表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物資源活用機構  作者: Ichen
沈んだ巨大島
2637/2959

2637. 混合種の精霊ウィハニ・イーアンの悪夢・迎え

☆前回までの流れ

忙しい夜。イーアンは、海賊伝説の歌い手の親リーパイトゥーンの話を聞き、別にいる『ウィハニの女』の影を考え、膨らんだ一つの憶測から小さい島に向かいました。そこでやっと、地霊に会い、地霊と人間の事実を知って悲しくなりました。その地霊は、良くしてくれたイーアンに情報を与えます。

今回は、その『だれか』の話から始まります。

 

 ピンレーレーの離れ島で、お花の精霊ヒルラサキャヴィリに話を聞き―――


 思いがけない情報にお礼を伝え、また会いに来ると挨拶したイーアンが、ようやく一日を終えて宿に戻った遅い夜。


 アリータック島の宿で、歌い手サッツァークワンと親のリーパイトゥーンが、長年抱えた約束『ウィハニの頼み』が、今日を以て果たせたと話し合う時間。



 海と向かい合う広い丘の上、石の祠に寄り掛かる精霊が、無人島で独り、月と海を眺める。


 正確には、『月と海の間にある島で、たった今、凄惨な殺戮が行われている』のを眺めている。じっと見つめる、真緑の目は瞬きせず、体を包む黒と緑の渦は、生き物のようにゆっくりと渦を動かし続けていた。


 暫くして、精霊は背中を寄りかからせる祠に頭を傾け、今度は空を見上げる。精霊の長い尾鰭のような足は深い草むらに埋もれて見えないので、遠目にこの精霊を見たものがいるとしたら、女が祠に寄り添って座っているふうに思うだろう。


 二本の両手を空に向けた、その指の間に透明の水かきが張る。小さい顔には大きな目だけ。鼻と口は皮膚に包まれて見えず、耳らしいものもない。長い髪は人の髪に似て見えるだけで、途切れない粒子の束。


『龍。ヒリの国に来ている龍。私を見つける時。あなたは私をどう思う』


 伸ばした両手で星空を掴む仕草をし、腕を下ろす。それからまた、殺戮された島に顔を向け、少しだけ首を傾げた。


『あれは私が守れない。古い精霊の計らいで動く死霊は。見送るしか』


 溜息のような、空気の抜ける音を出し、長い尾をくるりと自分に寄せる。草をザザッと波打たせて寄せた、足代わりの尾は下半身。尾は龍のような鱗と細い鞭に近い背びれを並べ、その背びれの乱れを手で撫でて直した。


『私をウィハニと呼ぶ民。()()()()()はもうじき終わる。名のない私に、新しい名を与えるだろうか』



 ―――ずっと、ウィハニの影を担ってきた。この世界に創られてすぐ、精霊以外の混じりを持つ自分が何をすべきか知って以来。


 与えられた範囲は、ヒリの国の全て。だが、私はそもそも、精霊とも呼べるかどうか。

 水の精霊ファニバスクワンとティエメンカダは、私に何も言わない。海を動き、島に上がり、民と地霊を導き、この国のどこにある祠や室でも、()()()()()()・・・ ヒリを密かに守り続けて、悠久の時が流れた。民は、誰も()()疑わない―――



 疑われなかったことは、良かったこと。


 それで良いはずなのに、この精霊は寂しさを感じ続けていたし、寂しさが消えることもなかった。

 自分が混合種で、龍と精霊の間に位置する存在を、不満に捉えたことは一度もないけれど。

 海でたまに・・・ 古くに沈んだ遺跡に住み付く、同じような龍の端くれたちを見ると、心が穏やかになるのは、仲間の意識があるからで。


 大きな真緑の目に、半分瞼が掛かる。表情を作るには遠い仮面のような顔に、目元だけで寂しさを表す。


 本物の龍は、自分と会う。この世界に三回現れる女の龍。

 一回目は、私がまだいない時。

 二回目は、私を知ることのないまま通り過ぎた。私は動き始めて間もなかった。

 三回目は―― 私と会う。未来にそれが映り、もうじきなのも知っている。


『会ったら。私は終わるのか』


 会うまでは未来に映ったが、続きは見えない。龍は、代わりを担った私を、どうする・・・だろう。



 *****



 ドルドレンは留守のままで、今日は帰ってこないよう。

 夜に戻ったイーアンは、最初は一応船に寄ったが、すぐトゥの声がし『タンクラッドたちは宿』と教えてもらったので、自分も宿へ帰った。


 裏庭からそっと入って、夜勤の宿の人に挨拶。宿の人も、ウィハニの女が夜遅くまで動き回るのに慣れて、お疲れ様と会釈し、イーアンも会釈を返して二階に上がる。


 部屋に入ってクロークと青い布をベッドにかけ、靴を脱いで衣服はそのまま、ベッドに転がった。

 角があるので、枕二個重ねか、横向き必須。今日は横向きで、窓の外の空を少し見つめてから、どこか遠くにいる伴侶に心の中でおやすみなさいを言い、眠りに就く。



 ―――窓の外で、誰かが見ているのを気づかない。


 いつも指摘される鈍さの理由とは異なり、この()()は、イーアンに気づかれないで済む。黒い仮面の両頬を横に走る、赤い爪痕。分厚いクロークは夜風に揺れて、空中から部屋の女龍をしばらく見ていた。


