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魔物資源活用機構  作者: Ichen
沈んだ巨大島
2635/2956

2635. ウィハニの祠・リーパイトゥーンの過去・もう一人のウィハニ説

 

 シャンガマックとロゼールが起き、窓の外が橙色の夕日に染まっていることで驚いて、おじいちゃんに笑われた、その十分後。

 もてなしてもらったお礼を伝え、次の約束をして、イーアンたちはピンレーレー島に戻る。



「起こして下さいよ」


 まだ恥ずかしそうなロゼールが、横を悠々と飛ぶ女龍に言うと、女龍はカラカラ笑った。シャンガマックも背中を抱えるロゼールに振り向いて『うっかり寝てしまった』と苦笑する。


「イーアン、俺たちが寝ている間も」


「奥さん方に教えたことを、おじさんたちにも説明していましたよ」


「こんなことは滅多にないが・・・その、起こして良いから」


「とても気持ち良さそうに眠っていました。起こせません」


「気にするな」


「二人共、眠っている顔はあどけないです。普段見られない寝顔は、()()()ので」


 可愛いと言われて赤面するシャンガマックと、困って笑い出すロゼールは『そりゃ、年下だからそうだろうけど』と言葉も続かない。シャンガマックは、イーアンに子供扱いされて恥ずかしがっていたルオロフの気持ちが、今分かる(←その時は笑った人)。


 これで二人は喋らなくなったので、イーアンはおじさんたちと話したことを、島に着くまでに全部喋り終えた。



 そしてアネィヨーハンに到着。夕方だが、ミレイオたちは宿に戻らず、船で待っていてくれた。今日は夕食を久しぶりに船で食べる話になったそうで、もう屋台で買い込んで来たと話す。

 騎士二人に、今日のことを皆に伝えてと頼んだイーアンは、『まだいくつか用事があるので夕食は食べていて』と翼を広げ、とんぼ返りでアリータック島へ引き返した。


「ウィハニの女の祠。あの時以来です」


 思い出すのは、ドルドレンと旅行で出かけたフーシャ・エ・ディット(※351話参照)。

 でも、あの漁村に在ったらしき話は聞いたものの、祠は回らなかった。あの時は、ドラガのお墓参りを最後に島を離れた。

 ついこの前、開戦の後に訪れた時も、祠どころではなかった。


「考えてみたら・・・ウィハニの女の祠、私は現物を見たことがないのでは」


 開戦終了後もあちこち飛んだし、宗教総本山を潰した後も各地へアオファの鱗を配りに、ミンティンと回ったけれど。どこかで見ていたっけ?と記憶を探る。印象にない。

 ティヤーは、こちらの動きがいろいろと出遅れているなと、こうした事でも考えさせられる。



「あ、あれだ」


 考えながら、あっさり到着。アリータックの夕日が影作る川の岩壁。空から、蛇行する角度を発見したイーアンは、ぎゅーんと降りた。


 おじさんに教わった祠は川の畔にあり、民家は対岸。祠周辺は砂州に近いそうだが、海からすぐの位置にあるここは、夕方の満ち潮の影響か、砂州は沈んで見えなかった。


 祠はポツンとある。ただ、放っておかれている感じはしない。切り立つ岸壁の下、岩がゴロゴロあって川辺までせいぜい2m幅。雑草も生い茂るけれど、川に向けられた祠の前は草刈りが行き届く。


 そして、お供え・・・『新しいですね』側へ行って、イーアンはお供えの果物の鮮度に感心する。多分、毎日?交換しているのか、動物が食べるのか、果物の残骸はなく、お皿は拭かれている。カビも泥も付いておらず、そして肝心の像は祠の扉の奥にあった。


 この扉は、きちっと戸を閉め切るものではなく、上下に隙間があって、真ん中だけ戸が隠す形。扉に鍵は掛かっていないので、ちょっとだけ指で揺らすと、すんなり手前に開いた。丁番もきれいで、錆がない。


 祠は木製の外側だが、中は石造りだった。もしかすると、石の祠を保護するために木製の外側を作ったのかなと覗き込む。石の表面には苔が生えていて、ウィハニの女の像は苔も無し。


 じっと、暗い内側に目を凝らす。お顔ははっきり彫られている訳ではないけれど、微笑を湛え、オリエンタルな雰囲気がある。頭に角があり、背中に畳んだ翼が見える。足元はサンダルに似て、衣服は袖のない長衣。そして足元横には、大きな龍の頭を模した塊が並び、それは黒く塗られた跡があった。


