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魔物資源活用機構  作者: Ichen
沈んだ巨大島
2636/2959

2636. 裏方の存在・お花の地霊

※明日17日の投稿をお休みします。どうぞ宜しくお願い致します。

 

 アリータック公民館、夜9時を回る頃。



 そろそろ、と声を掛けられて帰宅することになり、イーアンとリーパイトゥーンも公民館の職員に挨拶して表へ出た。リーパイトゥーンは一人で楽屋に残っていたらしく、息子さんや仲間は宿にいるそう。


 遅くなってすみませんでしたと謝ったおばちゃんに、イーアンは、自分こそ引き止めまして・・・と普通のお返事。

 顔を見合わせて二人で笑い、食事はどうするのかとおばちゃんに聞かれ、イーアンは戻って食べると答えると、おばちゃんは頷いて了解した。


 遅いから誘おうとしてくれたのだろうが、不要と分かればすんなり引っ込む。細やかな気遣いとさりげなさ。明るく、優しく、理解あるリーパイトゥーンは、ずっと気にしていたと思う。


 ウィハニの女に託されたような、あの言葉。『私に伝えて』―――


 滅多にない人生を歩んだリーパイトゥーンにとって、石像が『そうしておくれ』と頼んだことは、感謝でもあるが、途切れない重荷でもあったのではないかと・・・余計な事だし言わないけれど、イーアンは思った。


 思いがけず出会った、本物のウィハニの女イーアンに打ち明け、話の全てを渡した時間は、リーパイトゥーンの肩に乗っていた重さを下ろせただろうか。そうならいいな、と願う。


 さよなら、と手を振り、宿へ歩いて行く姿を見送り、イーアンも空へ飛んだ。



 宿へ戻るだけだが、イーアンは仮説が気になり、黒い船を視界に入れた海の上で止まる。


 海・・・ この国を縦横無尽に分けながら、無数の島を包み込む海のどこかで、ウィハニの女(私の代わり)がいる可能性。探したい気もする。精霊かどうかは分からないけれど。


「ずっとウィハニの振りを通し、ティヤーの民を守り続けたのです。()()伝えてと頼んだのは、どんな気持ちだったのか。偽っていると思っているのかもしれない。もしそうなら、それが誰であれ、そんなこと思わないでほしいし、献身的な行為に感謝もしたい」


 どうしたらいいかなと腕組みする星空の下、濃い青と黒の波が煌めく海を見つめる。


 海にいると分かっていれば、人魚たちに聞く手もある。でも、場所も限定されていない。

 水と言えば、精霊ファニバスクワンだけど、聞くのはちょっと(※うっかりシャンガマック返却になっても困る)。他にも海や川に通じ、島に住む土地の精霊がいれば良いのだが。


「ほんとにこの国は、精霊に会わない。引っ込んでいるのだろうか?精霊島の状態があるにせよ、固定された土地から動かない地霊がいても、おかしくないのに・・・噂にもならないなんて」


 うーんと首を捻り、イーアンは頭を掻き、ぱっと後ろを見る。魔物――― 考え事は中断。魔物が出たか、と向きを変え、気配を捉えた方へすぐ飛んだ。



 かろうじて人が住んでいるのが分かる、小さな小さな島。

 ピンレーレー列島のさらに端っこの島で、ぽつぽつと家の灯りが地上に点打つ島の、その波打ち際。今から海を上がろうとする、黒い塊を見た。


 真上まで行って確認すると、一頭ではないが、一頭に見えるのも理解した。離れていると、ぐにゃぐにゃ動くアメーバのように感じたが、『フナムシね』イーアンはすぐに察する。


 フナムシは、海中から出てくるイメージないなと呟きながら、龍の首に変え、一瞬で消滅させた。


 余談だが、海辺で育ったイーアンは、フナムシをしょっちゅう見た。素早く動き、海中にはいないが、海から離れた場所にもいない感じ。

 大人になって知った情報では、あれらは鰓呼吸で肺がなく、しかし海に長時間いると溺死する。だからって海から離れると、海水の塩分濃度のない水では生きられない。なんて、生息環境が限定されているんだ、と驚いた覚えがある。


