてくる姿。微笑んだイーアンの前にビルガメスは下り、青い布を下げた女龍の小さな体を、ゆっくり抱き寄せて包んだ。


「アウマンネル。もう少し守れ」


 ビルガメスは声を荒げないが、精霊に注意し、それは怒っているのが分かる。青い布は無反応。裸を嫌がっていた女龍を思うビルガメスは、この状態の彼女を見ないようにしてやる。包み込んだ大きな腕の中で、顔を上げるイーアンを感じながら、『片づけていない』と状況を教えた。


「さっきのやつ、ですか」


「逃げた」


「あなたの方が早かったと思いました」


「『原初の悪』が逃がした」


 イーアンは黙る。ビルガメスはボロボロの服にされたイーアンを抱き寄せたまま浮上して、ミンティンに『戻るぞ』と声をかける。


「今は、イヌァエル・テレンへ行く。何があったか話せ。俺が分かっていることも話そう」


「はい」


 はい、と返事はしたが、イーアンも薄々理解していた。イヌァエル・テレンへ上るまでの時間、『原初の悪』が遣いを通し、何を言おうとしていたのか。


 それは、総本山を陥没させたあの状況(※2584話参照)と重なっていた。



 *****



 ビルガメスが、『原初の悪の遣い』と知りながら攻撃―― 抹消を決定 ――したのは、あれが精霊ではないからだった。『原初の悪』の手の者であれ、精霊と無関係なら消すに差し支えない。



「龍への侮蔑は、()()()()に許されない」


 イヌァエル・テレンへ着き、ビルガメスはファドゥを呼んで、龍の子の衣服を持ってくるように命じ、服の壊れたイーアンに心配したファドゥが出て行った後。さっくり、先ほどの攻撃の意味を教える。


「では・・・あいつは逃がされたけれど、消すのですか」


「そうだ」


「私が消します」


「いいだろう。だが、俺が消してもいい」


 ビルガメスの家で、青い布に包まったイーアンは長椅子の上で身を縮こまらせる。ボロボロに大きく開かれた服は、肌の見えているところが多過ぎるので、隠しているつもり。

 その姿をちらっと見たビルガメスは『お前をそこまでされて、俺が黙っているのもな』と静かに呟いた。イーアンも床に視線を落として頷く。


「私を・・・平然と侮辱しました。言葉も、物理的な攻撃でも。傷は負いませんが、なぜそんなことをして大丈夫だと思えているのか、疑問でした」


「『原初の悪』が使っている者であっても、程度が低ければそうなる。イーアン、ファドゥが服を持ってきたら着替えろ。それから俺に会話を伝えろ」


 はいと答え、少しして銀色の光が空に現れ、ファドゥが壁のない家の前に降りた。片腕に龍の子が着る服を持ち、ビルガメスに手招きされて中へ入る。


「あなたの体に合うか分からないが。近いものを」


「有難うございます」


 渡された深紅の衣服を受け取り、お礼を言ってイーアンは着替えるために、柱影に移動した。


 ファドゥが背中を向け、ビルガメスと話している間にそそくさ着替え、少し大きいけれど腰はベルトで締めた。腰に下げたベルトは運良く端が切られただけに済み、靴は切り裂かれて穴が開いているが、これも千切れた服を細く裂いて縛り付けた。


 青い布を肩に羽織り、アウマンネルは何もしなかったことを、漠然と受け止める。グィードのクロークや衣服が千切られるとは予想外だったが、考えてみれば裁断出来るのだから、そんなものかと思い直す。


 深紅と白の上下。女性用で長袖と七分丈のズボンに着替えたイーアンは、二人の男龍にお礼を言う。


 長椅子に掛けるよう示されて座り、隣にファドゥも腰掛けた。ファドゥは戸惑う目を向け『何をされたの』と尋ねた。



 イーアンは、悪夢と宿を出た朝を先に話す。

 昨夜遅くに見た夢で、死霊の殺戮現場に立ち、『原初の悪』の顔が出て来たこと。


 朝の通りに出たら周囲の人たちが停止し、黒い仮面の男が現れ、龍気が吸収されて身動き取れずに連れて行かれたこと。


 別の場所に出るや否や、神殿で殺された人間を前に、黒い仮面の男の侮辱を受け続けたこと。


「でも移動先では、黒い仮面のそいつを見ていません。声だけですが、殴られたり突き刺されたりはありました。見えない手で」


 見えない手で攻撃された感じ・・・と言い終わる前に、ファドゥが立ち上がった。銀色の長髪が揺れ、ビルガメスに顔が向く。


「女龍が殴られる?いくら何でも」


「ファドゥ。座れ。()()()今、詳細を聞いたんだ」


 怒りで目をむくファドゥを初めて見たイーアンは、見上げたままびっくりして『ファドゥ、落ち着いて下さい』と手に触る。

 振り返った銀色の顔に、流れる涙跡のような金の筋が煌々と光を放つ。彼の銀の肌の内側に、風が駆け抜けるような煌めく粒子が生まれ、イーアンは彼が本当に怒っていると知って、手首を引っ張った。


「大丈夫です。これから対処します」


「私が行く」


「ダメだ、ファドゥ。俺かイーアンだ。イーアンは自分がやると宣言したが、『女龍に加算させる』のは気になる」


 大丈夫と言ったイーアン。首を横に一振りして、自分が行くと怒りを声に含ませたファドゥ。だがビルガメスはそれを宥めた続き『加算』と言った。


 ぴたっと止まった女龍とファドゥは、大きな男龍に顔を向ける。その意味を、イーアンは追いかけるように気づき、理解した目にビルガメスは頷いた。



「そうだ。お前にこの前、話したことだ。相手の目的は一つだが、今回の状況では二つに分けただろう。当初の目的は動いていない。

 イーアンに、人間を殺している現場を見せると、どうなるかを知っている。

 人間が死ぬのを見過ごせないイーアンだ。だが、現場の殺害対象は、イーアンが排除に指定した者たち(※宗教関係者)。

 精霊が禁じた繰り返し(※残存の知恵)を求める人間を、『原初の悪』は殺す対象に定めたが、これが世の均衡を崩す手出しか否かは、『原初の悪』の存在理由上、問われない。あれは()()()()()()全てに融通が利く、唯一の者だ・・・ これが当初の目的に添う、手段の一つだろう。

 イーアン、お前を悩ませ、『お前の罪の過去を作る仕掛け』だ」

お読み頂き有難うございます。

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