 仮面の奥で声を出さずに笑う。それと同時に、窓を挟んだ部屋の女龍は、眠りながらぐっと眉を寄せ、む、と唸ったものの目覚めはしない。

 仮面の誰かは宿の裏庭側で、誰の目に映ることもない姿を浮かせて―――



 イーアンは、自分の力が役に立たない草原で途惑う。


 現れては殺される人々。人体をいくつもくっ付けた死霊が、黒い煤を布のようになびかせて動き回る。5~6mの背丈を持つ死霊が、草原から湧き出す人間を片っ端から齧ったり、引き千切ったりしている光景。人々は悲鳴を上げ、断末魔の叫びを重ね、捨てられて、また草原からむくむく出てくる繰り返し。


 目の前の光景に、イーアンはどうにかしようとするが、龍気がない。動こうにも足が固着して、立ち竦んでいるみたい。

 死霊はイーアンに近づかないが、殺した死体を放ってくるので、真ん前にも真横にもどさどさと死体が積もる。


 なんだこれは!とイーアンが叫んでも、声が重くて喉から出て行かない。

 腕を掴まれてハッとするや、体の欠けた死体が『助けないのか』と問う。足元の死体がイーアンに縋り、『見殺しにして』『龍のくせに』と恨みが始まった。


 助けたいけれど出来ないイーアンは、それを伝えようとするが、口が利けない。何度も翼を出そうとしているが、翼の影すら現れず、自分の手足に凭れ掛かる死体の重さだけが現実的。


 そうしている間も、草原では死霊が増えて、動き続ける手に忙しなく生身の人間を掴んでは、齧り、捥いで、潰す。悲鳴だらけ、叫びが止まない草原の薄暗さに、温い風が揺れ、空中に黒い煤が集まった。


 煤は人の顔に形を作って、イーアンを見下ろし、口端を釣り上げる。その表情にイーアンはぞっとした。


 自分に似た顔。黒い煤の塊の、この馬鹿にした笑い方。『原初の悪』と気づく。気づいた途端、けたたましい嗤い声が耳を壊す勢いで鳴り、死霊の動きが止まった。死体の山は解けて、骨だけが浮き上がり、すぐにカラカラ落ち、薄い煙が離れる。薄い煙は大きな顔の口に吸いこまれ・・・ イーアンは慄く。


 吸い込んだ煙が吐き出されると、腐った死体の顔を持つ死霊がボロボロこぼれ、その顔の面影に自分を見た。この野郎、とイーアンが歯を食いしばると、向かい合った大きな仮面が外れ、素顔が現れる。


『ちくしょう』


『女龍。アソーネメシーはお前に()()()()だろう?俺はアソーネメシーの遣い。鏡ほど似せやしないが』


『失せろ』


『そうそう、その顔だ。女龍、お前は自分の怒りに囚われた顔を見たことがあるか?俺の顔は、お前の怒り。お前の憎しみ。アソーネメシーは()()()()()


「失せろっ!!」



 思いっきり叫んだイーアンはガバッと起き、ハッとして周囲を見回す。ベッドの上で、夜の部屋。夢で叫んだ?と焦ると同時、扉がノックされ、イーアンはすぐにベッドを出て扉を開けた。


 窓の外の誰かは、既に姿を消した後・・・・・


「どうした。帰ってきたとは思ったが」


「オーリン、すみません」


「大丈夫か?汗かいてるの?」


 隣の部屋で聞こえたオーリンが心配し、イーアンの額に張り付く髪で汗と分かり、顔を覗き込む。イーアンは疲れたように息が荒い。龍は疲れないし、青ざめもしないのに、今のイーアンはそう見える。


「ちょっと、入るよ。座れ、水を」


「大丈夫です」


「何があった?隣は俺だから、他の部屋まで聞こえてないと思うけど」


 イーアンをベッドに座らせ、机の水差しから水を入れてやるオーリンがそう言うなり、閉じかけたままの扉が開き、気配で気づいたタンクラッドが来た。暗い部屋の二人に寄り、イーアンの不安そうな顔と、オーリンの手の水を見て『夢でも見たのか』とイーアンに尋ねる。


 イーアンは頷いて、オーリンから水をもらい、二人に夢を話す。タンクラッドは窓の外を何度か見て、窓を開けて気配を手繰る。サブパメントゥが同じことをする場合は、近くにいて夢に入るのだが、今回は『原初の悪』・・・タンクラッドも当然気づけない相手。