「でもここでは魔物です。あんなの陸に上がられたら、大変。フナムシに、魔物の凶暴性と攻撃力を持って大群で襲われたら。死骸でも何でも食べるフナムシの魔物版、民家も人間も家畜も、本当に危険です」


 首を戻したイーアンは警戒し、一応、島の中も見回る。


 魔物の気配は他になく、民家も畑も無事そうなので引き返し、外側の波打ち際をゆっくり飛びながら、ふと、思い出す。小さい島のお墓・・・どうしているのだろう。


 お墓があると、呼び出された死霊が魔物に憑く。

 終わったことと思いたかったが、グーシーミ―の一件から、終わっていない様子である。探しに行ったが、この島ではお墓を見つけられなかった。


「以前、レイカルシと話した所みたいな感じかしら(※2481話参照)。大きい島に、まとめてお墓があるのかな」


 遠くに黒い影を並べるピンレーレー島を見て、イーアンはそう思い・・・今まで、ずっと感じていたことが過った。



 ティヤーは、魔物被害が多い―― 最初に、ヤロペウクはそう言ったことを。


 前も、これについて仲間内で『そうでもない(※多くはないの意味)』『民が恐れないから呼ばれないだけ』『島が多く分散して聞こえてこない』と思いつく理由を話し合ったが。


 にしても、他の国と比べ、魔物退治が本当に少ない気がする。

 勿論、外海では、異界の精霊たちが毎日、魔物を見つければ倒してくれているし、ダルナたちは空も飛ぶから、空に出ても彼らが見つければ魔物は片付けられている。この事実は大きく影響しているだろうが。


()()ね」


 島はそんなに、被害がないような。イーアンは虚空の夜空を見つめ、顎に手を当てる。


 ドルドレンが教えてもらった警備隊の情報では、行方不明者も侮れない数であるものの、被害総数に反映しない話もある。そうであれ、なぜか急襲現場に遭う機会も少なく・・・視線は島々へ向く。



 テイワグナの話。クスドという、魚のような精霊が、地下水脈で水を守ったこと(※1205話参照)―――


 話ししか知らないが、クスドはそのために不自由をしており、ドルドレンとシャンガマック、ミレイオとホーミットで彼を助けた。彼は、魔物の危険から身を挺して民を守っていたという・・・・・



「『ウィハニの女の祠』。クフムが話していた『貝の祠』。ちょこちょこ()()()()ですよねぇ・・・ 話題に上らないけれど。

 ってことは。地霊を祀る祠もあって変ではないですよ。クスドは戦わない精霊だったそうだから、魔物が出ているのを、地霊がじっと見ている可能性もある。人間が精霊に頼らないし」


 テイワグナの地霊は、人に見られることを避けていた。だが、陰ながら支えていても、テイワグナ人は精霊信仰が強かったのもあって、地霊を意識して敬い、良い関係を保っていた。

 アイエラダハッドの地霊も、質の悪いのはいたが、人間に無視はされていなかった。

 ティヤーでは、地霊も精霊もない。



 もう一人のウィハニと言い、魔物襲撃の聞こえてこなさと言い。待てよ、と思ったイーアンはびゅっと降下し、適当に小さめの島を選んで飛び込んだ。


 先ほどと似て、海岸沿いだけに民家が並び、森が中心にある島。試しで、()()()()()


 女龍の龍気は白く輝きながら、島の暗い森の上をすれすれで飛び抜け、精霊に影響しない間合いを維持しながら、微弱な気配を求め、目一杯集中する。これまで感じ取れなかった『当たり前の気配』の感知より、ずっと精度を上げて。

 速度を落として飛行すること数分で、イーアンは小さな反応を確認した。


 さっと向きを変えて、反応した方へ旋回。それと同時に反応が消えかけたので『待って』と叫ぶと、反応は留まった。やっぱりいるんだ!と確信し、近くへ行って浮いたまま止まる。