「うん。始祖の龍と、グィードです」


 始祖の龍とグィードが、セット。多分だけれど、香炉の記憶によれば(※831話参照)、グィードは一度目の旅から随分後に生まれていると思う。グンギュルズが亡くなった後。

 海賊伝説を聞いた時も、改めて思う『どうしてセットなのかな』・・・考えてしまう。



「始祖の龍は優しいから、もしかすると、一度目の旅路の後で生まれたグィードを連れて、ティヤーの民に協力してあげたのかもですね。

 パッカルハンを含んだ大きな島の歴史でも、龍はよく現れたようだから・・・ 」


 あんまり深く考えず、これも一つの情報として今は受け取るイーアン。疑問・ふしぎ、と言うなら、馬車歌なんて疑問しかない。どうしてそんなこと知ってるの?とビックリさせられる内容が埋め尽くしているのだ。


 それはともかく。長い歳月を越えても、こうしてきれいに大事にされている石像を見られて、イーアンは嬉しい。そして、違う事が頭に浮かぶ。



「それはこれから。聞いてみましょう」


 覗き込んでいた姿勢を戻し、扉を閉めて、イーアンは飛び立った。日はもう水平線の半分下に沈んでおり、ありとあらゆるところが橙色と金色と、黒い影の縞々に変わっている。


「サッツァークワンの、親。おばちゃんに会いに行きます」


 ヒューッと夕空を抜ける白い女龍は、昨日の頼みに応じる。今度は、アリータックの公民館。



 *****



 本日最終の用事。アリータック公民館の上に夜空が覆うまで、イーアンは少し待った。と言っても夕暮れは早いし、海に最後の日が沈んでから青が紺になるのは、そう待たずに済む。



 温い風を受けながら、上から見下ろす公民館は、玄関口に人が少なかった。

 今日の午後の部は、とっくに終わったのかもしれないと様子を見ていたが、最後の一人が門を出た後で扉が閉まったので、それを目安にイーアンは降りる。


 ひゅっと降りて、きょろきょろ。上手い具合に誰も居なかったので見られていない。門の内側に降りて玄関までの短い距離を歩き、明かりのある屋内を窓からちょっと覗く。誰もいない。楽屋でと言ったおばちゃんは、昨日の待合室の反対側を差していたので、建物の横を通りそちらへ行った。


 建物の連結が切れるところで、中庭が見える。おばちゃんが最初にいたのはこっちだったなと、イーアンが建物と建物の隙間から内庭に入ると、全然知らない人に鉢合わせた。驚かれるも一秒かからず『ウィハニ』と目を丸くされ、そのおじさんに事情を話す。



「あ、約束したの?いますよ、こっちです」


 迎えに来てくれたらいいのにね、とおじさんはイーアンを中庭通過で案内してくれた。おじさんは本日の公民館掃除担当で、地域の人。職員ではないらしいが、『皆で使うから』と鍵も普通に開けてくれて、楽屋前の廊下に出た。


 部屋を教えてもらい、お礼を言ったイーアンは楽屋の扉をノック。普通に会いに来てしまったが、良いのかなぁと最後まで思いつつ。中で応じる声がして、ガチャっと扉を開けたのはおばちゃんだった。


「来てくれたんですね」


「都合がついて来れましたので」


 おばちゃんはそう言いながら・・・イーアンを部屋へは入れず、自分が廊下に出た。ちらっと見えた室内には人がいなくて、おばちゃんだけしかいなかったと知る。扉を閉めたおばちゃんは、ついてきてとイーアンを横に並ばせ、廊下の先へ歩いた。


 先は幾つかの部屋が扉を開けたままで、そのうちの一つに入ると、そこは厨房脇で職員の食堂だった。入るなりお茶を淹れるおばちゃんが、イーアンに座るよう促し、イーアンは扉から離れた椅子に腰かける。扉を開けたままで良いのかなと思うが、閉める方が不自然かもとそのままにした。


 食堂だが広くはない。あくまでも交代職員の休憩やちょっとした食事場の雰囲気で、椅子と机と棚、簡単な掃除用具と、竈の火を分ける小さい火口、茶や食器が点々とあるくらい。共通の竈から引く煉瓦筒の上で、おばちゃんは湯を沸かしながら、来てもらった礼を告げた。