「側に居たとは限らないぞ、タンクラッド」


「・・・まぁな」


 オーリンに言われて窓を閉め、タンクラッドとオーリンは遠慮するイーアンを説得し、見張りでつくことにした。イーアンは恐縮する。真夜中に叫んで起こし、さらに見張りなんてと汗に冷えた顔を拭う。


「大袈裟ですよ」


「大袈裟じゃない。お前は動揺が続いて忘れていそうだが、龍のお前の意識に入ってくるなんて・・・ 」


 タンクラッドは言いかけて止める。アイエラダハッドの黒い泉で、イーアンの力を抑え込んだ『原初の悪』。何をしようとしているのか分かる訳もないが、こんな手を使った以上、これで済むと思えない。


 大袈裟じゃないし、かといって見張りについたところで、その精霊を相手に出来るとは思えない自分たちだが。


「一人よりはマシだ」


 タンクラッドは時の剣を部屋から持って来て、イーアンのベッドの横に椅子を引く。オーリンは『何かあれば呼べよ』と剣職人に任せ、イーアンに休むよう言い、部屋に戻った。


 タンクラッドが見張りについてくれても、イーアンは寝付けなかったが、『一人よりはマシ』の言葉をなぞりながら感謝する。フットボードの青い布をちらっと見たけれど、布は無反応・・・アウマンネルが何も言わないなら危険レベルは低いのだろうかと、前向きに思い直し、不安を少し和らげた。



 この後は、何も起きずに朝を迎える―――



 *****



 夜明け。オーリンがすぐ来て、異常がなかったと二人に言われて安心し、イーアンの昨日に何か理由があるのかを考えるため、朝食の席で報告を聞くことにした。だがこれが、叶わない。



 早くにホールに降り、他の仲間を待つイーアンは、結局あの後は一睡もしていない。見張りについたタンクラッドも無論、同じ。タンクラッドにはお礼を言い、『今日予定がなければ眠って下さい』と頼んだ。


「お前も眠らせたいが、どこかに行くのか」


 ピンレーレー島滞在中、製品指導をしたいと思うものの、タンクラッドは動きを控えているところ。剣職人であるのは周囲も知っているが、『時の剣を持つ男』とバレては嫌なのもあって、濁しながら曖昧にしつつ、目立たないよう、単独にならないよう、気を付けている。


 だが、イーアンの悪夢は、ただの夢ではないと一瞬で理解した。一緒に黒い泉へ行ったタンクラッドにすれば、時期を見た『原初の悪』が女龍に害を加える可能性も、予測に入れる。

 イーアンの予定では、アリータック島で、仕上がった道具の検品と、解放祝いが近日中にあるのだが、タンクラッドはそれに懸念した。


「行かない方法はないのか」


 止めるタンクラッドに、『行っても行かなくても』()()が相手では逃げられない、とイーアンは俯いた。


 溜息を吐く剣職人が、それなら、と提案しようとしたところで、ミレイオたちが二階から降りてきて、イーアンの側へ来る。オーリンに聞いたという彼らは心配したが、とりあえず食事に行こうと宿を出た。



 最初に表に出たロゼールが、左を見て足を止める。『あれは』と目を凝らすロゼールに、後から出てきた皆もそちらを見た。


「ルオロフでは」


 シャンガマックが少し笑い、遠くに見える赤毛の名を口にすると、遠目の利かないイーアンも笑顔が浮かぶ。一時的に不安が途切れる、タイミングの良いルオロフに、親方とオーリンも微笑むが――


 距離のあるルオロフも自分を見ている視線に気づいて、さっと手を振ったその一振りの直後。


 両者はハッとする。周囲には、朝の人混み。馬車や荷車の往来も止まない、賑やかな通りが、一瞬冷えた。アイエラダハッドの凍てつく風が通った如く、ピタッと周りの時間が止まる。



「迎えに来たぞ」


 重い声が落ちて、宿を出たすぐ上の空中に、厚ぼったいクロークを翻す黒い仮面が現れる。胴体のない腕と足を下げ、片腕が顔に当てられたと思いきや、仮面が外れて挑戦的な猛る顔を見せた。それはイーアンのようで、イーアンが男になったような、混乱の顔。うっ、と皆が驚く。


「このっ・・・! 」


 ぎょっとしたイーアンは目をむいて翼を出しかけたが。それより早く男の片腕が女龍を掴む。


「うお!」


()()()


 白い龍気が何もない胴体に呑みこまれる。女龍は男の片腕に、呆気なく抱えられ―― この野郎!と怒鳴った声だけを残して消えた。



「イーアン!!」


 全員が名を叫び、離れて見ていたルオロフも叫んだ。走ったも間に合わず、ルオロフは女龍が消えた真下で足を止め、『イーアン』ともう一度名を呼ぶ。


 朝の雑踏は、冷たい風が吹いた数秒の固定を解かれ、また騒めきが戻った。

お読み頂き有難うございます。

月末まで忙しさが続くので、もう一回来週にお休みを頂くと思います。決まったらすぐにこちらで連絡します。

いつもいらして下さって、本当に有難うございます。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