「私は、龍のイーアン」


 何も見えないが気配はある。自己紹介して、龍気を極力抑え、『精霊ですか』と尋ねてみるが、応答なし。


「龍だけど、聞きたいことがあって来ました」


『龍』


 反応あり。声は空気の振動で、声とも違うが意識は流れ込む。そうです、私は龍です、と急いで答えたら、『聞くの。何』と返った。意外と普通に会話できる!良かったと喜んで、どこにいるかを質問。すると、龍気が強くて自分は消えてしまうから、姿を出せないと言われた。


 慌ててちょっと高さを上げ、『辛いですか?』と聞いてみると、木の疎らな隙間、地上の草にふわっと薄い黄色い花が開いた。輝き方は柔らかく、粒子で出来ているようにチラチラと瞬く。


「お花」


『花。精霊だから』


「あ。あなたは、お花の精霊ですか?」


『そう』


「お名前は?お名前、聞いても良いでしょうか」


『ヒルラサキャヴィリ』


「ヒルラサキャヴィリ?いい名前です」


『太陽のお菓子』


「そうなのですか・・・なんて可愛い名前。ヒルラサキャヴィリ、祠はありますか?」


 可愛い名前のお花の精霊に、イーアンは用事を質問。

 すると、黄色い花から更に小さな光がポンッと出た。それは、ポッポッポッポ・・・と草むらに光の粒を進め、どんどん奥へ延び、暗い森の中で止まる。光の終点まで目で追ったイーアンは、祠の影を見て、近寄っていいかと訊いたが、ダメと言われた。


「ダメなのですか」


『どうして。くるの』


「見たいのです。あなたの祠は、人間の」


『誰もない』


 う、とイーアンは詰まる。人間のお供えがあるかを聞く前に、誰も来ないと言われ、女龍は口ごもる。ヒルラサキャヴィリは、『汚い。ダメ』と続け、見られたくないようだった。


 女龍を祀った祠は、綺麗にされていた。地霊の祠は放置で、地霊たちはその差を悲しく思っているのかもしれない。だから龍が突然来て、見たいと言われても嫌なのかも。


 何て言って良いか、イーアンは悩む。可哀相と一言で済ませては失礼だし、でも気の毒である。


 相手も何も言わないので、少し考えて、イーアンは『祠はヒルラサキャヴィリの力を持つか』と質問を変える。よく分からなかったようで、『どうして』と聞き返される。


「私が、触ったらいけませんか」


『なんで。龍。祠壊すの』


「壊しません。お掃除したいと思いました」


『掃除』


「はい。もしヒルラサキャヴィリの力が宿るなら、龍の私が触ってはいけないけれど、普通の石や木の祠なら、お掃除出来ます」


『どうして』


 小さいお花の精霊は、意味が分からなくて戸惑っているので、イーアンは『祠に触ってはまずいか』に絞って確認する。すると、祠自体は特別な力を持つわけでもないと教えてくれた。



 ということで、イーアンはヒルラサキャヴィリに、自分から離れているよう頼み、祠に降りる。お花の精霊の黄色い点々とした明かりは、遠巻きに白い女龍を囲む。


 森の奥にポツンと忘れ去られたような祠。膝丈くらいの石を穿った簡素な祠は、草に埋もれ、折れ枝が絡み、祠の全貌なんて見えない。そこに何かあるな、と気づくかどうかも怪しい。


 イーアンはしゃがみこみ、祠の上に長年蓄積した枝や枯れ葉を引きはがし、後ろに放る。この片付け方で問題ないかを一度尋ねると『大丈夫』と言うので、出来るだけ龍気を使わず、()()()として、祠を掃除し始めた。


 お花の精霊だけに、周囲の草などはそのままでも良さそうだが、もし人間が毎日清掃するならの仮定で実行する。

 草丈が伸びているものは、一掴みしてぐるっと結ぶ。罠のようにも見えるし、草の成長を明らかに妨げるが、切るわけではない。これが『特別な場所』を意味する印にも使えると思う。