 背中を向けて、気楽に礼を言うおばちゃん。こういうところとか、女の人っぽいなとイーアンは観察。局長が言うには、おばちゃんは『彼』らしいけれど。仕草も喋り方も、女性。と思ったところで。



「私の名前はね、リーパイトゥーン。おばさんに見えるだろうけど、男です」


 自己紹介が本音。うん、と頷く女龍を肩越しに見たおばちゃんは、『驚かないね。聞いた?』と少し笑う。イーアンが、人にそう聞いたと答えると、『()()()()()()は変だと思わないのね』と返る。微妙な・・・返事。リーパイトゥーンは、過去にウィハニの女に会っているような話し方をしていたが、その時はどうだったのだろうとイーアンは返さずに待つ。


 湯が沸いて、茶を淹れるリーパイトゥーンは、二つの茶器を机に置き、一つを勧めてから腰掛けた。


「あんまり時間を取っても悪いから、早速打ち明けますね」


「はい。なぜ会ったばかりの私に打ち明けるのか、気になりますが」


「ウィハニの女が、『二人いる』からよ。偽物、と怒らないで下さい。そのウィハニの女に、私と息子は助けられました。私は今でこそ分かりますが、あなたが本当のウィハニですね」


 この質問に、イーアンは若干、戸惑う。ティヤーで慕われている伝説のウィハニの女は、間違いなく女龍だと思うが、女龍がいない時期にも現れたその存在、民が信頼した相手もまた、寄り添うウィハニではないか。


 返答も頷きもないイーアンの鳶色の瞳を見つめ返し、リーパイトゥーンは茶を一口飲んで、『あの子が生まれてから』と話し出した。



 それは。とても、とても切ない話。


 ―――リーパイトゥーンが若かった頃。


 海賊の彼は、寄った島で好きになった女性と少し付き合い、島を離れた。次に同じ島へ行ったのは一年後。女性を思い出して探したら、彼女は出産で亡くなっていた。

 それだけでも衝撃だった。自分の子だろうかと、聞くに聞けなかった。彼女の家族が生まれた子供を世話していたが、その子は両足がなかった。


 尋ねて来た風来坊に事情を話した家族は『お前の子か』と聞き、リーパイトゥーンは『分からない』と答えた。


 そのまま逃げたかったが、両足のない子は両手を使って側に来ると、リーパイトゥーンに抱っこしてもらおうと片腕を伸ばしてよろけ、思わずその小さい体を抱き上げた。その時、何か熱いものが身体を駆けた気がした。


 彼の表情に戸惑いや揺らぎを見たか。家族は何も言わず、責めず、小さい子供は風来坊の男に抱っこされて嬉しそうに笑った。


 リーパイトゥーンはその夜は離れたが、船が出るまでにもう一度来ると約束した。その足で船に戻らず、ウィハニの女を祀る祠へ行き、子供を産んで死んだ彼女に謝った。彼女の墓まで教えてもらうこともなかったからだが、ウィハニの女に謝りながら、彼女に謝っていた。


 すると、石像のウィハニの目が光り、驚いたリーパイトゥーンに『子供に母親がいれば死なないだろう。もし父にも見放され、母もなければ、子供は長生きしない』と言う。


 石像の声を疑う暇もなく、リーパイトゥーンが次にとった行動は、『母親は死んでしまった。俺が見放さなければ生きているとは言わないのか』と縋るような質問。父に見放され・・・なかったらどうなる?と続きを急いだ彼に、石像は教えた。


『父は子供を引き取っても、いずれは突き放す。欲が愛を越えはしない』


 頭を殴られた気がしたリーパイトゥーンは、自分の性欲が、引き取った子供を捨てると言われ、恥ずかしさと情けなさと、そして妊娠させた彼女を放って死なせたすまなさに頭を抱えた。


 ウィハニの女は、父親のままでいては悲惨な顛末が来ると予言したも同じ。そう捉えたリーパイトゥーンは一晩悩んで、つまりそういうことかと、一つの選択肢にたどり着く。


 それが、性転換だった。


 男の自分が女になることで、女への性欲もなくなれば、男共は俺を気持ち悪がる。男が好きな男もいるが、それは性欲のもつれに至ることは滅多にない。


 夜明け、リーパイトゥーンは、船を下りると伝えに行った―――



「・・・あとは、呪術師に持ってる有り金全部、大金払って、女に変えてもらう呪いを受けただけ。そこから女の人生が始まりました」


 イーアンは、ものすごい話を聞いてしまった気がして、なんて声をかけて良いか分からないが、『あなたは勇敢です』とそれだけは伝えた。女龍の一言と表情に、リーパイトゥーンは少し笑って首を横に振った。