 周囲の草を掴んでは上部を結び、祠の周囲を分かりやすくした。じめっとした祠につく虫や苔は、イーアンの鱗を一枚使い、ゾリゾリと削ぎ払う。祠に添って鱗を滑らせ、剥がれたそれらをポイポイ放り、裏も表も内側も、イーアンは丁寧に掃除する。


 地味な作業を行いながら、悲しさや切なさを膨らませる時間。


 なんで誰も来ないのだろうと、そればかりが頭を巡った。なんで誰も、こんな小さな祠さえ大切にしようとしないのか。精霊島の話も同時に思い出しながら、溜息は何度も出た。


 龍の角は仄白く光りながら、手元を照らし、夜の森に落ちた星のように、そこを明るくしていた。



「終わった。どう、どうですか」


 くり抜かれた石の祠の内側には台座が一つ、ちょこんとあり、そこに受け皿のようなものがあり、イーアンは本当はここにロウソクとか立てて、手前にお供えを置くのかなと思う。でも龍の自分がそれをするわけにいかないので、掃除のみ。


 振り返ったイーアンに、ずーっと見守っていた黄色い光は、パッと明るくなった。その明かりが嬉しそうで、イーアンも破顔する。


「大丈夫ですか!」


『きれい。なった。有難う』


「良かった!喜んで頂けて嬉しいですよ!」


『龍。龍なのに』


「龍も精霊と仲良しになります。私の名はイーアン。名前で呼んで下さい』


『イーアン。有難う』


 ニコーッとする女龍は立っていた場所を譲り、祠に片腕を伸ばして『どうぞ』と示す。小さな黄色は跳ねるように側へ来て、祠の屋根に乗る。


 あちこちに飛び移る様子が、嬉しいんだと伝わって、イーアンも満足。


『人間。来ない。でも守った。悲しいと思った』


「え?なんですって?」


『龍。きれい。してくれた』


「・・・あの、ヒルラサキャヴィリ。あなたは人間を、守ったと聞こえたけれど。守っていたのですか」


『いつも守った。魔物来る。島小さいから』


「うっ」


 ()()()()と思った瞬間でもあり、声が詰まる。泣けてきそうなイーアンは、ぐっと涙を堪えて、どうやって守っていたのかを聞き、小さなお花の精霊が頑張っていた様子に、涙が落ちた。


 お花の精霊は小さくて、戦う存在ではない。自分が出来ることを考えて、魔物を追い払っていた。


 泣いた龍に、どうしたのと心配した精霊が側に近寄る。

 イーアンの龍気はちっちゃい精霊を消しかねないので、近づき過ぎないように止めたが、素朴な地霊は信頼して近寄ってさえ来るのかと思うと、また涙が流れた。


 一生懸命、島を守り続けていた精霊は、誰にも気づいてもらえず、大切にもされず、でも受け持った場所の務めを果たしていた。


 そんな背景があることも知らないで、絶対的な海の守り神として、無条件に崇められ続けるウィハニの女は・・・私ときたら情けないやら、すまないやら。


 泣いている龍に、どうしたのどうしたのと、心配が続く地霊。


 こうなると、他の島もそうだろうかと、イーアンが泣いた理由を分かりやすく教えると、地霊はここから動けないので『知らない』と答えたけれど、イーアンはこの反応に、多分そうだと思った。


 事情を知ったヒルラサキャヴィリは、涙を拭く女龍に教えてあげられることを考えて、一つ思い出す。



『龍。違うのいる。見にくる』


 はたと、顔を上げた女龍。黄色い光はポワーっと明かりを増し、()()()について教えてあげた。

お読み頂き有難うございます。

明日17日の投稿をお休みします。

少し忙しくて、もしかすると明後日もお休み頂くかもしれませんので、その場合は早めにこちらでご連絡します。

いつもいらして下さって有難うございます。心より感謝いたします。

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