「自分の始末ですから。勇敢でも何でもないですよ。息子は両足がないことも、真っ先に悩む対象でしたし。まして、母親がいなければ彼は長く生きないとまで宣言されたら。私は今が決める時ではないかと覚悟したまでです。


 そう、それで。私は息子の生まれた島でしばらく過ごしました。最初こそ煙たがられたけれど、本気だと伝わり始めてからは、受け入れられました。

 私は毎日ウィハニの祠へ通い、息子の成長を伝えました。石像が話したのはあれ一度切りでしたけれど、懺悔のつもりもあり、日々お供えを持って行きました。


 ある日、あの子が喋れるようになってから、突然、歌を歌いだして、その声はあまりにも美しく、周囲も私も驚きました。もう、嬉しくて嬉しくて、拍手して抱き締めてたくさん褒めてやりました。あの子の声は誰もを魅了し、誰もの胸を揺さぶり、とてもじゃないけれど小さな子の歌声とは思えない、素晴らしさでした。感激した私は当然、ウィハニの女に感謝しに行きました」



 感動でイーアンはちょっと涙が出てきて、涙を拭きながらうんうん頷き、当時を思うリーパイトゥーンも目元を拭い、微笑んで続ける。


「そうしたらね。ウィハニの女が答えたのです!あれ以来、一回も反応しなかった石像の目はまた光り、その顔が微笑みを浮かべました。それは美しい、優しい微笑でした。私は目に焼き付けようと顔を近づけ、そして聞いたのです。

『いつかお前が、子供の歌と共に、()()()()私に会う時。()()この話を伝えておくれ。許しを与えたことを伝えておくれ』と」


 沈黙、三秒。イーアンは瞬きして、『許しを与えたことを?』と慎重に聞き返す。リーパイトゥーンは頷いて、じっと見つめ、『実は』と後日の話も添えた。


 それはイーアンが疑問を抱いたことと同じ。


 胸に刻んだウィハニの女の頼みを忘れることなく、リーパイトゥーンが年月を過ごし、サッツァークワンの歌をもっと多くの人に聞かせようと話が持ち上がって、子連れで船に乗ってから。


「行く先々で、似たような話を聞くたびに、ウィハニの女は誰なのか?と思いました」


 祠で話しかけるウィハニの女もいれば、島の危機に蜃気楼の姿を現して救うウィハニの女もいる。

 子供の歌を聴かせて回る巡業のような日々、感動した人たちが初対面の自分たちに打ち明ける秘密は、どこか似たり寄ったりで、しかしいつも違和感があった。



「違和感は何か、リーパイトゥーンは気付いたのですか」


 気になってイーアンが口を挟むと、おばちゃんは頷いて『龍じゃないんですよ』と言った。ぞくっとしたイーアンの微々たる表情の動きを見て取った視線は、もう一度口を開かせる。



「ウィハニの女は龍のはずなのに、一度も、龍と名乗った話を聞いたことがありません」


「名乗って・・・ないから?」


「イーアンは、自分が龍だとどこでも言うでしょう?角もあり、翼も持ち、堂々と龍の姿を見せています。だけど私たちティヤーの民を、陰ながら支えて守ってくれたウィハニの女は、どこの誰の話でも『龍』と名乗ることも、その姿を見せることもないのです」


 それだけのことで違うと思うの?と、イーアンはちょっと面食らったが。考えてみれば、信仰心の強い彼らだけに、そこは気になるのかもしれないと思い直す。


 リーパイトゥーンも、別に疑いたいわけではなかったが、頼まれたあの不思議な一言の意味はずっと引っかかっており、『照らし合わせる度に、もしやと思った』と話した。



 夜8時近く。楽屋から出た食堂での打ち明け話は、思っていたよりも大きなイーアンにヒントを与える。


 性転換もして、柔軟な思考で生きて来たリーパイトゥーンに、イーアンは『海賊に一般的な視点で』見た場合、これはどう思うか、こうならどうなのかと、この際だから知りたいことも聞いた。


 おばちゃんはイーアンが知りたい事情も理解し、じっくり質問を聞いては、海賊としての視点で取れる解釈を細かく答え続け―― 精霊島の話も入り、このやり取りで二人は、9時前に一つの仮説にたどり着く。



「精霊でしたか」


お読み頂き有難うございます。

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